相合い傘〜素敵なお節介〜

涼風岬

第1話 運命の再会 

 土砂降りの中、一人の女性が傘を差しながら帰路についている。ふと、彼女は店の軒下で雨宿りをしている学生が目にとまる。  


 彼女は彼に見覚えがある。というか忘れたくても忘れられない顔だ。この間、コンビニで会計を済ませ出ると財布を鞄にしまおうとしたら落としてしまっていたのだ。その時、彼女は急ぎの用があり焦っていて気づかなかった。


 彼が拾って追いかけて渡してくれたのだ。そこまでは感謝でいっぱいだったのだが、彼女は彼から謝礼を要求されたのだ。


 拾って貰った感謝から、財布からお札一枚抜きを渡そうとすると少ないと言い放ったのだ。それで、もう一枚抜いて渡そうとすると、お気持ちだけで結構ですと言ってきたのだ。


 彼と別れた後、小馬鹿にされて憤懣ふんまんやる方なかったが、最終的には感謝の気持ちに落ち着いた。小馬鹿にすることが、彼にとっては謝礼なのだと言い聞かせた。


「少年、何してるのかな?」


「見てわからないですか? 雨宿りですよ」


「私のこと覚えてるかな?」


「ドジで間抜けな人ですよね~」


「………………」


「綺麗なお姉さんとでも言って欲しかったんですかぁ〜?」


「傘持ってないの? 朝、雨降ってたでしょ?」


「下校のときは晴れてたから忘れて来ちゃいました」


「ほらっ、わたしの傘使いなさいよ」


「えっ! そしたら、お姉さんが濡れちゃうじゃないですか」


「お姉さんとは呼んでくれるんだ」


「オバサンの方がいいですか?」


「こらっ!!」


「傘は結構ですよ」


「いいから、ほらっ」


新手あらての嫌がらせですか?」


「私が何するって言うのよ」


「ん〜っ、そうですね~。僕が傘を借りて去った途端、泥棒と叫ぶとか」


「性格が、ひん曲がっているのね」


「何を言うんですか? お姉さん。僕は財布を拾っても一円たりとも謝礼を貰わない清い心の持ち主ですよ」


「はいはい、分かった分かったから。受けとんなさいよ。このまま、ここで立ってると冷えてきてるし風邪引くわよ」


「意外と優しいんですね」


「私の何を知ってると言うのよ、もっ」


「恋してますか?」


「突拍子に何なの?」


「聞いてみたかっただけです。でっどうです?」


「なんで教えなきゃなんないの!?」


「何度かお見受けしたので」


「もしかして私をつけてるの? まさか……」


「まさかお姉さんの事を好きなのとか言いませんよね。もしそうなら、かなりの自意識過剰ですよ」


「…………」


「もしかして図星でしたぁ?」


「もっ、いいから受け取んなさい」


「もしかして僕に罪悪感を植え付けようとしてます」


「なんでそんな事すんのよ、私が」


「だって、お姉さんは寒空の下で雨が止むまで待つんですよ? 心が痛みますよ」


「大丈夫、安心なさい。私は普段から急な雨に備えて鞄に折り畳み傘を入れて持ち歩いているから」


「うぁ〜、先に言って下さいよ。僕の罪悪感を返して下さいよ」


「その罪悪感というやらに苛まれ続けられたいなら返してやってもいいけどっ」


「よく考えてみれば返してもらっても困りますね」


「ほらっ、傘」


「大丈夫です。近くで働いている叔父が迎える来るので」


「そうなの?」


「でも仕事が立て込んで遅くなるそうです」


「もうすぐ来んの?」


「さぁ〜、三十分程前に迎えをお願いしたんですが。退社したら連絡くれると言ってたけど」


「長引いてるんじゃないの?」


「そうかもしれないですね。ちなみに叔父は母と歳がだいぶ離れてるんですよ」


「少年のおじさんの個人情報なんていいから。急に肌寒くなってきたわ。ほらっ、遠慮せずに」


「お言葉に甘えてみようかな」


「そうなさい」


「では、お借りしますね」


 彼女は傘を手渡す。すると彼はお辞儀をする。意外と礼儀正しいんだと彼女は感心する。


「気を付けて帰んのよ」


「お姉さんこそ」


「相いも変わらず減らず口を、まったく」


 彼は一礼して彼女に背を向ける。しかし、すぐに彼女に向き直る。


「あっそうだ、お姉さん。いつ傘をお返しすればいいですか?」


「あっ、そっかぁ」


「よろしければ連絡先を教えて下さいよ」


「嫌よっ」


「ひどいな〜。即、拒絶だなんて」


「連絡先を交換するような仲じゃないわよ、私たち」


「傘をお返しする為に聞いただけなのにな〜」


「あげるわ」


「えっ?!」


「差し上げます、傘」


「高そうな傘なのにいいんですか?」


「ええ」


「本当に良いんですか?」


「どうぞぉ〜」


「連絡先交換しなかったこと後悔しないで下さいよ〜」


「はいはい、大丈夫だから。お子様は早く帰んなさい」


「ほんと酷い人だな。でも、傘助かります。ありがとうございます」


「いいのいいの。これも何かの悪縁よ」


「まだ言います? 悪縁も縁ですから、また会えるかもしれませんね?」


「ないない。会ったとしても悪いけど無視させてもらうから。ごめんね〜」


「うあっ〜。流石にドン引きしてますよ、僕」


「ドン引きでも何引きでもしてなさ〜い」


「すぐに会えそうな気がするな〜。その時はお姉さんこそ、引かないてくださいね」


「絶対にないから大丈夫よっ、少年」


「僕の名前知りたいですか?」


「結構で〜すっ」


「ひどっ。でも楽しかったですよ、お姉さんとの会話」


「本当に変わった子ね」


「では失礼します」


「気を付けてね」


 彼は再び一礼し彼女に背を向けて歩き出す。彼女は鞄の中を探る。しかし、傘が見つからない。彼女は鞄の中を整理した時に入れ忘れたことに気付く。


 彼女は途方に暮れ空を見上げる。ビルの光に照らされ雨が降り続いている。止み待ちに彼女はスマホと睨めっこしている。しかし、どんどん雨脚は強くなっていく。


 途方に暮れていた彼女は決心し駅まで走ろうと決める。それで、目の前の横断歩道が青になるのを待つ。


 彼女の視線に一人の男性が目にとまる。というよりは、彼の手に持つ鞄にである。彼は傘を指しているので顔は見えない。しかし、彼女には彼だと分かるのだ。


 その彼は彼女が酔っ払いに絡まれていたのを助けてくれたのだ。それ以来、彼女は彼を街で何度も見かけるのだ。というよりは意識的に探していたのかもしれない。


 信号が青になった。しかし、彼女は動き出さない。彼が目の前を通り過ぎるのを見ていたいからだ。


 予期せぬことに、彼は彼女の前で立ち止まり傘を上げる。やはり、その顔は彼である。


「あの、すみません。違っていたら申し訳ありません。甥に傘を貸していただいたのは貴女でしょうか?」


「ええっ!!!」


「人違いのようですね。この店の前にいると言っていたもので。もう帰られたのかな」


「あのう〜」


「はい、何でしょうか?」


「それっ、私です」


「そうでしたか。そういう反応するのが自然ですよね。怪しいですもんね」


「いえっ、そんなことはないですっ」


「それは良かった」


「でも、どうしてこちらへ。甥御さんは帰られたのに」


「甥から電話がありましてね。なんでも傘を2本持ってるので、貸してもらったと。でも、よくよく考えたら雨宿りしてる自分に罪悪感を抱かせないように嘘をついてくれたんじゃないかと言いましてね。それで、見てきてくれないかと頼まれましてね」


「そっ、そうなんですか。わざわざすみません」


「何を仰るんですか? 私が遅れたばかりに御迷惑をお掛けして申し訳ありません」


「お気になさらずに」


「お寒いんじゃないですか?」


「あっ、まあ」


「タクシー止めましょうか? お支払いしますよ」


「いえっ、そこの駅までですのでタクシーは」


「では駅までお送りします」


「あっ、それは」


「あっ、すみません。お嫌ですよね。傘買ってくるべきでしたね。気が利かなくてすみません。近くのコンビニで買ってきますね」


 彼は彼女に背を向ける。


「あのっ!!」


「はい」


「もったいないと思います」


「しかし」


 二人の間に沈黙が続く。


「あのう」


「はい」


「勘違いだったら申し訳ないのですが、どこかでお会いしたことありませんか?」


「えっ!! あっ、実はこの間酔っ払いから助けていただいた者です」


「あっ! あのときの」


「えぇ、そうなんです」


「これも何かの御縁でしょうか。やはり、よろしければ駅までお送りさせて下さい」


「あっ…………はい」


 彼は彼女の頭上に傘を差す。そして、二人はゆっくりと歩き出す。彼の左肩は雨に濡れている。


 二人の姿を少年は反対側の歩道から温かく見守っている。

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