第7話 配信者

 走って道の奥へ進むと、やがて小部屋へとたどり着いた。

 この部屋からまたいくつか道が別れているらしい。


 部屋の中では、女性が複数の男たちに囲まれていた。

 女性には見覚えがあった。

 あれは確か……。


「如月オトメ、だったか」


 そうだ、うちの大学にいるインフルエンサー。

 ダンジョン配信でバズった人気者。

 そんな彼女が大柄な男たちに絡まれている。


「あんたたち今配信中よ! 誰に手ぇ出してるのか分かってるの!?」

「だからさ、俺たちが守ってやるって言ってんだよ」

「リスナー見てるぅ?」

「俺らもこれで有名人になんじゃね?」


 どうやら配信中に他の冒険者に絡まれてしまったらしい。

 有名人だからと言うので目をつけられたのだろう。


 男は全部で五人か。

 鉄バットを持ってるやつもいて、かなり物々しい雰囲気だ。


「ずいぶん分かりやすく絡まれておるのう」

「ありゃうちの大学のやつだ」

「ほう、知り合いか?」

「いや、違うけど。顔だけ知ってるっていうか……」


 こんな場所で助けもないまま絡まれるのは可哀想だな。

 このまま見過ごすのも寝覚めが悪い。

 俺はため息を吐くと、男たちに近づいた。


「おい、嫌がってんだろ。放してやれよ」


 俺が声をかけると、男たちが「あぁ?」とこちらに凄んだ。

 一人ひとりがかなりゴツい。


「お前誰だよ。俺たちは今オトメちゃんと話してんだよ。邪魔すんな」

「嫌がってる相手に無理やり迫ってるだけじゃねぇか。ちょっとは考えて人に接したらどうだ」

「んだとぉ……?」


 一番大柄の男が俺に近づく。

 間近で向き合うと見上げるほどの巨躯だった。

 俺もガタイが良い方だが、それ以上だ。

 190センチはありそうな気がする。


「テメェ、舐めた口聞いてんじゃねぇぞ」


 眼の前の男が拳を振りかざす。

 殴られるかと思って身構えた時。

 不思議なことが起こった。


 まるで何かの悪ふざけでもしているように、眼の前の男の動作が急激にゆっくりになったのだ。


 男だけじゃない。

 周囲の男や、如月オトメの揺れる髪までもが全てスローモーションに映っている。

 スポーツのリプレイ映像でも見ているかのようだった。

 何が起こっているか分からず、一瞬判断に困る。


 しかし、考えるより先に男が俺に向かって拳を振り下ろしていた。

 何が起こっているか分からなかったが、まずは眼の前の脅威を避けなければ。


 俺が咄嗟に首を捻ると、男の拳は空を切った。

 その隙に、膝を相手の腹へ打つ。

 膝がもろに鳩尾みぞおちに入り、男はそのまま倒れ込んだ。


 瞬間、時が元に戻った。


「ぐふぅっ! おぇっ!」


 俺に凄んでいた男が倒れ、後のやつらは何が起こったのか分からず目を見開いている。

 ようやく状況を把握した一人が、今度は俺に近づき、鉄バットを振りかざした。


「お前、舐めてんじゃねぇぞ!」


 俺が相手に意識を向けると、またもや世界がスローモーションになる。

 今度は鉄バットをかわして、そのまま相手に足を引っ掛けた。

 意識の集中が切れると共に、時の流れが元に戻る。


「うぉっ!? あだっ!」


 俺の動きが予測できなかったのか、男は思い切りその場に転んだ。

 その様子を見た九鬼が小さく拍手する。


「アキヒト、やるのう!」

「はしゃいでないで手伝ってくれ!」


 すると今度は俺たちが北方向とは別の道から足音が近づいてきた。

 お次は何だ。

 目を向けると、二足歩行の蜥蜴トカゲのような見た目のやつらが大勢に部屋に入ってきた。

 どう見ても魔物だ。


「今度は何だよ!」

「ひぃ! 蜥蜴男リザードマンだ!」


 如月オトメを掴んでいた男たちが逃げ出そうとする。

 しかし隊列の整った蜥蜴男リザードマンは、あっという間に俺たちを囲んでしまった。

 逃げ道を塞がれる。


 蜥蜴男リザードマンたちはそれぞれ手に刃物を持っていた。

 剣を持っている個体もいるが、鉈や斧を持っているやつもいる。

 だいぶヤバい状況だ。


「こ、殺される……!」

「俺まだ死にたくねぇよぉ!

「一層は安全じゃねぇのかよ!」


 男たちが次々に命乞いを始めた。

 そんな惨めな姿をみた蜥蜴男リザードマンたちは、まるで人間がそうするようにギャッギャッと不気味な笑い声を上げる。


 すると、そんな状況で一歩前に出るやつが一人いた。

 如月オトメだった。


「おい、危ねぇぞ!」

「いいから、これ持ってて。ちゃんと私のこと映して」


 俺が声をかけても彼女は気にせずにスマホを手渡してくる。

 スマホにはアームが装着されていた。

 ジンバルというやつだろう。


「馬鹿、こんな時に撮影してどうすんだ!」

「いいから、あんたは黙って見てなさい」


 彼女は、いつの間にか刀が握られていた。

 先程はなかった代物だ。

 一体どこから取り出したんだ。



 名無し:出た、オトメちゃんの武器召喚!

 名無し:この数でも引かないのは流石っす。

 名無し:情けない雑魚どもに実力差を見せてやってくれ。

 名無し:蹴散らしちゃえ!



 画面に独特のUIでコメントが表示されている。

 こんな時にも配信してんのかよ。


 如月オトメは鞘に収まった刀を深く構えたかと思うと。

 目にも止まらぬ速さで抜刀した。

 こちらを嘲笑していた蜥蜴男リザードマンたちが、瞬きする間もなく一閃される。


 最初、蜥蜴男リザードマンたちは自分が何をされたのかよく理解していないようだった。

 だがやがて、その首筋に切れ目が入ったかと思うと、蜥蜴男リザードマンの首が数体、その場にゴトリと転げ落ちる。


 仲間の首を落とされた蜥蜴男リザードマンは、怒り狂ったように叫び如月オトメへと襲いかかった。


「遅い!」


 如月オトメは怯む様子もなく、次々に襲いくる蜥蜴男リザードマンたちを刀でほふっていった。

 切り倒された蜥蜴男リザードマンはその場に倒れると、やがて霧のように空間に溶けていく。


 数分もすれば、俺たちを囲んでいた大量の蜥蜴男リザードマンは全て切り捨てられていた。

 それは、あまりにも人間離れした技だった。

 熟練した剣道の師範でもないと到底真似できない所業だ。

 消えていく蜥蜴男リザードマンたちを、如月オトメは冷めた目で見下ろす。



 名無し:マジで格好良い……

 名無し:その冷たい眼差しで俺も見下ろしてくれ

 名無し:見てて胸がスッとするわ



 コメントは賛辞の嵐だ。


「情けないわね、こんなのにビビってるだなんて」


 腰を抜かし命乞いをしていた男たちに、彼女は侮蔑の表情を浮かべると。

 やがて俺に手を伸ばしてきた。


「スマホ、返して」

「あ、ああ……。怪我ないか?」

「あるわけ無いでしょ。私を普通の女の子扱いしないでくれる?」


 俺がスマホを如月オトメに返すと、通路の奥から再び蜥蜴男リザードマンが姿を見せる。

 それも、さっきよりもずっと多かった。

 三十……いや、それ以上はいる。


「はっ!? まだこんなに居んの!? 流石に聞いてないわよ!」

「ひぃ、今度こそもうダメだぁ!」

「助けてぇ!」


 あまりの軍勢にその場にいた皆が驚いている。

 どうしたものかと思っていると、九鬼と目が合った。


「悪ぃ、頼んでもいいか?」

「仕方ないのう」


 九鬼はぐっと伸びをすると、数歩前へと歩みだす。

 その姿を見た如月オトメが、先程の俺と同じように目を丸くした。


「ちょっとあなた! 危ないわよ! ここは私に――」

「誰がお主に力なぞ借りるか」


 九鬼は言うやいなや、瞬く間に巨大な九尾の狐へと姿を変えた。

 俺以外のやつらが度肝を抜かれる中、九鬼はケタケタ笑いながら尻尾を振りかざす。


「ほれ! 業火で焼かれるが良い!」


 九鬼が火の尻尾をふり回すと、尻尾の先より龍のような炎が次々と生み出された。

 生まれた数匹の炎龍は踊るように絡み合い、一瞬にして蜥蜴男リザードマンの軍勢がいる通路を通り抜けていく。


 炎龍が通り過ぎたわずか数秒後、蜥蜴男リザードマンの姿は全て消失していた。

 全員が唖然とする中、九鬼は「他愛もないのう」と女性の姿でこちらに戻って来る。


 それを見た男たちは、一斉に「バ、バケモンだぁ!」と叫んでその場から逃げ出した。

 俺と九鬼と如月オトメだけがその場に取り残される。


「バケモンとは失礼じゃのう。命を助けてやったというのに」

「ありがとな、九鬼。助かったよ」

「ふ、ふふん? これで儂の偉大さがわかったじゃろう?」


 俺たちが話していると「ま、魔物……?」と如月オトメが震えた声で言った。


「あんた、何なの? そ、その人、魔物よね? しかも、人の言葉喋ってる!」

「あー……、これは」


 何て言ったらいいんだ。

 よくよく考えたら、配信もされてるからちょっとまずいよな。

 俺がどうにか誤魔化そうと考えていると、九鬼は「その通りじゃ!」と勝手に如月オトメに近づいていった。


「いかにも、儂がこのダンジョン最強の魔物、九尾の狐の九鬼ぞ? 儂を讃えよ人間!」

「馬鹿! 九鬼、ちょっと引っ込んでろ!」

「えー? つまらんのう。儂、もっと感謝されたい」

「後でいくらでも感謝してやるから」


 俺はチラリと如月オトメを見ると、ゴホンと咳払いする。


「えっと、こいつはあんたと同じだ。さっきあんた、何もないところから刀を取り出しただろ? こいつも一緒で、ちょっと特別な力が使えるだけのただの人間なんだ」

「でもさっき自分で最強の魔物って……」

「こいつちょっと頭イカれてんだ。自分のこと最強の魔物だと思い込んでる可哀想なやつなんだよ」

「アキヒト、儂の悪口言っておらんか?」

「可愛いやつって言ったんだよ」

「本当か……?」


 我ながらだいぶテンパってるな。

 とにかくこれ以上ボロが出ないうちに退散した方が良さそうだ。

 あまり関わり合いになりたくない。

 俺は如月オトメに向き直る。


「後は一人で帰れるよな?」

「大丈夫だけど……」

「良かった。じゃあ、俺たちはもう行くから」

「あ、ちょっと――」


 何か言いたげだった如月オトメを残し、俺と九鬼は逃げるようにその場を去った。

 面倒なことにならないことを祈りながら。

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