第参話『怪異と形代と『絵』/前編』
龍神邸の居間に置かれたテーブルの前に座っていた少女、龍神緋莉はしばらく黙考していた。彼女の前には中途半端に書かれた問題集の数式があり、彼女はその前でシャーペンの芯先をテーブルにわずかに乗せ、その反対側の部品に額をわずかに乗せながら何かを考えていた。その瞳は今ではないどこかを見ており、齢十七とは見えない、どこか機械のような無機質なもので意識が現実を見ていないということが明白だった。
こういう時の彼女は名前を呼んだくらいじゃ意識を『現実』に戻すことはない、というのを猫又の少年、クロは長い付き合いで知っている。
台所から顔を出したクロはそう思いながら小さくため息を吐くと、緋莉の曲がった背中を軽く蹴った。案の定。彼女はクロの予想通り、肩を大きく飛び上がらせながら「いっだ!?」と叫び、クロの顔を見上げる。無意識の外からだったため衝撃が大きく感じたのだろう。彼女からの抗議を聞く前にクロは口を開いた。
「やる気がどっか行ってるんだったら今日はもうやめとけ。別にそれは宿題じゃねぇんだろ。」
「う……そ、そうだけど……」
クロの視線の先にあったノートに目を向け、緋莉は口元を歪める。クロの言う通り、これは宿題ではない。今度来るテストの勉強をしていたのだが、先週のこともあってか。今日は一日中勉強が身についていないのだ。それが分かっているからクロはテーブルの上に並べられた勉強道具達を脇に寄せ、鍋敷きを置きながらため息を吐いた。
「苦しみながらやるよりはマシだ。たまには息抜きして良いんだよ……それよりも片付けろ、飯だぞ。」
「献立は?」
そう聞いて来た緋莉にクロは短く、「うどん」と答えた。好物の一つが出てきたため、緋莉はとたんに表情を明るくさせ、「やった~~!!」と言いながら素早くテーブルの上の物をどかすと台所に走り出した。そういう所の切り替えの早さは『いつも』より早いんだよなぁ……とクロは一瞬だけそんなことを思ったが口に出すことはなかった。
「それよりも、珍しいね?クロがこんな手抜きの料理を作るなんて。」
うどんを取り皿に盛りつけながら、緋莉がそう呟くとクロは表情を変えることなくうどんを口に運んだ。
「どこぞの誰かさんがずっと浮かない顔してたからな。」
箸を持っていた手を止め、緋莉は思わず目を丸くする。心当たりのあって彼女は「あ~~……」と視線を横に向けながらそう呟くと、苦笑を浮かべて頭をかいた。
「ごめんね。心配かけて……」
「別に………………やっぱ、『アイツ』が言ってたことが気になっているのか?」
ようやく緋莉に視線を向け、クロはそう問う。緋莉は困ったように笑ったまま「それもあるけど」と肯定してから、箸を持っていた手を組み合わせてまたしばらく黙り込んだ。何を考えているのかはある程度予想はつくが、クロは指摘することはなかった。
傍から見れば日常生活の中や、学校生活での彼女は『どこにでもいるような普通の学生』だ。数学に苦手意識をありながらも教科は一般的な平均を取っているし、特に運動音痴というわけでもない。クラス内でも誰と仲が悪いとかもない。
しかし、人の中で『普通』に固執する人間ほど『異常』なものはない。
しばらく黙り込んでいた緋莉は、ポツリとクロにしか聞こえない声で。
「…………『言いそびれちゃったな』って……あの時……」
そう呟いた。
やはり、そのことかと思いながら「あぁ……」とクロは呟いて視線を横に向けた。静寂の詰まったなんの変哲もない龍神邸の庭がひっそりと息をしている。
この龍神邸にいる人間は緋莉だけだ。彼女の両親は物心がつく頃に交通事故で亡くし、祖父母は緋莉が高校進学が決まった時にこの世を去った。この龍神邸は元々、その祖父母が隠居の為に造っていた別荘のようなもの。生活は基本、両親と祖父が残していた財産で何とかなっている…………いや、緋莉の出自は今は良いだろう。正直、クロと緋莉が気にしているのはそこではなかった。問題は別にある。
二人はこの時に同じことを考えていた。というのも、先週。とある怪異事件をきっかけに知り合った怪異を斬る剣士、『怪異狩り』のことだった。古今東西。『人ならざるモノ』達、怪異や妖と呼ばれるモノ達は常に人々の影に潜んでいる。時に人を襲い、喰らい、そしてその負の感情に漬け込む。緋莉の暮らすこの地区はそんな彼らが起こす怪異現象が後を絶たない。近頃は妖達が群れをなして百鬼夜行を作り、被害を少しずつ増やしている。
そしてそんな『度の過ぎた』妖達を斬っている抑止力のような存在が、『怪異狩り』と呼ばれる剣士だ。見目は風変りな普通の男に見えるが、その正体は何百年と生き続けている同族を狩る異端の妖。
この家が、この家族がこうして生活が出来ていたのは─────────
そこまで思い至ってからクロは一瞬だけ彼女の顔を見てみると、しかめた顔はひどく暗く、何かを思い詰めているような表情だった。幼い頃に祖父が彼女に言っていた言葉を思い出しているのだろう。もちろんクロ自身も祖父が言っていたことを忘れたことはない。この家に住むモノ達は誰一人だって忘れることはないだろう。
「…………別に今、言わなくたっていいだろ。」
頭をかきながら、クロは緋莉を見ることなくそう答える。緋莉は目を丸くするとクロを見た。
「お前さんが言いたくなった時に言えばいい。それくらい、爺さんも許してくれるはずだ。何より……」
クロはそこで言葉を切ると、どこかを睨みつけた。
「『そう思っているだけお前さんは良い方だよ』」
「麺が伸びるぞ」と言ってクロは緋莉の肩を小突いた。緋莉はしばらくクロの無愛想な顔を見ていた。不機嫌そうに顔をしかめていたクロはそれ以上何も言うことはなく、うどんを頬張っている。その話題がタブーであることはこの龍神家では暗黙の了解だった。しかし、クロが緋莉を気にかけて言っていることを知っているので、緋莉はやがて「うん」とうなずいて笑みを浮かべると、夕食に改めて手を付けた。
「そういえば、今日ジジィは何してんだ?」
ふと、クロはそう話題を切り替える。彼がぶっきらぼうに『ジジィ』と言う人物はこの家には一人しかいなかった。しかし、緋莉は曖昧な表情を浮かべると視線を横に向けた。
「今日も出かけてるかな~……」
「またかよ。」とクロは顔をしかめる。
「今日で何日目だよ、アイツがこの家にいないの。」
「今日でちょうど、一週間ですね……」
「マジでいつも暇なくせにこういう時ばっかり……今度は何がアイツの琴線に当たったんだ??あの徘徊老人……アイツにはここの結界の強化を頼みたいのに……アイツ以外妖術に長けた奴はいないのに……あのクソジジィ……ッ!!」
クロはそう低い声で呟いて手にしていた箸を握り締めた。そのせいで箸は小さく軋んだ音を立てる。
先週起きた怪異事件の影響で、今の龍神邸はいつもだったら張られている怪異避けの結界が張られていない。とあることがきっかけで『怪異狩り』と一時的に龍神邸に保護をした後、原因は分かってはいないが結界が崩壊していたのだ。でなければこの龍神邸で妖に襲撃されることは基本ない。
近頃、怪異の動きは異様なほど殺気立っている。いろいろな怪異現場に巻き込まれがち……いや、首を突っ込みがちな『妹』の為に早く何とかしたい所ではあるが、と箸を口元に当てながらクロが考えていると緋莉が言いづらそうに間延びした返事をしながら近くからハガキを一枚、クロに見せた。
「今、なんかどっかの村の奇祭に行ってるみたいで……温泉が最高だって……手紙で連絡が来てる。」
「マジで連れ戻せあのクソジジィ。」
苛立ちをもろに出しながらクロはその写真付きの手紙を睨みつけた。握り締めていた箸は握力に耐え切れず大きな音を立てて半分に割れ、緋莉は思わず肩を飛び上がらせた。クロも改めて手紙の写真を見てみると、それがなんともクロの神経を逆なでするような、今の緊迫した状況とは真逆の楽しそうな腹立つもので、無性に彼はその写真を破きたくなってしまった。
「でも、楽しそうだよ?良いな~~温泉。入ってみたい。」
「そういう問題じゃねぇよ!!ていうか、緋莉!!お前がもっとしっかり言わないからジジィがいつまでもしっかりしねぇんだぞ!!?」
「え~~……良いじゃん、別に……何より私は『あなた達』をそういう感じで接したくないから……クロだって分かってるでしょ?」
痛い所を突かれ、クロは指差していた指を引っ込めた。そして、珍しく小さくうめき声を上げた。顔と背をわずかに歪め、恨めしそうに緋莉を見る。緋莉は困ったような微笑を浮かべながら申し訳なさそうに小首をかしげている。
「お前さんはそうだけど……!そうだけど……!!」
「それにちゃんとやばい時は呼ぶよ?」
そんなこと。クロは当たり前のように分かっている。緋莉はそういう人ではないということぐらい。見ず知らずの妖に情けをやってしまうほど重度のお人好しだということを。自分達をそういう目で見たくないという気持ちも。
分かっているのだ。
しかし、分かっているからこそ。
だからこそ、クロはそれ以上言えず、頭を乱暴にかくことしか出来なかった。
とある廃墟の屋上で、一人の男が眼下の街並みを見下ろしていた。袴に臙脂色の着物の上に羽織と襟巻を身に着けている。この技術進歩した現代とひどく時代錯誤を起こしており、顔に着けていた狐の面の影響もあってか、男からは自分達と同じ『人間』という雰囲気はあまり感じられない。どちらかというと男は過去にいた人物で何かが原因で、現代にタイムスリップしたのではと言われた方が説明がついてしまう。
しかし、男は間違いなく『今も』生きるモノだった。
ふと、男は自分の背後に目を向けた。暗闇の奥には血濡れた一匹の妖が荒い息で逃げようと地面を張っていた。足のような見た目をしていた所の神経は斬られ、まともに動かすことは出来ていない。それもそうだろう。つい数分前まで彼は手にしていたその太刀をこの怪異に振るっていた。勝負にもなることはなく、あっさりと片付いたものだった。
街並みを見て、特に何かを思ったわけではない。そういう感性は今の男には無い。しかし、目の前の敵を完全に倒していないのに意識を外に向けるのは男でも『珍しい』と思ってしまった。意識を元に戻し、男は血に濡れた太刀を片手に妖に歩み寄ると、足音に気が付いて妖は小さく悲鳴を上げた。
「ま……マッテくレッ、殺さナいでクレ!!」
「なぜ」と男は命乞いをする妖を見下ろす。男の身に纏う雰囲気は変わることはなく、酷く冷たいものだった。
男は太刀を持ち直し、眼前の怪異を見る。次の瞬間には自分の首は斬られるだろうと確かなものを妖は感じて冷や汗を流した。
これが怪異の間で恐れられる剣士、『怪異狩り』だ。
「貴様はここに迷い込んだ人間を襲い、喰っただろう。」
「それは仕方ガな──────」
「『仕方がない』」
短くそう言い、男は妖の足を刀の一振りで切断する。屋上に血だまりが生まれた。激痛に啼き叫ぶ妖の声を聞いてもなお、男の表情は変わることはない。仮面の下の瞳は氷のように冷たく、鋭い殺気を放っている。
「『仕方がない』、からなんだ?『人を喰う』ことが仕方がない。それで非道が許されると。いくら貴様が空腹とはいえ、生きることとはいえ、それで『仕方がなかった』と『人を喰う』ことが、許されるわけがない。俺達は『影』にいなければならない。干渉してはならない。」
低い声で、まるで言い聞かせるかのように男がそう断言するとそれに応えるように妖の足、つまり男が斬り落としたところから炎が出現し、妖を呑み込んだ。屋上には妖の断末魔が響き渡るが、普通の人間にこの声を聞こえているはずもなく、突如発火した炎も見えていない。炎は血だまりを作っていた妖の血液まで燃やしていく。
後に残ったのは、コンクリートの無機質な地面と静寂のみ。妖の身体も、地面を染めていたその血でさえも炎は全てを燃やして灰にした。
風が吹き、消えていく灰を横目に見てから男は再び、遠くに建ち並ぶ街並みに目を向ける。男のいる廃墟は山奥にあったため、他の人から見ればこの光景は絶景と称するだろう。少なくとも男が生きてきた時代と比べると華やかになっただろう。男が友といた時代、平安時代の夜はこのように昼間のような明るさはなかった。人には暮らしやすく、そして妖にとっては『棲みにくい』世の中になっただろう。暮らしていた森や雑木林は人々の開拓によって少なくなり、街は灯りによって暗闇がなくっていく。いずれ、妖が人の影として暮らせる日もなくなっていくのだろう。
しかし、それがなんだ。と男は心の中で思う。
少なくなっているからと、それを放っておくわけにはいかない。
奴らが未だに生きていると言うのならば、自分は『役目』を果たさなければ。
友の願いを。
彼が『残したモノ』を、
今度こそ───────────────
ふと、気配を感じて男は振り返った。金細工の耳飾りが軽い音を立てる。しばらく何もいない暗闇を睨みつけながらふと、首元の襟巻に手をやる。風に流れて漂う妖の妖気を感じ取りながら刀に手を置いてしばらく闇に覆われた山道を見ていた。
(あの鬼の気配がする…………)
『怪異狩り』である男を瀕死にまで追い込んだ『大将』の姿を男は思い浮かべる。この地区の妖達を束ね、人も同族である妖でさえ襲う一匹の鬼。その瞳とその妖気、そしてその姿。
あの妖気の高さは異常だ。それほど、妖を殺しているか。それとも──────
(俺と同じ『大妖』……………)
男は刀を持つ手の力を強める。
『大妖』とは。何百年と生き続けている妖のことだ。妖の強さはその生きた年数とそれによって培われた各々が持つ妖気の多さで決まる。世にいる妖は基本、下級か中級。上級に価するモノもいるが大妖ほど多くはないだろう。何せ、まず。『そこまで生きれたモノが少ないのだから』。妖同士の縄張り争いがあれば、上級のモノでさえ男のように、あの鬼のように永く生きるモノは少ないだろう。
男は今も生きるヒトだ。しかし、分かっての通り『人間』ではない。その正体は他と同じく何百年と生き続ける大妖。普段は人の姿をしているが妖気を最大限まで開放すると『鬼』の姿となる。
『大妖』と成れる妖は、悪鬼が蔓延る魔都。平安から生きているモノでなければ成ることすら難しい。
(しかし、まだ。『足りない』……)
あの鬼を殺すために、自分の力は『まだ』足りない。しばらく思案の中にいた男は顔を上げると暗闇の中へ、再び妖の気配のする方向へ歩き始めた。
妖は日中にあまり動かない。夜に主に動く。
男の夜は未だに長い。
その様子を遠くから見ていた二人の女がいた。和装を身に纏い、口元を隠すように布で覆っている。一人の黒髪は長く、もう一人は短い。しかし、どちらも癖がある髪であり、服装もどこか似ている二匹の妖は怪異狩りが大将と一戦交えた際、側近として傍にいた双子の妖だった。
「黒芭、行こう。こっちに来ると思う。」
短い妖はそう自分の後ろにいる妖に声をかける。「そうねぇ」と間延びしたように長髪の妖、黒芭は答える。その声色には焦りは感じられない。
「黒芭。」
「『怪異狩りが炎を使う』って噂を聞いたから様子を見に来たけど……短い間にこれほど成長するなんて。何かあったのかしらね。そう思わない?果夢惟。」
「確かにちょっと、変だけど……でも、まだ全然弱いでしょ。」
短い髪の妖、果夢惟の言葉に「そうね。」と黒芭は嗤う。
「でも、何か良い出逢いでもあったのかしら。気になるわァ……なんというか、子供みたい……彼をもう少し知りたいわね。今度鴉天狗に監視して貰いましょう。」
「黒芭。分かるけどそろそろここを離れないとダメ……」
果夢惟はそう言うも黒芭は「そうねぇ」と半分も聞いていないような返事をする。
彼女が『何かに気になりだすと』といつもこうだ…………と果夢惟は自身の胸に嫌な感覚を感じながら顔をしかめた時。
「その心配はないさ。」
聞き慣れない第三者の声に二人は振り返った。木々の奥から、一人の男が煙管を片手に現れる。
五十代か、六十くらいの男がそこにはいた。白髪の混じった短い黒髪を横に流しており、生やしているひげは丁寧に整えられている。男は手にしていた煙管を咥え、紫煙を漂わせながら眼鏡のかけた瞳をにこりと細めた。
「これで、しばらくここら辺の妖気は感じれんだろうな。」
「お前は……」
目をわずかに見開きながら、果夢惟はそう呟く。それもそうだ。男の気配を二人はすぐに感知が出来なかったのだ。いくら二人でもそこら辺にいる下級とは違い、他の妖の気配を感知することは出来る。しかし、目の前の男にはそれすらなかった。まるで煙のようにその男は二人の近くに立っていた。
ただ、一人。黒芭だけはそれほど慌てることなく目の前の男を見ていた。
「……まさか、私達まで付けられていたとはね。貴方、どこの方?ここら辺じゃ見ない顔ね?」
「失礼、しかし敵意があったわけではない。気配を消していたのはもはや癖というものだ。なにぶん。『こういう仕事』が多いからな。」
「なぜ、私達を付けていたの?」
黒芭は身体を男に向けて問う。わずかに漂う殺気を首筋に感じながらようやく、自分に興味を見せた黒芭に男はニヤリと笑うと口に咥えていた煙管と離し、白い煙を漂わせながら「いや、なに。」と口を開いた。
「一度、会ってみたいらしい……あぁ、名乗らないで話してしまうのは失礼であったな。儂は『ぬらり』。とある男の使いで来た者だ。」
翌日。緋莉はとある教室で書類の山をまとめていた。一枚一枚、丁寧に折りたたんでは近くに置いてあった箱の中に仕舞っていく。窓枠には猫又の姿になっていたクロが無表情でその光景を眺めていた。緋莉のいる一階のこの教室は普段、授業では誰も使っていない空き教室。用事がない限り誰も中に入ることはない。だから、クロが本来の姿になったところで問題はなかった。
「……………お前さァ……」
膝に肘を当てながら頬杖をついていたクロは、しばらく緋莉のその作業を見てからポツリ呟いた。
「なんでもかんでも人の頼み事受けんじゃねぇよ……」
「うぐ……、」
激しく壁を叩く二本の猫の尾を見ながら緋莉は申し訳なさそうに唸った。時刻を見てみると午後四時半ぐらいになっていた。部活動に入っていない生徒達は早々に下校してしまっている。後に校舎にいるのは部活動をする生徒だろうが、今はテスト期間なためどの部活動も活動をしていない。校舎の中はひどく静かな空間で居心地が悪かった。むしろ、ようやく話し始めてくれたクロに内心感謝していたが、それを言い始めたら「そういうことを言ってんじゃない」と怒られるだろう。
だから、彼女はそれを見せることなく緋莉は苦笑いを浮かべた。
「だ……だって、困ってそうだったから……」
「あのさぁ……『今日、どうしても参加したいことがある』って向こうが言ってたって、今日までにこれを終わらせてなかった向こうの自業自得なんだよ!!それを分かっていてなんで、お前は『じゃあ、私がやろうか?』って声をかけることになんだよ!?」
「大事そうな用事だったし~……」
「人が言う『大事な用事』は四割くらいくだらないことだからな?」
「なんでそこで四割って微妙な数字を……??」
「オレの主観だから。」
クロは「それに」と一度そこで言葉を切った。乱暴に頭をかくと不機嫌そうに表情を歪めたまま腕を組んで態勢をわずかに前屈みにした。
「お前さんだって、テストに向けた勉強あんのによ~……向こうも自分勝手なこと言ってやがる。『妹』は便利屋じゃねぇっての。」
「テストは数学だけやっておけば、大丈夫かなぁって思って…………ほら、私!一応、ほどほどにちゃんと真面目に授業受けてるし!!」
「…………お前さんも大概、アレだな……」
『余計な心配だったか』とクロは眉を八の字にすると、小さくため息を吐いた。「それに」と今度は緋莉がそう切り出すと、まだ畳まれていない紙をクロに見せた。
『校内新聞』とそこには書かれていた。
「こういうの、クロが一番気になるでしょ?」
不服そうにクロはしばらく緋莉の顔を見る。やがて、彼女がこの面倒事を受けたのは『このため』なのだと気が付き、クロは先ほどとは違って大きくため息を吐いて緋莉の持つ新聞を受け取った。見てみると、案の定。紙の端の方には『特集!○○学校の都市伝説!』という記事が載っている。やれ、理科室にある人体模型が動いたとか。やれ美術室の彫刻から人の声がする、階段が一段増える、三階のトイレは出るなど書かれている。
要するにオカルト特集だ。
確かに噂話の好きな学生達に作られるオカルト特集は『偽物』であることが多い。むしろ本物に逢うこと自体、基本的には少ない。しかし、そんな学生達の噂話でも『本物』が混ざっていることがある。前回あった赤い電話ボックスのこととかが良い例だろう。
無垢で純粋だからこそ、時に学生のような歳の人間は『琴線』に引っかかることがある。
(にしたって。コイツ、こういうところを本当、直してほしいんだが…………)
心底嫌そうに顔をしかめかける気持ちをなんとか落ち着かせて、クロは諦めて新聞に目を向ける。パソコンで書かれたそれは一か月前と比べると掲載範囲も広く、出来が良くなっているようにも感じられる。
オカルト特集を書いているのは、新聞部ではない。同じ一枚に書いているが原稿を書いているのは別にいるのだと、昔緋莉から聞いたことがある。なんでも今の学校では珍しい『オカルト研究部』があり、生徒内ではオカ研の略称で知られていた。
「思うんだが、オカ研の奴らも真面目だよなぁ………こんなにしっかり記事を書いてよ……」
「たぶん。最近部員が増えたからじゃないかな?ほら、この前話したじゃん。隣のクラスで転校してきた子。その子がオカ研に入ったみたいだよ。あと、うちのクラスの噂好きの子も入っているみたい。」
「隣のクラスの転校生ってアレか?確か、『家がデカい』とか言われてるお嬢様。」
「言い方……でも、その子で合ってるよ。最近は遠方の方に取材ってことで合宿に行ったりしてるって。」
「マジか~……でもよ、それって、ホラーゲームとか映画では盛大なフラグだよな。良かったな、お前さん。オカ研に入らなくて。」
クロは基本。緋莉の送りと迎えをしているが学校の中での出来事までは把握しきれない。ので、こうして学校の様子を緋莉から聞くのは必要なことだった。学生間の噂話が気になることと同様。もし仮にそれが『どうでも良い情報』だとしてもそれが『無駄』になることはない。むしろ、無知で何も知らないことの方が、無駄にしているのではないかと思ったりもする。
一方、クロの言葉に緋莉は「う~~ん」と首をかしげながら微妙な顔をした。
「あ、そういえば。『遠くに出かける』で思い出したんだけど、今度の水曜日帰ってくるって朝、連絡が来たよ。」
話を逸らされた気がすると思いながらも、彼女があまり悪口を言うのが苦手なのは知っている。そしてその話題が、なんのことを言っているのかはクロはすぐに予想はついた。少しげんなりした顔をして見せる。
「なんでそれを今。それも夕方に言うんだよ。あと、クソほどどうでも良い。」
「え~~……気になってたのに??」
「どのみち帰ってきたら一回アイツはシめる……それより、手を動かせよ。どんどん帰りと夕飯が遅くなるだろ。」
足で緋莉の座る椅子を小突く。緋莉は慌てて意識を戻すと校内新聞をまとめやすいように折りたたむ作業に戻った。しかし、ふと。その特集を眺めて「そういえば~」と再びクロの方に目を向けた。
(コイツ……集中力が切れて来たんだろうな……きっと。)
「なんで、心霊現象には『人形』の案件が多いんだろうね。」
片手に持っていた新聞の特集は人形に関する特集も入っている。それで疑問に思ったのだろう。しかしクロは特に嫌な顔もめんどくさい顔もすることはなく、「そりゃあ」と態勢をわずかに変えながら口を開いた。
「『人の形をとってた方が動かしやすいからだよ。』」
「え???」
不思議そうに緋莉は首をかしげる。クロは人差し指を立てるとそれをくるくると回した。何かを説明する時の癖だと緋莉は分かっていた。幼い頃からこうしてクロは怪異について緋莉に教えていた。
「例えばの話だけどよ。自分の身体の動きと連動して動かすような……SF映画とかにありそうな巨大ロボがあったとする。そのロボが『人の形すら取れてないモノ』と『人の形をとれているモノ』、どちらかのコックピットに入って動かしてくださいって言われたらお前さんならどっち選ぶよ。」
「え。う……う~~~ん……人の腕とか、足とかと連動するんだよね?」
「おう、『腕を上げる』ってやったらロボも腕を上げる。ちなみにさっき言ったような『人の形をとれてない』方のはどこが腕でどこが足なのかも分からないものとする。」
「それだったら断然、『人の形をしてる』方を選ぶかなぁ。違和感がないと思うし。」
緋莉がそう言うとクロは「そう、」と、宙を回していた人差し指を緋莉に向けてうなずいた。
「まさに霊が人形に憑りつく時は『そういうこと』だ。『憑りつく』って言うのは『その人間とリンクする』、『憑依する』ってこと。だから、人に憑りつこうにも相手との相性。霊自体の内面とか精神性で向き不向きとかで簡単に憑りつけるとか憑りつけないとかある。だが、人形の場合。まずそもそも何年も使われていて付喪神になっているとかじゃなければ、まず『内面は何もない』。だから、霊は『リンクする』ってことを考えなくて良いから人形に憑りつきやすい……そもそも、人形ってのは昔は厄除けとかに使われる身代わりの役割を持っていたって言うらしい。要するに『器』でもあるんだよ。」
「じゃあ、肖像画とかが動くのも同じ理由だったりする……?」
「まぁ、同じように人の姿は取られてるからな。目が動くのとか、そういうのが関係しているかもしれねぇな……『人の形が取られているものには魂が宿りやすい』っていうのはそういうことだよ……一応、前にも教えたとは思うんだがなァ……」
「う……」と緋莉はそれもそうだった、と顔をしかめた。「ま、確認すること自体。悪いことじゃねぇし」とクロは前置きすると窓枠から降り、緋莉の座る席の隣の椅子に腰を下ろした。
「暗くなる前に帰りたいから手伝ってやるよ、感謝しろよ。」
「ありがとう」と緋莉は笑顔を浮かべると、再びクロと共に作業に集中した。そんな様子をクロは横目に見ながらふと、考える。
本当ならば、『彼女』にはこんなことを教える必要すらないのだ。平穏を望み、クロは面倒事を極力避けたい。緋莉が積極的に関わってしまうとは言え、本来ならば『妖と関わること』自体、自分達は望まない。緋莉は退魔業を生業として生活をする人間ではない。こうして妖と関わりがあるとはいえ、それ以外はただの平凡な女学生だ。
今の龍神家は退魔業を営む家ではない。緋莉は『そういう人間』ではない。
(本当なら、爺さんの遺言も、家のことも。こいつは気にしなくて良いんだがなぁ……)
そうクロは心の中で呟くも、『そんなことを目の前の彼女に言ったところで』と思い至ってしまい、小さくため息を吐くのだった。
この学校には『願い事の叶う噂』というものがある。
もはや、都市伝説のようなもので。誰一人として信じる者はいないが、『それでもなお』と一人の少女は誰もいない校舎の中を足早に駆ける。
早く集合場所に行かなくては。
『約束の時間』まではあと少ししかない。
少女はとある教室の扉を勢いよく開けた。そこには三名ほどの生徒がおり、中央にあった机を向かい合わせるように並べ替えて座っていた。この『噂』を立証するべく集まったオカルト研究部の人達で、少女と同学年の生徒だった。
「遅いぞ~!時間に間に合わなかったらどうするつもりだったんだよ。」
冗談混じりのような雰囲気で一人の男子生徒は口を尖らした。少女は「ごめんごめん」と呟きながら手にしていた二対の鏡を見せた。
「やっぱり教室に置いて来てたみたい。」
すると、男子生徒の隣にいた女子生徒が切り替えるように両手を合わせた。
「でも、すぐに見つかって良かった~じゃあ、始めようよ!!」
「それにしても本当にあると思う?『願いが叶うおまじない』なんて。」
スマホをいじっていた女子生徒は半信半疑なのか。顔をしかめて訝しげに自分達を見る。彼女はただ隣に座る女子生徒に誘われて来ただけなので、そういうオカルト的なものを興味はあれど、行動に移すほどあまり信用してはいないのだ。
そんなオカルト研究部達の会話を内心どうでも良く横に聞きながら、少女は自分の手に持っていた鏡を見る。自分は彼女達と同じオカルト研究部ではない。今日、彼女達を呼んだのもただの人数合わせにしか思っていなかった。それを口に出すことはないが。
この鏡があれば、自分の今までの願いが叶う。
ようやく。ようやく────────────
男子生徒が自身の腕につけていた腕時計に目を向ける。「そろそろだな」と外に目を向けた。窓に射し込む夕日は教室を薄暗くも赤に染めていく。呪文を言い終わる時にはこの空がやや薄暗くなくてはならないと少女はふと、思い出した。
そういえば、世の中ではそういう時間帯を何か言っていたような気がしたが、少女はすぐには思い出せなかった。それよりも自分の祈りにも似た悲願が大半を埋め尽くしていたので、他のことなどどうでも良かったのだ。
「それじゃ、始めようぜ。」
少女の内心に気が付くことなく、男子生徒はそう宣言して机の上に置かれた鏡と図形の描かれた紙に向き直った。
ようやく緋莉とクロが新聞部の頼まれ事を終えると、空はすっかり紫と赤色の二色が空を彩っていた。校舎の中まで光が届くことはなく、場所によっては暗すぎて足元が見えなくなっている。おそらく、先生が窓や各教室の施錠に向かっていることだろう。前回も頼まれ事をしていた時もこのくらいの時間で先生が教室を見回っていたのを知っている。
「……別に校舎の外で待っててくれても良かったのに。」
廊下を歩きながら緋莉は肩に下げていたスクールバッグに顔を向けた。チャックがわずかに開かれたバッグから一匹の黒猫が顔を出す。猫の姿に化けたクロだった。彼は化け猫だ。変化の術を完璧に出来るというわけではないが、四足歩行の黒猫に化けることは出来るのだ。
一方、クロはそんな緋莉の言葉に「ダメだ」と突っぱねた。
「前回みたいなことがあったらどうすんだよ。」
「今度は大丈夫だって……!同じ失敗はしません!ちゃんとそれ相応の対応します!!全く、クロは心配症なんだから……」
「心配かけたくなかったら、普段の行動を改めるところから始めてくれ……何より、『学校』っていうのはな、集まりやすいんだよ。何より、今の時間帯は視える奴でなくても視えたりする。」
「あぁ……そういえば、『逢魔時』だね。」
廊下の窓から緋莉は、山の裏側の方に沈んでいく太陽を見ながらそう呟く。『逢魔時』というのは昼から夜に移り変わる時間帯のことをいう。大昔の人々からは霊や妖などの魔物が出始める不吉な時間帯として恐れられている。世間では黄昏れ時ともいうらしいが、少なくとも緋莉には逢魔時の方が馴染みがあった。
「この時間帯は本当に『境』だからな。運が悪かったら人は簡単に妖のナワバリに入ることだって出来ちまう。そうなる前に早く帰った方が良い……テスト勉強だってあるしな。課題とかは忘れてねぇだろうな?」
改めて確認するようにクロは緋莉の顔を見上げた。すっかりテストの存在を忘れていた緋莉は「あ~~……」と現実に意識を戻してげんなりとした顔をすると、バッグの中を確認した。
「たぶん、大丈夫だとは…………………あ、」
「『あ、』???オイ、緋莉……」
嫌な予感がしてクロが顔をしかめると、緋莉は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべて頭をかいた。
「ごめん、問題集を教室に忘れた……教室に寄っても良い??」
「おっまえさ~~~~~~~……っ!!」
クロの小言を聞きながら緋莉は急ぎ足で教室に向かった。緋莉の教室は東棟にあり、今いる棟は西棟。教室まで行くのに時間が少し時間がかかってしまうだろう。最悪、見回りの先生に鍵を閉められているかもしれない。
(最悪、途中で職員室に寄って鍵をもらってきた方が良いかなぁ…………って、あれ?)
ふと、視界の端に捉えた光に緋莉は思わず、足を止めて窓の外を見る。東棟の教室が見え、緋莉の教室もわずかに見える。そしてその教室付近で何かが見えた気がしたのだ。「どうした?」と聞くクロの言葉に曖昧に返事をしながら緋莉は窓際に近づき、目を凝らしたその時。
「おい!君!!そこで何してるんだ!!」
第三者の怒鳴り声に緋莉もそして、バッグの中にいたクロも大きく肩を飛び上がらせた。慌てて緋莉が声のした方を見ると、そこには一人の男がライトを片手に緋莉を見ていた。ライトの光が眩しくて緋莉は思わず、目を細める。ふと、男の首から下げたネームタグには『美術担当、小林』と書かれていた。
その人物が誰なのか気が付き、緋莉は「あ、」と目を丸くした。
「小林先生……?!」
「龍神さんか……全く、また居残りか?下校時間はとっくに過ぎているんだぞ。」
小林教諭の言葉に緋莉は苦笑を浮かべた。気が付けばすっかり居残り常習犯になっているようだった。バッグの中に身を潜めていたクロは『そうだ、そうだ』と言うようにバッグの中から小突いて反応した。
緋莉はそれを極力無視しながら、小林教諭に謝ると今までの経緯を簡潔に伝え、そして『教室に忘れ物をしたので取りに行きたい』ということを伝えた。すると、小林教諭もどうやらそこへ施錠の為に向かうようだった。ついでに同行することにした。
「まだ、東棟の見回りには行ってなくてな。」
緋莉達は自分達のクラスに向かって行く。懐中電灯の灯りを付けながらそう呟く小林教諭の独り言にも近い言葉に、緋莉は「あ、やっぱりそうだったんですね。」と何かを納得したのか答えた。しかし、その返答が気になったのか、スクールバッグの中に身を潜めていたクロと同じように小林教諭は目を丸くした。
「『やっぱり』?」
「あ……いや、さっき。私の教室でなんか明かりが見えたから……」
「マジか……早く帰りたいのになぁ……」
「先生も早く帰りたいとかあるんですね。」
確かに教師という職業はかなり労働が大変だという話は知っているが、そんなことを生徒の前に言う姿を見るのが新鮮なのか、緋莉はくすくすと笑う。
(そういえばこの先生の正直なことを言う所が生徒達に人気だったっけ。)
ふとそう、今と余計なことを考えた。一方、そう思う彼女を他所に小林教諭は「当たり前だろ~?」と言うと首筋をかいた。その姿はまるでそこら辺の男子生徒と対して変わらない。
非常口への標記によって照らされた廊下を進むと、緋莉の学年が使っている教室に辿り着いた。暗いため、緋莉は一瞬だけこの場所が普段使っている教室だとすぐには気が付かなかった。廊下を見て、小林教諭は「あ、」と顔をしかめる。その視線の先……緋莉の教室からぼんやりとオレンジ色の灯りが扉の隙間から漏れ出ているのが緋莉にも分かった。
「全く……こんな時間まで何してんだ…………しかも、あの明かり……教室の奴じゃないな??」
先を進んで行く小林教諭の後ろで緋莉はその教室の灯りを見ていた。なぜか足は自然と止まってしまい、首筋にヒヤリと寒気が走る。
(これ……って……)
スクールバッグの持ち手を少し握り締め、緋莉は自分の首筋に刺すように感じる寒気に意識を向ける。外の日はさらに落ちている。それのせいで冬の寒さが増しているだけだ、と思うことにしてあまり行きたがらない足を動かして、小林教諭の後をついて行った。
緋莉は『人ならざるモノ』達を日常的に見ることが出来る。そして会話をすることやその気配に気が付くことが出来る。その気配の感じ方は龍神邸にいるモノ達の誰よりも……クロ以上に敏感なものだった。だから、『嫌な予感がする』となるとその判断が正しかったと言えばそうであり、間違っていると言えばそうだった。
小林教諭がドアに手をかけた時。ようやくその気配の大きな歪さに気が付き、バッグの中にいたクロが叫んだ。
「待て!!開けるなっ、何かがおかし─────────!!」
突然聞こえた第三者の声に「え?」と驚きながら、小林教諭は流れるままドアを開けた。それと同時に聞こえたのは「うわぁっ!?!?」という生徒達の驚いた声。
教室の中心には四名ほどの生徒達がいた。一人は男子生徒で、あとは女子生徒だ。男子生徒と二人の女子生徒はオカルト研究部の部員だと、緋莉はすぐに気が付いた。なぜならば、一名は緋莉のよく知る、昼休みによく友人達とオカルトの話をしている噂好きのクラスメイトだったからだ。彼らはろうそくの一本だけに火を灯し、それを囲むように座っている。ろうそくの置かれたテーブルの上には二対の鏡と、何やら紙の上に赤い文字で描かれた図形が一枚。
全身に鳥肌が立つ感覚があった。
(『アレ』は─────────!?)
そしてそれはクロも感じた。
(マズいっ!!)
素早くバッグからクロは飛び出すと猫又の姿に変化した。人の前に出ない彼が突然、飛び出したことに「クロ!?」と緋莉は目を丸くする。しかし、クロは緋莉のその言葉を無視して腕を振り上げた。そして、手にしていた包丁を四人の中心に向かって突如、投げつけたのだ。
三本の包丁は二対の鏡と机の上に置かれていた紙を的確に貫く。鏡は甲高い音を立てて割れた。投げつけられたものが包丁だと気が付き、小林教諭を含めた四人は悲鳴を上げる。
「クロ、何やって─────────!」
「お前ら……何やってんだっ!!!!この場所を『異界』にす─────────」
クロが生徒達を問い詰めようとしたその時。
突如、ぐらりと緋莉の視界が揺れた。
教室に置かれた器具が突如、音を立てて揺れ始めたのだ。
「え!?地震!!?」と一人の生徒が戸惑い、他の生徒も悲鳴を上げながらパニックになる。小林教諭も何やら『やばい』と感じたのか、生徒達に声をかけようとした時。
割れていた鏡から黒い靄のようなものが勢いよく現れると、まるで津波のように自分達を浚っていった。
「マズい……!!あかりっ!!」
「クロ!!」
自分に手を伸ばすクロの手を掴もうと緋莉は慌てて手を伸ばしたが、それよりも前に靄はクロを呑み込む。
そして、生徒と教諭の悲鳴と共に、緋莉の意識は暗闇の中に呑み込まれていった。
流れ、そして変質していく空気に男は顔を上げる。日が沈み、夜が顔を覗かせる。
────────────妖の時間になる。
男は家の屋根伝いに街を駆ける。それを見た者は男の異様さに目を丸くするだろう。しかし、この田舎町でこの時間から街を歩くものは早々いない。ましてや、最近は不可解な事件が多発しているため、夜に出ること自体を敬遠している。それら全ては怪異や妖による怪奇現象だが、そんなこと、誰が分かろうか。いや、それよりも。
男は電柱の上に飛び乗るとその下にある建物に目を向ける。
薄暗い闇の中には一つの建物があった。
(見知った気配も感じる……)
ハッと、緋莉は目を覚まして慌てて起き上がった。周囲を見回すと、そこには気が付くと暗い教室の中にいた。教室の机は乱雑に散らばっており、緋莉の傍らには三名の生徒達がいた。オカルト研究部の男子生徒とクラスメイトの女子生徒の二人だ。他の人の姿は見当たらない。
(クロは……小林先生もいない……?!それにここは……)
窓の外は暗く、本来あるはずであろう街並みは見えない。教室内にあった時計で時刻を確認してみるとなぜか、文字が逆さまの文字盤があり針は二時を指している。教室はいつもとそれほど変わらないはずだが、その異質な空間に緋莉が顔をしかめたその時。
突如、学校全体にチャイム音が響き渡った。
建物全体を揺らすような歪な音だった。「うわぁっ!?」と近くに倒れていた男子生徒は飛び起きた。緋莉は我に返り三人に目を向けると、ちょうどチャイム音と男子生徒の声で目を覚ましたようだ。安否を確認しようと緋莉は再び三人の元へと駆け寄った。
「あの、大丈夫?!どこか、具合が悪くなったりとかしてない??」
「あ、あれ??ここは??ていうか、君は確か……龍神さん?な、なんでここに……それよりもここは─────────」
ガシャリ、
廊下の奥から何かがぶつかり合うような音がして、四人は肩を飛び上がらせた。廊下は非常口の灯りでぼんやりと照らされているだけで、音の正体は教室の壁によって分からない。しかし、明らかに『人の出す音ではない』。
「え……な、なに……?」
顔を青くさせ、そう呟く女子生徒の口を緋莉は慌てて軽く抑えると人差し指を自分の口元に当てた。他の者も異様な気配をうっすらと感じ取ったのか、青ざめながらその音を見送る。緋莉は自分の手のひらに汗をかくのを感じ取っていたが、こういう時ほど冷静でいる者が一人いるだけ違うと昔、クロに言われたことがある。
(クロが怪我をした気配はない……『していたら私が気付く』……)
途切れる前の記憶では生徒達が座っていた机の上にあったのは鏡と図形の描かれた紙。時計の文字盤や机などの家具の位置は、ここに来る前と『逆』のように緋莉は感じた。
(鏡……もしかして、ここはその鏡の中……?時計の文字とかはそういうこと……??)
「あ……あの、龍神さん……」
沈黙に耐えられなかったのか、女子生徒が口を開く。緋莉は一度、意識を元に戻すと慌てて三人に向き合って安心させるように笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。それよりもここのこと、何か知ってる?たぶん、あなた達がやっていた儀式が原因だと思うんだけど……」
男子生徒と女子生徒二人は互いに顔を見合わせる。自分達もなぜこんなことになっているのか、分からないというかのような反応だった。
やがて、男子生徒の方が「分からない」と小さく呟いた。
「俺達はただ、『願いが叶う儀式がある』っていう噂を佐々岡から聞いたんだ。」
「願いが叶う?」
「二対の鏡と鏡と図形を描くの。それで夕方から夜になる間の時間に儀式をすると、一回だけ自分が思っていた願い事が叶うっていう……おまじないみたいなものなの……でも、噂ではこんな学校なんて来ないし……」
「確か、佐々岡から渡された図形のメモがバッグにあったはず……!」と男子生徒はそばに同じように落ちていたバッグからメモ帳を取り出した。その中に入っていたメモ用紙を緋莉は見る。中心には陰と陽を表す太極図のようなものが描かれており、それを囲むように円と文字が描かれている。
夕方から夜になる間の時間とは逢魔時のことだろう。三人から儀式のことを聞く限り、その儀式はおそらく『怪異の空間』に強制的に接続するようなもの。願いを叶えるような要素は残念ながら緋莉は一つも感じられなかった。
(一体、誰がこの陣を……?)
「あれ、というか。佐々岡さんは?」
ふと、女子生徒は我に返って教室を見回した。そういえば、自分達の他にも一名女子生徒がいたような気がすると緋莉は目を丸くした。
「え、あれ。小林先生もいないじゃん!?もしかして、はぐれた!??」
「え、」
「マズいよ。早く探しに行こう!!」
「早く帰ろう……!!こんな不気味な所……!!」
「え、え……ちょっ、ちょっと待って!!」
行方不明の生徒達を探しに行こうと男子生徒は、教室のドアに手をかけたのを見た緋莉は慌てて叫んだ。
「『今、ドアを開けないで』!!!!」
教室の前には一体の人体模型が立っていた。
「───────────────え?」
先ほど音は教室を通りすぎたはずだ。しかし、教室の中から聞こえる会話に気が付き、自分達が出てくるまで教室の前で待っていた?しかし、今そんなことを真剣に考えている時間は緋莉にはなかった。
反射的に彼女は走り出す。それと並行するようにギギッ、という歪な音を立てて人体模型は首を小刻みに動かし、その腕を振り上げるとその生徒の頭蓋骨を砕き割ろうと振り下ろした。
一方その頃。気が付くと暗い廊下を立っていたクロは、状況を確認してから小さく舌打ちをした。
(分断された…………緋莉達はどこに行ったんだ?もしかして、東棟の方か?)
廊下の窓から外を覗いて見るも、窓ガラスには自分が反射されてよく見えない。クロは何気なく窓ガラスの鍵を触ってみるも、ビクともしなかった。
外に出て行くことは出来ないか……とクロが思ったその時。『ガチャリ』と何かがぶつかる音が響いた。音のした方に目を向けると、そこには数体の人体模型がいた。中には骨だけの模型もある。歪に関節を動かしながら、ゆっくりと歩いてくる怪異を見て、クロは顔をしかめると猫の鋭い爪を出した。戦闘態勢を確認して人体模型はクロに掴みかかる。しかし。
「─────────おせぇな。」
一歩、クロが身をかがめて踏み込んだその時。次の瞬間に彼は姿を消すと群衆の間を抜け、その猫の鋭い爪で怪異達を粉々に切り刻んでいた。通り過ぎた場所には風が吹き、怪異達を派手に床に散らばらせる。
クロがため息を吐いて緋莉達を探しに行こうとした時、ふと背後から微かな物音を聞き取ってクロは素早く身体を反転させた。それと同時に骨の人体模型の手が振り下ろされる。新手の怪異ではない。この怪異も先ほどクロが切り刻んだはずだ。
クロは素早く避ける時に軸にしていた足を上、怪異の顎に向かって蹴り上げた。避けることも出来ず、怪異は天井に向かって派手に吹き飛び、バラバラになって崩れ落ちる。
しかし、床に落ちてから怪異は再び歪な音を立てながら『合わさり、立ち上がった』
(なるほどな……直前で自分の身体をバラバラにしているわけだ……変なところで知性がある……)
クロの猫の爪は怪異を殺せる『破邪』の効果がある。『そういう風に出来ている』。しかし、クロがいくら骨の怪異を切り刻もうにも、向こうはその爪が届くよりも前に関節を外し、バラバラになることで効果を無効にしているのだろう。『一瞬で消せるような能力』がない限り、この骨の人体模型を倒すのは難しいだろう。
嫌な知人の姿を思い出し、クロは不機嫌そうに舌打ちをした。そんなクロの様子を嘲笑うかのように骨の怪異はカタカタ、と歯を鳴らすとクロに襲い掛かる。クロは目を細めると再び、構えた。しかし、今度出すのは猫の爪ではない。
クロは『手にした包丁を』上に放り投げた。硬い音を響かせ、包丁は怪異の腕を貫き外すと天井に刺さった。骨の怪異の態勢が崩れたその隙を狙って、クロは怪異の足を転ばすと包丁を再び持ち直し、近くの教室の壁に怪異の頭蓋骨を刺して張り付けにした。流れるように他の骨の間にも包丁を突き刺すと、小さくクロは息を吐いた。
「そこに一生張り付けになってろ。」
怪異は何とか包丁から抜けようともがくが、包丁が骨に引っかかり抜け出すことは出来ないようだった。クロが改めて緋莉を探しに行こうと、耳を澄ます。
遠くから聞こえた轟音に、クロは目を丸くした。
(…………この音……やっぱり最初の東棟の方か。いや、それよりも……『アイツを呼んだのか』……)
轟音の正体をクロは知っていた。ずいぶん久しぶりに聞くが……
クロは『妹』の意図を察して、東棟の方向を見てから顔をしかめた。
「……となると……あ~~~~…………………めんどくせぇ……」
頭を乱暴にかいて、クロはこちらの棟で生存者がいないかを探しに廊下を走り出した。
男子生徒の服の端を掴むと緋莉は勢いよく、掴んでいた手を手前に引いた。バランスを崩して男子生徒は後ろに倒れると同時に人体模型の拳が空を切った。
「ひぃっ!?!?も、模型が動いてる!?!!」
「何よこれ!!?」
「いやぁっ!!!」
クラスメイト達が悲鳴を上げるのもつかの間、ゾロゾロと教室の中へ人体模型が入って来た。歪な音が教室に響き渡る。緋莉は教室の奥に集まり、腰を抜かしてしまっている生徒達を一瞬だけ見て目の前の怪異達を見る。
(たぶん、ドアを開けたから『招かれた』と思って怪異も出入りが出来るようになったんだ……クロはいない……『呼べば』いいだろうけど……)
他にも行方が分からない人物がいる。クロはおそらくこの校舎のどこかにいる。そうなると、他にはぐれた人の捜索はクロに任せた方が効率は良いだろう。
そうなると目の前の怪異は『どう対処する?』
しかし。それに関して緋莉は特に悩まなかった。
(この状況を考えると、やっぱり『彼』を呼んだ方が良いでしょうね……)
「りゅ、龍神さん……」
不安そうに自分を見るクラスメイト達に目を向け、緋莉は彼らを安心させるように笑みを見せた。
「大丈夫だよ……私に任せて。」
何が『大丈夫』なのかは分からない。どう考えたって目の前の化け物の数が多い。逃げようにも教室の出入り口をふさがれているため、逃げることも出来ないだろう。捕まればどうなるかは想像したくない。しかし、そんな生徒達の気持ちとは裏腹に緋莉は表情を引き締め、怪異の群れに向かって一歩踏み出した。目を閉じ、深呼吸をする。人体模型達はカタカタを音を鳴らして緋莉に襲い掛かった。「龍神さんっ!!」と悲鳴が上がったが、
集中していた緋莉にはその声が聞こえていなかった。
怪異の手が緋莉に届きそうになったその瞬間。緋莉は閉じていた目を開くと勢いよく両手を合わせた。心地よくも力強い合掌の音を響かせながら、緋莉は口を開いた。
「『我、今ここに汝の名を呼ぶ────────────来い!『記鬼』!!!!』」
その言葉の直後、緋莉を中心に眩い光が教室を覆うと爆風が吹き荒れた。風に耐えられず、怪異達は壁際まで吹き飛ばされる。やがて光はゆっくりと消え、風は緩やかになったと同時に。それと入れ替わるように誰かが立っていた。
『それ』は緋莉の腰辺りまでしかない、幼稚園児くらいに小さかった。淡い黄色の身体を持ち、額には二本の小さな角と腰元と思しき所には虎柄の腰巻をしている。つぶらな瞳と滑らかな曲線のあるシルエットを見る限り。それがぬいぐるみだと言われてもクラスメイト達には何の違和感はなかった。少なくともこの異形渦巻く場所に置いて可愛らしい『それ』はひどく場違いのような気がした。
ゆっくりと『それ』、小鬼は目を開く。一瞬だけその瞳がオレンジ色に輝いた気がしたが、それにクラスメイト達が疑問に思うよりも先に小鬼は口を開いた。
「やっほ~~!!『あるじ』!!ぼくを呼ぶなんて久しぶりだね?」
拍子抜けするほどの軽いテンションで小鬼は緋莉を見る。唖然とクラスメイト達が記鬼を見る中、緋莉は苦笑を浮かべて小鬼に両手を合わせた。
「ごめんなさい、どうしてもクロがいなくて……お願い出来る?『記鬼』。事情は……言わなくても分かるよね?」
記鬼と呼ばれた小鬼は「まぁね」と目を細める。その立ち姿とテンションはまるで幼い子供を想像させるが、彼のその雰囲気はひどく大人びていた。記鬼は身体の向きを立ち上がり始めた怪異達に目を向けると手のひらを前に出し、野球のバットほどの金棒を召喚した。怪異達は危機を感じたのか、甲高い声を上げながら一斉に緋莉達に襲いかった。
「『視た』からね!!せ~~~~のっ!!!!」
記鬼は金棒を両手に持ち直し、身体を一回転させて怪異の群れに向かって金棒を振り上げた。遠心力によって威力が上がり、人体模型や骨の怪異はその衝撃に耐えられずバラバラにばらけて教室の壁ごと廊下の方に吹き飛ばされていった。『どうよ!』と言うように記鬼は満面の笑みを見せる。しかし、緋莉や他の生徒達は口を開けてその光景を見ていた。
「…………なにも、教室の壁を壊さなくても……」
緋莉は大きく穴が空いた壁を見ながら思わずそう呟く。記鬼はその言葉におかしそうに笑った。
「『直せるから』大丈夫だよ~!相変わらずあるじはおもしろいこと言うねぇ」
ここが怪異の巣窟で良かった、と緋莉は小さくため息を吐く。『記鬼の言葉が正しいとはいえ』、やはり出来ればこの教室のような状況は避けたい。
「りゅ……龍神さん……?」
ふと、背後にいた女子生徒は状況が分からず、目を丸くしたままそう緋莉に問うた。やっと、記鬼は彼女達の存在に気が付いたのか「あ、」と呟く。緋莉は記鬼の前に一度手を差し出すと、先ほどまで浮かべていた笑顔から真剣な顔にしてクラスメイト達と視線を合わせた。
「いなくなってる人達は私が探してくるから、ここにいて。」
「え、で、でも……!」
「大丈夫、さっきみたいなのは来ないようにこういうの貼っておくから。」
そう言うと、緋莉はバッグから一枚の札を取り出した。この札は緋莉の家において『最優』と呼ばれるヒトが作った結界の効果を持つ札だ。
「いなくなった人の名前って分かる?」
「いないのは佐々岡だよ……ほら、進学クラスの……」
残念ながら進学クラスの子とは交流がないので、分からなかったが記鬼の方を見てみると彼はにこりと笑ってうなずいた。
「ありがとう、探してくるね。」
「あ、あの……!その……龍神さんって、何者なんだ……?」
男子生徒の言葉に緋莉は一瞬だけ目を丸くする。少し考える仕草をして見せてから。
「『こういうの』に慣れているっていうだけだよ……あと、」
彼女はそこで言葉を切ると立ち上がり困ったように笑った。
「……『ごめんね』。」
生徒が「え、」とその言葉の意味を問おうとするよりも前に。緋莉の後ろにいた記鬼がオレンジ色の瞳を輝かせながら金棒を振り下ろし、生徒達はほとんど同時に倒れた。
「巻き込まれたのはあるじの方なのに、『ごめん』って言うんだ。変なの~」
つぶらな黒目で気を失っている三人を見た記鬼はそう、緋莉の顔を見た。金棒を振り上げられたというのに三人には怪我はない。当たらない手前で金棒を振り下ろしたのだ。緋莉は荷物と生徒達を敵に見えないように窓際の方に寄せ、困ったように顔をしかめる。結界も張るため、怪異がこの教室に入ることは大丈夫だとは思うが一応念のためだ。
「でも、危ない状況にさせたのは私のせいで……それに、『これ』だってほとんどこっちの都合だし……」
「まぁ、この人達がいても邪魔なだけだしね~」
「そういうわけじゃ……」と緋莉は自分のスクールバッグから札を取り出して制服のポケットに入れていると、廊下の方から何かがきしむ音が微かに聞こえた。見てみると骨の模型達が歪な音を立てながら合わさり、立ち上がっていた。あの模型は先ほど記鬼が壁ごと粉々にしたはずだ。記鬼はきょとんと目を丸くする。
「あれ?マジで??」
「物理攻撃は効いてない……!?」
嘲笑うかのように骨の怪異はカタカタと歯を鳴らす。肩に担いでいた金棒を再び持ち直して、記鬼は構えた。
記鬼の技は基本金棒による打撃技だ。クロのような機動力もない。金棒を振り下ろし、薙ぎ払うという単調な技は隙を生みやすく、複数相手には向かない。何より、直前で骨の怪異はバラバラに分散するのでキリがない。
「………なるほどね~……あるじ。どうする?」
それを察した記鬼は後ろに立つ緋莉の目を横目で見た。今の状況に戸惑うことも慌てることもなく、しかし不思議そうに首をかしげた。
「他の人達を探すにはこのヒト達にいちいち構ってはいられない。最善な手としてはここはぼくに任せて、あるじはいなくなった人達を探しに行く……分かっていると思うけど、ぼく達は『消耗品』だ。消えたとしても代わりはいくらでもいるし、『本当の意味で死ぬことはない』。だから別に─────────」
「記鬼。」
緋莉の鋭い言葉に記鬼は口をつぐんだ。再び記鬼が彼女を見てみると緋莉は顔をしかめ、半分くらい彼を睨みつけるように見ていた。しかしやがて、彼女はその目を止めると困ったように顔をしかめた。
「今、記鬼も呼び出しているから『彼』を呼び出すと『上限』で動けない……し、私はあなた達を『そういう風に見ない』…………あなただってこの状況を『どうにか出来ないわけじゃないでしょう』?」
緋莉の言葉に記鬼はきょとんとした目で見てから、視線を明後日の方向に向けた。やがて『そういえばそうだった』と言うように、にこりと笑みを見せる。
「そうだね──────あるじならそう言うと思ってた!!」
瞳をオレンジ色にさせて、記鬼はそう断言すると怪異の群れに向かって走り出す。そして、一体目の懐に入り込むと地面スレスレに構えていた金棒を振り上げた。身体を空中で反転させ、近くに立つ怪異へ金棒を振り下ろす。流れるような動きでその背後に立つ数体に向かって金棒を振り下ろした。
しかし、金棒は。怪異に当たることはなく全て彼らの『胸のあたりをギリギリに掠めた』
怪異の群れを抜け、廊下に出た記鬼はのんびりとした仕草で立ち上がる。自身の身に未だに何もない怪異達は記鬼に襲い掛かった─────────その直後。
怪異達が塵となり、消滅したのだ。
まるでそこには何もいなかったかのように消滅していた怪異達の横を通り過ぎ、記鬼は笑った。
「いや~~!!いつも『いろんな記憶を視てるからさ』。分かっていてもいつもたまに引っ張られちゃう。」
「毎回、思うんだけど……その状況……本当に大丈夫なの??」
心配そうに緋莉は記鬼を見る。記鬼はそんな緋莉の態度に相変わらずだ、と思いながらも「まぁね」とうなずくと、自分が先ほど開けた穴に目を向け、金棒を振り上げた。
先ほどまで開いていた穴は『消えていた』
「問題ないよ。あるじの呼び声に応え、現界する……この『記憶を視て、消すことが出来る』。この能力と仕事こそが、ぼくを『ぼく』とするモノだからね。それで良いんだよ。それがぼく達……あるじの『絵』として在れることだからね。」
怪異に襲われた際、基本的に緋莉を守ってきたのはクロだった。しかし、彼一人の手では守り切れない時、緋莉の判断で『身を守る術』を使う時がある。
それは、『描いた絵を妖として喚ぶ』というものだ。
水性画やクレヨンや色鉛筆。何が基準なのかは緋莉自身も分かっていない。しかし、描いた絵に名をつけ、喚ぶことで使役することが出来る。緋莉がこの能力を使えるようになったのは、彼女が物心がついた頃だ。最初に喚んだのはクロだった。緋莉自身はそう考えていないが、『絵』は基本『使い捨ての効く使い魔』である。現界した『絵』が死んだとしても本体……それが描かれたモノが無事であるならば何度も喚べる。しかし、それには二、三か月ほどのインターバルが必要にはなってしまうが……
記鬼はごく最近喚ばれたばかりの『絵』なため、未だに『自分は使い捨て』という認識が消えていない。『絵』は妖として現界するが『妖』ではない。血は墨の匂いがし、肉は紙の味がする。妖術はそれに特化しているものでなければ完璧には使えない。クロが完全に人間に化けれないのはそういう理由だった。
(クロは大丈夫かな……)
『絵』が傷を負えば召喚した本人に知らせが行くとはいえ、未だに反応がないのは不安になる。しかし、緋莉は頬を叩くと気を引き締めるように「よし、」とうなずいた。
「とにかく、そのササオカさん?を探しに行こう。記鬼、誰なのかは視たから覚えているよね?」
教室の前に札を貼って緋莉は記鬼の顔を見ると記鬼は「うん!」と笑った。記鬼の能力は『他者の記憶を視る、または消す』というもの。先ほど彼は男子生徒の記憶を覗いたのだ。緋莉は記鬼の見ている景色がどういうものなのかは知ることが出来ないが、彼曰く、『映画のフィルムが相手の胸の中心から飛び出している』らしい。その記憶をただ視ることも出来れば、その記憶の一部分を消すことだって出来る。消されれば、本人はその時の記憶はない。
そして、この能力は相手を殺すことにだって使える。
先ほど、骨の怪異に使った時のように。記鬼は敵の中心にある『そのヒトが生まれた原点』を消すことで、その本人の存在自体を消滅させることが出来る。消された人は召喚者である緋莉以外、誰も覚えていない。
『絵』は妖ではないが、このように何かに特化した能力を持っている。
そしてそれは現在、緋莉達と別行動しているクロも同じであった。
薄暗い廊下をクロは聴覚に意識を集中させながら、校舎の中を走る。本来ならばもう少し、早く走れるがそうなると他の音が聞き取りにくくなってしまう。今ははぐれた一般人の安全の確保が優先。聞き逃すことだけは出来る限り避けたい。
そして、現在。クロは一つの足音を捉えていた。
(音はこっちの方から聞こえるな…………何かを引きずる音と走る音……足音的に大人だな……生徒じゃねぇ……)
そう心の中で呟きながらクロは微かに聞こえる音の方向に向かう。一階へ続く階段へ辿り着いたその時、今度ははっきりと階下から「誰か~~~!!!」と助けを呼ぶ声が聞こえた。声の大きさ的に近い。クロは二階の手すりから飛び降り、ショートカットして一階へ降り立つと廊下へ飛び出した。見てみると、廊下の奥から一人の男が走って来ていた。スーツ姿と首から下げていたネームタグはこの空間に来る前に出会った小林教諭だった。
そして、その背後には。
「オ……『おトウさン』……あそぼ、アソボォォォ??」
肉の塊と言ったら良いだろうか。身体のあちらこちらに無数の目を持ち、口やその目から赤い液体を流した巨大な怪異が小林教諭を追いかけていたのだ。その怪異を見てクロはすぐに先ほど自分が捉えていた引きずる音はこの怪異だと分かった。
怪異は身体から肉を湧き上がらせ、腕を生やすと小林教諭へ襲い掛かる。このままでは彼は捕まる。クロは素早く駆け、二人の間に入ると手にしていた札を前に出した。小林教諭へ伸ばしていた手はその札の一メートル手前でまるで壁にぶつかるように弾かれた。怪異は奇声を発し、腕をうならせてクロ達に襲い掛かる。しかし、札の影響で何かにぶつかるような音を響かせるだけで手が届くことがなかった。
「き、君は……!!」
驚く小林教諭の言葉を無視して、クロは彼の首根っこを掴むと二階に向かった。すると、背後の方で何かが破れる不快な音が響いた。「げ、」とクロは顔をしかめて振り返る。案の定、札が怪異の攻撃に耐えられず破れてしまっていた。
「……あのジジィッ!貧弱なモンをよこしやがって!!」
おそらくこの場に置いてあの怪異の立場が強いのだろう。分かってはいるが思わずクロはそう八つ当たりをするしかなかった。
「遊んでよォおおお!!」
その声と共に無数の手がクロ達に襲い掛かる。小林教諭は迫り来る手に悲鳴を上げた。しかし、一方のクロは慌てることはなく舌打ちを一つすると、小林教諭を持ち変えて肩に担ぐように抱え、降り注ぐ手を避けて行った。階段まで辿り着いてからクロは素早く回し蹴りで壁を強く叩く。すると、何かが外れる音がした。その音は学校にある防火扉だと、教師である小林教諭はすぐに気が付いた。
クロはゆっくりと閉まる防火扉を「遅い!!」と苛立ち混じりに悪態を吐いて、足で蹴り飛ばして閉めた。小柄な見た目に反した脚力と、力に小林教諭は唖然としていた。勢いよく仕舞った轟音と同時に壁の向こうで、液体のようなものがぶつかる音が響く。気が付くとクロは手に先ほどの札を持っており、防火扉に張り付けていた。扉の向こうから何度もぶつかる音が響き、振動で扉が不気味に揺れた。クロは肩に担いでいた小林教諭を下ろし、頭をかいた。
「今のうちに避難するぞ。走れ。」
「だ、大丈夫なのか??」
揺れる防火扉を見ながら小林教諭はそうクロに問う。彼は緋莉と共にいたのは覚えていた。何者なのかは分からないが、先ほどの怪異のように敵ではないことは分かっていた。どちらかと言えば、そう信じたいという方が正しいだろう。
クロは不機嫌そうな顔のまま、階段から小林教諭を見下ろした。
「まァな。うちの『最優』が作ったモンだ。少しは持つだろ………とはいえ、さっきみたいに破られるだろうがな。だから、早く安全な所に逃げんだよ。早くしろ。」
あの図体なら、しばらく距離を離せばすぐには追い付かないだろう。
(とはいえ、それほど遠くに逃げたとしてもあの手の範囲が分かんねぇからな……いや、それよりも気になるのが……)
「というか、君達は……いったい何者なんだ……!?あと、走るのが速いんだがっ!?」
後ろでそう叫ぶ小林の声を聞いて、クロは一度思案を止め「鏡の中だよ」と短く答えた。意外な返答に「か、鏡……??」と小林は戸惑った声を上げる彼を横目に見ながら、クロは自分達の隣にあった消火器を指差した。改めて見てみると『消火器』と書かれた文字は逆さまになっていた。
「ホラーとかでよくあるだろ、『鏡の向こう側の世界』。それがここだ。だから、アンタらが出るにはもう一度鏡を通る必要がある……ま、そんなに深く考えなくても良いぜ。『どうせ忘れるからな』……それよりも、ここに鏡のある場所ってトイレ以外だとどこだ?階段の踊り場には無かったよな。」
『人』は怪異や妖に勝てない。そもそも持っている能力が次元を超えているのだ。緋莉のように普通の人間では持つことがない能力がない限り、太刀打ちすら出来ない。小林が死ねば、『妹』は悲しむ。この事実が『覚えていない』としてもその事態だけは避ける必要があった。
一方、そう考えるクロを他所に小林は奇想天外な事態に理解は追い付かなかった。しかし、目の前にいる少年は敵ではないということは分かったようで、戸惑ってはいたがようやく落ち着いた顔色になっていく。
「鏡……??あ、美術室にもある。等身大の奴だが……」
「さすが、美術教諭。美術室はここの棟にあんのか?案内して──────」
言い終わることはなかった。彼の耳が『何か』を捉え、クロは息を飲むと振り返った。見てみると廊下の奥に水溜まりのようなものが出来ており、やがて液体が弾けるような、不快な音を立てながら『地面が盛り上がった』。その塊には目玉が生え、クロ達を見る。
あの怪異がいたのだ。
「オ……おトウさぁァぁん……」
どうやってここに来た、と考えるよりも先にクロは素早く猫の爪を出すと、迫り来る『手』を切り裂いた。泥を掴んだような感触にクロは思わず舌打ちをする。手を切断されても次の瞬間に怪異の腕は水のような音を出しながら再生していた。
(超再生持ちか……にしてもまた、『お父さん』か。)
「な、なんであいつが……どうやってここに来たんだよ!?!?」
「オレが知るか!それよりもアンタ……ここの生徒と『変な関係』持ってるとか無いよな?」
今度こそ腰を抜かしてしまった小林にクロは鋭い言葉をかける。突然の問いに「はぁ!?!?」と彼はギョッと目を丸くした。クロの言った言葉が分からないほど、彼は頭が悪くはない。
「そんなこと!あるわけないだろ!?何言ってんの!??」
「だよな。安心したわ。となると、ここも含め『アレ』は『元凶の記憶』……ってことか────────────悪趣味だな。」
小林にはどういうことなのかは分からなかったが、不快感をあらわにクロは目を細めた。
怪異は叫び声を上げると無数の手を伸ばした。「音がなくなるまで出るなよ!!」とクロは叫ぶと小林の言葉を聞くことなく近くの男子トイレに押し込み、ドアの前に札を貼った。それと同時に怪異の手がクロの頭上に降り注ぎ、轟音が響いた。しかし、血潮が飛ぶことはなかった。
そこにはクロの姿がなかったのだ。
怪異の頭上を通り過ぎ、クロは背後に回ると猫の爪を構えて走り出す。彼を殺さない限り、『お父さん』に会えないと判断したようで、怪異の方も身体から先ほどの倍の手を出して襲い掛かった。クロはその手を掻い潜り、避けられないものだけを猫の爪で切断する。
懐に入り、手にしていた包丁で怪異の頭を刺そうとしたその時。切断した手……その腕の部分から手が生えて、クロへ叩き下ろした。バク転で避け、クロは一度距離を取ると爪と包丁で応戦する。迫り来る怪異の手の猛攻は止まる気配はない。
(知能はないが、『数が多い』……あの肉塊に腕を出せるところがあれば、いくらでも出せる。なおかつ、切られてからの超再生……キリがねぇ……)
幸いなことに怪異と対峙したこの廊下は、右側に教室があれど一直線上にある。死角からの攻撃はないとクロが判断したその時。
『壁際から水の音がして』クロは目を丸くすると反射的に腕を上げた。それと同時に壁から怪異の腕が『生えると』、隣の教室までクロを殴り飛ばしたのだ。
勢いよく横に流れる視界の端で、クロは怪異の後ろ側に生えていた腕が壁に向かって伸びているのを気が付き、即座に理解する。先ほども床から滲むように出現した方法と同じだ。手を液体状にして壁伝いに手をこちらまで伸ばしてきたのだろう。教室の壁を半分ほど破壊して、クロは反対側の壁に叩きつけられる。思わず咳き込んでから、自分の身体を確認した。場所はどうやら家庭科室のようだ。埃で汚れてしまっているが特に目立った怪我はしていない。壁に叩きつけられた際、受け身を取ったというのもあるが何よりも運よく教室のドアに当たったため、激突の威力が軽減されたのだろう。
(身体を液状化出来んなら、死角から襲われることはないなんてこと言ってる場合じゃねぇな………)
ゆっくりと教室に入ってくる怪異の赤い目がクロを捉えると、未だに息のあるクロを握り潰そうと手を伸ばした。クロは再び舌打ちをしてそれを間一髪で避けると、調理器具の入った棚から包丁を取り、迫り来る怪異の手に向かって投げつけた。包丁は怪異の手を的確に貫き、そのまま勢いよく壁に突き刺さった。
「ア……アァぁあぁア!!!!!」
迫り来る手を避けながらクロは教室内にあった包丁でその腕を壁に磔にさせていく。猫の爪を使うことはキリがなく体力ばかりが消耗されてしまう。なので、クロは『全ての手を出させて』確実に獲る判断をしたようだ。腕や壁から腕が生えようともクロの俊足を捉えることはそれに特化した妖でない限り、難しいだろう。
しかし、それで獲られるほど怪異の方も甘くはない。
クロは近くの棚から再び包丁を取ろうとした。が、その手が空を切り、クロは目を丸くする。見てみると棚の中には何も入っていなかった。気が付かないうちに家庭科室の包丁を使い果たしていたようだ。その一瞬を突き、壁に磔にされていた怪異の手が枝分かれするように生え、クロに襲い掛かる。場所も悪い。彼自身がピン留めした腕が行き場と視界を遮り、どこから手が来るのかも判断しにくい。
だが。クロは慌てることはなかった。
次の瞬間には襲い掛かって来た怪異の腕が再び、包丁ごと壁に突き刺さっていた。
クロの手には包丁があった。龍神邸が襲撃された時、人体模型に襲われた時、そして分裂の妖の時と対峙した時と同じだった。『気がついたらそこには武器があった』
「ア…………?」
「スペアがなくなるから『これ』はあんまりやりたくなかったんだがな……」
クロは空いていた左手を何もない宙に伸ばした。すると突如その空間が歪み、『黒い虚空が出現すると包丁の柄が引き出されたのだ。』
クロは柄を掴むと迫る怪異の手に投げて、走り出す。四、五本もあった手は一瞬にして他と同じように壁に突き刺さる。いくら視界が悪くとも耳の良い彼ならば、どこから手が来るのかすぐに分かる。怪異も何とか対応しようとするが、ピン留めされた腕が邪魔で怪異自身も手を出せなくなってきていた。磔にした怪異の腕も使いながら縦横無尽に駆け回るため、行動が読めない。何よりも投げてもその傍から虚空が出現し、包丁が出される。
怪異の腕と同じ……いや、それ以上に出される包丁の数には果てはない。
それが、クロが唯一使える妖術──────『収納庫』だ。
『収納庫』は、クロの持つわずかな妖気によって作られた異空間の武器庫だ。そこに入っている武器は多種多様で大きさや質量は関係ない。『怪異狩り』が大将の鬼と対峙した時、目くらましに使用した手榴弾も『収納庫』にいくつも入れてある。包丁も同様、もししっかり数えたとしたら百以上……いや、千はあるのかもしれないが、クロは数えたことはない。
元々、クロはこの『収納庫』を作るつもりはなかった。だが、いくら怪異を殺せる爪を持とうとも、いくら夜目の利き観察眼のある視野を持とうとも『それだけでは守れないのだ』。
自分を描き、そして喚んだ主を。
最愛の『妹』を。
怪異の懐に入り、クロは『収納庫』を展開させる。怪異はもうほとんど出せる手はない。唯一出された手をクロは寸での所で飛んで避けると、その脳天に二、三本の包丁を投げつけた。脳天を貫かれた怪異はようやく動きを止めると、小さく声を漏らしながら灰となっていった。地面に着地し、クロは小さく息を吐いた。
(『元凶』の奴の音はここの近くにはない。となると、東棟の方向か……)
聞き耳を立て、クロは思わず顔をしかめる。この校舎にはいくつもの音が鳴り響いている。聞き慣れない怪異の息遣い。わずかに動く音。先ほどから自分達を見る不快な『眼』にクロは思わず舌打ちをした。
「……『仕事』を増やしやがって。」
〈続〉
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