OverDose 4

 旅をするとそう決めてしまった以上、彼女は頑としてその意思を変えないだろう。嫌という程見た。だから着いて行く事にした。


 正直記憶を取り戻した事は意外だった。魂の欠落、記憶の欠損、更には魔力回路の破損。彼女を取り巻く環境は最悪の物だった。彼女を見つける以前から記憶が無くなっているのは解っていたけれど、実際に眼にした時は思ったよりショックを受けたんだ。


 彼女はボクにとっての一番星だ。何よりも輝き、ボクを導き守ってくれる。けれど、もう守ってもらうだけじゃいけない。


 最近、眠る度に夢を見るようになった。旅の最中はいつだって泥の様に眠っていたから夢を見る事なんて殆ど無かったけれど、ここ最近は良く見る。具体的に言うと三日程前から。その起因は既に判明しているけれど、どうしても口にする気にはなれない。これが歩んできた物なのかと思うと、ボクには眩しくて到底口には出来ない。


 記憶なんて必要ないと思っていた。ボクにとって記憶は忌々しい物に他ならない。いつだって記憶を辿ると最悪な気分になっていた。だから余計に羨ましくて眩かったんだ。


「…………分かってるよ、セニオリス」


 死者の声を聞く。これはただ、ボクが死の境を何度か行き来した事によって得た後遺症だ。それ故に、選ばれたからという訳でも無いし、これが起因して旅に加わったという訳でも無い。


 そもそもボクは、選ばれてなぞ居ない。


「いい加減家族の元に帰れよ。ボクはボクでやらないといけない事が沢山あるんだ。死人に耳を貸す暇は無い」


 大きく溜息を吐く。


「あぁ、全く腹立たしい」


 彼女はそうするだろうと解っている。彼女はそういうヒトだと解っている。愛している。ただその一心でボクは彼女の傍に居たい。彼女の為になりたい。だから…………だから、殺さないといけない。彼女を傷付ける物を赦せないんだ。


 杖を手にする。魔法の杖とだけあって、ボクの言う事は何でも聞く優れモノ。ボクが来いと命令すればすぐにボクの手の中に在る。使い勝手が良い。ランタンの火は青白く光っている。未だに彼女とのパスを切れずに居る。あの子の怪我を治すには、常時治癒を掛け続けなければならなかったのもあるけれど、それよりも────


 魂が欠落している状態での蘇生は不可能だ。だからあの時ボクはその場に霧散したエーテルをかき集め、彼女を情報体として保存した。つまり、この青白い光は彼女の魂であり、生命だ。

彼女は彼女でこの存在を認識出来ないはずだ。自分という存在を外部から認識する事は出来ない。それ故、彼女からすればこの杖はただ青白く光り、常時何かしらの魔法が発動している様に映っただろう。


 …………この光がボクの星だ。この星が、ボクの全てだ。誰にも渡さないし誰にも傷付けさせない。ずっと一緒だ。ずっと、永遠に。ボクが死ぬまで永遠に。


「うるさいな。黙ってよ。君にボクの何が解る。君に解る訳無いだろ。ボクにとってあの子が何なのか。あの子がどれだけ──っ」


 到底、生き残ったとは言えない。到底無事だとは言えない。けれどボクが生き続ける限り、彼女は死なないし傷付けさせない。何があっても。


 予定は狂ったけれど、焦らずに行こう。せめて彼女が気付くまでは。


「………………………………」


 パスは切らない。だってこうしている間はボクはあの子と繋がっていられるんだ。夢にまで見た状況だ。


 杖を抱く。彼女の仄かな温もりが伝わってくる。暖かいヒトだ。どんなになってもそれだけは変わらない。記憶を失くしても、ボクを憂いていた。記憶が無い癖に何も覚えてない癖に、全部無駄にされた癖に、それでも優しかった。


 記憶を取り戻した後もまるで何もかも分かった風に飲み込んでいる。ふざけんな。そうなるだろうと思っていたけれど、どうしてあの子は全部飲み込めるんだ? 自分が何をしたのか解ってるのか? それなのに、こんな扱いをされてどうして納得出来る……ッ!


「いや、分かってるよ。どうしてかって。そんなのはこの眼で直接見た」


 だから余計なんでしょうが。知っているからこそ腹立たしく思う。だけど彼女は受け入れているんだ。だから、本当はボクは何も出来ないのかもしれない。だからと言って笑って彼女の隣に居る事なんて出来ない。それじゃあボクは君と共に居られない。だから、これは決して彼女の為ではなく、ボクの為のボクによる独善的な行いで、この行為に是非を問われるいわれも無い。


「どうしてって、そりゃあ、あの子を傷付けたから。だから手を下したんだよセニオリス。理由はそれだけで十分だ。これからは一緒に居るからあの子が傷つく事は無いよ」


 悲しい顔、喜んでいる顔、苦しんでいる顔、怒っている顔。そういう感情はある癖にどうしてか決壊前に必ず押し殺している。どうせ、ディグベルに会った時も満足に泣けやしなかったんだろう。王の墓前でさえ彼女は淡々と言葉を連ねるだけだった。それが親に対する態度なはずが無い。あの優しき王に向ける態度であっていいわけがない。


 親という物に対して思い入れの無いボクでさえ、そう思う程に彼女にとってあの王は大きな存在だったはずだ。王子だってディグベルだって、彼女にとってかなり重要なヒト達だったはずだ。この眼で見たんだ。間違いない。なのに、どうして彼女は我慢なんてしていられる。どうして彼女はあそこまで冷静に居られる? おかしいじゃないか。そういう感情が記憶と共に欠落してしまったのかと疑ってしまいたくなる程だ。


 故にボクは、彼女が笑って過ごせるのならば、この手が汚れようとも────────。

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