第31話:敗北者の足掻き
剝界は目覚めてから、周囲との認識に明らかな齟齬があることに気付いていた。
自分の知る常識が、周りに通用しない。
そればかりか、まるで時代が『逆行』してしまったかのような違和感。
ここは本当に、かつて自分が生きていたのと同じ世界なのか……さながら、異世界に飛ばされてしまったかのようにさえ思ったほどだ。
しかし、遅れた文明や価値観の中に、かつて名残が随所に見られ、やはりここは同じ世界なのだと再認識した。
「きっと、わたしがいた時代の文明はほとんどが滅んだんでしょうね」
――もうずっと……ずっと前のことだ。
数えることがバカらしくなるほど昔。既にこの世界の記憶からも忘れられし太古の時代。
ひとの文明は地上を、宙を支配し、数多の事象はその手中のなか。人類は、神の領域へと手を伸ばすほど、高度な科学技術でもって世界を掌握しつつあった。
加えて、かつては数十年とさえ云われていた寿命は、優に百を超え、二百年、三百年と増えていき、ひとは
科学はひとの人口を安定させ、飢饉さえも克服してみせた。
しかし――世界はひとが完全に制御できるほど甘いものではなく……
科学に委ねた体は、その長命と引き換えに脆弱となり、自然の大いなる恩寵はいつしか彼らにとっての毒となった。
技術により清潔に保たれるようになった空気の中で生きてきた彼らは、不純物への耐性が低くなり、空から降り注ぐ光によって肌は焼け爛れるようになってしまった……
いつしかひとは、科学という名の檻の中でしか自分たちを生かすことができなくなってしまったのだ。
免疫力の強化、耐性の強化……およそ人類がかつては普通に持っていたはずの機能を再び取り戻すため、多くの研究が行われていた。
しかし、科学に適応し過ぎた今の肉体を、過去へ回帰させることは難しく……進化とは時に、生命を弱くすることを人類は思い知った。
飢えも消えた、病気も消えた。
同時に、人々は外界への自由をも失ってしまったのだ。
かつてのひとは宙への強いあこがれを抱き、鋼鉄の大鷲を創造し、星の海へ至る箱舟さえ生み出した。
憧れは常に人類に発展を与えてきたと言っても過言ではない。
かつて手にしていた世界を、自分たちの手に取り戻したいという欲望もあったのだろう。
ひとは、ひとを外界に適用した肉体に進化させる研究に手を出した。
「――そうして生み出されたのが、ひとの細胞を活性化させて強靭な肉体を手に入れる方法……」
あなたたちが呪形者と呼ぶ者たちは……
「わたしたちが生きていた時代にはナノマシンっていう目に見えないほど微細な機械……からくり、って言った方が伝わるかしら? まあとにかくそういうのが存在していたの」
ナノレベル……10億分の1mのセカイ。
命を構成する細胞と比べればまだまだ大きいけれど……
「医療用に使われていたナノマシンを転用、改造して、ひとの細胞に干渉して免疫……病気に対する耐性なんかを上げようとした」
しかし、実験はうまくいかず、細胞は変異を起こして生命は良くて絶命、悪い時は異形化するに至ってしまった。
「メタモルバグ……呪形者の元々の正式な呼称はこっち。あれは進化の実験の過程で生まれたバケモノってこと」
加えて、
「連中は並の動物なんか比べ物にならないほどの力を持っていた……研究者たちは、メタモルバグを軍事転用させる研究を始めちゃったの」
いつの時代も利権やら宗教やら思想やら……衝突する動機は枚挙に暇なし。
より強い力を求めた各国の軍部は、呪形者……メタモルバグの兵器利用という思惑に取り付かれ、果てに……
「メタモルバグは確かに強力だった……強靭な生命力、ナノマシンと強化された細胞による圧倒的な自己治癒能力まで獲得したわ。おかげで、並の軍隊じゃ相手にならないばかりか、一方的に蹂躙された……でも」
メタモルバグの爪牙は、敵も、味方すら区別することはなかった。
「メタモルバグは、ひとの手を離れて暴走し始めた」
独自の進化を果たした彼らは、体内のナノマシンで群体としてあらゆる情報を共有、更新していった。
いつしか、外部からの信号を一切受けつなくなってしまい、制御を離れたメタモルバグは地上で繁殖を繰り返し、瞬く間にひとの文明圏を浸食していった。
「連中はナノマシンをまるでウイルスや細菌のように散布しまくったわ。あんたたちが呪いだなんだのと言ってる正体はね、
ナノマシンは外界とを遮断する所謂バリアを常に張っており、一般的な銃火器では倒せない。ナノマシンは周囲の物質を取り込んで際限なく増殖する。
ひとは成すべなく、メタモルバグから逃げ続け、地上を追われた。
富める者は宙へと逃げ延び、貧しき者は地下へ身を潜めた。
しかし人類は決して諦めたわけではない。
暴走したメタモルバグの制御をどうにか取り戻す手段はないか。あるいはどうにかナノマシンの護りを突破することが可能な兵器は創れないのか。
「わたしが眠っていたあの場所……あんたたちが遺跡だって認識している地下施設は、神剣と聖剣を作るための研究施設であり、生産工場なの」
もしくは……
「あのいけ好かないオンナが待ってる地下研究所は……これはわたしの予想だけど、たぶん魔剣の研究施設よ」
「まけん……遺跡でも言っていたが、それはなんなんだ?」
「……わたしもそっちの情報はほとんど持ってないけど、知ってる範囲だけでも胸糞になりそうな代物よ」
魔剣、神剣、聖剣……これらは、
「認めたくないけど、神剣と聖剣は
魔剣が作られた目的は、メタモルバグの体内に存在するナノマシンを制御するための
ナノマシンが発する周波数に同期し、外部からメタモルバグの制御を掌握する。
「でも、ただの機械じゃメタモルバグのナノマシンに逆に乗っ取られる可能性がある……だから」
人類はついに、禁忌を犯した。
「魔剣の材料にはひとが使われたわ……」
ひとの細胞組織とナノマシンの癒着、あるいは置換。
魔剣は徐々にひとを、ひとならずものへと変異させ、有機生命体と無機物を混合させることによって誕生した。
「でも、わたしの
魔剣はその制御能力を発揮し、メタモルバグのナノマシンを取り込んでそれ自体が強力な感染源へと変貌してしまったのだ。
「当然、研究は中止されたわ」
「……そもそも、なぜ古代人はわざわざ呪形者……メタモルバグを『また制御しよう』なんて考えたんだ?」
そもそもの話、最初に制御を誤ってしまったからこそ、世界を巻き込んだ災害にまで発展してしまったというのに。
「知らないわ。兵器転用を諦めきれなかったとか、そんな理由じゃない」
「……そうか」
フラクの中にしこりのようなものが残ったが、本当に膨大な知識を詰め込またせいで、話しに置いて行かれないだけで精一杯。違和感の正体に言及しても余計な混乱を招くだけと口を噤んだ。
「まあそんなわけで、魔剣の失敗でメタモルバグを制御することは不可能っていう結論になって、いよいよ殲滅のために研究が進められることになったの」
そうして生まれたのが、
「わたしたち、第一世代型メタモルバグ用対決戦兵器……神剣」
それは、
「魔剣で培われた技術を基に、ひとを……人間を素体にして生み出された兵器よ」
剝界は、まるで自虐するような笑みを浮かべて、
「全身をナノマシンに置き換えて、記憶と意識をちっぽけな核に押し込められた、元人間」
本人の資質をナノマシンによる補助で力として具現化し、メタモルバグのナノマシンを無力化、中枢である核を破壊することができる。
更に使い手の補助をする機能として、姿を剣とひとに切り替えることができる。
俗に云う神霊や聖霊とは、剣にされた人間やその他の生命の意識を指す言葉だと、剝界はフラクに語った。
「聖剣は人間以外の生物を
魔剣はゼロ号と呼称されていた。故に神剣を第一世代型と区別されるようになった。
「学院にいる生徒が持ってる聖剣はほとんどが第三世代型ね。アリスとかエンティが使ってるのは第二世代型よ」
と、剝界はそこまで説明して、
「とりあえずここまでがわたしたちが生きていた時代と神剣とかについての概要よ」
などと言ってくるが、内容がフラクの常識からあまりにも逸脱したもので、正直飲み込み切れていないのが現状だった。
「正直、いきなりこんなこと言われても戸惑うと思うけど」
「いや、さすがに色々と衝撃だったのは事実だが、お前が嘘を言ってないことだけ理解した」
そして、なにより剝界の説明でフラクが気になったのは、
「お前の言うことが本当なら、お前と同じ神剣だった姉さんも」
「元はあんたと同じ、人間ってのことになるわね」
「そうか……」
フラクは胸に手を当てる。
自分の中にいるのは、決して血の通わない無機物な存在などでは決してない、かつては自分と同じように、温かい血を通わせた人間だったのだ。
「……感傷に浸ってるところ悪いけど、次はその神剣とあんたについての話よ」
意識を失ったフラクの中に潜ったことで、分かったことがある。
「さっき、わたしたちはその躰のほとんどがナノマシンで構成されてるって説明したと思うけど」
「ああ」
「もうなんとなくだけど、想像できてるんじゃない? あんたは昔、死にかけた……いえ、実際に体を引き裂かれて死んだのよ」
「…………」
「なぜ元々男だったマスターが神霊の不落と同じ姿をしているのか……わたしも半信半疑だったけど、ようやく納得できたわ」
あんたは……
「神霊の躰を構成するナノマシンで、失った肉体や内臓の機能を補って蘇生したのよ」
※次話で設定の一部が不足しているのに気付いたので加筆して明日投稿します
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