第23話:謎の空洞

「レア!」


 スチーリアが猫目の生徒……名はレアというらしい。

 出立前に聖徒会の面子とはお互いを共有していたが、彼らは最後までフラクに名乗ることはなかった。嫌われていることは理解していたが、そこには『相当に』と付け加えた方がいいらしい。


 ……索敵の網を掻い潜られた? それとも彼女の過信……いや、


 そんな程度の索敵精度で、青服を供給されるとは思えない。彼女の実力は相手の位置をいかに早く取得し、奇襲を仕掛けることに特化したものだ。

 位置把握に欠陥を抱えているなら、その等級はもっと下になる。


 フラクの件を見ても分かる通り、学院側は等級を上げることには慎重だ。

 実力不足の生徒を無理に上にあげても、能力を見誤って早死にさせるだけ。


 周りもあえて口にしたりはしないが……この武霊学院では、毎年のように死者が出る。多い時には、学年全体の三割が亡くなった年もあったらしい。


「スチーリアさん……す、すみません、私……で、でもっ」

「いい、気にしすぎないで。今回は『次への機会』に恵まれた。今は後悔するより、敵がいないかを今一度把握してください」

「わ、わかりました」


 取り乱すレアを落ち着かせるスチーリア。普通ならここで厳しく一喝しててもおかしくない場面。

 しかし、命を落とし掛けた今しがた、彼女を叱責しても余計に委縮させるだけ。彼女の索敵能力はこの一行にとって重要な『眼』だ。今は下手に緊張させない方が賢明と言える。


 ……なるほど、状況をよく視れている。


 フラクは感心しつつ、レアと共に周囲の気配に意識を割く。

 動くモノ、敵意、殺気、違和感……呪形者が発する独特の雰囲気を、この時は感じ取ることができなかった。


「……大丈夫、です。近くに、気配はありません……たぶん、ですけど」


 先程の件がまだ尾を引いている。最初の勢いは完全に削がれてしまっていた。


「フラク・レムナス……ありがとうございます」

「あ……」


 フラクに感謝する傍で、レアが気まずそうに目を泳がせた。


「気にしなくていい。礼ならこいつに言ってくれ」


 そう言って、フラクは剝界に視線を下ろした。


「こいつがいち早く呪形者に気付いてくれた。でなきゃ俺も動けなかった」

『ふふ~ん』


 得意げな剝界の声に、フラクは苦笑した。


「いいえ、あなたが咄嗟に動いていなければ、彼女は今ごろ、無事では済まなかった……レア」

「う……そ、その……ありがとう、ございました」


 ぎくしゃくした様子のレアに、フラクは淡々と応じた。


「先ほどの身のこなしは実に見事でした。以前、この森で我々以外の戦闘痕を見つけたが……やはり、あなただったんですね」

「さぁな。今回は咄嗟で、たまたまうまくいっただけかもしれないぞ」

「……それは謙遜と受け取っておきましょう。なにはともあれ、あなたのおかげでレアは助かった。このことは、学院側にも報告しておきます」


 と、フラクたちが話している矢先、


 ――ガサッ


 茂みが大きく動いた。一同に警戒が走り、すぐさま臨戦態勢に入った。

 アリスも儘焔聖霊を召喚し、いつでも技を放てるよう身構える。


「――ちょ、ちょっと待ってくださ~い!」


 しかし、茂みから声と共に飛び出してきたのは、聖徒会の書記、ヴァイオレットであった。

 彼女は重たそうな大剣を皮のベルトで肩から下げ、大きな体を窮屈に縮めながらこちらに近づいていた。


「お、驚かせちゃって、すみません」

「ヴァイオレット、なぜあなたがこちらに? 他の方はどうしましたの?」

「うん、実はね」


 ヴァイオレットの班は、担当の捜索区域に入ってから、全員で一定の距離を空けて、魔過を捜していたようだ。


「でも、私こういうのに慣れてなくて……距離感を間違えちゃったのか、皆とはぐれてしまいまして……」

「はぁ……あなたは戦闘能力は高いのですが、たまにやらかしますわね」

「うぅ~」


 アリスの呆れた様子にヴァイオレットが委縮する。それでもこの場にいる誰より大きい彼女。森の移動もさぞ苦労したことだろう。


「それで、皆を捜して歩いてたら、なんだか激しい音が聞こえてきたから、こっちに来てみたの」


 地図を確認してみたが、どうやら今の位置はヴァイオレットの班の捜索区域に近いようだ。彼女の耳は人間よりも音に敏感で、少し離れた位置の音でも聞き取ることができる。


「獣種型の呪形者と交戦しましたのよ。あ、もしやあなた、ここに来るまでに、別の呪形者と戦いませんでしたか?」

「え? いえ、ここに来るまで、なにもいなかったと思いますけど」

「そうでしたか」

「あの、どうかしたんですか?」

「ええ、実は」


 アリスはかいつまんで、先ほど受けた奇襲について説明した。


「そ、それは危なかったですね。怪我はなかったんですか?」


 ヴァイオレットの問にスチーリアが答える。


「ええ、ギリギリのところを、フラク・レムナスが対処してくれました」

「なるほど、さすがは会長のお兄様ですね~」

「それはそうとヴァイオレット、あなたはこれからどうしますの?」

「あ、それは……」


 と、彼女は逡巡する様子をみせたのち、おもむろに口を開く。


「実は、ここに来るまでに、ちょっとだけ気になるものを見つけて」

「なんですの、それは?」

「ここに来る途中にね、偶然見つけたんだけど――なんだか、地下に続く階段みたいなものがあったの」


 ヴァイオレットの語った内容に、一同は目を見開いた。


 ・・・


「あそこです」


 ヴァイオレットに先導してもらい森をしばらく歩くことしばらく……木々の隙間から、岩壁にぽっかりと口を開けた洞窟が目に入った。


「さすがに奥までは入ってませんけど、入り口は洞窟のように見えますが、その先は完全に別物でした」


 茂みから様子を窺う一行。スチーリアは懐から筒状の物を取り出し、空へ向けて掲げる。

 直後、中から高音と共に白い閃光を纏った球が発射された。


「他の騎士隊にここの位置を伝えました。しばらくしたのち、合流するでしょう」

「それはつまり、そういうことですの?」

「はい、区域内の調査は一度中断し、あそこを調べてみようと思います」


 アリスの問いに頷くスチーリア。フラクは目を凝らし、暗い穴の奥を見据える。


 ……似ている。


 数週間前まで、通い続けていた地下遺跡。あそことは場所も全体の景観もだいぶ違うが……雰囲気、気配がとてもよく似ている。


「うん?」


 と、不意にフラクは近くにひとの気配を感じ取って振り返る。そこにいたのはレアだ。彼女は気まずそうにしながら、ゆっくりと話し始める。


「えっと、さっきは本当にありがとう……あと、出会い頭に、その……ひどいこと言って、ごめん」

「総長補佐にも言ったが、気にするな。さっきのことも、出発前のことも、俺はなんとも思ってない」


 他人の視線も評価も、フラクにとってはなんの価値もない。

 カノジョにとって唯一絶対の価値は、姉に躰を返すという目的のみ。


「さっきの一連の動き、とても綺麗でした。無駄がなくて、洗練されてて……あれだけ戦えるのに、なんであなたは真面目に、」

「それは俺にとって、学院の成績が意味ないものだからだ」


 フラクが学院に居座るのは、姉に躰を返す手段を模索するため。あそこの文献は下手な研究施設などよりも充実している。


「私には、わからない……私は、学院で頑張って、立派な武霊契約者になって……故郷を守る。それが、私の目的だから」

「そうか。それは、いいな」


 フラクは過去を懐かしむように、寂しげに微笑んだ。レアは思わず、カノジョのそんな貌に、目を奪われた。まるで、一夜にして散る、月下美人のような儚さを思わせる。


「っ!? 皆さん、あちらを」


 すると、不意にヴァイオレットが声を潜めて全員に呼び掛けた。

 彼女が見つめる先、そこに一行が意識を向ける。

 途端、全員が驚愕の表情を浮かべた。


「あれは――会長ですの?」

「まだ遠くてハッキリしませんね……しかし、あの制服は」


 ツーサイドアップにまとめた真っ白な髪、それに合わせた様な純白の制服姿。

 学院において、これほど目立つ目印をもった生徒は二人といない。


「中に入っていきましたわ……あの方が会長なら、なぜこのような場所に」


 一行は他の騎士隊の到着を待つ間、全員が顔を見合わせる。


「フラク、あなたはなにか訊いてませんの?」

「それなら最初から話している」

「ど、どうしましょう……」


 アリスの問いにフラクは首を横に振り、ヴァイオレットは困惑した様子だ。


「スチーリアさん」

「今は他の者たちの到着を待ちましょう。次の行動についてはその時に」

「でも、会長を見失っちゃうんじゃ」

「先ほどのひとが会長である保証もありません。それに」


 スチーリア曰く、できるだけ戦力の分散は避け、一部は学院に帰還させてここの件を教官に報告する。


「内部の構造も把握できてない以上、進入班と待機班を分けておく必要があるでしょう」


 万が一、中に入った者がしばらく経っても帰還しなかった時に、それを外部の者に伝達する役目も残しておく。


「慎重に行きましょう」


 スチーリアの意見に一同は頷く。


「中に入る編成はどうする?」

「あたしとレア、できれば生徒会のお二人にも同行をお願いしたい」

「承知しましたわ」

「う、うん、いいよ」

「フラク・レムナスは……」

「俺も行く」


 スチーリアの意見を遮り答えたフラクに一同は目を丸くした。


「フラク、さすがに中の状況は分かっていない中では、あなたを守り切れる自信はありませんわ」

「ええ、あなたは確かな技量の持ち主ではありますが、もしも中が呪形者の巣だった時を考えると」

「そ、そうだよ。中の調査は、私たちに任せて」


 全員がフラクの言葉に難色を示す。

 しかし、フラクは暗い入り口を見据えたまま、


「俺の直観が正しければ、あれは……地下遺跡への入り口だ」


 となれば、中にいるのは呪形者ではなく、遺跡獣ガーディナル

 フラクの剣でも通用する相手ということになる。加えて、呪形者は遺跡の中には入ろうとしない。過去、中で呪形者と見たという報告も皆無だ。


「あれが遺跡という確証はありますの」

「悪いが勘だ。こいつを拾った遺跡の雰囲気と、あの入り口はよく似ている。仮にあそこが遺跡だった場合、内部の構造について俺はある程度の理解がある」


 この面子の中で、遺跡に潜った経験のある者はフラクだけ。


「実際、俺を外す判断は少し中に入ってからでもいいはずだ」

「……分かりました。しかしもしもあそこが遺跡とは無関係と判断した時、あなたには待機班に入ってもらいます」

「了解した」


 それからしばらく……森の奥から騎士隊の面子が集合。スチーリアが現状と今後の方針を説明した。


「それでは、行きましょう。レア、中に呪形者の反応は?」

「今のところ、ありません……ただ」

「大丈夫だ、あたしはお前を信じる」

「は、はい!」


 スチーリアに励まされ、レアは大きく頷いた。

 傍らで、フラク、アリス、ヴァイオレットはお互いに目配せし、


「ここが遺跡だった場合は、俺が先導する」

「問題ありませんわ。納得できませんが、遺跡に関しては、フラクの方が詳しいでしょうし」

「単独で最奥まで踏破しちゃったくらいだもんねぇ」


 アリスからは呆れを、ヴァイオレットからは苦笑を引き出すフラク。

 実際、遺跡に単独で挑むなど自殺行為以外の何物でもないのだが。


 スチーリアは背後の騎士隊に振り返る。


「皆、各々の役割は理解したな。一部は学院へ即帰還、この場所のことを教官に報告。待機班は、日が暮れるまでに我々が戻らなかった場合、学院にその旨を報告するように」


「「「了解!」」」


 それぞれの役割について最後の確認をしたところで、フラクを含めた五人は、暗い入り口の先へと一歩を踏み出した。


 ……エル、あれは本当に、お前なのか。


 そしてフラクは、中に入って行った、妹らしき人物のことを思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る