第8話 異能

「あぁ、昨日は酷い目に遭ったな」


 大学の講義室にて。

 俺はゲンナリして机に頬杖をつく。


 昨日の『お試しダンジョン探査』はひとまず成功だった。

 と言うか、あれを『成功』と呼んで良いのかは定かではないが。

 九鬼が規格外の力を持っていることだけはよくわかった。

 俺たちでもダンジョンで十分通用すると言えるだろう。


「にしても、昨日のは何だったんだろうな……」


 突然武器を取り出した如月オトメの謎技術も気になるところだが。

 あの時俺が体感した、相手の動きが遅くなる現象もよく分からなかった。

 ダンジョンは妙な力――魔力で溢れていると言うし、何らかの影響でも受けたのだろうか。


「試しにやってみるか」


 俺は昨日そうしたように、そっと目の前に意識を集中してみる。


 すると、同じように世界の動きがゆっくりに見えた。

 講義室に出入りする学生、友達に手を振る女子、隣から聞こえる誰かの話し声。

 その全てが速度を落とす。


 しかし速度を落としたのは世界だけじゃない。

 この俺自身の動きも遅くなっていた。

 つまり、知覚だけが時の流れを変えて感じられている。


 何だよ、これ。


 思わず驚いてハッとする。

 同時に、時の流れが元に戻った。


 気のせいじゃない。

 間違いなく、昨日のあれは俺の能力だったんだ。


 俺が驚いていると、不意に隣に誰かが座った。


「あっ……」


 思わず声を出すと、相手と目が合う。

 眠っていた猫が起きた時のように相手は目を見開き、やがて驚愕の色を顔に浮かべた。


「あ、あなたは昨日の!」


 何だその下手なラブコメみたいな発言は。

 俺は顔を逸らした。

 そんな俺に如月オトメはずいとその整った顔を寄せる。


「昨日はありがとう。まさか同じ大学だなんて思わなかったわ」

「はは……そりゃどうも」


 およそ感謝しているように見えない態度に俺が乾いた笑いを浮かべていると、如月オトメは何かを押し付けてきた。

 スマホ端末だ。

 映像のようなものが映されている。


「げっ……」


 思わず絶句した。

 何故なら画面に映っているのは昨日の映像だったからだ。

 巨大な九尾の狐となり、ダンジョンで大暴れする九鬼の姿が映されている。


「この映像、お陰で大反響だったの。如月オトメの配信に現れた謎の二人組、片方は突然魔物のような姿になって蜥蜴男リザードマンを瞬殺。おまけにすごく美人。一気に話題になったって訳」

「あんた、肖像権って知ってるか?」


 せっかく助けたのに恩を仇で返された気分だ。

 悪い意味で予感が的中してげんなりする。


「知ってると思うけど、私は如月オトメ。配信者をしているわ。あなたは?」

「守森屋アキヒトだ」


 すると如月オトメは「それで」と更に顔を近づけてきた。

 人と距離が近いタイプなのだろうか。


「あなたたち、何者なの?」

「何者って何がだよ」

「決まってるでしょ。あんなにド派手に魔物を一掃しておいてタダモノな訳ない」

「タダモノだよ。これから冒険者稼業を始めようとして、ダンジョンに入って、たまたまあんたを助けた。それだけだ」

「たまたま? 本当に? でもあなたたち『異能持ち』なんでしょ?」

「異能……何だって?」


 聞き慣れない単語が出てきた。


「自分で言ってたじゃない。私みたいな特別な力を持ってるって」

「あ、あぁ……」


 確かに言ったな。

 咄嗟に上手い言い訳が思いつかなかったんだ。


「あなたたちも私みたいにアーティファクトの力を受け取ったんでしょ?」

「あなたたちもって……」


 すると如月オトメはサッと周囲を見回した。

 よく見ると講義室中の学生が俺たちに目を向けている。


「おい、あいつ誰だ? 如月さんとあんなに親しげに……」

「ひょっとして彼氏とか?」

「まさか」

「でもかなり距離近くね?」


 ヒソヒソと聞こえる声に「ここじゃ場所が悪いわね……」と如月オトメは呟いた。


「着いてきて。見せたいものがあるの」

「お、おい……」


 学生たちに注目される中、早乙女オトメに手を掴まれ講義室を連れ出される。

 人気ひとけのない場所まで来たところで「ここなら大丈夫ね」と彼女は言った。


「私の異能、見せてあげる」


 如月オトメはそう言うと、左右の手をパンと重ね合わせて目を瞑った。

 何やってるんだ。

 不思議に思っていると、不意に彼女の手から小さく光が溢れ出た。

 予期せぬ現象に思わず目を丸くする。


「はぁっ……!」


 如月オトメが小さく息を吐き、手を開く。

 すると、その手に先ほどは無かった短刀が握られていた。


「どう? これが私の異能」

「すご……。何これ、マジックか?」

「失礼ね! マジックなんかと一緒にしないでよ! これはアーティファクトの力!」

「アーティファクトの?」


 俺の問いに如月オトメは頷く。


「私は冒険者としてダンジョンに潜り、アーティファクトの力を得たの。それがこの『創造』の力。何もないところに想像したものを生み出す能力よ。と言っても、ダンジョン外だと魔力が少ないから大したものは生み出せないけど」


 彼女が言うや否や、生み出した短刀がボロボロと崩れ落ちる。

 先程までどうみても金属だったものは、泥のように手からこぼれ落ちるとそのまま地面に消えた。


「他にも身体能力を飛躍的に上昇させる力も持ってる。これらはアーティファクトから得た力なの」


 昨日のことを思い出す。

 如月オトメは何もない場所から突如として刀を取り出し、複数の蜥蜴男リザードマンを切り捨てた。

 かなりの手練れの動きだと思ったが、あれも全てアーティファクトの力だったらしい。


 一つだけでも何千万と言う価値のある代物。

 彼女はそれを複数手にした。

 まさしく驚くべき話だ。

 さすが有名配信者なだけはある。


「いいのか? 特別な力を持ってることを俺に言うなんて、お前からしたら企業秘密を明かすようなもんだろ?」

「別に構わないわよ。配信で既に何度も見せてるし、ネットでまとめられてもいるから調べたらすぐにわかることだしね」


 如月オトメはそっとため息を吐くと「で?」と俺に向き直る。


「次はあなたの番よ」

「俺?」

「これから冒険者稼業を始めるんでしょ? 昨日初めてダンジョンに潜った。アーティファクトを持っているはずないのに、二人とも異能持ちだなんてどう言う了見かって聞いてるの」

「そう言われてもな……」


 そこで俺は「うん?」と首を傾げる。


「今『二人とも』って言ったか?」

「そうよ。あの女の人とあなた。どちらも普通の人間じゃない動きしてたじゃない」

「俺は別に何も……」

「本当に? じゃあこれでも?」

「うぉっ!?」


 如月オトメは言うや否や俺の頬に向かって拳を振りかざした。

 咄嗟のことだったが、先程と同じく彼女の動作がスローモーションとなり、俺は首を捻って拳をかわす。

 空を切った拳は俺の頬スレスレをかすめて行った。


 拳をかわされた如月オトメは「ほら見なさい」と鼻を鳴らす。


「昨日もそうだった。あなた、殴りかかってきた男に対して常人ならあり得ない速度で反応してたわよね。格闘技している人の動きじゃ無かったし、絶対に何かあると思ったのよ」


 如月オトメはずいと俺の顔を覗き込む。


「あなたもアーティファクトから力をもらったんでしょ?」


 言われて思い出す。

 以前、俺がアーティファクトに触れて気を失った時。

 九鬼は「妙な力を感じる」と言っていた。


 如月オトメの言葉が本当だとするなら、俺はアーティファクトから力を渡され、その『力』は世界をスローモーションに捉える力ということになる。


 考え込む俺を見て「まぁいいわ」と彼女は肩をすくめた。


「言いたくないなら別に無理に聞くつもりはないの。ただ、私がここまで話したのは、守森屋くん。あなたに依頼があったから」

「依頼?」

「そう」


 如月オトメはニヤリと笑った。


「私のコラボ相手になって頂戴」

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