第34話:黒い誘い
このセカイは狂ってる。
だから徹底的に破壊されなくちゃいけない、リセットされなくちゃいけない、存在しちゃけない、未来なんてあっちゃいけない、絶滅させなくちゃいけない。
――ワタシが、オワラセなくちゃいけない。
人間なんか……全員、消えてなくなればいい!
あんなものがいるから、全てがおかしくなった、あるはずのないモノが増えて、あってはならないことがおきて、あるべきものが全部、壊れた!!
全部――
全部ゼンブ全部ゼンブ全部ゼンブ全部ゼンブ全部ゼンブ!!!
あいつらがいるから!!!! 望むから!!!!!
いらない、いらない、いらない、いらないいらないいらないいらないいらない!!!!!!
ああ、そうだ。だから、わたしがゼンブ、キレイにしてアゲナクチャ……
そのためなら、叶えてあげる。
オマエたちの醜く穢れた汚泥のような肥え太った欲望を、わたしが……
嬉しいだろう?
これはオマエたちが望んだ結末だ――
・・・
遺跡の周辺を複数の騎士隊と教官が囲んでいる。
見れば、赤い制服を着た生徒の姿も数名見受けられた。
それだけ、今回の件を重く見ているということだろう。
フラクは木々の間をすり抜け、秘かに遺跡の入り口を目指した。
……通されているな。
が、フラクは自身に向けられた視線に気づいていた。
見られている。当然だ。学院の最高戦力である赤服や教官たち見張っている中、こんな杜撰な隠密行動が見過ごされるわけがない。
おそらく、体面だ。
フラクは黒服に白い装飾という、学院でも最底辺の生徒。
その実力の真偽はさておき、黒服の生徒を危険地帯に自ら招くというのは、彼らからしても世間の目が怖いのだ。
今回の一件は学院内部の一般人にも知らされているだろう。下手に森の中へ入らないよう、周知するのは当然だ。
その危険性を示しておきながら、実力の伴わないと判断される黒服の生徒を事態の解決に向かわせるなど、非難されても文句は言えない。
しかし、仮にフラクが勝手に遺跡に侵入したのなら、向こうも言い訳が立つ、ということなのだろう。
とりわけ、フラク・レムナスという生徒の悪評は学院内で広く知られていること。
カノジョが問題行動を起こしたからといって、誰も疑問を抱かない。
そして、フラクの実力がどれほどのものか、知りたがっている
……都合がいい。
しかし、フラクは面倒がひとつ消えたことを受け入れた。
学院側の思惑も、強者たちの好奇心も知ったことではない。
自分がここへ来たのは、エンティとアリスを救い出すためだ。
果たして、例の遺跡の前にフラクは辿り着いた。
「やはり来たんですね、フラク・レムナス」
遺跡の入り口に、スチーリアと騎士隊所属の生徒が数名。
そして、
「なにをしてるんですか、イーラ教官」
「なにもクソもあるか。お前こそ、こんな所に何の用だ?」
白々しい。分かっているはずだ。
それを承知しているのか、イーラはこめかみを押さえて呆れた様子だ。
「はぁ……引き返す気はないのか?」
「ありません。もしも邪魔をするつもりなら、押し通るだけです」
フラクは腰の剣に手を掛ける。
しかしイーラは表情を変えることなく、遺跡に振り返った。
「俺たちは先遣隊だ。中の様子を確認している最中、侵入した問題児のおもりをすることになる『予定』だ」
「……それは、随分と面倒ですね」
「まったくだ。今からでも諦めてくれれば、そんなことをしなくてもいいんだがな?」
「生憎と、その問題児の聞き分けの悪さは一級品なので」
フラクはイーラを超えて、遺跡の入り口に立つ。
「フラク・レムナス……申し訳ありません」
「なにがだ?」
「あたしは、あなたをみすみす危険に、」
「お前たちをこの中に連れて行った時点で、全ての責任は俺にある。俺は、それを果たしにきただけだ」
「……これを」
スチーリアはフラクにこぶし大の包みを手渡した。
「聖霊結晶です、持って行ってください」
中を確認する。聖霊結晶が隙間なく詰め込まれていた。
「あなたは神剣を抜けない……気休めにしかならないかもしれませんが、ないよりはマシでしょう」
「助かる」
手持ちの聖霊結晶の数は心許なかった。フラクは素直に騎士隊の厚意を受け取ることにする。
フラクは遺跡に向き直り、ゆっくりと歩を進めた。
その後ろを、なにも言わずにイーラと騎士隊たちが追ってくる。
自分たちはここでは会わなかった。
中で偶然にも遺跡に無断で侵入したフラクがいた。
教官たちは任務の過程でカノジョを保護する羽目になり、行動を共にする。
それは、イーラが学院側に抗議して無理やり捻り出した妥協案だった。
如何に問題児とはいえフラクは自分が受け持つ生徒の一人……孤独に死地へと送り込むことを、彼は良しとはしなかった。
遺跡の入り口は静かに一行を飲み込んだ。
今はまだ、この先に待つ喧騒を陰に潜ませながら。
・・・
遺跡の中は以前にもまして不気味なほど静まり返っていた。
遺跡獣はもちろん、例のひと型呪形者の姿もない。
入った瞬間から戦闘になることも覚悟していただけに、肩透かしを食らった気分だ。
しかし、油断などできるはずもない。
フラクを先頭に、殿をイーラが務め、一行は奥へと進んでいく。
そして、前回エンティとの戦闘があった大部屋まで辿り着くと――
「あらら~、思ったよりもゾロゾロといっぱい来ちゃいましたね~」
「ヴァイオレット・バルバス……っ!」
部屋の中心、瓦礫を椅子代わりにしたヴァイオレットが悠然と待ち構えていた。
「ああ、でも確かに手紙には一人で来るようにとか書かなかったしな~。血ってさ、文字書くの地味に面倒だったから色々と端折っちゃったんだよね~。面白半分に試してみたけど失敗だったかな~」
学院での雰囲気とまるで違うヴァイオレットの姿に、一度は目にしているはずのスチーリアでさえ驚愕を覚えてしまう。
しかし、フラクはそんな些事よりも、アリスの血を抜いたことを『面白半分』と口にしたカノジョに殺意が湧いた。
「あはっ、意外とあなたって感情的なんですね? 副会長の血を使われたのがそんなに気に食わなかったですか? あなたを好きでいてくれる女の子の血なんですから、もっと興奮してくれるかと思ったんですけどね~」
「今すぐにその無駄口を閉じろ狂人が」
「……人間なんてどこにでも転がってる肉塊ですよ。たかがひとりをちょっと遊んだくらいで目くじら立てるなよガキが」
不意に、ヴァイオレットの口調が目に見えて変化し、瞳に明確な敵意と憎悪を滲ませた。
「ヴァイオレット、これはどういうことなのか、説明してもらえるんだろうな?」
「あらあらイーラ教官……まさかあなたがその問題児と一緒にここまでくるなんてちょっとビックリです。てっきりカノジョのことを毛嫌いしている他の教官と同じかと思ってましたが?」
「質問に答えろ、ヴァイオレット・バルバス」
「はあ……うるさいですね……説明? されて納得できるとは思えませんね。人間である、あなたたちには――」
直後、まるでカノジョを中心に影が拡がるかのように、床に黒い沼が拡がった。
ゴポリと粘性の音を響かせ、そこから以前も対峙したヒト型の呪形者が現れる。
「そこの神剣使い以外は目障りです。しばらくこの子たちの相手でもしててください」
ヴァイオレットの言葉とほぼ同時に、呪形者たちが一斉にフラクたちへ襲い掛かってくる。
全員が聖剣を抜き、戦闘態勢を取る中、フラクもウツロの柄に手を掛け、呪形者を迎え撃つ。
しかし――
「あなたはわたしと一緒に来てくださいね」
「っ――!?」
急に足元が本当に沼のように支えを失い、気付けば黒い汚泥がフラクの足首を飲み込んでいた。
「フラク!」
咄嗟にイーラが手を伸ばすが、黒い泥が一気にフラクを飲み込んでしまった。
「では皆さん、さようなら……」
そして、ヴァイオレットもまた、自信を沼の中に沈めていき、姿を消した。
あとには、呪形者を相手に激しい戦闘が拡がる光景だが残された。
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