第9話 東北の妖怪(一寸法師)(8・強盗)

翌日、旅の疲れを癒すべく家でのんびりしていると、お昼過ぎに齋藤さんと佐藤さんが一色さんをつれて私の家に来た。


「こんにちは、美知子さん。久しぶりね。東北旅行は楽しかった?」と聞く齋藤さん。


「旅行のことは柴崎さんから聞いたの?私も、あなたたちが同窓会の準備をしてくれていることを聞いてるわ。立ち話もなんだから上がって」と私は言って三人を招き入れた。


「えっと、現時点ではお座敷を借りて、そこで同窓会を開こうって考えているところなの。修学旅行のグループ分けを参考にして、グループのリーダーからほかの人に出欠を確認してもらおうと思っているの」と佐藤さんが説明した。


「手際がいいのね。感心するわ。・・・お座敷ってどこを考えているの?」


「私の家の同業者の中華料理店に聞いて、大広間を借りられそうなところの目星を立てたんだ」と一色さんが言った。


「料理を数点と飲み物はジュースにして、会費をひとり千円くらいと見積もってるんだけど、どうかな?」


「そのくらいなら大丈夫そうね」


「さすがに酒を出せって人はあまりいないでしょうからね」と佐藤さんが言った。私は柴崎さんと坂田さんの顔を思い出したが、同窓会が終われば親のいる家に帰らなくてはならないから、あの二人も酒を出せとは言わないだろう。


「日程は、とりあえず八月二十三日の土曜日の夕方五時からと考えているんだけど、いいかしら?」と齋藤さんも聞いてきた。


「私はその日で大丈夫よ」


「じゃあ、私たちで手分けして修学旅行グループのリーダーに連絡を取りましょう」


卒業アルバムの連絡欄を開き、修学旅行のしおりを参照しながら、誰が誰に連絡するかを決めた。


そんな相談をしているうちに佐藤さんが私の机に置いてあるスケッチブックを見つけた。私に断って開いて見ると、中に描かれた似顔絵を見て、齋藤さんと佐藤さんが悲鳴を上げた。


「何を描いているのよ!?・・・これ、年配の男性の顔じゃないの?それもけっこう怖そうな。・・・美知子さんの知り合いなの?」


二人は私が東北で描いた一寸法師の顔を見ていた。


「これはね、実はね、東北旅行の成果なの」と私は仕方なく説明した。


柴崎さんと白井さんのおじいさんの家に、子どもの背丈で中年男の顔をした『一寸法師』が現れたこと、私はそのおじいさんの家を調べて、その家にあった市松人形がこの男に盗まれたんじゃないかと考えたことを説明した。


「盗まれたのは半年以上前だし、犯人は人形を持ってどこか都会へ逃げたと思うから、捕まえられそうにないみたいだけど」と私は言って、一色さんを見た。


「一色さんは刑事さんに知り合いがいるって聞いたわ。だめ元でいいから、この似顔絵をその刑事さんに渡して調べてもらうことはできないかしら?」


「私が知っている刑事さんは殺人事件や傷害事件が担当で、窃盗の捜査はしてないけど、今度会った時に聞いてみるよ。後で似顔絵を一枚もらえるかな?」と一色さんが答えた。


「じゃあ、一色さんの似顔絵と一緒に渡すわ」と私は言って、さっそく一色さんの似顔絵を描き始めた。


鉛筆で輪郭を取り、細かい顔の造形を描き加えると、水彩絵の具を出して淡く色を付けた。


「相変わらず似顔絵が上手ね。私たちにもお願いね」と齋藤さん。


三人の似顔絵を渡すと、満足そうに帰って行った。




祖父母宅への帰省や同窓会や英研の合宿が終わった後の八月末に、一色さんから家に電話がかかってきた。


「藤野さん、明日の午後、つき合ってもらえるかい?」


「明日は大丈夫だけど」と私はわけもわからずに答えた。


「立花先生・・・法医学教室の先生と警視庁の刑事さんに明日会うけど、藤野さんが前に預けてくれた泥棒の似顔絵について進展があったんだって」


「え、そうなの!?」と私は驚いて聞き返した。あの市松人形窃盗事件は迷宮入りになったのかと思っていた。


「それは絶対に聞かせてもらわなくっちゃ。・・・でも、わざわざ一色さんに連絡してくれるなんて、そうとう親切な刑事さんね」


「実は何か相談事もあるらしいよ」


「相談事?一色名探偵の出番なのね」


「藤野さんも頭いいから、一緒に考えてよ」と言われた。一色さんがいれば私の出番はないと思うが。


翌日、約束のお昼過ぎに一色さんの家に寄り、一緒に駅前に行った。駅前の喫茶店で一色さんのお相手の立花先生と刑事さんに会うとのことだった。


私は立花先生がどんな人か気になった。十歳近く年上らしいけど、落ち着いた紳士なのだろうか?齋藤さんや佐藤さんが印象を聞きたがるかもしれないな。


それに現職の刑事さんには会ったことがない。怖そうな人なんだろうか?


駅に着くと、立花先生と刑事さんらしき二人が駅前に立って待っていた。一色さんが手を挙げて声をかけると、二人は親しげな微笑みを浮かべて歩いて来た。


離れたところから見た印象では、立花先生はすらりとしてそこそこ背が高く、優しげな顔だちだった。頭もいいんだろうが、性格も優しいのに違いない。


もうひとりの刑事さんは四十代くらいの男性だけど、気のいいおじさんにしか見えなかった。しばしば犯罪者と対峙する刑事さんは職業柄顔が険しくなりやすく、特に暴力団を相手にする捜査第四課の刑事さんは顔つきが暴力団員みたいになると、根拠のない噂を聞いたことがあったが、この刑事さんは例外のようだった。


「先生、ようこそ。島本刑事もわざわざ来ていただき恐縮です」と二人に話しかける一色さん。


「いやいや、こちらから会ってくれとお願いしたんだから、ここまで来るのは当然だよ」と島本刑事が答えた。


「こちらがあの似顔絵を描いた藤野さんだよ。女子高時代の同級生なんだ」と一色さんが私を紹介した。


「藤野美知子です。初めまして」と私は頭を下げた。


「藤野さん、来てくれてありがとう。島本です、初めまして」と刑事さんが頭を下げた。


「あなたの噂はよく聞いています。明応大学医学部法医学教室の立花一樹です」と立花先生もあいさつしてくれた。


「ここでは何だから、この前行った喫茶店に入ろう」と島本刑事。そこで四人で私も行ったことがある喫茶店に入った。


「君たちは昼食はすませたかい?」と聞く島本刑事。私たちがすませたと答えると、好きな飲み物を頼むように言われた。


私はアイスコーヒーを、一色さんはレモンスカッシュを注文した。島本刑事たちもアイスコーヒーにしたようだ。


「さて、藤野さんにもらった似顔絵なんだけど、見たときにぴんと来たんだ。一か月ほど前に起こった強盗事件の被疑者のモンタージュ写真に似ていたからね」


「強盗事件ですか?」と私は聞き返した。


「うん。ある老夫婦が用事で外出していてね、暗くなってから一軒家の自宅に帰ったら、家の中に知らない男が侵入していたんだ。空き巣だね。その男の醜悪な顔を見て老夫婦は腰が抜けたそうだ。そして男は折りたたみナイフを出して『騒ぐと殺す』と二人を脅したんだ」


「それは恐ろしかったでしょうね」


「そう。老夫婦は抵抗できないまま手足を縛られ、口に猿ぐつわをかまされたんだ。その状態で『金はどこだ?』と聞かれ、猿ぐつわを少しだけずらされた夫が隣の居間に手提げ金庫が置いてあると答えた。ちなみに老夫婦が縛られたのは応接間だったよ」


「お金の在処ありかを教えた老夫婦はどうなったの?」と一色さんが聞いた。


「夫はもう一度猿ぐつわをかまされ、二人はその部屋に倒れたままで放置された。空き巣の男は応接間を出たんだが、まもなく悲鳴が聞こえ、どたどたと走る音が聞こえてから静かになった」


「空き巣が逃げ出したんですね?・・・そしてその老夫婦は?」


「縛られて身動きができないままだった」


「夏の屋内で水分が摂れないまま、もし窓が閉められていて、扇風機もクーラーもない状況だったら、暑くて危険ですね?」


「そう。熱射病を起こして死亡する危険がある」と立花先生が口をはさんだ。


「その老夫婦は熱射病を起こす前に助かったの?」と一色さんが聞いた。


「空き巣が逃げた時に玄関が開いたままになっていた。翌日、夜になっても戸が開いているのを不審に思った近所の人が老夫婦の長女に電話したんだ。長女は嫁に行って別居していたので、様子を見にくるのに二時間ほどかかったんだが、家に入るとすぐに縛られてぐったりしている両親に気づいて、救急車と警察に通報したんだ。二人とも命に別状はなかったけど、脱水症を起こしていたようだ」


「早く発見されたのは不幸中の幸いでしたね」


「けがは縛られたときにできたすり傷ぐらいしかなかったけど、何日も発見されなかったら命の危険もあったから、強盗致傷事件として捜査を始めた。被害者夫婦が回復してから犯人のモンタージュ写真を作ったんだけど、ちょうどその頃にもらった藤野さんの似顔絵が犯人に似ているのに気づいたから、夫婦に見てもらったら、モンタージュ写真よりもそっくりだって言ってたよ」


「これで捜査がはかどりそうだね」と立花先生が微笑んで言った。


「壊れた市松人形を盗んだらしいとの情報ももらったからね、近隣の人形修理を請け負う工房も調べているところだよ」


「犯人が逮捕され、人形が見つかるといいですね」と私は言った。どんな人形なのか、盗まれた柴崎さんのおじいさん自身も知らないけれど。


「ところで島本刑事、私に相談したいことは何なの?」と一色さんが聞いた。


「さっき話したように、空き巣、いや、強盗犯は、老夫婦を縛り上げて応接間を出た後、悲鳴を上げて逃げ去った。屋内にはほかに人がいた形跡はなかった。金銭や貴重品など、何も盗られてはいなかった」


「犯人が何に驚いて逃げたのか、わからないのですか?」


「そう。老夫婦の話では、お化けでも見たかのような悲鳴をあげたらしい」


「鏡か窓ガラスに自分の顔が映って、妖怪だと思ったんじゃないですか?」と私が言ったら、島本刑事たちは笑い出した。


「確かに藤野さんが描いた似顔絵を見たら妖怪と見間違えそうな顔だけど、さすがに自分の顔くらいわかるんじゃないかな」と島本刑事が言った。


「居間に強盗犯を怖がらせるようなものはなかったの?」と一色さんが聞いた。


「一応担当の刑事たちが調べたんだけど、恐れ戦くようなものはなかったらしい。・・・例えば、幽霊の絵とか、妖怪の人形とか」


「その言い方だと、普通の絵や人形があったように聞こえるけど?」と聞き返す一色さん。


「うん。居間は和室で床の間に山水画の掛け軸がかかっていた。飾り棚の上には五十センチくらいありそうなフランス人形も飾ってあった。さらに押し入れの中にも掛け軸や人形がしまってあったけど、人を怖がらせるようなものはなかったそうだ。・・・今は普通の住宅に住んでいるけど、老夫婦の家は戦前は羽振りが良くて、その頃入手した絵画や骨董品がまだいくつか残っているという話だ」


「部屋に入ったとたんにそのフランス人形を見て、驚いたんじゃないですか?精巧な人形は少し不気味ですから」と私は言った。


「初めて入った部屋でいきなり大きな人形を見たら驚いて声を出すことはあるかもしれないけど、強盗犯が逃げ出すほど恐怖を覚えるってことがあるのかな?」と立花先生が言った。


「それもそうですね。・・・ところで老夫婦が言った手提げ金庫は手つかずだったんですね?」


「押し入れの中に入っていた。そのすぐ上に大きな市松人形も置いてあったそうだ。・・・居間を調べた刑事も、押し入れを開けたとたんにそんな大きな人形が目に入ってびくっとしたそうだが、立花先生が言ったように、盗みをあきらめて一目散に逃げ出すほど驚いたとは考えにくい」と島本刑事。


「市松人形?・・・市松人形があったのですか?」と私は聞き返した。柴崎さんのおじいさんの家から盗まれたのも市松人形だったからだ。


「その市松人形はどんなの?写真とかないの?」と一色さんが聞いた。


「写真は今手元にないけど捜査記録の写しがある」と言って島本刑事は警察手帳を開いた。


「・・・これだな、高さが一メートル近くある男の子の市松人形で、普段着のような安っぽい薄茶色の着物が着せてあり、あまり高価そうには見えなかったようだ」


「そ、そ、そ、それって!」と私は思わず声を上げた。


「柴崎さんのおじいさんの家で盗まれた市松人形にそっくりな格好じゃないですか!」


私の言葉にみんなが驚いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る