第3話
運ばれてきた料理はシーフードドリアだ。
ここの名物だって言うから注文したけど、確かに美味しそうね…。
大きな海老が横たわり、白いクリームで覆われている。スプーンで掬うと、ケチャップライスが底から顔を出す。口に運ぶにはまだ熱そうだ。
ふーっふーっと息を吹きかけて冷ましていると、少女が口を開いた。
「そう言えば、まだ自己紹介をしていなかったわね。私はエミリア。15歳で、この春から王都学園の新入生よ。」
聡美はスプーンを置き、少し迷ってから答えた。
「私はサトミ。年齢も行き先も分からないから、取り敢えず終着駅の王都学園に向かうわ。」
苗字は敢えて名乗らなかった。
エミリアが苗字を名乗らなかったことから推測するに、貴族だけが苗字を持つ世界である可能性が高いと思ったからだ。
不確定要素しか無い今、周りに合わせておくのが安牌だと踏んだ。
「サトミね!改めてよろしく。この世界について分からないことは何でも訊いて。」
じゃあ......とその言葉に甘え、早速いくつか気になっていたことを確認した。
ドリアが冷めかけていることに気づき、急いで口に運んだ。
「つまり、15歳になると国中の子どもが試験を受けて、優秀な成績を納めた人は王都学園に入学することになるのね?」
表面のホワイトクリームに包まれたライスは、まだホクホクと温かかった。
「そう!つまり私もエリートなのよ?」
ふふん、と得意げに鼻を上に向けている。
エミリアの話によると、この列車には王都学園に向かう新入生のみが乗車しているらしい。
状況から推測すると、私も学園の新入生である可能性が高い。
「その能力って言うのは、魔法とかそういうものを計測するの?」
私も手のひらから火や水を出せたりするのだろうか。自分の手を見つめながら首を傾げた。
「まさか!魔法なんて空想上のものよ。王都学園は、国を支える様々な仕事のスペシャリストを育てる目的で設立されたの。」
どうやら、ここは思ったよりファンタジー色が薄い世界のようだ。
「さまざまな仕事って、どんなものがあるの?」
ドリアを頬張りながら尋ねた。
「んー、騎士みたいな戦闘職から、料理人やデザイナーのような仕事まで、幅広くあるわよ。私はサロン科に入学するの。」
サロン科では、頭髪やメイクなど美容に携わることを学ぶらしい。美容系の専門学校に近いイメージだろうか。想像以上に近代的な世界観に驚いた。
私が学園の新入生だとすれば、一体どこの学科なのだろうか。
「私って何科だと思う?」
分かるはずもないと思ったが、尋ねた。
「うーん、サトミが分からないのなら私にも……。あ!トランクの中は確認した?」
トランク。果たして私はそんなものを持っていただろうか。首を傾げて考えていると、入学する生徒には事前に支給されるのよ、と教えてくれた。
エミリアによれば、学園で必要な道具は入学前に合格通知と共に家に送られてくるらしい。
「私のを見せてあげる。特別よん♪」
彼女は椅子の横に置いていたトランクを開けた。上質そうな皮に包まれた鋏が、車窓から差し込む光に照らされ銀色に輝いている。
他にも見たことがない道具も入っているが、恐らく美容師が使っている道具であることが想像に易い。
「もしかすると……。サトミ!さっきの車両に戻るよ!」
突然何かを思い出したように立ち上がった。エミリアは早く早く、と急かしながら私の分まで早々に食事代金を支払って食堂車を飛び出した。
「ちょっ、待っ、、」
お...追いつけない...。走るの自体、前世から数えて何年振りだろう...。
エミリアはサトミと背丈もそう変わらないのに、かなり走るのが早い。私が前を走る彼女に追いついた頃には、彼女は元居た席の上部に取り付けられた網棚を探っていた。
「おかしいなぁ、絶対ここにあると思ったのに……あなたもトランクを持っているはずなのに、どこにもないの。」
「無いとそんなに困るものなの?」
キョトンとした顔で尋ねた。
エミリアは床に膝をついて座席の下を探していたが、手を止めて困り顔で見上げてきた。
「トランクとその中身は学園の生徒にとって入学許可証のようなものなの。あれが無いと入学式に出席するどころか、学園の門を潜ることすらできないわ。」
深刻そうに答えた。どうしたものかと二人して唸っていると、背後からのそりと人影が近付いてきた。
背後から迫った人影に、サトミは一瞬ゾッとした。前世で起こった事とはいえ、後ろから不審者に刺されたトラウマはしっかりと身体に刻み込まれていたのだ。
パッと距離をとるように身を引きながら振り返り、顔を上げた。
「おっと、ごめんね。驚かせちゃったかな。」
立っていたのは、人の良さそうな雰囲気の男だった。男は何もしないよ、と言いたげに両腕を上げて降参するようなポーズをとった。
大丈夫です、とサトミは青ざめた顔を伏せながら伝えた。
「もしかして、君たちが探してるのはこのトランクじゃないかと思ってね。」
そう言った男の手には、皮のベルトが付いた茶色のトランクが2つあった。
「どうしてあなたがそれを…?」
ここまで黙っていたエミリアが口を開いた。最初に私に話しかけてくれた時とは違い、随分恐る恐る、という話し方だ。
「ここの席に無防備に置かれているところを見つけてね。」
男によると、自分の席に戻ってくると、隣の席にそれが放置されており、しばらくしてもトランクの主人が戻ってこないため、盗まれることを心配して預かっていたらしい。
見たところ学生、それも新入生ばかりの車内でも物騒な事が懸念されるのだな、と考えた。
ともあれ勘違いで失礼な態度を取ってしまったなと思った。そうとは知らずごめんなさい、と頭を下げた。パッと切り替えて右手を差し出した。
「ありがとう、ちょっと驚いちゃったけど。私はサトミ。同じ学園の生徒になるみたいね、私たち。」
前世のコスプレイベントで培った営業スマイル、別名レディーキラー(本人はそう呼ばれていることを知らなかったが、そのイケメン風の笑顔は、密かにそう呼ばれていたらしい)で名乗った。
サトミの爽やかな笑顔に、男はぽけーっとした様子だ。
続いてエミリアも、ごめんね、と付け足して名乗った。
「おっと、これは失礼。」
意識がこちらの世界に帰ってきたらしい男は、私の右手に気づいたらしい。両手に持っていたトランクを左手に持ち変え、重そうに片手で二つを持った。
「僕はアレン・エヴァンズ。」
そう言って右手を差し出してきた。トランクを持ち替えたのは握手のためらしかった。
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