第7話 名状しがたいもの
生姜焼きが完成した?らしいけれど……。
「なぜ疑問形……?」
フライパンの中にはうごめく紫色の触手のようなものが、黒い禍々しいオーラを放っている。
どう見ても生姜焼きには見えない。というより料理ではなく、名状しがたい何かのようだ。
「ええと……これが生姜焼き?」
「そのつもりなんですけど……どうでしょう?」
廉也は沈黙した。真夜はうるうるとした瞳でこちらを見ている。
(絶対失敗しているよね、これ。失敗なんて生易しいレベルじゃないか……)
ラブコメ漫画のポンコツヒロインの可愛らしい黒焦げ料理なんてものではない。
もっと恐ろしいものの片鱗を廉也は見てしまった。
(いや、でも、神城さんがせっかく作ってくれたんだし、女の子の手料理を食べる機会なんてないし……!)
廉也は意を決して、「味見するよ」と箸を取った。そして、パクっと食べる。
我ながら勇気を出したものだ、と廉也は思う。勇者と言っても過言ではない。
一口咀嚼した瞬間、口のなかで蠢くものがあった。まったく未知の味に、視界が虹色になる。
そして、そのまま廉也は「おえー」と膝をついて流しに吐き出す。
「に、二条くん!?」
「ご、ごめん。神城さんが作ってくれたのに……」
「いえ、その……失敗作だってわたしもわかっていますから」
(わ、わかっていたのか……!)
聞いてから食べればよかった、と廉也は思った。
ある意味、真夜を傷つけずに済んで良かったけれど。これで本人にとっては自信作だったら可愛そうだ。
いや、最初から疑問形だったから、そんなわけなかったのか……。
「そ、それより大丈夫ですか!?」
真夜が心配そうに廉也を見つめる。
廉也はふらつきながら、なんとか立ち上がる。そしてひきつった笑みを浮かべる。
「な、なんとか平気。言いづらいんだけど……神城さんって家事は苦手なんじゃない?」
「……っ! すみません。実はそうなんです。わたし、不器用で家でもたくさん怒られていて……。わたしってダメダメなんです。二条くんもがっかりしましたよね……」
泣きそうな顔の真夜に、廉也は慌てる。そんな顔をさせるために言ったのではない。
「ダメダメなんてことはないよ! 神城さんって美人で人気者だし、勉強もスポーツも万能だし、みんなの憧れじゃないか」
「そ、そうですか……? えへへ」
真夜はにやにやと笑う。嬉しそうだ。
(意外とあっさり立ち直ったな……)
自己肯定感が高いのか、なんなのか……。面白い子だなあと廉也は思った。
真夜は困ったように眉を上げる。
「でも、わたしは二条くんにメイドとしてご奉仕しないといけないのに。そうじゃないと、わたしの居場所はないのに……」
「できることをやってくれればいいんじゃない? 神城さんのできることでメイドをやればいいよ」
「わたしのできること、ですか……」
頬に人差し指を当てて「うーん」と考え込む真夜。
できることをやればいい。自分もそうであるならば、どれほど良かっただろう、と廉也は思う。二条家の嫡男としてそれは許されなかった。
だからこそ、真夜には無理はしてほしくない。
「まあ、とりあえず夕飯は俺が作るからさ」
「ありがとうございます……。ぜ、絶対にわたしも二条くんのお役に立ってみせますから!」
そして、俺と神城さんはご飯を食べ……そしてに風呂に入ることになった。
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