第39話:在りし日への回帰

 結論から先に言ってしまえば、フラクたちの生活にそこまで大きな変化は見られなかった。


 呪形者を意図的に生み出し、操ることができる魔剣の存在は学院上層部の決定のもとかん口令が敷かれることとなり、関係者たちは揃って口を閉ざした。


 当然だ。あんなモノの存在が公になれば世間は騒ぎどころの話ではない。

 仮に、魔剣が今回の一本だけでなかった場合、それを悪用しようとする連中はどこにでも潜んでいる。


 彼らの手に渡れば、確実に世界の混乱は加速し、ギリギリで保たれている近郊は崩れ、世間は大いに荒れるだろう。

 

 学院お抱えの考古科学者アークサイエンたちが、魔剣から漏れ出た泥の一部を回収し研究しているが……


「めぼしい結果なんてでないでしょうね」


 などと、医務室へ向かうフラクの隣で剝界は口にした。


「本体の核は破壊されたし、アレはもうなんの影響も及ぼせない、ただの鉄粉よ。マスターたちの技術力や科学力じゃ、逆立ちしたってアレの正体を掴めやしないわ」


 ということらしい。

 ちなみに、なぜ他の神剣や上位聖霊がフラクが聞いたような話を世間に公表していないのか神霊たちに尋ねると……


「――神剣や聖剣の技術で企業ごとの最重要機密なの。だから市場に出回った時に技術的なことを安易に漏らさないよう、そもそも自分の性能説明やコミュニケーションをとる以外は余計なことを喋れないように設定されているの。それに、呪形者の発生についての詳細は当時かなり厳しく情報規制がされていたから……結局は、当時の行政が自分たちの失敗を隠蔽しようとしたこともあって、余計な情報は本当に話せないようになっていたの……わたしは、剝界ちゃんとシステムを更新した影響か、制限がほとんど外れちゃったみたいね」


 なら、なぜ剝界は最初からフラクに過去の出来事や神剣、聖剣……魔剣について多くを語ることができたのか。


「――わたし? わたしはほら、結局外に持ち出されることもなくて、ずっと研究室に放置されてたから、そういう機密保持のための機能は搭載されなかったわけ。それだけよ。ていうか、不落と繋がるまでそういうシステムモノがあることすら知らなかったわ」


 という、なんともおざなりな結論が帰ってきたのだった。


 ――あの事件から一週間ほどが経過。

 ジョセイの姿に戻ったフラクはあとから部屋に突入してきたイーラ教官たちによって外へ運び出され、全員が医務室へと放り込まれた。


 ひとり……ヴァイオレットだけは学院の地下で、騎士隊監視の下、ベッドの上で今も眠り続けている。

 いまだ、目覚める兆候は見られない。

 フラクは数時おきに彼女のもとを訪れては、体を清潔にしたり、水を含ませたりと最低限の看護を行っていた。


 武霊契約者は基本的に体内に武霊……ナノマシンを宿している限り、餓死することはほとんどない。

 しかし無から有が生み出されるわけではない以上、最低限の栄養摂取は必要。点滴により栄養剤を体に流し込み、延命が図られている。


 果たして、魔剣と同調した彼女はこれから先どうなるのか……それはまだ分からない。


 それでも、被害状況も事件の重要性に比べて軽微。

 死者も出ていないことから、寛大な処置を検討するとイーラ教官から伝えれた。


 フラク相手にも気を遣うあの変わり者の教官のことだ。

 できるだけのことはしてくれるだろう。


 ……今は信じるしかないか。


 彼女が口にしていた復讐という言葉は、果たしてどこまでが魔剣の意思で、どこまでが彼女の意思だったのか。

 いまだ目覚めない彼女の心の内は、まだ分からない。


「できれば、必要以上に苦しめるようなことがないこと祈りたいわね」


 ふと、フラクの隣で剝界とは別の声が聞こえてきた。


「――姉さん。あまり学院の中で姿を見せるのは」

「あら、今はひとけなんて全然ないんだからいいじゃない。わたしだってあなたと一緒にこうして触れ合いたいのに……寂しいわ」


 などと言って、フラクのもうひと振りの剣、神霊:不落は幼い容姿のまま、主人の腕を絡め取って密着してきた。

 

 先週の激闘でフラクの体内に眠っていた不落の核がウツロへと戻り、神剣は本来あるべき姿を取り戻した。

 同時に、剝界がこれまで不落単独で補っていたフラクの肉体意地の一部を肩代わりしたことにより、こうして外界に姿を見せることが可能になった。

 とはいえ、今の不落はボディの一部をいまだにフラクの延命措置に使っているため、かつての見た目よりかなり幼い外見になってしまった。本人は「若返ったみたいで楽しいわ~」などと言っていたが……半分本気、半分フラクを気遣っての発言だろう。


 今、フラクは二人の神霊によってその命を繋いでいる。

 ナノマテリアルボディの制御を維持するための核は、二人の核の一部を流用し複製。

 独立した生命時装置として今のフラクの中で鼓動を刻んでいる。


「わたしだけじゃ、自分のナノマテリアルボディを制御するのに精いっぱいだったけど、剝界ちゃんもナノマテリアルボディを提供してそっちを完全に制御してくれているから、割り当てリソースを外に回すことができるようになった……正直、最初は無茶苦茶する子だなあ、って思ったけど、こうしてあなたともう一度言葉を交わすことができるようになったのは、素直に嬉しいわ」


 偽りのない笑みを見せてくる不落。

 フラクもカノジョを振り解くようなことはせず、身を任せた。

 フラク自身、カノジョとこうして再びまみえる日が来ることをどれだけ望んだかわからない。

 少し前までは、自分の死と入れ替わりに、カノジョを現実世界に引き戻すことまで考えていた。


 それがまさか、こうして再び顔を合わせて話ができるようになるとは、思ってもいなかった。


「ちょっと~……そう思うなら少し自嘲しなさいよ! 人がいなくなった途端マスターにべったりくっついて! こいつはわたしのマスターでもあるんだからね!」

「あなたはいつだって人目を気にせずフラクの近くにいられるんだからいいじゃない」

「だからってベタベタし過ぎよ!」


 そう、基本的に学院には不落が戻ってきたことは伏せている。

 ただでさえ神剣と契約しているというだけで注目され、フラクの扱いについていまだ議論が進んでいない学院内において、その立場はいまだに微妙なところにいるフラク。


 今回の一件で実質的に事態を解決に導いたフラクではあるが、その事実を知る者はほんの一部に限られ、かん口令まで敷かれた状況ではその活躍を大きく喧伝することもできず、その制服もいまだに黒のままだ。


 騎士隊のスチーリアやイーラはその辺りについて、なにか便宜量るべきである、という訴えを学院側にしているようだが、果たしてどうなるか。


 フラク自身、目的は十分以上に達成できたこともあり、それ以上のことはなにも望んでいないというのもある。

 欲がない、と言われたが、カノジョにとって真に欲するモノは全て、自分の内側に戻ってきた。


 それ以上に、なにを求める必要もない。贅沢というモノだ。


「そもそも、ベタベタという意味ならあなただって負けていないないと思うけど? 授業中にこの子にくっついたり、膝の上で甘えたり」

「い、いいじゃない! 初めてだったのよ! ちゃんと戦闘で使ってもらったの! わ、わたしずっと役立たずとか失敗作とか言われて……あんな風に全力を出して貰えて……その」


 途端に顔を赤くして、ごにょごにょと俯きながらフラクの陰に顔を隠す剝界。

 実際、出力が安定せず、実践投入もされずに実質封印されたような剝界は、あのように自分の真価を発揮してもらったことはほとんどなかった。

 以前、アリスとの戦いで抜かれた時は、実質的に不落が剝界を使っていたようなもので、カノジョの中で真に主人と一体になった感覚を味わえたのは、先日の一戦が初めてだったのだ。


「はあ……」


 ふと、不落は腕に捕まったまま溜息をひとつ。

 カノジョはフラクを見上げ、少しだけぷくっと頬を膨らませた。


「ほんと、あなたは昔っから変わらないわね……今は女の子になっちゃてるのに」

「うん? 姉さん、どうかした?」

「……なんでもないわ。それよりもほら、早くエンティちゃんたちのお見舞いに行きましょう」

「ちょ、ちょっと姉さん、そんなに引っ張らなくても」

「わっ……って、こら! わたしを置いてくなっての~!」


 エンティとアリスは変異触媒に長時間に渡り浸食されてしまったこともあり、怪我の回復が遅れていた。

 特にアリスはかなりの重症ということで、いまだにベッドから動けずにいる。


 ティアやベスティリスが彼女たちの世話をしているが、こうして頻繁にフラクも顔を見せている。

 というより、二人から顔を見せろ、としつこく催促があり、なかば強制されていた。


 が、それも別に苦だと思ったことはない。

 行くたびになにかしらあれをしてくれこれをしてくれ、と甘えたりせがまれたりする以外は、どこか幼かった頃の日常が返って来たような気がして、フラクも自然を足が向いていた。


 病室に入れば、ようやく自分の足で立てるようになったエンティが鳩尾に突進を仕掛けてきたり、アリスがそれを羨ましそうに見つめながらも苦言を呈したり……


 ……ああ。


 表情が硬くなってしまったフラクも、こうして取り戻した日常の中で、自然と口から笑みが零れていた。

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