OverDose 3
多くを失った旅だった。仲間を失った。けれどそれでも希望に満ちていたと思う。誰も後ろを向かず、全員が前を向いて、ただ一人として諦める事なく立ち向かった。そういう旅だった。
なら今度の旅もそうあるべきだ。世界的な指名手配を受けている以上、どこの国も私達を腫れ物の様に扱うだろう。トルガニスに、その国を訪れている事がバレてしまえばどんな害を被るか分かった物じゃない。その為、すぐにでもカルイザムを離れるべきだけど、まだ旅に出れる程の荷物を揃えられていない。テレポートを使わずに旅をすると決めている以上、準備を怠ってはならない。あのゴムみたいな魔猪の肉をまた食べたいとも思わない。
「彼、とても良いヒトだったね」
「うん。見た目通りでしょ?」
「うん。見た通りのヒトだったよ」
ふふ、と笑う彼女が私の手を取る。
「お話は、どうだった?」
「お小遣いをもらった」
「…………報奨じゃなくてそういう建前にしたんだね」
「この国にそんなお金は無いよ。今は何が何でも立て直そうと必死なんだ」
「だね。それじゃあ、そのお小遣いを使って旅を?」
「そうなるかな。他の国には立ち寄る事は出来なさそうだし、監視の薄い村を転々とするのが良いかもしれないね」
村、か。と彼女が頷く。そういえば、一度だけ彼女が村生まれであるという話を聞いた事あった。詳しい話は、避けたけれど。
「よぅしそれじゃ、明日には出立かな。準備は君に任せるよ。正直旅に必要な物をボクが理解してないからね」
本来は私が出歩くのは避けるべきだ。カルイザムの民には一応は顔を知られている。フードを深く被り顔が見えない様にはしているけれど、それでもだ。まあ、確かに彼女に買い出しは任せられない。前に頼んだら要らない物を買って来た事があった。一目惚れしたんだーとか言っていたけれど、その後それを使っている所を見た事が無かった。
「それじゃ、宿で合流しよう。二時間程で戻るよ」
「あいあい、了解―」
彼女はその返事と同時にテレポートで宿へ消えてしまう。全く、便利な物だ。私も使えたら良いんだけど、そう簡単には行かないんだよな。
とかく、足をマーケットプレイスへ向けながら狩人の服に備えられた術式を発動させる。確かカルイザム中央商店街とかいうそのまますぎる名前の通りだったはず。というか、宿もそこにある。買う物と言っても、保存加工する為の薬品だとか、途中必要になるであろうナイフ、簡易的な寝袋等だ。そこまでの量じゃない。ポーションだとかは、あの子の回復魔法で事足りるし、そもそも魔物と戦うような旅じゃない。
あとは服とか。魔法によって洗濯は出来るけれど連続で同じ服を着るのもあまり良くないだろう。
……彼女について疑問は多くある。今になって彼女を□■と呼ぶわけにもいくまい。それはもう既に過去の名前だ。征伐の旅を成した今、それを名乗るのはデリカシーに欠ける。私もそうだ。■□□■という名は、あの時棄てた。だからこそ、エリーに貰ったアリシアという名前を気に入っている。彼女がアリシアと呼んでくれたのは二、三度程だったけれど、それでも彼女が呼ぶ声を好いていた。出来た話かもしれないけれど、ヒトにきちんと名を呼ばれたのなんて、どれくらいぶりだったか。
ディグベルに貰ったお金は報奨であると言われても疑わぬ額ではあるが、あまり無駄遣いはしたくない。征伐の旅に出た時、騎士を務めた間に稼いだ額は全て寄付した。旅においてお金は重要だが、残念ながら、カルイザムで発行されるお金と他の国で発行されるお金は違う。一応カルイザムで使われているセレルも、両替は出来るけれどかなり面倒な手続きを踏む事になる。それならば旅の途中で狩った魔物の素材を売る方が何倍も速い。
と言っても、あの村で目を覚ました時点でお金なんて持っていなかったし、指名手配犯である以上冒険者登録も除名されている。今更為替がとか言った所で無駄だ。それに、素材屋が使えない以上、もうお金を手にする事は無いだろうし。
貰った物だけど、結局ここで全部使わないとダメだ。旅をするにあたって覚えた製薬も錬金もある。売る事こそは出来ないけれど、買う事は出来る素材屋で保存薬の素材を買い揃え、数日の間の保存食を買い、必ず必要になる防寒着と、折り畳み式の簡易ベッド。これは一つで良い。二つ買っても邪魔になるし、あの子は私が寝ている所に入り込んでくるだろう。
あとは、これら荷物を入れる鞄かリュックが必要になる。狩人の服を好んで着るのであればリュック一択だけど、必要なのは国や難民キャンプくらいだ。こと村においてはあまり必要性は感じられない。なので、普段着る服に合わせる方が良い。そこまで重くなる物でも無い。何なら筋力強化がある時点で、殆ど重さを考える理由も無い。入るか入らないか。趣味か趣味じゃないかで考えれば良い。荷物を運ぶ為程度の筋力強化ならば十時間程であれば持続出来る。
爆発的な強化は、保てて三十秒。体術を以て敵を撃滅する際はそれこそ十秒と保てないだろうけれど、効果を薄めに薄めて魔力消費を極限まで抑えれば十時間は行けるはずだ。
自覚は無いだろうけれど、戦士の馬鹿力はそうして得られていた。魔力回路に直接術式が焼き付いている場合、私の扱う強化よりも高効率かつ効力も上がる。その場合魔法陣に情報を送るという手間も無い為、高速かつ高威力の化け物が出来上がるんだ。しかも燃費が良い。破壊力こそ正義のゴリラだ、あれは。
バザーの様になっている商店街の中から、適当に肉屋を見つけ、ジャッカロープの干し肉と、ブルバーンポークの蜂蜜漬けを購入する。折角なら美味い保存食が良い。干物ばかりというのも飽くだろうし、木の実ならば森の中で手に入る。野菜が採れないのは少々心配だけど、商人の運ぶ荷物が魔物に襲われ散らばって奇跡的に自生するというケースも珍しくない。運が良ければ見つけられるだろう。
「…………あとは、薬と一応素材……それに鞄か」
少しだけ悩んでやっぱり鞄にした。いつもの服装ならば、リュックを背負うのは好ましくない。あの子に持たせるにせよ鞄の方が利便性が上だ。まぁいざとなれば、荷物を置いて逃げるさ。
この旅は、当初思っていた物とかなり形が変わっている。記憶を失っている間は漠然とこのままじゃいずれ潰れるからなんて思っていたけれど、今はもう逃避行になっている。推測の通りだろうとは思うけれど、トルガニスは色んな策略があるのだろう。一応は、英雄らしい私達を指名手配するという暴挙にも見えるその行動がまかり通っている事を鑑みるに、魔王征伐を成した事は民には伝わっていないんだろう。そりゃそうか。報告していないのだから当たり前だ。
一番不味ったのは、光の螺旋として伝わっている最後の一撃だろう。場所が悪すぎた。禁足地という最悪な場所であれだけの魔力行使があれば、誰だって何かがあったのだと感づく。単純な話、あれを見たトルガニスが征伐を成したと気付き、手を打った様に思う。魔王征伐はなされず挙句の果てに禁足地に立ち入ったとかなんとか言えば、ある程度は騙せるだろう。
更に言えばこの旅は、サミオイを含めれば四つ程の国しか廻る事が無かった。カルイザム、モッフモフゥ、サミオイ、レンドゥッカ。たった四つを廻り征伐を成した。それ故に、トルガニス、デグル、アベラン、ジャベルの四国は私達を知らない状態での目撃となる。そうなると、結果はこの通りという訳だ。
運が悪いとしか言いようが無い。だけどまあ仕方ない。仕方ないんだ。だから飲み込もう。全く知らない奴に恨まれても知らんし。
色々と買い揃えて商店街を出る。長居は無用。あとは、今日食べる分の夕餉を用意しなければ。無論宿にキッチンなぞあるはずもなく、安宿というのもあって夕餉なぞ出る訳も無し。なので買って帰るか外食するしかない。あの子は外食を面倒臭がるタイプなので買って帰る他にない。
「でも、少し早いな」
ようやく陽が傾き始めた頃だ。夕餉には早い様に思うし、彼女もまだ腹を空かせていないだろう。こうなれば無理やり彼女を連れ出した方が手っ取り早く感じる。折角食べられるんだし、ジャッカロープの干し肉よりも、きちんと料理されている物を食したいし。
最後なんだ、私が気に入っていた食堂に行こう。あの子が初めて来た時も、二度目の時もあの店を案内出来ていなかった。多分、開いているはずだ。
「…………思ったより復興してるのは、ディグベルのおかげかな」
王と王子が民と国を護ったとは言え、壊滅的な被害を受けたのは違いない。死者は出なかったと聞いたが怪我人は多く、家屋はなぎ倒された。
「あぁ、なるほど」
だから謁見室が開かれていたんだ。緊急事態という事もあり、役人を通しては事が遅い。ディグベルがあの場所に張り付くようにしているのは、舞い込んでくる面倒事をすぐに片付ける為だろう。執務室なんて奥まった所に客人を通すわけにもいかないだろうし。
彼が弄した策は多くあり、それも上手く行っているように見える。家屋がなぎ倒された事によって屋根を失くしたヒトも居るだろう。そういうヒトに対しての援助だとかも彼なら怠る事は無いはずだ。更には他国からの救援もある。色々と雑事が多いんだろう。過労死しなければ良いが、彼が居なければ成り立たないというのも事実。難儀な物だ。復興の立役者で間違いはないが……。
「杖の手入れ道具も買っておかないと……」
宿に一度戻る前に、そういえばと思い出す。正直あの子の杖の手入れの仕方は分からないけれど、柄の手入れくらいなら同じだろう。私の持つ杖は宝玉をあしらった特級品。幼少の頃カルイザム王より贈られた一品だ。思い出した今だから言えるけれど、正直村を出た時焦っていた。きっとあの子が私の杖を持っているのだろうと何となく感づいていたけれど、もし持っていなかったらとか、このまま二度と会えなかったらとか思うと、不安だった。
「あ、そういえば、記憶が戻った理由……」
すっかり忘れていた。記憶を取り戻したのに、こういうのはすぐに忘れるのは良くない癖だ。いや、王と王子への挨拶やディグベルとの再会とか色々あったからと言い訳したい。王立図書館であれば吹き飛ばされたとしても、それなりの資料は残っているはずだ。読み直しに近いけれど、読み飛ばした部分があるかもしれない。時間はあまり無いけれど、速読なら得意だ。
まずは杖の手入れ道具。調律機と布と精錬水、それに魔鉄鋼を道具屋で購入する。精錬水と魔鉄鋼が道具屋に売っているのは合わせて使う事が多いからだろう。カルイザムは魔道国家。それ故に魔法を扱う者が多く、手入れ道具は多く売れるんだ。
手に入れた鞄に購入した物を仕舞う。案外大荷物になってしまった。ま、これくらいなら許容範囲かな。荷造りを失敗しては元も子もない。本当に征伐の旅を成した冒険者か? と自分でも疑いたくなってしまう。
長方形の革細工の鞄は、形を崩すとすぐに痛んでしまう。名称には疎いけれど、確かアタッシュケースだとかなんとか。まぁ、細かいのは良い。この鞄を選んだのは肩から下げられ、全体的なイメージを崩さないからだ。旅をするからと言って質素で簡素な物ばかりでは楽しくない。旅は楽しくなければ。
王立図書館は、王城の近くにある。ここからだと歩いて数分の所だ。宿の前を抜けて商店街を出ると右に曲がる。すると大きな通りに出る。ロッドストローという、関所から真っ直ぐ城へと延びる巨大な道路。ここは馬車も通り、国内を廻る荷馬車やキャリッジも通っている為、人通りも相応に多い。ここを狩人の服のまま歩くのは骨が折れる。私を視認しないから、全部避けて歩く必要があるのが厄介だ。とは言え、ここから行くのが一番近いし、仕方ない、我慢しよう。特に馬車には気を付けて。
「最近、魔物が活発になっているらしい。繁殖期でも無いのに、卵を残したり荷馬車を襲う回数も増えているらしいぞ」
「光の螺旋の影響か? 魔王征伐の旅はどうなってんだよ」
「さあな。……元騎士団長を指名手配だとはトルガニスも思い切った事をするもんだ。俺はあの一撃で魔王を斃したと睨んでるぜ」
「だがそれで魔物が活発になっては元も子無いだろう。ディグベル様が復興支援を惜しまないおかげでかなりマシな生活は出来ているが、魔物が活発になったとあれば色々と不安になるな」
「そうだな。騎士団長様は今どこで何をしているやら」
王城に向かって歩きながら、聞こえてくる声に耳を傾ける。やはり光の螺旋による影響は大きい物らしい。私が未熟なばかりに怖い思いをさせているのがとても不甲斐ない。私はこれでも王の娘。民が不安を抱いているのなら手を差し伸べなければならない立場にあった。それが今や指名手配だ。きっとディグベルと同じように私を受け入れてくれるヒトも居ようが、トルガニスの兵がどこに潜んでいるかも分からないし、冒険者からすれば格好の的だ。なんせ六百億とかいう馬鹿げた数字。一生を何度か繰り返しても得られる額じゃない。
溜息を吐く。しかし、トルガニスは何故私を狙うのだろう。確かに指名手配を行う事で、他国が勇者一行が訪れた町と言った売り出し方を封じるという事は解る。けれどそれなら、そんな多額の懸賞金は必要無い。指名手配であるという事実だけで十分なはずだ。
それにリスクだってある。少なくともカルイザム、モッフモフゥ、レンドゥッカは良い顔をしない。それに、下手をすれば訪れていない国だったとしても、異常とも言えるこの金額に思う所はあるだろう。そうまでして邪魔をする理由はなんだ?
「…………、いずれ分かるか」
実際に兵と対峙した時直接聞けば良い。そんな機会があるかは分からないけれど。
王城の前まで来ると右の道に逸れて、図書館を目指す。あとは真っ直ぐ行けば着く。ヒトを避けながら歩くというのも疲れる物だし案外時間が掛かる。これだと路地裏を抜けた方が近かったかもしれない。つい、いつもの癖でストローに出ればとりあえず何とかなるという思考になっていた。改めた方が良いかもしれない。……いや、もう訪れる事は無い、か。
狩人の服の術式を解いて扉を開く。流石に認識されないとは言え、勝手に扉が開くと不自然だ。余計怪しまれる。幸い、冒険者も利用する事のあるこの図書館であれば、頓智な恰好をしていても、怪しい恰好をしていても、まぁそういう装備か、と勝手に納得してくれる。あとはここで文献を探せばいい。とは言え、私が求めている本は表には無いだろうし、向かうべきは禁書庫。どうやって侵入するかは、まあこんな便利な物着てるんだし、大いに活躍していただこう。
魔法で持ち上げられた棚に大量の本が並べられているこの図書館ならば、多少の魔法行使を気取られることも無いだろう。狩人の服の術式を起動するくらいならば滞りは無い。
私が欲しい物はこの浮いた棚に並べられた本の中ではなく地下に続く禁書庫にある。結界による防壁が築かれているけれど、結界が変わっていないのなら、私はすり抜けられる。鎖で硬く閉じられた扉も、魔力を流し込んで型を取ればなんとか。
これが終わればすぐにあの子の元に戻ろう。
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