第7話
勢いよく扉が開いた。
「叫び声が聞こえたのはこの部屋ですか?!」
中年女性の声だ。先ほどエントランスで挨拶した寮母さんだろうか。
咄嗟に目を閉じ寝たフリをしてしまったが、このままでは布団の中に隠れている男が見つかるのは時間の問題だ。布団の中で丸まっている男を見ながら、ふぅ…と小さくため息をついた。
どうして私がこの男を…でも、勘違いして叫んでしまった罪悪感もあるし…
布団から顔を出し、今目が覚めたように振る舞った。
「ん…どうかしましたか?」
「さっき3階から女生徒の叫び声が聞こえたと思ったんだけど、何か知らないかしら?」
そういえば、私たちは手続きに来るのが早く、3階にはまだ私しか入寮していないって言っていたな。
「いえ…もしかしたら夢の中でうなされていたから、寝言で何か言ってしまったのかも…」
かなり苦しい言い訳かと思ったが、案外あっさりと納得してくれた。
「そう…それならいいんだけど。ここは城下の中でも特に学生ばかりで平和な街だけど、何かあったらすぐに言うのよ。」
「はい、ご心配おかけしてすみません。」
心配してくれた寮母さんに嘘をついたことに心が痛んだ。
パタンと扉を閉じ寮母さんが階段を降りていく足音が聞こえると、布団を捲り怪しい男を睨み付けた。
「…で、あなたは一体誰なの?それにここは恋人たちの逢瀬の場所じゃないんだけど。」
「いやぁ助かったよ〜!それにあの子は恋人じゃないよ。」
ありがとね、と付け足しニコッと笑い掛けてきた。
「俺はルカ。去年までこの部屋は空き部屋だったんだよ。まさかこんなに早い時間に今年の新入生が来ると思ってなくてさ。」
「恋人じゃないならなんだって言うの?壁ドンしてたじゃない。」
「"壁ドン"…?あぁ、壁に追い詰めることを最近の子はそう言うのかな?」
しまった。壁ドンなんて言葉、この世界には無いわよね。この男の解釈に乗っかることにしよう。
「そうよ。そういうのは愛する者同士でやると思ってたんだけど…それともあなたの片思いかしら?」
「愛するって……。ずいぶん可愛いことを言うんだね。強いて言うなら俺は女の子みんなを愛してるよ。」
ケラケラと笑いながらルカが言った。
なんて軽薄なの。助けずに寮母さんに突き出せば良かったわ。
「はぁ…とにかく今後ここは私の部屋だから、あなたの遊びの場にしないでよね。」
「じゃあこれからは、君に会うためにここに来ようかな。」
さっきまでニヤニヤしていたのに、急に甘い視線を送ってきた。
優しげなタレ目に、上品さを感じるブロンドヘアは後ろでひとつに縛っている。夜空を想起させる濃紺の瞳は不思議な引力がある。
この男は危険だと本能が告げていたが、幸いにもサトミは前世の自分の男装によって、イケメン耐性が付いていた。
「ふざけないで、私は一対一の真剣な愛以外お断りよ。」
「つれないなぁ、俺が君の言う"一人"になるかもしれないのに。」
「はいはい、そういうのはさっきの女の子とお願いしますね。」
つれないなぁ、と唇を尖らせた。
「ところで、君の名前は?」
「…………サトミよ。」
「じゃあサトミ。そろそろ他の生徒も入寮してくるだろうから今日は帰るけど、また会うことになるだろうから。」
もう会わなくて結構よ、と言いながら扉を開け、ルカの背中を押して部屋から追い出した。扉を閉めようとすると耳に顔を近づけ、ルカが囁いた。
「じゃあ、またね。サトミ。」
こうやって女の子を落としてるのね…。ろくでもない奴。
到着早々の騒動に疲れたので、今度こそ本当に一眠りすることにした。布団からはルカの香水の香りがした。あの顔立ちのように甘い香りだった。
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