第4話

 3人は長椅子に腰掛け、窓から差し込む西陽に背中を照らされながら話した。


 「サトミの荷物...サロン科の道具と服飾科のものが混ざっているわね...。」

 「まさか入れ間違えってこともないだろうしなぁ。」


 アレンはすっかり私たちの空気に馴染んでいた。


 「それにしても列車の中で記憶喪失になって、どこに入学するかも分からなくなったなんて。なかなかハードな旅だね。」


 記憶喪失、という設定にした。エミリアは信じてくれたが、誰彼構わずあんな空想めいた話をする訳にもいかない。


 「まぁ、2人のお陰で少しは答えに近づいたし!後は学園に行ってから確認することにする。」


 手を合わせ、ありがとうね、と言った。

 アレンが持っていたトランクにはどういう訳か"サトミ"と刻印が入っており、私が王都学園の新入生であることはほぼ確定した。

 神様が用意してくれたのかな?私が違う名前を名乗っていたらどうなったんだろう...。

 ふぅ、と一息ついた。これ以上、創世秘話のようなことを考えても仕方ない。話題を変えることにしてアレンの方を向く。


 「アレンも学園の新入生なのよね?」

 「そうだよ。この学園では、様々な分野の勉強をする人が集まるだろう?長男の僕は将来的に家業を継ぐことになるから、社会勉強になればいいなと思ってる。」


 アレンは、実家が商業をしているらしい。慣れた手つきで、トランクとは別の鞄からカタログを取り出した。


 「例えばこんな感じ。武器やドレス、化粧品、食品まで、いろんなものを卸してるんだ。」


 ページが捲られる度、サトミはワクワクしていた。

 前世でコスプレをしていたこともあり、色とりどりのドレスや化粧品の数々は、サトミの胸を高鳴らせた。


 「アレンは商売上手ね!こんな素敵なものを見ていたらついつい欲しくなってしまうわ。」


 装飾品のページを見ながら、うっとりした表情でエミリアが言った。

 サトミもうんうん、と頷いた。


 「エミリアはサロン科だもんね。こういうのが好きなの?」

 「えぇ、私が暮らしていた街では定期的にみんなが自分の持ち寄った商品を売る市場が開かれるの。そこで私は自作のアクセサリーを売ったり、あと、買ってくれたお客さんのヘアメイクもしていたわ!」


 フリーマーケットの進化版のようなものだろうか。嬉々として語るエミリアは愛らしかった。


 「それはとっても楽しそうね。」


 エミリアは可愛らしいな、と愛しさが滲み出る表情をしたサトミに、アレンはドキッとした。

 アレンの方を振り向いたサトミと目が合うと、ハッとしたように目を背けた。

 あら?と、エミリアは何か気付いたようにニヤリとして目を細めた。




 サトミがふと目をやると、窓の外はもう真っ暗だ。


 「あらら、いつの間に…もうこんな時間」


 サトミが車両の前方の柱に掛けられた時計を指差した。

 お喋りに夢中になっていた3人は、もう夜になっていることにやっと気がついた。


 「明け方には終着駅に到着すると思うわ。」


 エミリアは自席でブランケットを取り出しながら言った。


 「明日は向こうに着けば手続きとか色々しないといけないし…今のうちに休んでおきましょう。」


 おやすみー、とブランケットを膝に乗せ、さっさと眠りについてしまった。

 アレンも、じゃあ…と言って自席に戻って行った。

 この木製の硬い座席ですぐに寝るとは…と感心しながら、サトミも自席に戻った。




 何時間くらい経っただろうか。


 眠れない……!!


 すっかり周りの乗客は寝ているようだが、サトミは一睡もできないまま窓の外をぼーっと見ていた。


 そういえば私、夜行バスも眠れないタイプだったわ…。


 前世でのイベント帰りのバスを思い出した。

 みんなコスプレイベントで疲れて帰りのバスは快眠だというのに、私1人眠れずにブランケットの中でスマホをゴソゴソと操作していたような。


 そういえば、いちばん後ろの車両には展望デッキがあるってエミリアが言ってたな。せっかくだし行ってみよう。どうせ眠れないし!


 サトミは席を立った。




 展望デッキに続く扉を開けると、ひんやりした空気が流れ込んできた。わっ!と驚きながら展望デッキに出て、扉を閉めた。

 線路の両側に無限に続くように聳え立つ針葉樹をぼーっと眺めながら、瞼を閉じてひんやりした空気を感じていた。


 しばらくすると、すぐ後ろの扉が開く音がした。振り返ると、アレンが立っていた。


 「やぁ、サトミも眠れないの?」

 「えぇ。アレンも?」


 そうなんだよ、と言いながら扉を閉めた。寒いのか、先の尖った革靴をパタパタとさせながら足踏みしている。

 ふふっ、と思わず笑みを溢した。


 「ん?何か可笑しいことでもあった?」


 アレンが不思議そうな顔をした。


 「ううん、アレンったらペンギンみたいで可愛いんだもの。」

 「ペンギンを知ってるのかい?!」


 大好きな冒険譚について語る小さな子どものように、アレンは瞳を輝かせた。

 はっと我に帰ったのか、失礼、と咳払いをした。


 サトミは自分が知るペンギンについて話した。

 アレンはニコニコしながらその話を聞き、そして色々なペンギンの豆知識を披露した。こちらの世界でも、彼らは空を飛ぶことはないようだ。


 「ごめんね、失礼だったかしらね。こんなに物知りでかっこいい男の子に、可愛いって言うのは。」


 何気なく発した言葉だった。聡美として生きていた頃は、周囲の男の子たちから男扱いされていたために、何の意識もしていなかった。


 「か、かっこいい…?」


 アレンは少し下を向いたまま聞き返した。


 「??…えぇ、王子様みたいよ?スッと通った鼻筋に、あどけなさと青年の雰囲気が混ざったような猫目。光が当たる場所でよく見ると、深い青色に見える瞳が綺麗だし…………」

 「わーーーーーーーーーーー!!!ストップ!もういいから!」


 顔を上げ、慌ててサトミを制止した。

 照れているのか両目をギュッと閉じ、顔は真っ赤だった。そんな表情を隠すように、大きな手のひらに顔を埋めていた。

 そんな反応をされるとは予想もしていなかったサトミはぽかんとした。


 そっか。今は美少女アバターの姿に生まれ変わってたんだ。可愛い子に褒められたら照れちゃうよね。

 こんな反応、聡美の頃にはされたことなかったな…。


 チクっと切ない気持ちになった。


 「…サトミは褒め上手だね」


 ようやく顔の前から手を退けたアレンが、少し恥ずかしそうに口を開いた。


 「本当に思ったことを言っただけよ、王子様?」


 ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべながらアレンの顔を覗き込んだ。

 もーーーーーーっ!とアレンはまた顔を赤らめ、しゃがみ込んだ。


 「サトミ、面白がってるだろ!」


 うん、ごめんなさい。ちょっと、いやかなり面白い。くすくすと笑いながらふと空に目をやった。


 「わぁぁぁぁぁぁ!」


 空には満点の星空が広がっていた。


 「っくしょん!」

 「大丈夫?今夜はかなり冷え込んでるね」


 そう言いながら、自分に掛けていたブランケットをサトミの肩に掛けた。


 「えっ!悪いわよ、こんな…アレンが寒いじゃない。」


 あ…少女漫画でこんなシーン見たことあるな。


 「僕は商談のために野営することもあるからね。暑さや寒さには慣れてるし大丈夫だよ!」


 ぽん!と自分の胸を拳で叩きながらウインクして見せた。

 じゃあ…と、お言葉に甘えることにした。

 それから2人はしばらく、星空を眺めた。サトミは先程の出来事を、前世での自分と比較していた。


 ブランケット…嬉しかったな。女の子ってこんな気持ちなんだ。(前世も一応女の子ではあったんだけれども。)


 女の子扱いを生まれて初めて…一度死んでいるけど、生きてきた記憶の中で、初めてされた。


 聡美の頃、男扱いされていた頃の私には、あんな素敵なことは起こり得なかったなぁ。............いやいや、今世はこんな美少女に生まれ変わったんだから、うじうじしてないで…今を楽しまないとね!


 切ない気分になったが、切り替えようと努めた。きっとまだこの身体の自分に慣れていないせいだな、と心の中で苦笑した。

 少し浮かない表情をしているサトミに気付き、アレンはそれが気に掛かった。

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