第11話 東北の妖怪(一寸法師)(10・決着)
「紹介したい人ですか?・・・かまいませんが」と答える柴崎さんのおじいさん。
すると署の刑事さんが立ち上がり、会議室のドアを開けて外に何か話しかけた。
まもなく婦警さんにつれられて別の老人が会議室に入って来た。手に大きな風呂敷包みを抱えている。
「こちらの方は楢岡さん。その市松人形を盗んだ犯人が空き巣に入った家のご主人です」と刑事さんが紹介した。
これが強盗に入られた老夫婦の夫の方か。縛られた状態で放置され、衰弱していたと聞いたが、今はお元気になられたようだ。
「初めまして、楢岡といいます」その老人はそう自己紹介すると、机の上に置いてあった市松人形を見つめた。
「おお、これはまさしく次郎丸だ」そう言って手が震える楢岡さん。
「この人形をご存知ですか?」と私は思わず聞いてしまった。
「ああ。・・・これを見てください」と言って楢岡さんが風呂敷包みを開いた。
「これは!」その部屋にいた全員が目を見開いた。風呂敷の中には、柴崎さんのおじいさんの家から盗まれた人形と大きさも顔もそっくりな、男児の市松人形が入っていた。
こっちの人形の首は取れていない。着ているのは、色合いや柄がわずかに違うが、似たような古着だった。
「この人形は?」と尋ねる県警の菅原刑事。
「こちらの太郎丸と、そちらの次郎丸はもともと私の家にあった市松人形です。・・・私の家は戦前は裕福で、豪華な羽織袴を着せていたこの双子の市松人形を大事にしていました。しかし戦争で財産が失われ、終戦後は食べるものにも事欠き、まず、太郎丸と次郎丸の着物を手放しました。その際に手元にあった古着を二人に着せたのです」
そう言って楢岡さんは二体の人形を愛おしげに見下ろした。
「さらに私の父か母が、次郎丸を荒木さんの家に持って行き、代金代わりにして食べるものをいただいたのだと思います」
「そうでしたか。この人形・・・次郎丸ですか?・・・は、長年物置にしまってあって、私はその存在を知りませんでした。去年空き巣が入り、盗まれたのが市松人形だと教えてくれたのがこのお嬢さんでした」と柴崎さんのおじいさんが言って私に手を向けた。
「このお嬢さんが犯人の似顔絵を描いてくれたのです」と署の刑事さんが楢岡さんに説明した。
「おお、そうでしたか、あなたが・・・。おかげで次郎丸の行方を探し出すことができたんですね」
「人形店に預けた次郎丸とそっくりの人形が楢岡さんの家にあったので、人形が恨んで追って来たと犯人が恐れ、盗みをしないで逃げ去ったんじゃないかと同僚の刑事が推理していました」と署の刑事さん。
島本刑事のことかな?そう推理したのは一色さんと私だけどね。
「ただ、柴崎さんのおじいさん・・・荒木さんも知らなかった人形をなぜ犯人が知っていて、盗みに来たのかということがわかっていません。荒木さんの家を手当り次第にあさった痕跡はなく、最初からその人形を狙って盗みに入ったような状況でした」と私は口を出した。
「楢岡さんは犯人の顔を見たことがないと言っていたが・・・」と署の刑事さん。
「私の戦前の家は広くて、立派な庭もあって、植木職人やら商人やらがよく出入りをしていました。虫干ししていた人形を見て目をつけていた者がいたかもしれません」
「それではその線で捜査してみよう。戦争で手がかりが失われているのかもしれないが」と刑事さん。
「ところで、楢岡さんが荒木さんに話があるそうだ」
「なんでしょうか?」と聞き返す柴崎さんのおじいさん。
「太郎丸と次郎丸が再会したのは一緒にいたいと人形たちが願ったように思えてなりません。荒木さん、せっかく見つかった次郎丸ですが、私に譲っていただけないでしょうか?」と楢岡さんが頼んだ。
「代金はできるだけ・・・」「かまいませんよ」楢岡さんの言葉を柴崎さんのおじいさんが遮った。
「代金などいりません。わしはもともと人形があることさえ知らなかったし、その価値もわかりません。それに値段の交渉をして人形の再会を妨げたりしたら、今度はわしが人形たちに恨まれそうだ」
私は柴崎さんを見た。「おじいちゃんがそれでいいなら私は何も言わないけど」と柴崎さん。
「後は犯人を捕まえるだけね。それは警察にお任せするとして、これで一寸法師事件は片づいたのね」
「一寸法師?」と署の刑事さんと楢岡さんが聞き返して、柴崎さんが一通り説明するはめになった。
「楢岡さんには悪いが、その人形を見ると犯人の顔をつい思い出しましてな。引き取っていただけるならこちらも助かります」と柴崎さんのおじいさんが言った。
次郎丸の人形は既に警察で調べ終わったと言うことで、おじいさんは何かの書類に署名して人形を受け取り、それをそのまま楢岡さんに進呈した。
「ありがとうございます、荒木さん。次郎丸の首を直して、この際二人の着物も着せ替えて、元の状態に戻したいと思います」と楢岡さんはお礼を言い、風呂敷に二体の市松人形を包んで大事そうに抱えて帰って行った。
私たちもようやく警察署から帰れることになり、柴崎さんのおじいさんは県警の菅原刑事にお礼を言っていた。
「送っていただき助かりました。今夜は娘の家に泊まっていきますので、お先にお帰りください。お気をつけて」
「こちらこそお世話になりました」と菅原刑事は会釈して、警察署前に停めた車に乗って帰って行った。
「お腹すいたね。何か食べてから帰ろうか」と警察署を出てから柴崎さんが言った。
そこで警察署近くで見つけた蕎麦屋に入ってもり蕎麦を食べた。この店ではもり蕎麦が八十円、ざる蕎麦が百円だった。海苔の有り無しで値段がけっこう違うので、私はいつももりを頼むことにしている。
柴崎さんとおじいさんはざる蕎麦を食べていた。食べ終わるとおじいさんが私の分も払ってくれた。おごってもらえるなら、天ざるにしておけばよかった!・・・などとみみっちいことは考えない。
三人で電車に乗り、自宅の最寄り駅に着くと、そのまま柴崎さんの家に招待された。
「おじいちゃん、お帰り」と柴崎さんの母親に迎え入れられる。
「藤野さんもお世話になったわね」と私にお礼を言ってきた。
「いいえ、こちらこそ東北旅行をさせてもらったので、いい思い出になりました」とお礼を言い返す。
柴崎家には柴崎さんの母親と、大学生の次兄と、その婚約者の舞子さんがいた。夕方になれば父親も仕事から帰ってくるし、白井さんの家族も来るそうだ。
「今夜はごちそうを振る舞ってくれるそうよ」と私に囁く柴崎さん。
「おばあちゃんも来れば良かったのにね」と柴崎さんがおじいさんに言うと、
「車に長時間乗ったり、都会の警察に行くのが嫌だったようでな、今度またお邪魔するよ」とおじいさんが答えていた。
「それより藤野さん、また遊びに来なさいな」と私に言ってくれるおじいさん。
「はい。機会があれば」と私は答え、柴崎さんの母親と舞子さんに「お食事の準備を手伝いましょうか?」と言った。
「お客さまは時間までゆっくりしてください、由美さんと一緒に」と舞子さんに言われ、二階の柴崎さんの部屋に上がる。
ちゃぶ台の前に座ると、柴崎さんが階下に降りてカルピスを注いで来てくれた。私たちはカルピスをすすりながら雑談をする。柴崎さんが通っている徳方大学の幼児教育研究部の話題が主で、活動内容を楽しそうに語ってくれた。私はレポートが大変だったとか、そういう話題しかなかった。
しばらくすると柴崎さんの従妹の白井さんがやって来たので、柴崎さんが一寸法師事件の顛末を(なぜか)自慢げに語り、白井さんも事件が解決したことをとても喜んでいた。犯人はまだ捕まっていないけど。
話が終わった頃に舞子さんが私たちを呼びに来た。「由美さんたち、夕飯の準備ができましたよ」
「はい」と私たちは答え、柴崎さんについて階下に降りていく。そこには初対面の柴崎さんの次兄(舞子さんの婚約者)や白井さんのご両親がいて、ひととおりあいさつをしあった。
総勢十人での食事会なので、客間と隣の和室に座卓を置き、所狭しと料理が置かれている。和洋中華といろいろな料理が並んでおり、目移りしてしまう。
すぐにビールの栓が抜かれ、コップに注ぎ合う柴崎さんたち。私と白井さんはジュースをもらい、すぐに乾杯した。
「藤野さんには由美が受験生のときに勉強を見てもらったけど、今度は義父がお世話になったそうで、ほんとうにありがとう」と柴崎さんの父親が私に謝辞を述べてくれた。
「いえ、別に、それほどのことは・・・」と謙遜しようとしたが、すぐに柴崎さんが事の顛末を説明し始めた。ビールを飲みながら・・・。
「去年の秋におじいちゃんの家に一寸法師の妖怪が出たことは知ってるわね?小夜が女子高の生徒会長に相談したら、妖怪ハンターとして有名だった藤野さんのところに話が行って、夏休みにおじいちゃんの家まで来てくれることになったのよ」
東北での話はみんな一通り聞いていたようだが、私がすぐに妖怪ではなく泥棒の仕業だと見破ったことには改めて感心してくれた。
「こっちに戻ってから、藤野さんが犯人の似顔絵を元同級生の一色さんに渡してね、・・・一色さんの伝手で警視庁の刑事さんに似顔絵が渡ったら、すぐに盗まれた人形が見つかったってわけ」
今日のことを初めて聞く人はしきりに私に感謝してくれた。おじいさんが人形を楢岡さんに譲ったことも、みんなすぐに良いことだと賛同した。犯人を驚かすような人形を誰も欲しがらなかったからかもしれないが。
「結局その人形が兄弟と再会したくて、その泥棒を操っていたのかもしれないな」と白井さんの父親がファンタジー(オカルト?)な説を唱えて、みんなで笑い合った。
「藤野さんが妖怪ハンターって呼ばれてたそうだけど、ほかにも何か事件を解決したの?」と舞子さんが柴崎さんに聞く。
柴崎さんは舞子さんの顔を見て躊躇していた。さすがに舞子さんをろくろっ首と間違えたことは話せなかった(第1章第2話参照)。
「そ・・・それは、藤野さんから話してもらった方がいいと思うわ」と私に丸投げする柴崎さん。
みんなの注目が私に集まったので、「そうですね・・・、今年の二月の雪が降った夜に、某診療所の前に雪女が現れるようになりました」と私は三澤医院で経験した事件を話し始めた(第1章第3話、第4話参照)。もちろん固有名詞は出さないが、最後に冤罪をかけられかけたお医者さんと、彼の無実を信じ続けた女性が結婚したと、ハッピーエンドで話を終わらせると、
「素敵な話ね。藤野さんは色んな人のお役に立っているのね」と舞子さんが感動し、ほかのみんなも拍手してくれた。
柴崎さんだけにやにやしていた。おそらく舞子さんが次兄と結婚することも、私のおかげだと思っているのかもしれない。
宴会が終わると白井さん一家はあいさつして帰って行った。私も帰ろうとしていたら、
「もう暗くなったから、藤野さんは泊まったら?」と柴崎さんが提案してきた。
柴崎さんの両親たちからも泊まるよう勧められたので断り切れず、電話を借りて自宅に連絡する。
客間はおじいさんが寝るので、私は柴崎さんの部屋で一緒に寝ることになった。布団を敷いて横になると、酔っぱらっていた柴崎さんはすぐに眠り込んだ。
私は横になったまましばらく人形たちのことを考えていた。ようやくうとうとしかけた頃に、急にトイレに行きたくなって起き上がった。
そっと柴崎さんの部屋のドアを開ける。そのとき、階段の上に舞子さんが立っているのに気づいた。暗闇の中に舞子さんの白い顔が浮かび上がったので、私は思わず「ひっ!」と声を漏らしてしまった。
舞子さんが私に気付く。「あら、お手洗い?」
「は、はい。そうです」
「お手洗いは下よ。案内するからおいでなさいな」と優しく微笑む舞子さん。
「ありがとうございます」と私は言い、舞子さんの後に続いて階段を下りた。
用をすませ、ひとりで階段を上る。・・・それにしても舞子さんの白い顔は暗い中で目立つんだな、柴崎さんがろくろっ首と見間違えたのも無理はない、と思いながら。
柴崎さんの部屋に入り、寝息をたてている柴崎さんの横の布団に潜り込む。
そのまま眠ろうと思ったが、急にあることが気になって目が冴えてきた。
舞子さんはなぜ二階にいたんだろう?
確か隣の部屋が柴崎さんの次兄、つまり婚約者の部屋だから、こっそり逢っていちゃいちゃしていたのかな?
でも、隣の部屋に私と柴崎さんがいることを知っているはずだ。気づかれるのを覚悟で逢いに行っていたのだろうか?
それとも、舞子さんは本物のろくろっ首で、首だけで家の中を飛び回っていて、私に気付いてあわてて体に戻ったとか。・・・さ、さ、さすがにそんなことはないだろう。
九月上旬の夜なのに、私はなぜか身震いがして、頭まで布団の中に潜り込んだ。
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