第2話 人助け




 学校からの帰り道。人通りの少ない道を廉也は歩いてた。

 当然、一人きり。彼女のいるような陽キャ男子なら違うのかもしれないが。


(家に帰っても一人、だし)


 友達もいない。廉也に友達がいないのはそれなりの理由があった。廉也の家は特殊な家だから。

 ただ、それも自分で自分に言い訳をしているだけのことかもしれない。


 そんなとき、路地裏の入口で言い争いのような声が聞こえた。


(んっ? あれは……神城さん?)


 路地裏。黒スーツの男二人に腕を掴まれている真夜。近くには車が止まっていて、連れ込まれそうになっている。


「やめてくださいっ! やだっ……!」


「可哀想だが、恨むなら返せない借金を作った親を恨めよ」


「やだっ……!」


(どうする? 俺には関係ない。相手はただのクラスメイト。でも……)


 昼間、真夜に本を拾ってもらったことを廉也は思い出す。

 あのときの彼女は純粋に、曇り一つない目で廉也を見ていた。


(ああっ、くそっ! ちょっと優しくされただけなのに)


 廉也は意を決して、路地裏へと飛び込んだ


「……っ! 警察に通報しますよ!」


「なんだ? 関係ないガキは黙ってろ。こいつの両親は10億円の借金をして夜逃げしやがったんだ!」


「だとしても、娘には関係ないことだろ?」


「父親が借金の片に差し出すと言ったんだよ」


「邪魔するなら、おまえも口を利けなくしてやってもいいんだぞ!」


「に、二条くんは関係ないから巻き込まないで!」


 真夜が必死に叫ぶ。彼女は優しい子なんだな、と廉也は思う。

 自分の身が危ない時に、他人の廉也の心配をしているんだから。


 廉也はふふっと笑う。真夜と男たちが不思議そうに廉也を見た。


「ありがとう、神城さん。でも、心配しなくても大丈夫」


「なんだ? ガキのくせに強がりか」


 廉也が懐中時計を制服のポケットから取り出し見せる。家紋が刻まれている。

 男の一人が怪訝な顔をするが、もう一人は驚いた表情になった。


「これは二条家の家紋……!」


「そう。俺は二条家嫡男の二条廉也だよ」


 二条グループ。それは日本を代表する財閥だ。二条不動産を中心に、銀行、商社、メーカー、鉄道……とあらゆる分野の大企業を経営している。

 廉也はその家の当主の子だ。


 家出をした身なのに、家のことを持ち出すのは本意ではないが仕方ない。

 人助けという大義名分もある。


「逆らったらまずい相手だとはわかるよね? 二条家は裏社会にも顔が効くし」


「あ、ああ」


 廉也は小切手帳を取り出し、サラサラとサインする。

 そして、相手に渡した。


「借金なら俺が肩代わりするよ。文句ないよね?」


 小切手に書かれたのは「金拾億円也」。男たちは絶句した。


 やがて男の片方が気を取り直したように、咳払いをする。


「借金が全額回収できるなら、私たちも異存はない。むしろ感謝するよ」


「なら、交渉成立だ。神城さんは俺がもらっていくよ」


 廉也は真夜の手をつかむ。その柔らかい感触に廉也はどきりとするが、表情には出さない。

 ただ、真夜は明らかにうろたえた表情で、廉也を上目遣いに見た。


「二条くん……?」


「行こう。ここは君の居場所じゃない」


 廉也はそう言って、強引に真夜を路地裏から連れ出した。

 それが正しい行いだと信じていたから。


 そして、二人は大通りに出た。

 廉也は急に冷静になる。


 我ながら大胆なことをしてしまった。それに、クラスメイトにはニ条家の大金持ちだと、なるべく言わないようにしていたのに。

 中等部のときのように嫌な思いをするのはゴメンだからだ。


 真夜をちらっと見ると、顔を赤らめていた。


「あの……二条くん……」


 真夜はつないだ手を見つめて、恥ずかしそうにもじもじしている。

 廉也は慌てて手を放した。


「ご、ごめん!」


「い、いえ! 二条くんが謝ることはなにもないです! むしろ……どうしてわたしを助けてくれたんですか? それも十億円もかけて……」


 真夜は廉也の真意をうかがうように、じっと廉也を見ていた。

 廉也は肩をすくめた。


「十億円なんて俺にとってははした金なんだよ」


「十億金がはした金!? 二条くんってお金持ちの家の生まれだとは聞いていましたけど、そんなすごい家だなんて知りませんでした……」


「まあ、今は一人暮らしだし、金も自分で儲けたものなんだけどね。株やファンドに投資して」


 だから、10億円はすべて廉也のポケットマネーだ。

 家のことを持ち出してしまったが、金自体は自分のもの。後ろめたいことはない。


「えっ、そうなんですか?」


「父親が再婚してさ。義理の母と連れ子の妹ができた。居心地が悪くなっちゃったんだよ」


「そう、なんですね。わたしと一緒だ。わたしも家に居場所がなかったですから……」


 真夜はうつむき、小声で言う。真夜にそんな事情があるなんて、廉也は知らなかった。人気者で美少女で、幸せいっぱいな子だと思っていたのだ。

 だが、現実には借金の片に売られそうになっていたわけで、家庭環境は良いわけはないだろう。


 そして、真夜は顔を上げる。


「……お金は一生かかっても返します」


「気にしなくていいよ。神城さんに責任はないし」


 真夜がまじまじと廉也を見つめる。そして、くすりと笑う。


「二条くんって……優しいですね。はした金だなんて言うのも、わたしに気を遣わせないようにしてくれているんですよね?」





<あとがき>

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