第三夜 祟
こんな夢を見た。
真夜中に冷たい板張りの床に座っている。自分の膝の前には、一本の刀が横たえてある。私は膝の上で拳を握り締めている。ぎしりぎしりと廊下から足音が聞こえ、引き戸が音も無く開いて、白い目隠しをされた白い着物の男が両脇を抱えられて入ってくる。
一人目、と私は心の中で数える。すると私の横で、ちいさな膝を折って座っている白い着物の童女が、
「おまえの父だよ」
と言った。まるで自分が、童女の構える火縄銃で、童女の声が引き金であるように感じられた。そして目隠しの下に覗く深い皺の刻まれた顔は、たしかに自分の父親であった。引き金を引かれた私の四肢は、己の意の指示を離れて右手が刀を握り、左手が鍔の下で鞘を握り、白光する刀身が露わに成った。そして目の前の男の首筋に向けて刀を振った。ごとり、という音が足の裏から板の床を通して、私の背骨を下から上へ刺し貫いた。生暖かい飛沫が頬に、瞼に、髪に、飛んだ。目の前が真っ暗闇になった。
そうしていつの間にか、再び冷たい板張りの床に座っていた。膝の前には、一本の刀が横たえてある。私は膝の上で拳を握り締めている。廊下から板を踏む足音が聞こえてくる。
引き戸が開き、白い目隠しと白い着物の女が両脇を抱えられて入ってきた。私が二人目、と数えたのと同時に、真横から
「おまえの母だよ」
と童女の声が聞こえた。引き金が引かれた。今度は抜いた刀身に、血と脂がべっとりと付いていたが、呼吸ひとつの間に刀に新しい温かな血糊が塗りたくられ、二つ目の、ごとり、という音が私の両耳を左右から叩いた。
瞼を開くと、板張りの床の上に座っていた。白い目隠しをされた若い男が連れてこられたところであった。私が三人目、と数え、
「おまえの兄だよ」
と童女が言った。三度、私の身体が私の意図を離れ、刀を抜いた。頭蓋が床に転がり落ちる音がした。赤い飛沫に降り込められた髪と服が、冷たく重くなった。私は、自分に吐き気を感じる自由も与えられていないと悟った。いつ瞼を閉じたのか判らなかったが、次に目を開くと、今度はまだ幼さのある娘が両脇を抱えられ、白い目隠しの下からぼたぼたと涙を落としている。
「おまえの妹だよ」
と童女が言った。四人目、と数えるだけの間はあった。息を吸い込む刹那に、私の抜いた刀が妹の首を落とした。血と脂が柄を乗り越えて右手の甲に溢れている。それでもまだ只一度で骨を砕いて首を落とすのだから、この刀は血を飲み込んで常に刃を研ぎ澄ましているのではないかと思った。目の前が暗くなった。
五人目は幼い子供であった。
「おまえの弟だよ」
と童女が言った。五人目と数える前に、私は声を張り上げて、これで終わりか、と叫ぼうとした。しかし私の喉は刀を振りあげるための息しか出来ぬよう塞がれているらしかった。もう随分斬り続けているのに、夜明けが訪れる気配はない。
両脇を抱えられて板の間に連れられて来た六人目が、床に投げ出された。
「おまえの父だよ」
と童女が言った。絶望に叩きのめされた。
「なぜ繰り返す」
自分の声が自分の頭蓋の中で響いた。すると童女が口を開いた。
「おまえは私を無言で罵り、口を閉ざして、私を生き地獄へ落としたのだよ。私は首を吊ったけれど、それはお前達が居たからだ。覚えているね」
行灯の光に照らされて、童女が黒い前髪の下で、透き通った紅い唇を持ち上げて、にやりと笑った。小さな肩の上に乗っているのは幼子の顔ではなく、私と変わらぬ歳の女の笑みだった。
「私はおまえ達に、私と同じ縄をやろうとは思わない。それよりも、刀と、おまえに罪はないと言った者達をやろう。何度でもやろう。夜は明けないよ」
この時、隣の部屋からも、ごとりと首が床に落ちる音が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます