BadEnd/Propose 2

 とっくに壊れていた。ボクが村から逃げた時、その時既に壊れていたんだ。最初に勇者にあった。ボロボロなボクを見て、声を上げて驚いていたのを覚えている。ボクを身寄りの無い子供だと思ったのか、彼はそのまま、ボクを連れて行ってくれた。何も聞きはしなかったけど、彼なりに気遣ってくれていたのは解ってる。


 彼は馬に乗って移動していたけれど、ボクを抱えて乗る事はせず、少しだけ距離を取っていた。……ボクが、彼から逃げているって解ったから。今思えば、なんて失礼な態度を取ってしまったのだろうって、反省出来るけれど、あの時のボクは、何もかもが怖かった。


 魔物の怖さを知って、盗賊の怖さを知って、それで勇者と出逢った事で、ボクはヒトの怖さも知ったんだ。


 まず、デグルへと連れていかれて、身なりを整えられた。服を買い与えられ、必要無いと馬を売ってしまってそのお金でカルイザム行きのキャリッジを予約した。


 当初デグルの孤児院に送り届けようとしていたようだけど、ボクの怯え様を見て、その考えを改め、一緒に連れて行こうと決めたらしい。彼の気配が、何かおかしい事には気付いてたけれど、外にはこういうヒトも居るのだろうと、どうしてか呑気な事を考えていた事を覚えている。


 食事をしっかり採らされた。ボクがあまりにも痩せていて、体力も無く、このまま旅に連れて行っても早死にするだけだ、と言ってたらふく食べさせられて……満腹にならなかった事は無くて。美味しかった。デグルだったから海鮮がメインで、ボクは川魚しか食べた事が無かったから、赤身の魚は初めてだった。感動して、食い意地が張って、勇者に笑われたのを覚えてる。


 ある程度時間が経って、ボク達はキャリッジに乗った。フィアエドルを迂回したルートで、目的のカルイザムに着くには、数か月掛かった。そこで、戦士と乗り合わせたんだ。


「……今思えば、奇跡だったんだよね」


 そうしてカルイザムで、あの子と出逢った。私の星。私だけの一番星。輝ける命の中で、一番尊く、価値のある物。


「………………アリシア、か。好きじゃないな、この名前」


 他の女が勝手に着けた名前。けれど彼女は気に入っているから、何も言えない。名前を受け入れたのは彼女の意思でしょ? なら、ボクにそれを否定する権利は無いよ。


 この数日間、あの子の命はまさしくボクの手の中にあった。……なのに、どうして危険な事ばかりするんだろう。でも、もう安心だ。もう、傷付く事は無い。もう、誰にも邪魔される事は無い。


 ボクだけの星。ボクだけの愛。ボクだけの、────────。


 愛し合うって良いよなぁ。誰にも邪魔されない世界で、あの子と二人で生きられたなら、どれだけ幸せか。


 楽しかったよ。本当だ。ボクはあの旅を、魔王征伐の旅を楽しいと思ったよ。勇者や戦士、そしてあの子にとってはとっておきの地獄だったけれど、ボクにとっては楽しい旅だった。


 選ばれてなんていない。どうしてそう名乗ったのか、そうしないと、そうしなければ、きっとボクは彼女と居られなかった。だから、そう名乗ったんだ。


 まあ結局、どうしたってこの現状は決まっていただろう。彼女がどんな選択をしたって、結局ここに辿り着く。だって、彼女がどんな選択をした所で、ボクはボクで、変わる事の無い、化け物なんだから。


 自分が、■□なんて大層なモノじゃないのなんて百も承知だ。聖女だと崇められ、犯され残ったのは、嫌悪感と拒絶感と違和感と絶望と痛みだけ。


 勇者と出逢って安心を知った。


 戦士と旅をして、彼の旅路を見届けて、愛が何たるかを知った。


 あの子と出逢って、ボクが何の為に生まれたのかを知った。


 やらなきゃ。役目だ。与えられた役割だ。ボクは、最初からその為に生きていた。だから、誰にも止められない。誰にも邪魔させない。あの子にだけは、邪魔させない。


 だから、この手で殺した。魂を握り潰し、彼女の存在理由を潰した。


「…………………………………………、何を焦ってるの、セニオリス。これがボクだよ」


 失ったんじゃない。手に入れたんだ。もう誰かの記憶にこれ以上彼女が残る事は無い。素晴らしい事だ。これからの彼女は全てボクの物。なんてすばらしい事だ。なんて嬉しいんだ。


「良い天気だ、本当に」


 壊れていたんだ。とっくの昔に。


 優しい彼女はこのまま生きていても傷付くだけだ。おかしいだろ。なんで世界を救ったのに、懸賞金を掛けられ追われる身になったというのに怒りを見せない……っ! そんなの間違ってる。なんで悲しい顔一つせず、旅をしようって、簡単に決められるんだ。


 方法はいくらでもあった。魔王を征伐したと各国に伝えるだけで彼女は幸せになれたはずだ。全国に広がれば、やがて彼女は英雄として崇められたはずだ。


 なのに彼女はそれを無意識の内に拒否した。そう、知ってる。あの子はそういう子だ。ボクは良く知っている。だってこの眼で全部見た。彼女の記憶を全部、この眼で見た。


 羨ましい程輝かしい日々だった。親を失って、それでも前に進み続けた彼女が幸せなのは実に当たり前の事だった。けれど、どうして今になってこんな事になる……っ! どうして傷付いているのに、自分の傷を無視し続けられる……ッ! ボクは、……ボクはあの痛みには耐えられなかった…………。


 彼女の事ならなんでも知っている。本当の名前も好きな物語の終わり方も、好きな食べ物、どんなヒトがタイプなのか、天気は雨が好きで、魔法なら、グラーヌスが一番好きで、属性で言えば火が好きで、最近少し痩せて、ストレスで少しだけ白髪が生えてきた事も……昔一度だけ虫歯になって怒られた事も、怪我をしても泣かずに立って褒められた事も、どうして髪を伸ばしているのかも、なにもかも知ってる。知らない事なんて無い。


 だから、ボクは我慢が出来ない。出来る訳が無い。あれだけ優しくて強くて綺麗なあの子がこんなクソみたいな目に遭うのだけは我慢出来ない。


 けれど、世界の方を変えるのなんてボクには出来ない。


 だから、彼女を殺した。


 これ以上傷付かない。


 これ以上苦しまない。


 これ以上なにもない。


 これ以上進ませない。


「分かってくれるかな。…………無理か。無理だよね、そりゃ」


 だって我儘だもん。


 あの子の旅に着いて行ったのは気まぐれだった。すぐにもこの手で殺して、もう傷付かない様にしたかったけれど、でも折角だから里帰りくらいって思ったんだ。愛していた王に、最期くらい、挨拶したって良いんじゃないかって。


 まあ、それが結果的に、もっと彼女を傷付けてしまう結果になりそうだったのは焦った。


 名声のあるはずの彼女でさえ、国民の半分くらいが信じていればいい方だった。だから、さっさと出て、殺してあげたかった。


「…………うるさいな。さっきからずっと。お前はもう死んでるんだ」


 どうしてそこまでして付いてくる。精霊だかなんだか知ったこっちゃない。ずっとずっと邪魔だった。ボクがしようとする事全部止めようとしてくる。


「恩返しがしたいのならどっか行けよ。それが君が出来る最大の恩返しだ……ッ! もう放っておいてよ、君には何も出来ない。何もさせない。……今のボクなら、君も、真の意味で殺せるよ。殺してあげようか? 皆の所に行けないのなら、そうしてあげようか? なぁ……ッ!」


 邪魔だ。

 

 邪魔だ。


 邪魔だ。


 全部邪魔だ。


 ボクには必要の無いモノばかりで、ボクにはあの子さえいれば良いのに。なのにどいつもこいつも邪魔ばっかしやがる。なんでだよ。それで良いじゃん。誰も傷付かない。もう、何も無いんだよ。これで終わりなんだ。それで、良いんだよ。


 苦しむ理由なんて無い。悲しむ意味なんて無い。喜ぶ理由は、まあ探せばあるだろうけど、だけど、生きる意味ももう無いでしょ。


 ボクの心臓が止まる時、きっと全部満足してるだろうな。ボクが、選んだのはそういう道だ。満足して死ねるんだから、良い事でしょ?


「────────────────────」


 はぁ。

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