BadEnd/Propose 1

 ──────また、夢だ。燃ゆる村の中、必死に治癒魔法を酷使する少女。親愛なる仲間である彼女は、涙でぐちゃぐちゃになりながら何かを叫んでいる。父親の治療を奇跡的に成した彼女は、嗚咽混じりのその泣き声と共に、また別の村人を助けようと、魔法を酷使していた。


「…………まさしく地獄に相応しいだろう?」


 聞き覚えのある声だった。すぐさま声のした方に振り向く。


「レン……デオン。やっぱりキミの声だったんだ」


 長髪の男が立っている。地面を擦りそうな程長い髪と、中性的な面立ち。けれどその低い声は彼が男性である事を示す。私よりも三十センチ程大きい身長と、それに伴う肩幅もそう。中性的な面立ちの癖に体形だけは男性そのもの。


「記憶を失っていると知った時は流石に焦ったモノだ」


 酷く冷静に彼は呟く。記憶を失っていた時のあの声の主も彼だったのだろう。今思えば、そうだ。彼の声をきちんと聞く事は無かったけれど、それでも憶えている。


「カプリケットは死んだよ」


「知っている。今はそんな事よりも、見るべきモノがあるだろう。しかと見届けろ。地獄の中を生き抜いてしまった少女の惨劇だ」


 冷徹な声と共に、視界が切り替わる。何故、彼女がそうなったのか。何故、私にあぁまでして懐くのか。何もかもが解ってしまう。だから、目を逸らしたくなる。私は知りたくない。知ってしまえば、やっぱり、私は彼女を──────


「気付いているんだろう?」

「気付いてないよ。何も、気付いてない……っ。私は、何も知らないッ」


 そうじゃなきゃ私は、彼女をこの手で、


「目を逸らすな。お前がどうしてここに居るのか。お前がどうして記憶を失っていたのか。お前がどうして、生きながらえたのか。全てを知る時だ」


 地獄だった。眼前に広がるのは、立て直した村。季節は巡って春が芽吹く。その下で、地獄はあった。


「………………………………………………………………………………………………………は?」


 言葉は、出なかった。その光景を受け入れたくなかった。


「結界を失ったこの村は、盗賊や魔物から身を護る手段を持ち合わせていない。子は盗賊に攫われ、子を持つ親は殺された」


 彼女がそこに居る。


「やめてよ」

「その結果起きたのは、この村で唯一治癒魔法の使えるアイツへの異常なまでの信仰だ。餌場として憶えられたのだろう、魔物からの侵攻は定期的にやって来る。それ故に村人に怪我は絶えず、その度に、アイツは使われた」


 必死に村人の傷を治す少女。ただ、その顔は悲痛に充ちている。今にも吐きそうな顔で、ぼさぼさでくしゃくしゃな髪。ボロボロになった服と泥だらけの足。


 何より傷だらけの体。


「そうして、魔力を使い切ると、やってくるのは村人からの労いという建前の魔力提供だ」


 …………………………魔力提供は本来簡単な類だ。けれどそれは魔法を使う者にとっては、であり、例えば私は彼女に触れて、魔力の流れをイメージする事である程度送れる。けれど、魔法を使わない者、使えない者にとって、それは至難の業。たった一つの方法を覗いて、困難至極の業だ。


 その唯一の方法というのが、経験する事も無ければ、自分から実践する事も絶対に無いだろう事で、例えば、まぐわいだとか、そう直接的な表現は避けたくなるような行為で──つまりは


「粘膜接触による提供。…………つまりは性行為に準ずる行為を通しての提供。それによる魔力提供は確かに効率的だ。だが──」

「言わないで。何も、言わないで……」


 聞きたくない見たくない知りたくない……ッ! けれどこれは記憶だ。彼女が歩んできた地獄だ。知りたいと願った癖に、それが想像以上に酷いモノだったら目を背けたくなるなんてただの我儘だ。けれど、けれどさ、これはあんまりじゃないか。


 どうしてあの子は笑える? どうしてあの子は■□になった? こんな状況で、なろうなんて思う訳が無い。選ばれる訳が無い。


 私はずっと勘違いしていたのか?


「魔力欠乏から起きる症状は、眩暈、吐き気、熱、痛覚過敏、意識の朦朧が挙げられる。これは急速に炉心が熱を帯びる事で起きる症状だ。そこに、魔力提供を行った場合、炉心は空回りを続け、やがて傷む」


 彼女の慢性的な寝不足。彼女の睡眠時間が極端に長い理由は概ね予想通りだった。あぁ、予想通りだった。クソ、いつもいつも……、最悪な予感だけは当たる。自覚してない癖に、何も解ってない癖に、それだけは……ッ!


「傷んだ炉心は永久に治らない。如何なる魔法であろうと、如何なる奇跡だろうと炉心、つまりは魂の完全な修復は不可能だ。それは、お前が既に証明済みだろう」


 知っている。だから私の記憶は失われた。いや、もっと正確に言うのなら、私の体内から消失した。あらゆる魔法、あらゆる奇跡、あらゆる願いを以てしても、魂が戻る事は無い。ならば、レンデオン、キミの被霊は──


「偽物の魂に借り物の記憶を投影する。私の呪いはそういうモノだった。未来を見通し、過去を棄てた私が、唯一辿り着いた、死者の蘇生。そして、お前の魂は、似た状態にある。原理は、もう分かっているだろう?」


 カルイザムの禁書庫。あの場所で得られた情報は、結局殆どが役に立たなかった。魔力回路がどうとか、炉心がどうとか、魔法の理論だとか、そういう知識ばかり。そんなのどうだって良い。けれどその中で、たった三文だけ、気になるモノがあった。


「エーテルと魔素、そして魔力、は……変化したとて、必ず同じ質量、同じ性質を、持つ。されど、エーテルを操る事は、ヒトに与えられる事の無い機能。何故なら、魂はエーテルの塊であり、エーテルとは、星の、魂であるから」


 著者、ヴィレッジ・ヴィレドレーナ。他大陸の国の名を冠する誰かの手記に記されていた。エーテルが星の魂というのなら、私達の記憶が魂に保存されるのと同じ様に、この星のどこかに記憶が保存され、どこかにその記憶を頼りに形成される人格が存在する事になる。

 だが、これだけでは私の記憶が戻った理由付けにはならない。私の魂は霧散していなかった。誰かが後生大事に杖に仕舞っていたんだ。

 解っている。この魂は、今私という人格を保存しているこの魂は、偽物だ。


 何故、あの子が攻撃魔法を使えたのか。何故私があの子の杖を持っていたのか。それを考えると、いつか解るだろう。

 魔力回路とは、一体何だ。炉心とは、魂とは、魔力とは、魔法とは、何だ?


 魔力回路は繋がる。例え離れていても、その繋がりは途絶えない。繋がった先に、私の記憶があったんだ。だからきっと、私はここに居る。

 この夢は、あの子の記憶そのモノ。繋がっているからこそ、私はここに。


「私の研究の最終地点は被霊を作る事ではなかった。その先にある、魂への理解が私の研究目標だった。何度も繰り返し、お前が行う過重魔法陣によるオーバーロードに辿り着き、そして星の意思に辿り着いた」


 それは、まさしく天上の意思と呼べる存在なのだろう。この星の意思。この星の魂の主。そう訊けば、大分馬鹿げた話に聞こえる。そんなモノが居るはずが無い。あり得ない。エーテルが星の魂ならば、私達の魂を象るエーテルは何だ? 私達は、何故星の魂を魔力に変換し魔法を放つ?

 何も、解決されちゃいない。


 それに、今、この状況で、その話は必要なのか?


「精霊。憶えておけ。現状唯一アイツを救える存在であり、そしてお前が縋るべき相手の名」


「…………見つけられる訳、無いだろ。そんなの」


「あぁ、だから話した。私はアイツを助けるだとか救うだとかに興味はない。ただ、一つ、子供達が恩返しを願っている。それだけだ」

「なんだよ、それ。何の意味も無いじゃんか。何が恩返しだ。今更死者がしゃしゃり出て、見せる光景がこれか……ッ! 話す内容がそれか……ッ! そんなの微塵も興味無い、お前に私が求めるモノは、あの子を救う方法だッ! わかってんだろそんな事くらいッ! なぁ、魔女ッ!!」


 ふざけるな。なんだよそれ。意味ありげに出て来た癖に、お前じゃ助けられないって告げるようなモンじゃないか。何なんだよ。………………何なんだよッ! だって、あの子は苦しんでる。成りたくてなった訳じゃない。優しいあの子がこんな、…………こんな事望む訳が無いだろうッ!?


「救う方法なら、もう解ってるだろ。お前は、唯一それが出来る。現実から目を背けるな」


「消えろよ、何だよそれ。そんなの……、出来る訳無いじゃんッ! 私は、あの子の仲間だ。仲間なんだよ……。何があろうと、どんな風になろうと、それだけは変わらない。変わっちゃいけないんだ。じゃないとッ! あの子が、一人になってしまう…………」


「お前を殺そうとした相手だぞ」


「知ったこっちゃない。お願い……お願いだから、消えていなくなってよ。もう、良いじゃん。私には、どうする事も出来ない」


 レンデオンへの怒り……だと思いたかった。目を背けているのは本当だ。逃げているのも本当だ。だって、私じゃどうしようもない。出来る訳が無い。


 ──────私に、あの子は殺せない。


「何度も、何度も犯された。その度に、痛みだけが蓄積して行く。その度に炉心は傷んで行く。されど、アイツは村人を恨む事は無かった。それが当たり前だったから。それが日常だったから。アイツがこの地獄で付けられた名前は、聖女。癒しと施しを授けてくれる、慈愛の聖女だ」

「……………………………………言ってる意味が分からない」

「その身を穢され続けた。何度も、何度も、何度も。そうして、とある転機が訪れる」


 また、景色が変わる。髪は伸びきってぐしゃぐしゃで、服はどろどろに汚れ、足を覆う小さな傷は見るに堪えない。骨と皮だけの生きた骸の様になって、それでも彼女は、襲い来る恐怖から身を護るどころか、それを恐怖とすら認識していないようだった。


 彼らは悪ではない。我慢すれば、皆喜んでくれる。痛いのは自分だけで良い。


 昼夜を問う事は無く、それは、やがて魔力提供という建前へと変わっていく。


 幼い体に対して行われた惨い仕打ちは魔力欠乏による痛覚過敏によってその痛みを大きく引き上げた。その痛みは身に余るほどで、彼女の心を壊すには十二分な物であった。


 魔力提供を行うだけなのであれば、必要の無い上半身をも穢され、それでも、彼女は大人を恨まない。


 与えられるのは、苦痛と拒絶感と違和感だけ。彼女を取り巻く環境は、悪路を辿る。


 右足のかかとが腐っていた。何度も石を踏み、傷を作っては治すことも出来ず、それが膿となり、やがて腐ったのだ。怒りはどこにも無い。苦しみと、痛み。そして、近くにヒトが居るのに感じる寂しさだけだ。


 たまたまだった。たまたま魔力が暴発した。炉心が傷み、最早稼働率も半分を切っているのに、それでも何故か溢れる魔力に支えが効かなくなって────────首が目の前で飛んだ。


 奇跡だった。暴発した魔力が、奇跡的に刃の形を取ったのは、彼女に内包された攻撃性の表れとかそういうのですらなく、本当にたまたまだった。


 彼女は治癒魔法しか使えない。攻撃なんて怖くて出来ないし、出来たとしても誰かを傷付ける事なんて出来るはずも無かった。


 そうして逃げ出した。逃げなければ、殺される。だから、遠く遠く、駆けて逃げて、逃げて逃げて、逃げ続けて、そうして小川を辿り、旅をしている勇者と出逢った。


 選ばれちゃいない。望まれちゃいない。けれど、そうすれば、生きられる。


 自分を見る勇者の眼を見て、安心したのだ。


 勘違いしていたんだ。ずっと、ずっと当たり前だと思っていた。だってそうでしょ? 誰も教えてくれない。それを間違いだと糾弾するヒトが居ないのであれば、それはその中で正義となって腐って蔓延って醜悪で最悪でクソみたいにこびりついて、まるでそれが全てであるかの様に振る舞われる。


 だから気付く訳無かったんだ。


 悪意の無い悪逆を、彼女は知ったのだ。許される事では無かったのだと。


 私達との旅で彼女は壊れた心に感情を植え付けて行った。


 初めに安心を知った。だから私と出逢った時は比較的落ち着いた様子だったんだ。


 次に愛を知った。目の前で起きた事をそのまま受け止めて、眼前で紡がれる奇跡に感銘して、愛を知った。


 そうして最後に、憎悪を知った。文字通り世界を救ったというのに全部無駄だったのだと知って、絶望して憎悪を知った。


 村でされた扱いに似たモノを感じてしまったのだ。あんなのは二度とごめんだ。何よりも優しい彼女は、そんな想いを私にもさせたくなかったんだろう。


 かくして彼女は、ヒトの生み出す醜悪からなされる地獄を生き抜いた。そうして、与えられた彼女の役割は、□■なんて物じゃなく、それは私達が斃すべしと憎み続けた最大の敵────────。


 即ち、魔王である。

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