第10話 東北の妖怪(一寸法師)(9・発見)
強盗犯が老夫婦宅で見た市松人形が、柴崎さんのおじいさんの家から盗まれた市松人形と似ていることを指摘すると、驚いた立花先生が口を開いた。
「じゃあ、その強盗犯が東北で盗んだ市松人形をどこかで売り払い、それをたまたま被害者の老夫婦が購入して押し入れにしまい、強盗犯が偶然にもその家に空き巣に入って、自分が売ったはずの市松人形と出くわしたってことかい?」
「それは考えにくいかも」と一色が言った。
「もしどこかの人形店が、柴崎さんのおじいさん宅から盗まれた市松人形を買い取った場合、人形を修理するだけでなく、上等な着物を着せて高く売ろうとするんじゃないでしょうか?」
「修理しただけで強盗犯自身がその老夫婦に売って、そのときに空き巣に入ろうと目星をつけたのかもしれないぞ」と島本刑事。
「それなら、老夫婦がその強盗犯の顔を知っていたはずだし、強盗犯が人形を見つけてもさほど驚かなかったんじゃないかな?」と立花先生。
「それもそうだな。じゃあ、どういうことなんだろう?」と首をかしげる島本刑事。
「ひょっとしたら、柴崎さんのおじいさんから盗まれた市松人形とまったく同じ人形が、以前からその家にあったのかもしれませんよ」と私は口をはさんだ。
「どういう意味だい?」と聞く一色。
「その市松人形は一点ものではなく、何体か・・・少なくとも二体、作られたものだったのかもしれません。強盗犯は、柴崎さんのおじいさんから盗んだ市松人形をしばらく手元に置いておいたのではないでしょうか?少なくとも東北の町の人形店では修理を断られたそうですから」
「それで?」と先を促す一色。
「大きな市松人形って、夜中に見ると不気味ですよね。さすがの強盗犯も早く手放したがったと思います。既に修理に出したか、どこかに売ったのかもしれません」
「修理に出せばお金がかかる。修理せず、着物も安物だったら、あまり高くは売れない・・・」
「そうです。それでお金に困った強盗犯は空き巣を働いた。運悪く家人に見つかり、縛り上げて、改めて金目のものを探したんです」
「それで?」と立花先生。
「老夫婦から聞いた居間に入り、押し入れを開けたら、そこに自分が盗んだのと同じ人形があったとしたらどう思いますか?」
「その人形が・・・どこにあるかしらないけど、先回りして自分を待ち構えていたと思いかねないな」と島本刑事がつぶやいた。
「手放したい、あるいは既に手放した人形が自分の目の前に現れた。・・・以前から不気味に思っていた人形ですから、自分を呪って追って来たと思ったら、怖くて大の男でも悲鳴を上げて逃げ出しかねません」
「それは一理あるね」と一色が言った。
「ただ、この仮説の欠点は、柴崎さんのおじいさんの家にあった市松人形と、その老夫婦の家にあった市松人形が、ともに同じような安物の着物を着ていたというところよ。それだけ大きな人形なら、元々は高級な着物を着ていたはず」と、私は一色に言った。
「柴崎さんちの人形の場合は、戦後の食糧難でまず人形の着物を売り、安物の着物を着せてから今度は食糧買い出しの代金代わりに人形自体を置いていったものと考えたの。老夫婦の家の人形も着物だけ売り払ったのかもしれないけど、同じような安物の着物を着せるなんて偶然が起こるのかな?」
「それは一度その老夫婦に市松人形の由来を聞いてみるべきだと思うよ」と一色。
「ひょっとしたらその二体の市松人形は、どちらも戦前は老夫婦の家にあって、それぞれ高級な着物を売った後で、裸のままにしておくのが忍びなく、手元にあった同じような安物の着物を着せたのかもしれない。そう考えると偶然でも何でもないかもね」
「そういうことなら老夫婦に人形のことを聞いてみよう。同じ人形が二体なかったかとね」と島本刑事が言った。
翌朝、電話がかかってきたので私が受話器を取ると、「あ、藤野さんかい?」と一色さんの声が聞こえてきた。
「一色さん?」
「実は例の事件のことなんだけど、盗まれた人形が見つかったそうだよ」
「え?そうなの?どこにあったの!?」
「まだ詳しいことは聞いてないんだ。この間説明してくれた島本刑事から連絡があったんだけど、まずは盗まれた柴崎さんのおじいさんに来てもらって、確認してもらう手はずになっていて、一通り解決してから私たちにも説明してくれるらしい。だから、もうしばらく待ってほしいそうだよ」
「わかった。人形が見つかって良かったわ。改めて連絡が来たらよろしくね」と私は言って電話を切った。
人形が見つかったのか、と私は今得た情報を心の中で反芻した。最初は白井さんから妖怪を退治してほしいと依頼された。柴崎さんたちと一緒に白井さんのおじいさんに会って説明を聞いたら、妖怪ではなく市松人形を盗んだ泥棒ではないかと思われた。警察に届けてもらったけど、そのときは犯人も人形も見つからないだろうと半ばあきらめていた。だから人形が見つかって良かった。わざわざ東北に行った甲斐があったというものだ。
そう考えていたらまた電話が鳴った。反射的に受話器を取ると、興奮したような声が聞こえてきた。
「藤野さん?私よ、柴崎よ!」
「あら、柴崎さん?どうしたの?」タイミングが良すぎるなと思いながら聞き返すと、
「おじいちゃんの家で盗まれた市松人形が見つかったんだって!」と言ってきた。
「そ、そうなの?」勢いに押されて、既に知っているとは言えなかった。
「そうよ!それで来週の月曜日におじいちゃんが東京に来て、警察で話を聞くことになったんだって!」
「へ、へえ?・・・わざわざ東京に来るの?」
「ええ。でもおじいちゃんも人形のことはよくわからないから、藤野さんにも来てほしいって言ってきたの」
「わ、私も?」
「当然ながら私もついて行くわよ。小夜はもう学校が始まってるから無理だけど」
「警察の方の了解は取っているのね?なら、一応責任があるから一緒に行くわ」と私は答えた。
「じゃあ、月曜日の朝、駅で合流ね。それからその日の夕飯はうちに来てね。おじいちゃんも泊まるから」と言われて約束した。
金、土、日はのんびりと過ごし、月曜日になると朝九時過ぎに家を出て、駅で待っていた柴崎さんと会った。
「藤野さ〜ん!」と叫んで駆け寄ると、私の両手を取った。
「まさか一月も経たないうちに解決するなんて、やっぱりさすがだわ、藤野さんは!」興奮している柴崎さん。
「見つかったのは警察のおかげだけどね。・・・今日は坂田さんは来ないのね?」
「さすがに何人もつれて行くのは気が引けるからね。坂田さんには後で説明するわ」
「ところで強盗事件の話は聞いたの?」と私が言うと、柴崎さんはぎょっとした顔をした。
「強盗?・・・何、それ?怖そうな話ね」どうやら例の老夫婦が強盗に襲われた事件のことはまだ聞いてないようだった。
そこで電車に乗ると、私は一色さんの馴染みの刑事さんに会ったこと、そして強盗事件があって、それが柴崎さんのおじいさんの家から市松人形を盗んだ犯人の似顔絵と酷似していたことを説明した。
「そう。あの似顔絵が役に立ったのね。やっぱり藤野さんのおかげだわ」と柴崎さんは興奮しながら感謝しっぱなしだった。
電車を乗り換え、老夫婦の強盗事件があった区の警察署に向かう。道中で柴崎さんはしきりにあたりをきょろきょろしていた。私が一緒じゃなかったら、きっと道に迷っていたことだろう。
警察署に到着すると、入口に入って受付の婦警さんに声をかけた。話が通っていたらしく、私と柴崎さんは会議室に通された。まだ誰も来ておらず、出された煎茶をすすってしばらく待っていた。
二十分も経った頃だろうか、会議室のドアが開いて、婦警さんの案内で二人の男性が入って来た。ひとりは柴崎さんのおじいさんで、もうひとりはおじいさんの家に捜査に来ていた県警の刑事さんだった。
「おじいちゃん!」柴崎さんがおじいさんのそばに駆け寄った。
「おお、由美か。来てくれたのか?藤野さんにもご足労をかけたね」
「いいえ、お気になさらずに」と私は言って、刑事さんにもあいさつした。
「今日は車で荒木さんを送ってきたんだ」と刑事さん。早朝に家を出たんだろうな。
おじいさんと刑事さんも椅子に座り、婦警さんが出してくれたお茶をすすった。私たちも席に戻ったが、すぐにこの警察署の刑事さんたちが大きなダンボール箱を抱えて入室して来た。
「お待たせしました、荒木さんにお孫さん方。菅原刑事もお疲れ様です」と私たちに声をかける刑事さん。
「さっそくですが、都内の人形店に預けられていた人形を見てもらいます」と刑事さんが言ってダンボール箱から風呂敷に包まれた人形を取り出した。
みすぼらしい着物を着た市松人形が現れる。まだ首は取れたままだが、身長が一メートルぐらいの立派な人形だった。
「盗まれたのはこの人形ですか?」と柴崎さんのおじいさんに尋ねる刑事さん。
「どんな人形だったのか、見たことがなかったので知りません」と答えるおじいさん。
「だが、妖怪のような顔をした泥棒が体の前に抱えていたのは、この人形の胴体に間違いない。胴体の大きさや着物がまったく同じだった」
今度は刑事さんが私たちの方を見た。「私たちも人形を見たことはありません」と答える柴崎さん。
「それではこれを」と言って県警の刑事さんが茶封筒を取り出した。手袋をはめ、ピンセットで取り出したのは、私たちが物置部屋の長持ちの中で見つけた一房の黒い毛だった。
署の刑事さんが市松人形の首の後の髪の毛をかきあげると、後頭部にいくつもの毛穴が開いていた。
「長持ちから見つかった毛は、この毛穴に植えられていたものだろう」と刑事さん。
人形の頭の地肌に毛穴を開けて、そこに毛を少しずつ植えていくのか。・・・なんて根気のいる作業なんだ、と感心するやらあきれるやら。
「この人形は人形店にあずけられてから、材料の準備をしていたところで、まだ修理は始まっていなかった。荒木さんは、この人形をこのまま持って帰りますか?それとも修理してから持って帰りますか?」
「・・・どうするかのう?もともと家にあったことすら知らなかった人形だからなあ」と首をひねるおじいさん。
「それでは、この人形の処遇に関連して紹介したい人がいます。会ってもらえますか?」と署の刑事さんがおじいさんに聞いた。
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