第24話:未開拓の地下遺跡
腰から下げた携帯用オイルランプの頼りない灯りが、暗い階段を照らす。
中に入った途端、気温が下がり、鼻を突くカビの臭いが強くなる。
明らかにひとの手が入った不可思議な空洞……フラクたちは砕けた石壁の破片を時に割り砕きながら、慎重に下へと下っていく。
「あまり空気がよろしくありませんわね」
「はい……それに、なんだとても不気味ですね……レムナスさん、遺跡とは全部こんな感じなんでしょうか?」
ヴァイオレットの疑問にフラクは首を横に振る。
「俺も遺跡は何個も潜ったわけじゃないからな」
かつて、幼い時に両親たちと共に、調査で遺跡に潜ったことがある。
あの時の経験を活かし、一ヶ月ほど前に剝界が安置されていた遺跡の最深部まで到達できた。
しかし、結局それでも二つしかフラクは遺跡を経験していない。
それでも、
「とはいえ、ここは俺が経験してきた遺跡に比べると、淀んでいるような気はするな」
下から吹き抜けてくるような空気の流れ。
だがそれはどこか、呪形者の纏う瘴気にも似た、嫌な感じがしていた。
「フラク・レムナス、やはりここはあなたが言う遺跡とは別物なのでは?」
「それはないだろ」
だとしたら、ここはいったい何だというのだ?
濁ったような空気とは裏腹に、周囲を囲む壁はツルリとして、それこそ異様なまでに磨き抜かれている。
フラクが潜った遺跡は壁自体が明滅するように淡く発光していた。
が、この遺跡の壁はまるで死んだように沈黙している。
それでも、フラクには直観的に、ここが遺跡であるという確信を得ていた。
『う~ん……なんだろうこれ……たぶん
フラクの腰から剝界の疑問を含んだ声が聞こえた。
「お前、ここのことを知ってるのか?」
『知らない。でも見た感じは
「がーど、らぼ? なんだそれは?」
『なにって……研究所は研究所でしょ、神剣とか聖剣とかの』
剝界の言葉に、その場にいる全員の首が横に傾いた。
彼女たちの反応を感じ取ったのか、逆に剝界の方から困惑する様子がうかがえた。
『え? なにこの反応……ていうか皆して普通に"デバイス”使ってるんだから、研究所くらい知ってるでしょ?』
慌てた声にフラクたちは首を横に振る。
「俺たちはこういった場所は地下遺跡と認識している。確かに技術的に有用な出土品が回収されることはあるが……」
ここが神剣や聖剣を研究するための施設というのは聞いたことがない。
『はい? じゃあ、あんたたちはどうやってデバイスの使い方とか知ったのよ?』
「そもそも、でばいす、とはなんだ?」
『ええ~……』
呆れ、ではない。心底戸惑っている、という雰囲気が腰から感じられた。
『ていうか、あんたたち……神剣とか聖剣がどうやって作られてるのか、知ってる?』
その問いに、アリスが答える。
「なにを言ってますの? 聖剣、神剣とは、剣に聖霊、神霊が宿ることで誕生するのですわ。超自然的な超越存在……神が世界の秩序を維持するために生み出したのが聖霊と神霊、というのは、幼い子供でも知ってる常識ですわ」
『待って? なに? 超自然的な超越存在? 神様? まさかと思うんだけど、わたしたちのこと、本当に霊的なナニかだと思ってるわけ?』
「違うのか?」
『…………ちょっと待って、少し頭を整理させてくれる。なんかあんたたちと話してると色々と噛み合わなさ過ぎてグルグルしてきた』
などと言って、剝界はシンと黙してしまった。フラクが呼び掛けても、『うるさい』とすげなくあしらわれしまう。
「どういうことだ?」
「わたくしにもさっぱり……ヴァイオレットはなにか心当たりはありまして?」
「い、いえ、私もよく分かりません」
スチーリアやレアも反応は同様で、首を横に振るだけ。
……こんな話、姉さんからも聞いたことがない。
疑問に頭を支配されそうになりかけ、フラクは頭を振った。
「今は先に進もう。地下遺跡かどうかは分からなくなったが、コイツの反応からして、それに類する場所なのは確かなようだ」
「そうですね……仮にここが遺跡だったとして、あるいは学院の地下遺跡と関連があるのかもしれません」
スチーリアの意見に全員が頷いた。
学院の地下には広大な地下遺跡が広がっている。いまだ完全に踏破されず、未開拓の地域がそこかしこに点在していると云われている。
かつて何度も調査員と武霊契約者たちが派遣されたが、道中に出現する強力な遺跡獣たちの妨害に遭い、探索はそこまで進んでない。
それでも、他では類をみないほどに多くの出土品が発掘されており、かつての生活水準を大きく飛躍させるのに貢献してきた。
加えて、他の遺跡と比べて、多くの武霊兵装が見つかったことでも知られている。
それ故に、国はこの地を管理、監視、守護する意味合いも込めて、遺跡の上層部を改築して今の学院を築き上げたのだ。
「古代人たちは、ここで聖霊や神剣の研究をしていた、という説は確かにありましたが……彼らは、聖霊や神霊と、どのような手段をもって交信していたのでしょうか」
地下に下りる傍ら、アリスは顎に指を添えて考え込む。
「これだけの物を作りだす技術力があった者たちです。きっと、あたしたちでは想像も及ばないような力を持っていたのかもしれませんね。もしかすると、神の領域にまで手が伸びていたのか……あるいは、彼らこそが神そのもの、」
『そんな高尚な連中じゃなかったわ……弱くて、臆病で、欲深い……ただの人間よ』
スチーリアの言葉を遮った剝界。
カノジョの声には、古代人に対する明らかな侮蔑があった。
「剝界」
『ごめん、もうちょっと待って……なんか、分かって来たかも』
剝界は再び沈黙した。
一同はやはり、カノジョの反応に戸惑いを覚えつつ、地下へと続く階段を下った。
・・・
「灯り?」
階段を下りきる。
一行の前に姿を見せたのは円形の広場のような空間だった。奥へと続く通路が散見される。
「ここはまだ壁の一部が光ってるんだな」
壁の下部、足元を照らすように光が漏れ、通路の床にも白い光がポツポツと点在している。
「やはり、ここは地下遺跡で間違いないようだな」
「そのようですわね」
「となると……」
フラクは意識を集中させる。
……この付近にはいないか。
「まだこの辺りに遺跡獣はいないようだ。とはいえ」
連中は聖剣や神剣の探知能力にも反応しない。呪形者のように特定の武器しか効かない相手ではないが、頑強で生半可な武器ではかすり傷さえ付けることはできない。
「連中相手に狙うなら脆い関節か、直接あいつらの核を破壊するしかないが、核は体内にあって、どこを貫くか見極める必要がある」
この中で唯一、遺跡に入った経験を持つフラクの言葉に全員が耳を傾ける。
「奴らは力が強い。掴まれたら手足くらい軽く引き千切られると思ってくれ」
脅しではない。かつて遺跡に入り、何人もの探検家たちは遺跡獣に惨殺されている。
「あいつらとなら、俺でも戦える……いや、むしろ今回は俺が前線に立つ」
殿は牽制能力に長けたアリスに任せる。
この中で遠距離攻撃の手段を持っているのは彼女だけ。
「俺だけで全て対処しきれる保証もない。いざという時はバルバス嬢に薙ぎ払ってもらうのが有効だろう」
遺跡獣のカラダは非常に硬いが、決して無敵ではない。
ヴァイオレットの怪力と武器の質量をぶつければ、両断はできずとも吹き飛ばすくらいは可能だ。
「うぅ……呪形者の相手は何度もしてきたことあるけど……遺跡獣は初めてだから緊張する」
聖徒会の役員にしては気弱な発言だが、初めての相手に対する緊張があるのは決して悪いことではない。力を過信して無謀な突撃を仕掛ける者こそ愚かだ。
「しかし狭い通路に入ってしまっては、バルバス書記の力を存分に発揮できないのではないですか?」
「その時はむしろ俺が相手を殲滅しやすくなる。後ろに抜かれる心配がほぼないからな」
連中は単独での行動はほとんどしない。基本的は小規模な集団で動く。
「ここにエル……会長が入ったなら、まずは捜して合流することを考えた方がいい」
「分かりました。それで、どちらへ進みますか?」
スチーリアに意見を求められ、フラクはしばし周囲を見回す。
「……床に積もったホコリに真新しい足跡がついてるな。遺跡獣に踏み荒らされる前にこいつを辿るぞ」
「分かりました。では、あなたに前をお任せします」
「ああ」
遺跡には侵入者よけの罠が張られている。
あのエンティがそんなものでどうにかされるとは考えにくいが、彼女も遺跡に入った経験は浅い。
そもそもあれがエンティ本人である保証もないが、仮に別の誰かだったとしても早く追い付いたほうがいいだろう。
「壁や床になにか落ちてても触れるなよ。あと、もしも頭上から赤い光の線が走っていたら、その場を動かないでくれ」
光の先に触れた途端、遺跡内部の遺跡獣が一斉に動き出して収拾がつかなくなる。
かつて、フラクも一度だけその罠に引っ掛かり、数日間身動きが取れなくなったことがある。
今回は人数がいるとはいえ、全ての遺跡獣を相手には立ち回れない。
連中に遭遇した時の基本対応は、少数なら倒す、多数なら隠れてやり過ごすの二つだ。
「行くぞ」
フラクたちは行動を開始した。
『……』
通路を奥へと進んでいく一行……そんな中、剝界はヒトリ、沈黙したままだった。
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