BadEnd/Propose 5

 違和感があった。彼女の記憶が戻った理由や、まだ生きている理由には深い違和感を覚えた。言葉にする事は少し難しいし、感覚だけであれ? と思ってしまう部分があって、だから上手く説明は出来ない。


 杖を握った手が震えている。一度殺した相手。躊躇っちゃいない。ただ、動けないのは、動いた瞬間、ボクの敗北が決定すると解っているから。彼女の一撃一撃がボクの致命傷になる。的確にボクの心臓を撃ち抜き生命活動を停止させに来るはずだ。彼女は無駄な動きなんてしない。


 知っている。この眼で視た。だから解っている。魔法を編む精度、速度、どちらも負けているボクが彼女に勝つには、搦め手を狙う他無い。


 ……彼女に弱点なんてあるの?


「──────────」


 互いに膠着状態に陥って、見つめ合う様に、隙を伺っている。ボクから攻撃する事は絶対に無い。その瞬間返されて終わる。例えば、ここで右に一歩足を踏み出したとして、彼女はそれを正確に一秒以内で撃ち抜くだろう。


 だから、話をしながら少しでも隙を伺った。ずるいって言われるかもしれないけど、それくらいしないとボクは魔法使いちゃんと対等に渡り合えない。ただでさえ天と地程の実力差があるのに、借り物の魔力回路を使って攻撃魔法を使った所で簡単に避けられるか無効化されるだろう。


 けれど、どうして彼女は動かないんだろう。…………躊躇っているのだろうか。だとしたらボクにチャンスはある。


「──────────────っ」


 杖を振り上げる。戸惑っているのなら、それは大きな隙だ。けれど、どうしてだ。どうしてわからない。全部知っているはずなのに、あの顔から彼女の感情が読み取れないッ。全部、全部だ。ボクは全部知っているはずだ……ッ! なのにどうしてッ。


 杖を振り下ろす。描かれた魔法陣をぶっ叩き、ストリボーグを撃ち出す。風の刃は真っ直ぐ魔法使いちゃんへと向かう。彼女は避ける事すらせず、ただ茫然とボクを見つめて────


「………………ずっる」


 彼女の眼前でストリボーグが掻き消された。大方、周囲に魔力を放出して、魔力障壁として組み上げたんだろう。前も見た事がある。ボクがやろうとしても、あんな完全には防げない。魔力同士が完全に組み上がって隙間など無い状態じゃないと魔法は多少すり抜けてしまう。


 彼女は未だ戸惑っている。ボクを殺さないといけないのにずっと戸惑っている。だから、今なら、奇跡的に魔法使いちゃんを打ち取れるかもしれない。そんな希望を持ってもう一度振り上げた腕が、瞬時にバラバラに散った。


「──────────は?」


 あまりにも一瞬すぎて何が起きたか分からなかった。ボクが杖を振り上げるその一瞬の間に魔法を完成させ、そして打ち出し、ボクの腕を切り落としたのだ。


「ぐ、ぁ────ッ」


 確かに、戸惑っていた。彼女は、躊躇していた。じゃなければ最初からボクは撃滅されているはず。


 切断面から大量の血がぼたぼたと垂れて行く。……痛みなら慣れている。何度も何度も経験したあの痛みよりはマシだ。切断された反対の方の手で杖を呼び戻し、自分の体に治癒魔法を掛ける。忽ち再生する腕に、我ながらきっしょ、と思いながら、やっぱり勝てないなぁなんて自覚する。


 彼女はそういうヒトだ。数秒前まで迷っていた癖に、一度決断すれば、何があっても決行する。どんなに辛い選択だろうと、どんなに報われない結果でも、彼女は受け入れなければならない時、必ず受け入れて、きっぱりと、まるでスイッチで切り替えたかの様にヒトが変わる。


 その決断で自分を傷付けているのに、それをケロっと受け入れる。だから嫌いなんだ。大っ嫌いなんだ……ッ!


「君のそういう所がずっと嫌いだったッ!」


 あぁ、もうッ! どうして分からないッ! 体だけじゃなく、心までもボロボロにする必要なんて無いだろうッ!? なんでそれを当たり前の様に受け入れる? ふざけんな。ふざけんな、ふざけんなふざけんなッ!


「ふざけんなッ!」


 杖を地面に叩きつけ、地面から引っ張り上げた瓦礫を使って巨大な無骨な剣を作り出す。そして、それが瓦解する。撃ち抜かれた。正確に、魔法の核、中心となる部分を貫かれ、すぐに魔法という物を壊してしまう。


 魔法使いだからってそんなのありかよって思うけど、だから魔法使いに選ばれてしまったんだろう。稀代の天才だとか、そういう言葉で表されるのが一番適しているかもだけど、敢えてボクは、違う風に呼ぼう。


「化け物め」


 あれで本気じゃない。夢で見た彼女はもっと、凄まじかった。遠距離で魔法を使っている時点で、ボクを下に見て居るのは明白だし、彼女本来の戦い方を少しでもされた瞬間、ボクの命は無いだろう。


 ねばらかな汗がボクの額を流れていく。何をしても崩される。上手く魔法を発動させたとしても、彼女の魔力障壁に阻まれ攻撃も届かない。なんだこれ、どうなってんだ? 勝てる要素無いじゃん。


 ここまでして、魔王にまでなって、彼女の魔力回路と接続して、攻撃魔法も使える様になって、それでもまだ彼女には届かない。頑張って背伸びしたけどやっぱり無駄だった。マジで、どうなってんだよ……ッ!


 負け戦を挑むバカは居ないと聞くけれど、ボクはボクで、絶対に引き下がれない。ここまで来たんだ。来てしまったんだ。どれだけ後悔してももう遅い。


「伝え忘れてた事があるんだ」


 彼女はそう杖を下ろす。


「何を?」

「私とキミの魔力回路は繋がってる。だからこそ取り込んだ魔力をエーテルに還す事も出来た。だから、それで、キミと繋がっているから、魂はその形を保ててるって事もあるんだ。……だから、私とリンクを切れば、私は自然に死ぬよ」

「……何それ、なんでそれを今教えるの?」

「今切られてもキミを殺す事は出来るからだよ」

「意地が悪い」

「どっちが」


 彼女は一切の嘘を吐いてないだろう。彼女にはそれだけの余裕がある。例え魔力回路の接続を切っても、現状の彼女の本気の一撃を喰らうだけでボクは負ける。何より、彼女の目的は生き残る事じゃない。ボクを殺す事だ。


「……そうか。やっぱりキミは、ボクを殺して自分も死ぬ気なんだ」

「うん。キミが居ないのなら、もう良いよ」

「ボクより重いじゃん。こわ」


 ボクは、死のうなんて考え無かったな。君の事をずっと考えながら生きていたかったのかもしれないけど、思えば少し不思議かも。


「……どうしてそうやってボクと話をするの? 君なら一瞬で殺せるくせに」

「…………どうしてだろうね。まだ、受け入れられてないのかも」


 自嘲気味に笑う彼女が、なんとも言えない表情になって顔を伏せる。そんな顔をされるとボクだってやりづらくなる。受け入れたんじゃないのか? 受け入れたから、ボクの腕を切り落としたんじゃないの? 分からない。本気なのかどうか。


 ……ここまで動揺しているのを見るのは初めてだ。王が死んだ時だってここまでじゃなかった。夢で視た光景でもここまで動揺していた事は無かった。


「今更、やっぱ無しなんて出来ないよ」

「解ってる。……解ってるよ」


 普通の女の子だなんてお互いに名乗れない。互いに許せない事が多すぎて、もうこれでお相子って出来ない所まで突き抜けてしまった。


 ボクは大量のヒトを殺したし、彼女が体だけでなく、心までも傷付けて進もうとするのが耐えられない。


 彼女は、ボクが誰かを傷付けるのが耐えられない。君の為なら何でもしてしまうボクを赦す事が出来ない。


 互いに手を取り合って、この先一緒になんて不可能だ。だって、生きている限り彼女は傷付き続ける。自分の我儘で何かを成した事も無ければ願った事も無い。少なくとも、彼女は必ず皆の為になる事だけをしていた。


 勇者も戦士も結局は自分の為だったけれど、彼女だけは違っていた。故郷は実質崩壊させられたという恨みも、自分の為というよりも、国の為、王の為という節が強かった。


 本当は、ボクが彼女に対して何か言う資格は無いのかもしれない。一度殺した相手、というのもあるけど、それよりも、ボクと彼女じゃ境遇が違いすぎる。


 輝かしい程の人生を歩んできた彼女と、それなりだったボクの人生では、言葉の重みも違えば、意味も変わる。


 解ってる。ボクじゃ彼女を救えない。……唯一救えるとしたら、それは彼女自身だろう。魔法使いちゃん自身が変わらなければ、どうしようも無い。


 けれど彼女にそんな意思は無い。だから殺すんだ。殺して終わるんだ。


「……、キミはどうして魔王としての力を使わないの?」


 どうしてって、そりゃずるいから。正々堂々というか、なんというか。そんなものに頼らないといけないって腹が立つじゃん。ボクでは君を殺せないと解っているけれど、でも、それでもボクだけでやらないと意味がない。そんなモノに頼れば、ボクは今度こそ、ヒトとして君を愛せなくなる。それはやだ。


「正直ボクはかなり衰弱しててね」

「だろうね。キミ、何も食べてないでしょ」

「うん。まあ死にたくは無かったけど、死んだらまあ、それはそれで良いかって思ってた。だって仕方ないじゃん?」

「私と魔力回路が接続されているのに生きていることに気付かないくらいだもんね」


 本当に、どうして気づかなかったんだろう。浮かれていたのだろうか。だとしても、自分がしたことのくせに忘れているなんてずいぶんと都合が良い。

 こうも、自分は愚かだと突き付けられると、嫌気がしてくる。


「…………話しても仕方ないね」


 ボク達の互いの目的は、互いを殺すこと。ボクはまだ死にたくないって思いもあるけど、魔法使いちゃんにはそういうモノさえ残っていない。ただ、ボクを殺せば自分も死ぬという状況を無理矢理受け入れようとしているだけにも見えるけど、どちらにせよ死ぬという事実は、変わらない。


 話は、終わりだ。心地よい風が吹いている。瓦礫の隙間から生えた草木はざわめている。こういう日はピクニックでもして、ゆっくり草原に寝転がりたい。けれどそれは叶わない話。


 杖をぎゅっと強く握る。ランタンの赤い光が眩く輝き、魔力の糸が編みあがっていく。


 ────何故魔王として選ばれたのか。


 今更だけど、あの旅は、魔王征伐の旅は、ボクが魔王になるための旅だった。自覚はもちろん無かったけれど、今こうして選ばれてようやくわかった。


 もう、良い。選ばれた理由はあれど、それを受け入れた時点で、その理由の意味もボク自身がそうであると思えばそうなのだ。それくらい適当でいい。理由ではなく目的を語れ。ボクは、眼前に立つ愛するヒトを殺す。それだけで、良い。


「だから」


 他はもう何も要らない。ボクがこれまでに得た感情を以て、ボクはここに顕現する。遥か二千年前より生きた魔王ではなく、その亡霊を追い続けた騎士達の亡霊でも、二人の姫の為に蹶起した騎士でも無く、そして何より、全ての因果を断つべく選ばれた姫でも無く。


 そう、ただの村娘。ただのどこにでもいる普遍的な女の子。間違いがあるとすれば、ボクはきっとあの村で死んでおくべきだった。


「…………、君がこのまま生きて幸せになれるのなら、それで良かった。けれど、君はこのままじゃ絶対に幸せになれない」


 君には幸せになって欲しかった。けれど、君が君として生きるのなら、それは叶わないだろう。悲しいことがあろうと、苦しいことがあろうと、君はすべてを受け入れる。


 ほら、今こうやって君は、ボクを殺すことを受け入れ始めている。君はボクほど壊れていないから、ボクを殺すことにきちんと躊躇うはずなのに、それでもやらなきゃいけないと受け入れ始めている。


 異常だ。誰かを決して傷付ける事は無く、そして自分がすり減っていくことにも気づかない。そんなのクソだ。やってられるか。誰よりも救われるべきヒトだ。それが誰も気付かずすり減って不幸になる。


 許せるわけないだろ……ッ! 何度も何度も確認した。この感情は本物だ。だから、殺そう。今すぐ殺そう。


「誰も君を止めないのなら、ボクが止める。どんな手段であっても、君を……ッ!」


「そのセリフ、そっくりそのまま返そう。私の為に誰かを傷付けるのは許さない。キミがどれだけ私のことを思ってくれているのかは痛いくらいわかってる。だから、キミにだけは、そんなことはさせたくない……ッ!」


 魔法を発動するのに、大抵三秒程のクールダウンを挟む。彼女の記憶を見るに、ボク達と旅をしている時は、連携を上手く取る為に連続で魔法を扱う事は無かったみたい。


 一度に扱える魔法は一つのみ。そういう絶対のルールがある。どれだけ速射が出来ようが全くの同時というのは不可能だ。…………本来ならばそのはずだった。


 彼女が杖を振り上げた時、三つの魔法陣が視えた。全く、ただでさえ速いのに同時に三つなんて、バカでしょ。勝ち目なんて最初から無かったって、そう事実を叩きつけるのも大概にしろ。


 規格外というか、ルール外だ。どうして三つ使えるのだろう? なんて考えても、魔法使いちゃんだから、としか言いようが無い。理論だとかそういうのを聞いたら彼女はきっと応えてくれるだろうけれど、ぶっちゃけ魔法になんて魅力を感じない。


 ロマン? ふざけんな。ただの殺しの道具だろ。そんなモノに魅力だとかロマンだとか感じる必要無いでしょ。


 放たれた魔法がボクへと真っ直ぐ向かってくる。十全に殺意を込めた火球三つ。それを避ける暇も無い。


「──────なんで当てないの? 腕は切り落としたのにさ」

「………………………………………………同情はしない」


 杖の先が震えている。怖い? いや、躊躇っている。この期に及んで、覚悟を語って、それでも尚まだ、怖がっている。どこまでもヒトくさい。一番ヒトから遠いくらいの化け物なのに、感性だけはヒトに留まって。


 ……腹立たしい。自分の能力を過信して、出来ない事は無いと大見栄張って、それでいて本当に何でもやっていたあの記憶は今や見る影もない。騎士として生きていた時間はとても短いみたいだけどさ、それでも君は輝いていた。


 出会った頃からずっと光だった。星だった。自分が王女様だって事を隠そうともせず、ただ淡々と語って、それで尚、高飛車な態度は取らず、あろうことかボクの為に左目を失った。彼女の左目は義眼だ。魔力を動力として動く、カルイザム製の硬い眼だ。


 星は瞬いている。漫然と輝く一番星であった彼女が今や六等星の如く弱弱しい光となっている。ボクの所為──でもある。けど、それよりも彼女自身が自分の心を全くケアしなかった事も大きく起因する。


 王や王子、彼ら家族が居ればきっとその傷も塞ぐ事が出来たのかもしれない。けれどもう彼らは居ない。彼らは死んだ。


 その傷を癒せるのは家族だけ。それくらい彼女にとってあのヒト達の存在は大きくて、何者にも代えがたいモノだった。


 ボクには代われない。ディグベルにだって。もう誰も居ない。


「…………同情、か。ごめん。ボクは君に同情してる。だから殺すんだ」

「あぁ、うん。そうだね」


 ボクは君が好きだ。愛している。ずっとずっと、一目見た時から正直惚れていたのかもしれない。だけど、それは叶わない。君がボクを好きになる理由なんて無いし、愛されるいわれも無い。だから決して彼女の心を癒す事は出来ないし、何かに代わる事は出来ない。


 あぁ全く、本当に。どうしようもないクズだな。


「魔王として、君を魔法使いと認めるよ。必要でしょ?」


 認めた時点で負けだ。負けなんだ。どこまで行ってもボクは勝てない。動機もそうだし、実力もそうだ。それでも殺さなきゃ。


「どうだろう。必要かと問われると別にって感じだけど。魔法使いとしての役割は終わってるよ。今ここに居るのは、キミの友人、親友としてキミを殺す為だ」


 親友か。結局そこ止まりだ。諦められないボクが悪いのは解ってるけど、そうはっきり言われると悲しくもなる。


「魔王、か。まぁでも、たぶん私はネドアじゃなくキミを撃ち落とす為に魔法使いとして選ばれたんだろうね。その前に勝手に役目を果たしたと思って役目を放棄しちゃったけど」


 そうと解っていながら、でもボクを殺そうと立ちはだかる。いや、ボクだって君を殺したいのだから、構わないけれど。


「イライラしてきた。大人しく殺されてよ。君の為を想って言ってるんだよボクは……ッ!」


 あぁもう自分がどうしたいのかもわからなくなってきた。どうしてだ。どうしてこうなる。ボクはきちんと魔法使いちゃんを殺さないといけないのに、どうして殺せないッ! ボクは、魔王になって、それでも、なんで……ッ!!


 杖を握る。強くぎゅっと。絶対に離さない為に。振り上げる。空に翳すが如くその杖は、轟々燃える炎の様にランタンを輝かせる。ボクの眼前に形成された魔法陣が、周囲の空気を圧縮させて、バチバチと音を立てている。


 結局ボクが知っている魔法の殆どは魔法使いちゃんが知っている、または使える魔法に限られている。どれだけ知恵を絞った所で、ただの村娘であるボクが王女様であられる彼女に知識で勝てる訳もなく、それによる経験の差も露骨だから、結局、勝算なんてある訳も無いんだ。だからありったけをぶつける。魔力放出による魔力障壁も全部砕いて、力業でゴリ押すしかない。


 そんでもって、そうするしかないってあの子だって気付いてるはずだ。


「空気の圧縮。ヴェントの応用か。……昔一度だけやった事あったっけ」


 自嘲気味に笑う。彼女からすればおままごとみたいな魔法でもこちとら全力だ。死力を尽くして君を殺す。もう、迷うな。どうしてあの時は簡単に出来たのに今はこうも惜しく思うんだ……ッ!


「どっちかと言うとさ、それって雷だよね」


 なんて言う彼女の言葉は全部無視だ。


「それに……それって制御がかなり難しいわけで」


 彼女が杖を少し振る。準備運動みたいな感じでブンブンと何度か。


「──────────ッ」


 それだけで、ボクが形成していたモノが崩される。魔法的なアプローチで邪魔された訳じゃない。きっとこうなるのは魔法的な理論じゃなく科学的な理論に基づいていた……んだろう。じゃないと彼女の行動で形成したモノが無くなるとは思えない。


 そうだ、ボクがしていたのは雷を生成する魔法じゃない。風魔法だ。風魔法の癖に雷の様な物が発生した。それは結局魔法の副産物でしか無いはずだ。風──つまりは空気を操作して雷を生成する。だから少しの風の変化で消えてしまったんだろう。にしても杖を振っただけで? とは思うけれど、模倣しただけのボクには分からないけど、もっと緻密な計算だとかが施されていて、そういう風になっているのかもしれない。


 敵わない。正直今すぐ泣いてしまいたい。こんな相手どうやって戦えってんだ。ネドアの王を相手にしていた時の方がまだ勝ち目はあった。まるで決して壊れる事の無い巨大な岩石を相手にしているような気分だ。


 魔法は崩される。知識を用いた応用であろうと簡単に瓦解する。だけどボクは君を殺さないといけないんだ。


「ははは」

「何が面白いの?」

「いや何、絶対勝てないなって思ってさ」

「そうだね。キミじゃ私には勝てない。だから大人しく誰も傷付けないって誓ってよ」

「無理だね。君が死んでくれるなら考えないでも無いけど」

「…………嘘だ。キミは私が死んでも私の為に誰かを傷付けるよ。ガラググの村が良い例だ」


 そうだった。滅ぼしたんだった。忘れていた。名前を付けた奴が生きていた村。君を少しでも精神的に追い込んだ村。そして、君が魔物に滅ぼされて欲しくないって願った村。だからボクが滅ぼした。魔物ではなくヒトの手であれば、君の願いも邪険にしたことにはならない。


 継続して魔法を繰り出す。風魔法が好きだからってわけじゃない。ボクが何度も何度もこの眼で視てきたのは火の魔法、フィアムだとかフィアグレアとか、そういう魔法だったけれど、そんな魔法で勝てるわけも無い。


 誰が何と言おうとボクは許されない。罪というのなら、君を殺し、ガラググの村を滅ぼし……勇者や戦士、魔法使いちゃんを騙し、僧侶として着いて行ったこともそうだ。


 赦される訳もなく、もう少しボクが大人だったら、きっとこうはならなかったんだろうって後悔を抱えてこの先何も得ずに生きていく。


 それで良い。


 スイッチを切れ。ボクはもう止まる事は出来ないし、止められる事も無い。己が魔王であることを、ここで証明して、あぁそうだ! 世界丸ごと全部壊せば、きっと魔法使いちゃんが傷つく事は無い! 未来永劫語り継がれる事も無いのだから傷付くはずが無い……ッ! ああそうしよう。それが良い!


 遥か未来はもうどこにも無い。


「衰弱してようが関係ない。終わりにしよう。ボク達はその為に生きて、決着を付けるんだ」

「一緒に死んでくれるなら、こんな亡霊紛いな事もせずに済んだんだけど?」

「あはは、面白い冗談だね。一緒に死んだら君を覚えているヒト達の頭蓋を一つ残らず破壊出来ないでしょ」

「怖いね、キミ」

「良く言われるかも」


 何度、終わりだって思っただろう。これが最後、を何度繰り返せば良い。届きもしない魔法を撃って、解りあえないと解っているのに、殺さないとどうしようもないって解ってるのに、言葉を交わして。


「それで、結末がこれか」


 まあ、上々じゃない? 悪人は悪人の死に方がある。裁かれて死ねるなら、きっとそれは悪人にとって本望だろう。やり遂げればの話だけど。


 杖を握り、体内魔力を放出する。魔力回路をフル稼働させ、炉心に熱を灯す。


「行くよ、魔法使いちゃん」


 これで最期だ。全身全霊で君を殺しにかかろう。きっと、敵わないだろうけど。だけどやらなきゃ。君が傷つく前に。

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