BadEnd/Propose 7

 敗北だ。眼前に居る愛が、地を駆った時点でボクの敗北は決した。彼女が足を動かしたという事は即ち、本気を出したと捉えても何もおかしくはない。事実、夢で見た彼女はそうしていた。


 あらゆる魔法を熟知し、あらゆる戦闘経験を積んだ彼女にとって、結局魔法とは一つの手段に過ぎない。その癖戦士や勇者ではなく魔法使いに選ばれた。卓越したその戦闘技能は例え彼女に逆立ちをしての戦闘を強いたとてボクに勝ち目はないだろう。


 異常とも呼べる程の強さ、異常とも呼べるタフさ。精神性もそうだけど、あらゆる面で異常であるとしか言いようが無い。


 化け物だ。彼女に本気で勝ちたいのなら、不意打ちや騙し討ちが一番適している。そんな相手が真正面から堂々突っ込んできたらそりゃ勝てる訳が無い。


 ボクの知っている魔法は全て彼女の記憶に基づいた劣化コピーだ。だから彼女にとっては屁でも無いし、ここで武術に頼った所であっさりといなされてお陀仏だ。


 チェックメイトだ。


「────────────ッ!」


 杖を振り上げる。ただで終わってたまるかッ! と。そこで諦めなかった自分を誰か褒めて欲しい。絶対的な悪にも恐怖という感情は備わっていて、まさしく今ボクは怖くて怖くて仕方なくて、確実に首を獲られるだろうその閃光が如く彼女にちびりそうなくらいなんだ。


 終わりが近づいて来ている。魔法を放って撃退しようとするも、フっと視界から一瞬で消えた彼女に目が追い付けない。何が起きた? と理解も出来ず、ただヒトがしていいような動きでは無かった様に見える。幾らなんでもテレポートでも無いのにヒトが消えるのはおかしい。


 ただ、そうだな。ボクが魔法を放ち終わる頃には、既にボクの背は地面に着いていた。


 数秒経ってようやく何をされたのか解った。


 全力で走る彼女がフっと消えた。あれだけ全力で走っているのに急に直角に曲がるなんて不可能だ。けれど彼女は魔力を放出して自分の体を弾くようにしてそれを実現させた。


 上に飛んだのだ。ボクが放った魔法を軽く飛び越えて、ボクを押し倒し、両腕を押さえつけ、体で足も押さえつけている。


 少なくとも魔法使いがするような動きじゃない。これでもまだ近接魔法が使われていないだけ良心的だ。身体能力は何かしら弄って良そうだけど。


「………………首はここだよ」


 負けた。ボクは負けた。いとも簡単にボクは敗北した。驚いた? そうだよね。驚く訳無い。ボクと魔法使いちゃんとじゃ圧倒的な自力の差がある。一個も魔法が届かなかった時点で敗北は決まっていたし、彼女の方からやって来た時点でもう詰んでいた。


「──────わけないだろ……ッ!」


 怒りだった。


「出来るわけないだろ…………ッ!! 親友で、仲間で、大切なヒトで……ッ! そんなヒト、殺せる訳ないじゃん……ッ!」

「は? 何それ。ずっる」


 ボクはそれでも殺したよ。でもキミの様にそう思えていたらもっと違う結末だったのかもしれないって思うよ。だけど、


「殺せよ。なぁ! 早くッ! 殺してよ。君の勝ちだろ!!」

「出来ない……。出来ないんだ。何度決意しても、何度覚悟しても、キミだけは殺せない……ッ! キミを撃ち抜く事なんて出来ない。だって大好きだから、愛していたから……、記憶を見た癖に分からないのッ!?」

「うるさい黙れ早く殺せ! 君がボクを好きになるモンかっ! キミにそんな理由一つも無いでしょッ!」


 冷たい。こうして彼女と密着しているはずだけど、かなり冷たい。なんだろうと思って、彼女の顔をじっと見つめて、涙だって気付いた。


「同情するな……同情しないで……ボクは君に殺される。それはそれで、ボクは幸せだよ」

「……ふざけんな。だったら私はどうなる訳? キミを殺した罪悪感と一緒に死んで行けって? 馬鹿言うなよ。そんなの死んでも死にきれない。今キミが、一番私の心を傷付けている癖にさッ! なんでそんな事が言えるんだ!? ふざけんな、ふざけんなッ!」


 …………………………………………あ。


「──────────禁止カードでしょ、それ」


 そうだ。ボクが傷付けてる。そうしないと君は死んでくれないから。仕方なく。


「でもこれ以上傷付くことは無いよ」

「癒える事も無いよ、バカ」


 押さえつける腕の力が緩くなって、ボクの腕は自由になる。


「キミは殺せるの?」

「──────────────────」

「ほら、首はここだよ。キミが殺したがった相手の首はここにある。ほら、撃てよ。出来るんでしょ? なあッ!」

「────────────、なんでだよ」


 一度殺した癖になんで躊躇ってるんだ? 訳が分からない。ボクはきちんと殺した。殺したんだ……ッ! だからもう一度くらい……


「ほら、出来ない。キミもまだヒトだね」

「…………なんだよ。何がしたいんだよ」


 それは魔法使いちゃんに対しての問いかけだった。でも言ってから、自分に対するモノでもあるなって気付いて、唇を噛んだ。


「ねえ、僧侶ちゃん。私は本当にキミが好きだよ」

「……嘘言わないで。ボクが君を好きになる事はあっても、君がボクを好きになる事なんて絶対に無い」

「どうして?」

「…………星が屑に恋する訳無いでしょ」

「私は星じゃないよ」


 彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔で微笑んでいる。なんだよそれ。どういう感情だよ。ボクには分からないよ。君が何をしたいのか。ボクが結局どうしたかったのか。


「似たようなもんだよ」


 君が自分を否定しようとも、ボクは君の事を知っているし認めている。瞬き続ける星が永遠に輝き続けるには、ボク達が出す光量を下げなきゃいけない。彼女に着いてしまう傷だって同じだ。減らせば減らすだけ君は傷付かない。


「………………あのさ、魔法使いちゃん。ボクは女の子だって言える程綺麗じゃないんだよ」

「知ってる。夢で視た。どれだけ酷い扱いをされたのかも知ってるし、キミの体がどういう状態かってのも解ってる。それでもキミを好きだって言ってるんだ」

「…………………………良くないよそういう事言うの。女たらしだ」

「えぇ」


 一世一代のプロポーズだったんだけどな、はにかみながら言う彼女に余計に混乱する。


「もう、終わり?」

「何が?」

「もう、殺さなくて良いの?」

「……ううん。殺さないとダメ。私達は結局解りあえないよ。好きだとか、そういうのはもう関係無くなっちゃったんだ」

「そか。うん。そうだよね。そうなるよね。分かってたけどさ」


 一応の確認だ。そう不思議がらないでよ。


「一緒に死のうよ。私はキミさえ居れば、どんな傷だって癒えるよ」

「大嘘じゃん。ボクは一度君を殺したんだよ。傷は増える一方さ」

「もうしないでしょ。てか出来ないでしょ」

「なら早く殺して」


 辛いだけだ。君の顔を間近で見る度に、あぁ、もうどうしようも無いくらい好きだって自覚して余計に辛くなる。だから早く殺せ。ボクが君をこれ以上好きになる前に殺せ。


「どうせ死ぬなら君に殺されたいよ」

「重すぎでしょ」

「魔法使いちゃんだってそうの癖に」


 ははは、と乾いた笑い。それは両方ともの声で。


「どうにもならなかったのかな。私達」

「どうにもならなかったよ。君は間違えてないし、ボクも間違えたつもりはない。だからどうしようもなかった」

「……そっか。うん」


 彼女の手に、魔力を物質化して作ったのだろう水色の光を纏った石製の様なナイフが握られる。


「あぁ、狙うなら先にお腹だよ」

「うん」


 頷いた彼女の手は、ゆっくり下腹部へ下がって行く。


「生々しいね、これ」

「やめてよ笑っちゃうでしょ」


 接続を断つ。そうして、ボクと魔法使いちゃんは離れ離れになって、死んでいくんだ。正直、未練はタラタラだよ。化けて出てもおかしくないくらい。だけど、まあ魔法使いちゃんに殺されるなら大人しく冥界に沈むよ。


 文字通り好きなヒトの腕の中で死ねるんだよ? 最高じゃん? 考えようによっちゃ最高の死に方だと思う。


「ボクは死んでも君を傷付けたモノを赦すつもりはない。もちろんボク自身もだ。だけど、一つ聞いて欲しい事があるんだ」

「なに?」

「好き。大好き。君を愛してる」

「そっか。うん。私も愛してる」


 そう言いながらボクの下腹部にズブリっとナイフが突き刺さる。熱い。痛い。すぐに引き抜かれて、ボクはまだ彼女の腕の中。ドロドロ溶けて漏れ出る様に、ボクの意識は朦朧としていく。流れていくものが白い服を赤黒く染めて行くのが、漏れ出たモノの温度で分かる。


「きっと……きっとさ。生まれ変わったら、今度こそ一緒に旅をして、一緒に死のう。ずっと一緒だよ。僧侶ちゃん」


 ボクを抱きしめる様に回した手にナイフは握られ、そして。


「うん。そうなると、嬉しい」


 視界の端を鮮血が覆って、ボクは──────────幸せだな。君の中で果てるなんて。

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