OverDose 1

 ──────────村を出て、多分三日程。何とか一人で夜を過ごした。思えば、こうして一人で野宿するなんて初めてかもしれない。いつも必ず仲間が一緒に居て、隣に温かな声があった。けれど、今は────。


「やっぱり、魔猪の肉は食えたモンじゃないなぁ」


 枝を削って作った串に倒した魔猪の肉をバラして刺して焼く。火の魔法で作った焚火で焼いて食べたけれど、脂身が無くてパサパサしている。味もロクにしないし、猪と言えど、野獣である方美味い。食感的にはゴムに似ている。


 記憶は得た。理屈は……分からないけれど、奇跡と呼んで良いかもしれない。記憶は脳から魂に流れ焼き付く。あの時、私は魂ごと撃ち出した。そうして命諸共記憶を失ったはずなんだ。


 なのになんで生きている? そう、思えばおかしいんだ。何故と何度も問うたけれど記憶が戻った今、再確認出来よう。


 あの時、文字通り全てを撃ち出した。魂ごと全部だ。怪我を治すだとか、そんなので生き延びれるはずが無い。死して尚動いていると言われた方がまだ納得出来る。死体を操る術、もしくは魂を呼び起こす禁術。その片方はこの眼で見た。嘘を赦されぬ枯れ木の王。彼の術はまさしく禁忌たるを体現していた。


 されど、それとは違う。肉体があれば魂を呼び戻し蘇生する事も可能……かもしれないけれど、私の場合は魂ごと撃ち放った。だからあり得ない。


「一部残ってて、誰かが私の傷を治してギリギリの所で留まらせた……ならなんで記憶が戻ったんだろう」


 魂の一部だけが残って記憶を犠牲に生き残ったと仮定しよう。ならば、私の記憶は既にどこかへと消し飛んでいるはずだ。私の記憶なぞ戻る事は無かったはずだ。


 魂とは簡単に言えばエーテルの塊だ。ただただ莫大で濃密なエーテルが一点に固まって魂という形を成している。だからこそ、一度撃ち放った魂が戻る事は無いんだ。


「……………………………………」


 声が戻ったのはあの蜜のおかげ。記憶が戻ったのは、蜜ではなく……タイミングを考えると、あの魔法を放った時。あの時、私は村に残る魔力を全て吸い上げ魔法とした。その過程で行った事と言えば、私自身をパイプとして………………む、むむむ?


「これは、ちょっとおさらいが必要かな……」


 カルイザムにでも行けばきっとすぐに見つかるだろうけれど、生憎私にテレポートは出来ない。こんな時あの子が居てくれればなんて考えてしまう。地脈を辿って歩けばカルイザムには着くだろうけれど、数か月と時間が掛かってしまう。ここで止まってはいけない、なんて思って外に出ようと決心していたけれど、結局目的も解らずじまい。記憶を取り戻した所で、この旅に何の理由があるのかは分からない。


 魔王を斃して、私の旅は終わったんだ。そうだろ。だったら、後はもう余生を楽しむだけだ。


 ………………『全部、全部無駄だったんだ』


 厭に耳に残る。あの子から聞いたこのセリフがどうしてか頭の中で反響する。


「まぁ、目的は決まったか」


 数か月かかってしまうだろうけれど、とにかく私が向かうべき場所はカルイザム。魔道国家カルイザムにて、知識の再確認をするべきだ。確かに記憶が戻ればそれで良いって考えでも良いかもしれないけれど、それじゃ私がすっきりしない。


「…………手は合わせておきたいし」

「戻るの? カルイザムに」

「そう。戻るん……だ──よ?」


 白いキミが居た。倒れた丸太に腰を下ろしている私の隣にいつの間にかキミが座っている。


「……、おはよう」

「お目目がまん丸だ」

「いきなり出て来られたら誰だって驚くよ」

「そ? 君なら何でもお見通しだと思ってたよ」

「私はカミじゃないよ」

「知ってる」


 やけにラフな格好をした彼女が私の傍らで笑っている。懐かしい、と思う、たぶん。


「旅をするの?」

「お父様に会わないと」

「そか。じゃ、ボクも同行しよっかな。旅は道連れ世は情けって言うし」

「世は情け……か。笑える冗談だ」


 キミの言葉が本当なら笑える。けれど、まあ一人旅というのは寂しい物だと知っている。キミも私も、知っている。だから、二人で手を取って歩こうという事だろう。


「キミにどんなメリットが?」

「好きなヒトと一緒に居れる」

「…………そう」


 あまりにも真っ直ぐに言われて照れる暇も無い。キミはずっとそういう所がある。だから少し苦手だった。


「ボクが居た方が君の旅は楽になるし、ウィンウィンの関係だよね?」

「…………………………」


 彼女ならばテレポート出来る。数か月掛けてやっとという距離も彼女が居れば数秒だ。だから、旅において彼女はとても役立っていたのを覚えている。回復や支援が専門で、私と同じ魔法を使うけれど、方向性は全く違う。優しいキミだからこその魔法ばかりだった。


「……、私もテレポート覚えようかな」

「ダメ、ボクの存在理由奪わないで」


 治癒も出来るでしょ、と言って、丁度焼けた魔猪の肉を彼女に渡す。


「何の肉?」

「食べてからのお楽しみ」


 ふ~ん、と彼女は頷いて口を大きく開ける。口に頬張った瞬間顔を顰める。ぺっと吐き出しそうになったのを我慢して、顰めっ面のまま飲み込んだ彼女は私に


「まっず……、これ魔猪? 二度と食べないって言ってたじゃん」

「無いから仕方ない」

「そうだけどさ……」


 不味い物を食わされ不服な顔をした彼女の頭にそっと手を乗せる。白いキミは目を閉じて少しだけ心地よさそうに体を揺らす。


「懐かしいね」

「そうだね。──────ねえ、キミは旅をしてどうするの?」

「どうもしないよ。生きて、寿命が来たら死ぬだけだ。君も言ってたじゃん」


 そう、だっけ。言ったような気もする。とにかく必死だったのは憶えているけれど……。


「それで、どうする? 今からテレポートすれば……宿は取れるかもだよ」

「いや、それは出来ないよ。私がこのまま戻っても民を混乱させてしまう。まずは何かで顔を隠す必要がある」

「…………………………………………そうだね。うん。そうしよう。なら、エルフの里サミオイにでも行こう。狩人の服であれば姿を隠す術式も編み込まれてる」

「なんで知ってるの?」

「それを着た奴らに攫われたから」

「あぁ」


 なるほど、と頷く。ストライクウィッチの居ない今であれば、私達は楽にサミオイに入れるだろう。


 エルフの村、サミオイ。聖方を神聖視する彼女達にとって私は異端そのもの。とは言え、今であれば理不尽に排他的な謂れを受ける心配は無いだろう。キミが言う狩人の服さえ手に入れば、すぐに出れば良い。会いたいヒトは居るけど今回は我慢だ。


「じゃあ、今日は野宿?」

「うん。ところで、どうしてここが?」

「村を出た事に気付いたのが昨日。それからずっと探してたんだ。君が魔法を使った痕跡を辿ってここに来た」


 気付いたのが昨日という言い方だと、定期的に私を監視していたという事になる気がする。私の知っているキミならやり兼ねないと思ってしまうけれど、そこまでする程私に価値はあるのだろうかと勘ぐってしまう。


「カルイザムに行って、記憶が戻った理由を探す、か。まぁボクも気になるし、着いてくよ。君もボクみたいな移動役兼ヒーラーも欲しいでしょ?」

「だね。キミが着いてくるって言うのなら止めやしないよ。ただ、カルイザムの後は宛ても無い旅だ。その時もう一度訊くよ」

「着いてくよって答えるだけだと思うけど」

「…………犯罪者、なんでしょ。私達は」

「────────────────────────そうだね。記憶を取り戻すと思ってなかったから余計な事を口走っちゃった」


 白いキミも魂や記憶に関してはきちんと理解している様に思う。だからこそ話をしたんだろう。何も覚えてない相手に、お前は犯罪者なんだよとわざわざ伝えに来る程キミは性悪じゃないのは知ってる。だからあの時、『ボクは』と言ったんだ。最後の別れのつもりだったんだろう。見ては居るけど会いはしないなんて、キミが一番辛いだろうに。


「でもね、□■■□ちゃん。ボク達は、凄い事をしたんだよ。誰でも出来る事じゃないし、間違いなく世界を救ったんだ。失った物は、あまりに多すぎるかもしれないけれど、君が記憶を取り戻した様に、いつか取り戻せるかもしれないでしょ?」


 本心じゃない。直感的にそう思った。キミはどちらかと言えばすっぱりと諦めるタイプだ。どうあっても、過ぎた物は仕方ないと見切りを付ける。淡白な態度が目立つようなヒトだった。


「それじゃ、そろそろ寝ようか。二人一緒して寝るのなんていつぶりだろう」


 キミはそう言って立ち上がる。そうだね、と答えて続いて立ち上がり、ジャッカロープの毛皮を繋げて作った毛布を地面に布く。


「二人じゃ狭いね」

「大丈夫でしょ。いつも一人用のベッドでくっついて寝てたじゃん」

「それはキミが無理やり……」

「まーまー、細かい事は気にしないっ!」


 彼女に押し倒される様にして、二人して毛布に寝転がる。分厚くなるように作ったのもあってか、硬いと感じはするけれど、格安の宿くらいの寝心地くらいはある。三枚くらい毛皮を重ねて作ったのが良かった。その所為でかなりの数のジャッカロープを殺してしまったが、肉は食ったし骨は素材屋に売れる。余らず使うとはこういう事。


「やっぱ狭いじゃん」

「そりゃ狭いよ。広いなんて言ってないけど?」

「……はぁ。こうなるなら体を流したかった」

「あはは、ボクは気にしないからへーきだよ」

「私が気にする」


 目を瞑る。さっさと寝てしまおうと思ったけれど、一つ思い出した事があった。


「そうだ。これ、返すよ」


 丸太に立てかけていた杖をこちらに移動させ、仰向けの彼女の手に。


「気付いてたんだ」

「そりゃ気付くよ。このまま会えないのなら後生大切に持ち歩くつもりだったけれど」


 この三日、というか記憶を取り戻して気付いた事は多くある。その一つにこの杖がある。当初目を覚ました私でも違和感を覚える程だったけれど、これは私の杖でなく彼女の物。それに、私の傷の治りがやけに早く、三日経った今殆ど完治しているという状況も、彼女の杖から永続的に発揮されていた治癒魔法による物だ。


「ありがとう」

「こちらこそ、生きてくれてありがとう」


 キミは微笑んで、杖を隣に置いて私の胸に顔をうずめる。


「ボクも預かっていた物を返さないとね」

「今日はもう寝よう」


 言い聞かせる様にしながら、彼女の頭をそっと抱くようにしてもう一度目を瞑った。

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