第15話 手紙を書く時間
図書館へのおでかけから数日後、咲子さんが少し緊張した表情でカフェにやってきた。手に何か小さな封筒を持っていて、それを両手でしっかりと抱えている。美香さんと私が「どうしたの?」と尋ねると、彼女はそっとその封筒をテーブルに置いた。
「これ……手紙を書いてみたんだ」と咲子さんは小さな声で言った。
私と美香さんは驚いた。咲子さんが自分から何かを表現するのは珍しいことで、彼女がどんな思いで手紙を書いたのか気になった。
「誰に書いたの?」と美香さんが優しく尋ねると、咲子さんは少しうつむきながら答えた。「私が……ずっとお世話になってる職場の人に。いつも親切にしてくれるけど、言葉で感謝を伝えるのが怖くて……だから、手紙でなら伝えられるかもって思ったの。」
その言葉を聞いて、私たちは彼女の勇気に感動した。咲子さんにとって、感謝を表現すること自体がとても大きな挑戦だと分かっていたからだ。
「すごいね、それ。本当に素敵だよ」と美香さんが目を輝かせて言った。「どんなことを書いたの?」
咲子さんは少し照れながらも、「感謝の気持ちを簡単に書いただけ。『いつも優しくしてくれてありがとう』って……」と答えた。その声には、小さな緊張とともに、彼女の本当の気持ちが込められていた。
「それで十分だよ。咲子さんの気持ちはきっと伝わると思う」と私も言った。「相手の人も、そんな手紙をもらったら絶対に喜ぶはずだよ。」
その後、私たちは咲子さんの手紙の話をきっかけに、自分たちも感謝を伝えたい人のことを考える時間を持つことになった。
美香さんは、「私も職場の仲間に感謝してるんだ。チック症のことをちゃんと理解してくれて、時々『無理しなくていいよ』って言ってくれるのがすごく嬉しくて。手紙を書くのもいいな、私もやってみようかな」とつぶやいた。
私も、支援施設のスタッフに感謝していることを思い出した。「僕も、施設の人にありがとうって言いたいな。手紙に書くのは少し緊張するけど、やってみたいかも」と思わず言葉にした。
咲子さんがそっと笑い、「手紙って、自分の気持ちをじっくり考えながら書けるから、少し安心できるんだよね」と言った。その言葉に、私たちはまた彼女から勇気をもらった気がした。
次の週、咲子さんが「手紙を渡したよ」と教えてくれた。相手の人がとても喜んでくれて、「ありがとうね」と直接言ってくれたと話す彼女の顔は、どこか誇らしげだった。
「渡せたんだね。本当にすごいよ」と美香さんが嬉しそうに言い、私も「よかったね。相手の人にとって、すごく大切な贈り物になったと思う」と心から伝えた。
その日、私たちは改めて「感謝の気持ちを伝えること」の大切さを感じていた。簡単なことではないけれど、その一歩を踏み出すことで、きっと誰かの心を温かくできる。咲子さんの小さな行動が、私たちにも新しい挑戦をする勇気を与えてくれた。
冬の寒さの中でも、私たちの間には確かな温かさが広がっていた。それは、一緒に過ごす時間と、少しずつ共有される気持ちの積み重ねが作り出す、かけがえのないものだった。
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