Insomnia 1
「キャリッジってやっぱ大きいね?」
「そうだね。馬一頭とキャリッジ……、古いのだと安く買えたし……。まあ」
本来は荷馬車として買おうと思っていたのだけど、六人用キャリッジの方が安くて質が良かったので、こっちを買う事になった。耐久性とか色々と心配事はあるけれど、荷物はそこまで多くならないし、少し改造して寝床にするくらいだろう。そんなに重いモノを運ぶ事も無ければ、他のヒトを乗せる訳も無し。
荷馬車に屋根は無いけど、キャリッジならば簡易的な布の屋根が着いている。正直これを買った理由で一番大きいのがこれだ。屋根っていいよね。最高。屋根の大事さは本当に身に染みている。
「これからよろしくね」
と馬を撫で、顔を寄せる。見知った店で購入した良い馬だ。騎士団に所属している時から何度か世話になった。素性を偽ってしまったのは良心が痛んだけれど、でも仕方ない事だ。飲み込もう。あのヒトが私の事を覚えているとも限らない。だから良いんだ。
「行こうか。検問はよろしくね」
「テレポートは?」
「折角の旅だ。最初くらいきちんと検問は通りたいよ」
「そ?」
彼女はすぐに頷いて、私に御者台に座る様に促す。彼女は私の膝ではなく、股の間に座る。私ではなく彼女が手綱を握っている様に見せる為だ。無事に出国が出来たなら、隣に並べば良い。
馬を歩かせ、キャリッジを牽く。かなりの馬力の持ち主の様で、これくらいの物なら簡単に動かせるらしい。まぁとは言え、当たり前だけど全速力では走れないし、もし走ったとしても、スタミナの消費が激しすぎる。当てもなく急ぐ旅でも無いんだ。こうやってゆっくり進むのも良いモノだ。
「おぉー、なんかこの視点で見るの新鮮っ」
少しだけ声の高くなった彼女がはしゃぐ。確かに、キャリッジに乗る事があっても大体は後ろに乗る。御者台に座るなんて無かっただろう。
ロッドストローを進み、検問所へと向かう。少し緊張していると、彼女が寄りかかって来る。
「大丈夫だよ」
小さく呟いたのは私を落ち着かせる為。優しい彼女には私が緊張している事なんてお見通しなのだろう。姿を隠して検問所を通るなんて罪悪感しかない。魔導士が居れば、この狩人の服も見破られる可能性があるけれど、私が居た時と変わらなければ今日は騎士の担当。代わりに魔力探知の水晶が相手だ。
ぶっちゃけ、魔力探知の水晶はあまり精度が良くない。白いキミも一応は魔法を使う為、私の魔力も彼女の魔力も混ざって伝わり一つしか反応を示さないだろう。あれを改良するなら、魔力感知の感度を逆に下げるべきだ。吸う量が多いおかげで余計に混ざってしまうんだ。
検問所に着くと、手綱を彼女に握らせ、その手にかぶさる様に彼女の手を握る。
「……一人か? 旅の者に見えるが、貴様の様な人相は入国の際見た事が無いな」
「忘れているだけじゃない? たまにあるでしょそういうの」
「…………確かにそうか。テレポートの使い手でも結界をすり抜ける事なんて出来ないしな。…………荷物が二人分あるが?」
「あっちに村があるでしょ? あそこに待ち人が居るんだ」
「…………魔法使いの様だな。荷物を拝見しても?」
「うん」
何も変な物は持っていない。強いて言えば私の杖だが、先ほどの待ち人という嘘が役に立ったのか特に言及もされない。
「…………! (まずいっ)」
恥ずかしながら私はこれでもこの国では知名度があった。そのため誰かの前に顔を見せる事も多かった。特に騎士団に所属していた頃は何度も。その度に私は杖を握っていた。寸分たがわぬこの杖を。だから、しまったと今更ながら気付いた。けれど、
「良い旅を。貴殿に幸運が訪れる事を祈る」
検問所を担当していた騎士はあっさりと私達の出国を赦した。
「良いの?」
「あぁ。構わない。さっさと行け、後が詰まる」
「……分かった。ありがとう」
彼女はあっけらかんとした態度の騎士に少しだけ驚きつつ、私に握られた手を少しだけ動かして合図を送る。
「良い旅を……。姫様の事を、宜しくお願いします」
その声は、聞こえるかどうかの小さい声。あぁ、ようやくそれで気付いた。この騎士は、ディグベルと共に居た──たまたま、という訳でも無さそうだ。それにしては驚きが無い。大方ディグベルに令を出されたんだろう。
「ありがとう。ディグベルをよろしく」
こちらも小さく返し、鞭を打って馬を出す。風に揺らる草原に、ヒトは案外多く居る。冒険者だとか、商人だとか、国の近くだからというのもあるが、集落が点在しているというのもあって、かなりヒトは多く感じる。けれど丘や森に入れば、すぐにヒトの姿はあまり見かけなくなるだろう。
「後ろ、見なくて良いの? もう二度と訪れる事は無いかもよ?」
「十分焼き付けているよ。キミたちと旅に出るその日に」
「………………そっか。そうだね。ならもう、振り返る必要は無いね」
「そろそろ隣に座らない?」
「やだ、ここが一番落ち着く」
「後ろ広いよ?」
「いーやーだっ!」
子供の様に駄々をこねる彼女に、少しだけ溜息を吐く。まぁ、仕方ない。彼女はこういう所がある。さっきまできちんと受け応えしていたのに急に幼くなる事がある。朝起きれないのもその一環だろうか。
「どこを目指すの?」
「どこを目指そう」
何も考えてない。どの方向に向かおうとか、どこを目指そうとか、そういうのは全く。
「ちなみにさ、私が居たガラググの村はどこら辺にあったの?」
「えーっと、トルガニス側の禁足地の近く……だね」
「あぁ、ならあの森はパグリオの森だったんだ……」
あそこに村があるという話は聞いた事が無かったけれど、元々迫害して出来た村であれば、そういう情報が回ってこないのも頷ける。ましてやトルガニスとなればなおさらだ。
「あの村に未練でも?」
「…………そうだね。結界を張ってあげる事が出来なかった」
「君は優しすぎるよ。どうせ酷い言われようだったんでしょ?」
「そうみたいだね。でも悪い事ばかりじゃなかったよ。アリシアという名前もあの村の女の子に貰った物だし」
「…………君は気付いていなかっただろうけれど、ボクがあの村を訪れた時、君と一度だけ会った時、あの時の村人の君を見る目は──────異端を見る目だった」
そうかもしれない。余所者なのにあそこまで献身的に助けようとしてくれたエリーやアラギグが少し違和感があるくらいなんだ。
「村っていうのは余所者を嫌うみたいだし、仕方ないよ」
「……それでもあんな目を向けられて、それでも未練が結界を張ってあげられなかったっていうだけなんて優しさが度を越しているよ」
「うん、と。理由はそれだけじゃないよ。エリーが生きた村が魔物によって襲われるなんて嫌でしょ」
「そっか」
彼女は納得したように頷いて、つまらなそうに足をぱたぱたして更に私に体重を預ける。
「重い」
「失礼な」
車輪が小石を弾きカタカタ揺れる。その揺れに思わず鼻歌を歌ってしまう程の心地良さを覚える。体重を預けられた事でぴたりとくっつく彼女の温もりも相まって、このままじゃ眠くなってしまいそうだ。
「良い天気で良かったね。旅の最初から曇天だとか豪雨とかだったらどうしようかと」
「あれ以上カルイザムに居ると迷惑かける事になりそうだったしね。……ディグベルは大丈夫かな…………」
「まだ、話し足りなかった?」
「……足りる訳無いでしょ。三日三晩話つくしても飽き足りないね」
「じゃあ戻る? 君が望むなら、ボクは「いや、ダメだよ。一度決めた事だ。それを捻じ曲げちゃいけない」
「……………………相変わらずだね」
馬は草原を抜けて、森へと入る。森に点在する村を巡りながら旅を続けるのが一番良い。村であれば物々交換も行ってくれるから魔物の素材や薬草を集めておけば、それなりに生きていけるはずだ。旅の者は信用されないという弱点もあるけれど、村に滞在するのではなく、交易という名目で立ち寄るのならば、村に入らずとも事は済ませられる。
ラバン森林と呼ばれる、カルイザム周辺に広がる大森林。とは言え、それなりに道は整えられ、貿易路は地図に記され、迷う事は無い。が、今回は貿易路を外れる事になる。いくつかの集落は貿易路の中継地点として栄えているが、私達はそこに向かうべきではない。
追われる身である事を忘れてはいけない。帝国トルガニスに近づく気も無ければ、何かアクションを起こす気も無い。問題は、追手。必ずどこかで遭遇するだろうけれど、その時は殺すしか無いだろう。生かしてしまうと居場所が割れてしまう。
仕方が無い。
「暗い顔になった」
「そんな事」
「あるよ。これからの事を考えると不安だもんね」
何もかもお見通しだと解ってる。隠し事も出来ないと解ってるけれど、伝わってしまうのに少し慣れないで居る。どうして彼女は私の感情をこうも読み取れるのだろう。まるで覗かれているかの様で、少しだけほんの少しだけ不気味にも思えてしまう。
「…………道逸れるよ。草が巻き付かない様にするけど、かなり揺れるから気を付けて」
「うん」
征伐の旅は道を逸れる事はなかった。どこに行けば良いか明白だったからだ。とは言え、魔王の居場所が判明したのはかなり後になってからだったけど、さ。だからこういう場所に踏み入るのは新鮮な気分だ。元来旅とか冒険ってこういう場所を切り拓いていくものでもあるはず。……あれ、その場合開拓者? まあどちらにせよロマンを求めているのは相違ないはずだ。
森とは言え、無理をすればキャリッジが通れる程の余裕はある。所々木の生えていない広場の様な場所も散見したりする。休憩を取るならこういう場所が良い。
目的も無く道を逸れる。こっちには何があるのだろう。何か起きないだろうか? なんてそんな期待を膨らませているわけじゃない。あくまで逃避行。国際指名手配犯が追手に気付かれない為に行っているだけの事。
「楽しそうだね」
「え?」
「気付いてない?」
「…………………………」
「さっきから出逢った頃みたいにキラキラしてるよ」
「そうなの?」
楽しい、と素直に思っていいのだろうか。彼女と一緒に居る安心感もさることながら、この旅はきっと今までの物とは違った物になるだろうという期待感もある。けれど、これは逃避行なんだ。どこに行ったってそれは変わらない。例え大陸を越えたとしても。
「どうにかしようとは、思わないんだよね」
「……どうしようも無いよ。時間が経って皆が忘れてくれるのを待つしかない」
「…………君は、自分に厳しすぎるよ」
「そうかもね」
魔王征伐を成した所で、世界が平和になった、なんて都合の良い事は起きなかった。大きな爪跡をカルイザムに残し、大切な仲間が二人犠牲となった。都合良く世界丸ごと平和だなんて事は起きないんだ。
魔王征伐に意味はあったのだろうか。そもそも何故、私達は魔王と勇者に分かれ争わなければならなかったのか。誰が私達を選らんだのか。誰が勇者と戦士を喚んだのか。
カルイザムの一件まで、魔王を脅威として見て居なかった。それも相まって、最悪な旅だったのは間違いない。勇者であるというのに、その目的がはっきりしていなかったのだ。勇者と戦士に関しては、最初から分かっていたようだったけれど。
「ボクはこの旅に、何の目的も無い。トルガニスに顔は知られていないし、ぶっちゃけ逃げる理由も無い。けれど君と少しでも一緒に居れるなら、この旅にずっと着いて行くよ」
「……ありがとう。キミのおかげできっと寂しい思いはしない」
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