OverRode 2
魔法使いさんを見つける少し前、いつもの朝が訪れた。
「行くぞ、エリー。離れて歩くと魔物に襲われるぞ」
「待って待って、すぐ行くから」
慌てて採集バッグを持って父さんに着いて行く。玄関を出て、東へ。草原に囲まれたこの村は、ガラググの村と呼ばれる。大陸中央部から少しだけ南東に行った場所にある、禁足地に一番近い村……のはず。得に特色なんて無くて、ただ禁足地に近いだけが取り柄の、何も無い村。
言い換えれば、平和な村。外からの商人だってやってくることも珍しい。だからこの村は基本自給自足で生活してる。今回だって採集バッグを抱えてどこに行くかって、薬草だとか野草だとか、村医者に頼まれた薬の材料だったりを集めに、村を出るんだ。
とは言え昼過ぎには帰ってくる。そこまでの遠征はしないし、それだけで一週間分集まるんだ。それぞれの群生地を把握しているし、魔物除けの鈴もあるから危険は無い。もし魔物が出ても、ここらの魔物は弱っちいからわたしでも戦えるんだよ。
「先日の光の螺旋から、魔物の動向が少し変化したらしいんだ」
わたしの少しだけ先を行く父さんが実際に光の螺旋が発生した方向を見つめながら呟く様に言った。
「偵察も兼ねて今回は採集にあたるが、あまり離れるな。ジャッカロープ程度ならばお前でもなんとかなるだろうが、魔猪が出ると厄介だ」
「大丈夫だよ、離れないから」
ぶっちゃけジャッカロープであっても戦いたくは無い。痛いのは嫌だし痛そうなのも嫌だ。例え相手が魔物でも出来れば傷つけたくないんだ。
「まあ、何か変なのが出たらすぐに撤退だ。最悪採集したモノも置いて行く」
「うん。分かってる」
光の螺旋。禁足地『フィアエドル』で発生した謎の魔力災害。彼の地にて起きたその被害は未だ全てを確認出来ている訳じゃないけれど、確かに魔物の生息地に影響を与えるだけのモノではあると思う。あれだけの魔力放出、ヒトにさえ害があったとしても不思議はない。
自然現象、と最初は考えられたけど、ガラググの村に残る観測日誌に、あんな現象は記録されていないし、そもそも魔力が螺旋を描き放出されるなんて自然じゃあり得ない。だから、あれはヒトによる故意の災害であると結論付けられた。
大犯罪だ。禁足地に足を踏み入れた事もそうだけど、起こしたその災害の規模は度を越えている。正直ヒトの身であれ程の魔力災害を起こすというのも信じられない話ではあるんだ。けれど、魔力が自然発生する事自体珍しいのにさらには螺旋を描き放出されるなんて自然現象で片付けられるはずが無い。
「魔物除けの鈴も効力を持つか分からない。用心しろ」
「う、うん」
魔物避けの鈴が効力を持たないのなら、わたしは役立たずになるかもしれない。魔物はやり過ごす物で戦うべき物じゃない。これはガラググの村での常識。魔法は使えない。もしも使えたとしても、きっと私なんかじゃ魔物を倒すだけの魔法なんて覚えられない。
「村を覆っていた魔導士様の魔除け結界もあの光の螺旋の影響か、効力を弱めている。現状、大した影響は無いとは言え、警戒を怠るべきではない」
「魔導士様は帰ってこられないの?」
「厳しいだろうな。ガラググの村は辺境にある小さな村だ。奇跡的に魔導士様が立ち寄ったからあの結界があっただけなんだ。あのヒトを、もしくはあのヒト同等の魔導士様を呼ぶには、馬で駆けて往復二か月は掛かる」
それじゃ遅すぎる。村を出て暫く歩いても変な魔物の痕跡とかは無いけれど、それでも保険は掛けておくべきだと思う。魔物に対抗する術は小さな村では十全ではない。お国が管理する冒険者ギルドでさえ、この村に派遣は難しい。というか、認知されているんだろうか、この村。他の村との交流も殆ど無いんだから、お国が作った地図にさえ載っていないではないかと思う。
とは言え、税の取り立てだけは絶対に来るのだ。往復二か月掛けてまで来るのだから、そこまで重要なのか、問いたくなる。というか、この村そこまで税取れなくない? ほんとに二か月掛けてまで取る程なのかな。
「村に、傭兵でも居てくれれば良いんだけどな……」
村には、戦う事を基本としたヒトは居ない。大抵は畑、建築、鍛冶、採集、採掘、医師、錬金の役割が生まれた家によって決定される。わたしの場合は採集。採集は薬草だとか、風鈴花とか、村医師が必要だと言ったものや、錬金術に求められるモノを集めるのが主な仕事。けれど、同時に周辺の魔物の調査も請け負ってる。
村を出て探索するのは基本採集の家だけだから、一番良く知っている者に任される。一番危険な仕事であり、一番大事な仕事でもある。
「よし、周辺に魔物の痕跡は無い。群生地域も特別荒らされている様子は無いし……まずは薬草からだ」
「どれだけ回収するんだっけ」
「薬草はニ十、風鈴花が十五、ポリオンの花の根が五本。これだけ頼む。他は俺が」
「わかった」
群生地域はいくつかある。今回集めるのはある程度纏まって生えてくれている為、採集には滞りない。風鈴花は、風に揺られる花が小さく音を立てる事から名付けられる、錬金術の素材。これを素材にすると、毒消しが作れるらしい。あまり詳しくは知らないけれど、そういうモノだって、教わった。だから、集めるだけ。
父さんが言った通り、周辺に異変は見られない。薬草は魔物だって好んでいる。傷を癒す為のモノだから、どんな魔物も傷を負えば食す事が多い。ヒトだって同じでしょ? だから、薬草周辺は、そこまで強力な魔物は出ないけれど、ジャッカロープやらなんやらは見かけることもある。けれど今回はどうやらそれさえも居ないみたいだ。
採集バッグから道具を取り出して、新芽を取る。成長しきっているモノは効果が落ちるらしく、新芽や、まだ成長しきっていないモノが好まれる。ただ、新芽を取りすぎると薬草自体が死んでしまうので、一つの薬草から取って二か所。それ以上取るのはご法度だ。
「風がきもち~……」
緩やかに吹く風に身を任せ、若草に身を預けたい気分をぐっと我慢する。絶対気持ちいし、お昼寝には最高だろう。魔物さえ出なければなぁ……。
「っと、次は風鈴花だっけ」
風鈴花はとても綺麗な花だと思う。大きな花に茎が耐えられないのか、だらんと下がっているけど、それがまた、鐘に見えて綺麗なんだ。鈴というより鐘と形容した方が的を射ているけど、響く心地よい音は、まさしく鈴なんだよね。これを聞くと、気分が涼やかになる。
それに、風鈴花は、毒消しになる他、採集には絶対に無くせない魔物除けの鈴の素材でもあるらしいんだ。確かに、響く音は似ている。けど、魔物除けの鈴からは風鈴花の様な落ち着きだとか涼けさは感じないんだよね。なんでだろう。
風鈴花は、採集方法が薬草と違って、根だけを残す採集方法になる。根っこさえ残っていればまた生えて来る力強い植物でもあるんだ。だから、ハサミで根本から切って採集する。十五本も採るのはなんだか気が引けてしまうけど、これも仕事と割り切ろう。
最後は、ポリオンの花の根。これは貴重な花。水色の綺麗な花で、村の女の子に人気。必要なのは根だけだから、また押し花にして本のしおりにしよう。わたしもこの花は好きなんだ。
風鈴花から少し離れた場所にポリオンの花は一本咲いていた。スコップを取り出して、根を傷付けないように取り出さなければいけない。ポリオンの花は太く短い根と細長い根で支えられている。この根を掘り起こすには、花の周囲半径十五センチ程離れた場所を掘り進め、深さ十センチまで進めると、あとは手で丁寧に掘り進めていく事になる。多少根が傷ついても問題は無いらしいけど、出来るだけ避けたい。問題があるとすれば、ぶっちゃけ面倒くさい事。
大事な仕事だ。手を抜いてはいけないし、抜くつもりもない。これが何になるのかは……正直知らない。必要だから集める。私達採集家が考える事はそれだけで良い。覚えるべき事は、何かしら不思議な効力を持つ植物や鉱物。眠り草とか、魔鉄鋼だとか。そういうのは処理を誤れば、大事に至る。
「ん、しょ……」
とりあえず周囲を掘り終わり、次は皮のグローブを嵌めて、根に絡みついている土を解す様に取っていく。根を傷付けない様にしながらする作業はかなり集中力を求められる。慣れているとは言え、それでも。
「……、ふ、ぅ」
周囲の細い根を掘り起こすと、中心の太い根も自動的に抜ける。植物に詳しい訳じゃないから、どうしてかは分からないけれど、たぶん、細い根が大元を支える部分で、太い根が地中から栄養を吸い取っているんじゃないかな? 太い根一本よりも張り巡らされた細かな根の方が耐久度はありそうに思う。
「は、ぁ……疲れた……」
なんとか一つ掘り起こして、回収する。これをあと四回もやるのかぁ、ってうんざりしながら掘り起こした土を埋め戻して立ち上がる。
「ん、ぅ──────っ!」
大きく伸びをして、腰を伸ばす。皮のグローブから落ちた土がぱらぱらと降る。
ポリオンの花は一か所に固まって生えるモノじゃない。今のだって、一本たまたま近くに生えていただけ。とは言え、父さんから離れるわけにもいかない。魔物除けの鈴があるとはいえ、きちんと効果があるのか分かっていない以上あまり変に行動しない方が良い。
辺りをきょろきょろと見渡す。フィアエドルの南東に広がる、『エドラベール平原』。穏やかな風が流れるこの場所は、多くの小動物と、そして魔物が潜む。魔物さえ出なければピクニックでもしたくなるくらいに心地の良い場所。隣には大きな『オヴィレスタフォーレ』と呼ばれる森林が広がっていて、そこは迷いの森だとかとも呼ばれてる。だからガラググの村人は近づかない。魔物も危険なのがうじゃうじゃ居るって噂。
その森のせいか、他所のヒトは滅多に訪れない辺境となってる。オヴィレスタフォーレを避けようとすると、どうしてもフィアエドルを突っ切る他なくなっちゃうみたい。
「お、あったあった」
見渡した先にようやく一本のポリオンの花を見つけた。先ほどより少し大きく見える。やっぱり個体差というのはあるみたいで、中心の根もその太さはまちまちに思う。先ほどと同じように採集バッグからスコップを取り出して作業を始める。
「ん、しょ……と」
土は重い。細かく掘っているとはいえ、腕は上下させるわけで……。かなりの肉体労働ではあると思う。実際、小さい頃にも、砂のお山っ! とかなんとか言って砂を集めて作っていたけれど、作った後は凄く疲れてすぐに眠ってしまった記憶がある。それはたぶん、大きくなっても同じなんだ。
そうして、ポリオンの花の根を残りの数掘って集めていく。全て終えたのは一時間半程経ってから。父さんは既に休憩を始めていて、わたしを待っているようだった。流石に父さんの手腕には敵わない。わたしはまだ始めたてなんだし、仕方ないとはいえ流石だなって思う。
立ち上がって念のため魔物が居ないか辺りを見渡して気付く。
「──なんだろ、アレ」
それは方角的にはフィアエドルの方にあった。幾種類の花が連なって天然の花畑みたいになっているその場所に、何か、大きなモノがある。魔物……? にしては動かない。
「父さんっ!」
不安そうに呼ぶわたしの声に父さんはすぐに反応して駆け寄ってくる。
「どうした?」
わたしの視線を追っていくと、父さんもアレに気付いたらしい。
「ま、魔物……かな」
黒い何か、という事だけしかわからない。目がそこまで良いわけでも無いし、流石にこの距離から正確に判別できる程、わたしは野生児でも無いんだ。
「いや、アレは……」
父さんが目を凝らす。父さんならきっと見えるんだろう。観察眼が異常な程に育ってるって聞いた事がある。採集をしているとどうしても良くなるらしい。だからわたしはまだまだ未熟だね。
「魔物なんかじゃ、ない。アレは、ヒトだ……ッ」
父さんが慌てて駆けて行く。わたしも驚きながらも着いて行く。一人になるのは危ないし、もしヒトだとしたら……って思うと単純に興味が湧いたんだ。どうしてこんな所にヒトが? なんて考える暇は無い。あれがヒトだって言うのなら、倒れてるって事。
「…………、黒い、服。魔法使い……か? 酷く消耗してるな、全身傷だらけだし……」
少女だった。黒い服にとんがり帽子を被った少女。帽子からは黒くて長い綺麗な髪が流れている。いかにもわたしは魔法使いですっと主張しているような服装の少女。旅をしていてここに辿り着いた? この感じだと魔物にでも襲われたんだろうか。こんな華奢な体で、可哀想に。
「あ、これ……」
少し離れた所に杖らしきモノが落ちている。先っぽにランタンが吊るされていて、淡く青色に光ってる。
「やっぱり魔法使いか……」
「どうするの? こんな事、初めてだよね」
「あぁ。…………しかし、このタイミングで魔法使いだなんて、妙に思っちまうな」
「……、あ」
光の螺旋が脳裏をチラつく。でも、何となくただの直感だけど、
「この子じゃ、無いと思う」
こんな華奢な体であれだけの魔力災害を起こせるわけがない。あんなの、何十年も生きて魔法に人生を捧げたヒトでさえ、難しいと思う。だからこの子じゃない。
「…………、気になる事はあるが、エリーの判断を信じよう。エリー、荷物を預かる。気を失っているとは言え女の子なんだ。どこの馬の骨かもわからん男に運ばれるより、同じ女の子のお前が運ぶ方がこの子の為だろう」
「うん、そう……だね。おっさんよりマシかも」
「………………………………………………」
「何? どしたの?」
父さんは大きく溜息を吐いて。
「なんでも、無い」
酷く傷ついた様子で、わたしの手荷物を全て預かってくれる。
「ごめん、杖もお願い」
具体的に彼女の何が悪くてこうなってしまったのかは医師じゃないから分からないけれど、相当傷付いているのは分かる。黒い服と形容したけど、ぼろぼろになって、もはや彼女の乙女をギリギリで隠しているような状態。確かにこんな状態の女の子をおっさんに運ばせるわけにはいかない。
「よい、しょっと」
軽い。妙に軽い。服が大き目だから見誤ったのかな。見た目に反してかなり軽いし、小さく感じる。
「恐らく、魔力災害の二次被害者だろう。魔物に襲われ、たまたま俺達が発見した」
父さんが上着を脱いで少女に被せる。人目は無いにせよ、乙女をこの恰好でという訳にもとでも思ったんだろう。
「そのまま背負いながら歩いてくれ。俺は背中から、魔物の気配があるかを探りながら歩く」
「うん」
短く返事して立ち上がる。血の匂い。どれだけの傷を負ってしまったんだろう。見えている部分でもかなりの傷がある。ここまで傷があると、内臓も傷付いていそうだ。
「なるだけ急いで戻るぞ、エリー」
「うん、わかってるっ」
かなり弱弱しいけどまだ、息はある。まだ助けられるんだ。なるだけ急いで彼女を医師に診せなきゃ。
彼女を背負ってもその人肌の温かさというのは凡そ感じられない。少しずつ冷たくなっていっているのがなんとなくわかってしまう。
「────────────っ」
ヒトを背負って走るなんて殆どした事ないから、バランスを何度か崩しそうになる。その度に父さんが後ろから支えてくれる。周囲に魔物の気配は無い。来た道を戻るだけなんだから、そうそう出会う事もない。
「助けなきゃ……っ!」
どうして、わたしはここまで強く思ってるんだろう。彼女を、助けなきゃ。きっと何かが変わってしまう気がする。取り返しの着く前に、早く……っ! わたしにはこうして運んであげることしか出来ないけど、医師のアラギグさんなら、きっと……っ!
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