BadEnd/Propose 6
杖を握る。帽子を深く被り直して、疑似魂が炉心を廻す。仮初の癖に良く動く。僧侶ちゃんと綺麗に繋がっているのもあるだろうけど、彼女に魔法使いであると認められたからというのが大きい。
役割の認定。その理論は良く解っていないけれど、例えば勇者が勇者として力が使えるのは、そうであるべきだと誰かに認められたからで。そういうクソみたいに分かりにくい設定。捨てる事が出来るのなら、きっとこの世は平和だったんだろう。
「禍々しい魔力だ」
瘴気にも似たそれは、私が知っている僧侶ちゃんからは絶対に溢れ出てこないようなモノ。それこそ、あの村に居た謎の存在が一番近しい。
魔力放出は魔法使いにとって、咳払いや、準備運動に似ている。予備動作……というのは間違っているかもしれないけれど、まあ近しい意味はある。
魔王として選ばれた。…………一体誰に? 世界か。いやそんなチープな話なのだろうか。
ともかく彼女は選ばれた。そしてその選ばれた彼女に私は魔法使いとして認められた。
だからこれは返礼だ。認めてくれたそのお礼。私を殺して、私が傷付かない様にするなんて本末転倒な事を言う彼女だから、きっと受け取ってはくれないだろうけど。
杖で地を突く。コツンっという子気味の良い音が響く。瓦礫を叩いたからか、かなり響いたその音は、同時に魔法陣を生成している。
「イグニッション」
轟音が響く。私の眼前にあった魔法陣は回転を始め、炎が撃ち出される。一応は火の魔法の最上位。けれど、村を焼き討ちにされた彼女を火で殺すなんてそんな無情な事は出来ない。ここに来てまだ私は彼女に同情心を抱いている。ダメだ。それじゃダメだ。
解ってる。彼女が私を殺そうとするのはそういう所だ。…………落ち着け。相手は僧侶ちゃんだ。既に覚悟を決めているのなら、そう何度もこうやって自暴自棄になりかけるな。
殺すのは、簡単なんだ。炎はもう良い。辞めだ全部辞めだ。心を溶かせ。最早この場において一切必要の無いモノだろう。
彼女が扱う魔法全て、私の知識に基づいた劣化だ。だから何をされても落ち着いて対処出来る。そして今や私と彼女は魔力回路が遠隔だけど繋がっている。その楔は私の背中と、僧侶ちゃんのお腹にある。丁度子宮の辺り。その辺りを撃ち抜けば、私とのリンクは解除される。同時に私の魂は自壊を始めるが、彼女もまた、私との魔力回路の接続が切れる事で攻撃魔法は使えなくなる。つまり、私の勝ちだ。
悪趣味だ。既に機能停止している部分を撃ち抜くなんて、死体撃ちみたいなモンでしょ。何もここまでしなくたって良かったじゃないか。
答え合わせだ。私達は一体幾つの選択肢を間違えて来た? キミと共に再び旅に出た時? キミと共に魔王征伐を成した時? 物語の終わり方という物を見た時? 王と王子と共に死ななかった時? キミと共にカプリケットと戦士の行く末を見届けた時? キミの為に左目を失った時? それとも、私が魔法使いだと選ばれた時?
さあどこだ。どこで私達は間違えた? ──────────────いいや、いいやっ!
間違いなんてある物か! 私達は旅を遂げ、役割を果たした。そこに間違いなんてあるモノか! 戦士の生き様に、勇者の散り様に、間違いなんてあるモノかッ! 正しいからこうなった。一つでも間違っていたら、きっとこうはならなかったんだ。
だから……だからここで終わらせよう。私達は何も残せずここで死ぬけど、これまでに培ったものは決してなくならないッ!
間違いな訳あるか。間違いなんてそんな訳あるか……ッ!
だけど、
「どうして私はキミを殺さないといけないんだ……」
理由は解ってる。そうしないといけないのは解ってる。決心したのも、覚悟したのも解ってる。だけど、贋作の癖に心が否定するんだ。どうしても、私は彼女を殺したくないって叫んでいる。どうしても、急所に魔法を当てられない。
いつもそうだ。私は重要な場面で絶対に迷ってしまう。だからこれまでの旅はいつだって冷徹に判断して来た。仕方ないから殺そう。仕方ないから諦めよう。仕方ないから見殺しにしよう。仕方ないから──────だから今回だって仕方ないんだって、そう言って手を振り下ろせば良いだけじゃないかッ!
何も変わらない。
戦士は忠義を果たし、二人の姫にその全てを返した。それは、彼に温厚をもたらした。
勇者はその役割を果たし、ネドアの王を狩るに大往生を遂げた。それは彼らの物語に終端をもたらした。
僧侶ちゃんは、魔王となって私を殺し、私を護ろうとしている。それはきっと彼女が優しさを覚えたから。
だけど私には何も無い。失ったモノは多い癖に得たモノは魔王を討伐したという事実だけ。それさえも殆どのヒトには受け入れて貰えていないだろう。
私には何も無い。何も残されなかったし、何も作れない。ただ終わりを待つだけの最低なクズだ。
それでもキミを大切に思っていた。言い訳だね、これは。結局殺す事になったんだから、何を言っても今更過ぎる。
私が星、か。そんな崇高なモノじゃないし、私は僧侶ちゃんを導ける程器の大きいヒトじゃない。私の何を見て勘違いしたんだろう。地に足着いた……とは言えないかもしれないけれど、私はそれなりに地べた這いつくばってここまで来たはずだ。
納得が行かないわけじゃない。キミがそう思ったのなら、私がそれを否定するのは野暮だ。背中がむず痒くなるけど仕方ない。受け入れよう。
だからって、私を傷付けるあらゆるモノから護ろうだなんて良くも思ったもんだ。私は私で、誰かに守って貰う程弱くないつもりだった。私のどういう所が嫌いかは嫌と言う程知った。きっとこうして迷っている姿も彼女からするとかなりイライラしてしまうんだろう。だったら大人しく死ねと、彼女は言うだろう。
手を振り下ろせ。
翳した杖は何の為にある。
誰に誓ったこの道だ。
痛みや感情は要らない。如何なる理由があろうとも、私が下す選択に間違いは無いと、そう思い込め。
…………ここから先に未来なぞ無い。私と彼女が死んで、それで終わり。何千、何万と繰り返した朝と夜ももう訪れない。だから、声を張り上げる必要も無ければ、重く考える必要だって無い。この先には何も無い。
「キミとならどこまでも行けるって思った。本当だ」
何も知らない愚かな私は今でもそう思っている。どうしても許せないし譲れない。キミがそうであるなんて考えたくなかったし、地獄の様な記憶だって今すぐに全部忘れ去りたいくらいなのに、焼き付いて離れないそれは、膿となって腐りかけている。
友達だから。仲間だから。それ以上の関係だったとしてもこの結末は変わらないかもしれない。
どっちも正しい……んだと思う。周りから見ればかなりバカバカしい殺し合いに見えるかもしれないけれど、どっちも正しいんだ。私は僧侶ちゃんに傷付いて欲しくないし、僧侶ちゃんは私に傷付いてほしくないと思っている。
どっちも我儘だろって言われればきっとそうなんだけど、でもさ。無理じゃんそんなの。誰かを傷付ける前に殺さなくてはいけない。説得は出来ない。その一心で魔王にまでなった子をどうやったら説得出来るってんだ?
私が出来る事は唯一、彼女を殺す事だけだ。
その手さえ、躊躇っている。
情けない。本当に情けない。何を学んできた? 私はここに至るまで多くの事を学んできたはずだ。なのにその全てが今何の役にも立っていない。
狩りの仕方も、魔法の扱い方も、礼節も、王女としての振る舞いも、旅の仕方も、馬の乗り方も、格闘術も剣術も槍術も弓術もッ! 何の役にも立っちゃいないッ!
「………………殺さなきゃ」
落ち着け。落ち着け。深呼吸して気持ちを整えよう。殺さないといけない。私に必要な動力はそれだけで良い。それ以外考えちゃダメだ。
同情しないなんてそんなの無理だ。友達で仲間で、家族みたいなモノで、だから同情しないなんて無理に決まってる。情なんて出逢った時から芽生えてる。何度傷を癒してもらったかも分からない。何度死にかけた所を救って貰ったか分からない。だから一度くらい殺されたって別に良いじゃないか。それ以上のモノを貰ってる。
でもこうして生きているのなら、きちんと仲間として止めてあげなければいけない。再び選ばれたとかそういうのはどうでも良い。
「………………王よ、私は」
翳した杖は未だ止まったまま。誰に捧ぐ訳でも無く、ただ問いかける。私は何の為に魔法を覚えたのか。
「どうして……」
殺すのは簡単だって解っている。彼女が追えない速度で魔法を放つ事なんて造作も無い。だけど、それで良いのだろうか。それで本当に終わるのだろうか。
意思は残らないし記憶も残らないし、私達がここで殺し合ったという事実さえも残らない。だから何をしても無駄だって、本当に?
「………………、」
杖を下ろす。必要無い。もう仲間と旅をしている訳じゃない。彼らと戦い方を合わせる必要も無い。シナジーは発生しないし、魔法使いらしい戦いというのももう必要無い。
息を吐く。杖を地面に向けて持つ。僧侶ちゃんが放つ魔法は魔力障壁が勝手に弾いてくれる。だから気にするな。例え破られても致命傷には成り得ない。疑似魂が創り出した炉心は熱を帯びて、私を温かく包むように熱を広げていく。
最期だと思う。だからキミと話がしたい。最期の最後なんだから、少しくらいの我儘だって赦されるでしょ。じゃないと困る。
魔法は何も火とか風とか、瓦礫とかを操って動かすだけじゃない。遠距離から近接戦闘を是とするヒト達を援護するモノだけでも無い。それじゃ魔法が弱すぎるし、そもそも戦闘に向いていない。
では魔法とは何か。イメージのままに現実を歪める? 否。イメージしただけで魔法が使える程便利だったらとっくに世界は滅んでいる。
骨子を理解し、構造を改め、理論を用いて編み上げる。あやとりに近しいと思う。そして、私が最も得意とする魔法は────────
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