第22話:戦闘技量

「――来ましたね、フラク・レムナス」


 翌日、学院の授業が終了してすぐ、フラクはアリス、ヴァイオレットと共に、騎士隊を訪れた。剥界は神剣の状態で、フラクの腰に下がっている。


 入り口でスチーリアに出迎える。彼女の後ろには数人の男女が控えている。


「ご足労いただきありがとうございます、聖徒会の皆様。こちら、今回の魔過捜索に協力してただく生徒たちです」


 スチーリアに紹介された生徒たちが頷きで応じる。

 一部の生徒はフラクに険のある視線を送ってくるが、当の本人は素知らぬ顔だ。それがよけいに彼らの眉間に皺を集めた。


 なにせ、魔過の捜索はフラクの進級試験……教官いわく『特別課題』という位置づけだ。のうのうと学院に居座る最底辺の生徒……そんな相手に協力しなくてはならないことに、彼らとしても思うところがあるのだろう。


「こちらで呪形者が出現した位置を記録した地図を用意しました。これを利用して、魔過の捜索を行います」


 スチーリアから学院周辺の地理が記載された地図を渡された。赤いバツ印が呪形者が出現した場所、すでに捜索済みの区域は青い〇で囲まれている。


「魔過はその場を動くをことはありません。しかし、呪形者が出現した場所から予測できる範囲をくまなく捜索していますが、一向に見つからない……呪形者は魔過から離れれば離れるほど力が弱まります……ですが、我々が交戦した個体はいずれも、力が衰えているようには見えなかった。確実に、近くに魔過はあるはずなのです」


 呪形者は全身を黒い瘴気に覆われている。それが結界のような役目を果たし、聖剣・神剣以外からの攻撃を防いでしまう。

 しかし、魔過と呼ばれる呪形者の発生源から距離が離れていくと、瘴気が弱まり、一般的な武器でも倒すことができるようになる。


 尤も、呪形者は基本的に魔過の周囲から必要以上に離れることはなく、強引に引き剝がさない限り、長距離を単独で移動するということはほぼない。


「総長補佐、少しいいか?」

「なんですか、フラク・レムナス」

「呪形者が魔過を持って移動している可能性はないのか?」

「それは……可能性としては考えましたが、それほどに強力な個体なら、隠れていても気付くはず」


 聖剣・神剣は、呪形者が近くにいる場合、まるで共鳴するかのように振動する。研究では、呪形者が纏う瘴気に反応していると言われている。

 そして、瘴気の濃度が濃くなればなるほど、呪形者の力も強くなる……かつてフラクが対峙した『獣王レクス』のように。

 更に、強力な個体であればあるほど、呪形者は知性を持つようになり、魔過を所持して移動するといった行動をとることがある。


「一度、捜索範囲を薄く延ばすように、騎士隊を配置して捜索したこともありましたが、やはり魔過はもちろん、あなたが言うような強力な個体も見つけることはできませんでした」

「そうか」


 フラクが地図を片手に考え込む仕草を見せる。

 すると、スチーリアの後ろで他の騎士隊が、


「はっ……それくらい既にやってるに決まってるだろ」

「なんでこんな女のために、私たちが協力しなきゃいけないのよ」

「聞いたか? あいつ、神剣を使いこなせてねぇってよ」

「なにそれ? 宝の持ち腐れじゃない……はぉ、ホントやんなっちゃうわ」


 口々にフラクへの非難が飛び出す。スチーリアは彼らに振り返り、「無駄口は慎め」と嗜めるが、彼らの表情から不満の色が消えることはなく、むしろ強くなっていくのが理解できた。


 アリスはそんな彼らになにか言いたそうにしているが、言われている本人が神剣に地図を見つめているのを目にすると、何も言えない。


 ……全然気にしてませんのね、フラク。


 まぁ、この程度の罵倒で心折れていたら、フラクはとうの昔に学院を去っている。


「…………呪形者の出現した場所は、ほぼ学院を囲むように一周してるな」

「はい、二ヶ月ほど前からでしょうか。行商の一部が呪形者の襲撃を受け、我々が対応したのですが、知っての通り魔過が見つからず……以降、魔過の捜索と呪形者の対応に追われているわけです」

「魔過は基本的に移動しない、加えて強力な個体もか確認が取れていない状況……」


 となると……


「この配置だと、まるで『学院内』に魔過があるようにも見えるな」

「それは、」

「そんなわけがあるか」


 スチーリアの言葉を遮るように、フラクの意見に騎士隊の一人が否定の声を上げた。


「お前、この学院にどれだけの武霊契約者と聖霊がいると思ってる」

「魔過が学院内にあれば、共鳴反応に誰も気づかないはずないじゃない」

「それくらい、少し考えれば分かるだろ」

「言っても無駄よ。そもそも授業もまともに受けてこなかった生徒よ。実技はおろか、最低限の筆記試験だって」

「皆、やめなさい」


 相手の粗を見つけてフラクを批難する彼らを、スチーリアが一喝する。


「ごめんなさい、もしなにか思ったことがあったら、遠慮なく言ってください。皆も、思うところがあるかもしれないけど、今は全員で協力すべき時です。不必要な衝突は控えてください」

「……すみませんでした」


 渋々、といった様子で、彼らは引き下がる。それでも、依然としてフラクを見る瞳から敵意は消えていなかった。


「前途多難、ですわね」


 アリスが呆れたように溜息を吐く。ヴァイオレットはオロオロとするばかり。そして当のフラクは、周りの雑音を気にした様子もなく、渡された地図をじっと見下ろしていた。


 ・・・


 学院の敷地を囲むように広がる森。

 差し込む日差しが木の葉に透けて地上へ届き、淡く地上を照らしている。


「今日はこの地域を捜索してみましょう」


 前に立つスチーリアが振り返った。

 魔過の捜索に乗り出した一行。

 人員を二つの班に分け、一方はフラク、アリス、スチーリア、騎士隊所属の女子生徒一人という構成。もう一方は、他の騎士隊生徒が四人とヴァイオレットの計五名で班を分けた。


 スチーリアとしては、フラクが真面目に捜索に協力するか、監視する役目もあるのだろう。

 本来はヴァイオレットもフラクの傍で、カノジョを護衛するはずだったのだが、さすがに戦力が偏り過ぎるという点から、別の班に割り振られた。


「森の中は見通しが悪く、呪形者に奇襲される恐れがあります。皆さん、くれぐれも用心してください」


 全員が頷く。アリスもあまりこういった場での戦闘経験は少ない。


「それと副会長」

「なんですの?」

「こう言ってはなんですが、あなたは呪形者が出てきても、あまり前に出ないでください。儘焔聖霊イフリータの力は強力ですが……その、この森が炎上する恐れがあるので」


 少し言いにくそうにしているスチーリア。

 アリスは少し「はぁ」と息を吐いて肩を落とし、


「では、わたくしはフラクの護衛に徹すればいいかしら?」

「はい、それでお願いします。呪形者の相手は基本的にあたしと彼女でしますので」

「お任せください、副会長!」


 と、先ほどフラクを批難していた一人が、アリスに威勢のいい姿を見せた。

 青い制服に銀の装飾、学院内でも中堅に位置する実力を持った生徒のようだ。猫のような瞳、サイドテールにまとめた髪、溌剌とした表情から、快活そうな印象を受ける生徒だった。


「彼女の聖霊は離れた位置の呪形者を感知できます」

「索敵なら任せてください! ――と、言ってるそばから……」


 猫目の生徒が、急にピンと雰囲気を張りつめた。


「方角は?」

「あっちです、まだちょっと距離はある感じですかね」

「駆逐しよう、捜索の障害になります」

「分かりました」


 猫目の生徒を先頭に、全員で森を掻き分け進んでいく。隊列を組み、殿をアリスが務める。


「便利な能力だな」

「こういった見通しの悪い場所では、とても重宝できます」


 いつどこから襲われるか分からない森の中、事前に敵の位置を割り出せるのは非常に強力だ。


「それに、戦闘能力に関しても、確かなものをもっています」

「彼女の聖霊が索敵に優れていることは分かりましたが、戦闘面ではどのような能力を?」


 アリスの疑問に、当の本人が答える。


「私自身の気配を遮断することができます! これで相手の後ろに回り込んでバッサリです!」

「なるほど、相手の奇襲は回避し、逆に相手へ奇襲を仕掛ける戦術ですわね」

「その通りです! まぁ、副会長みたいに、広範囲に攻撃できる相手には、相性が悪いですけど」


 俗に云う隠密型というヤツだろうか。

 知能が低い並の呪形者相手であれば、彼女の能力はかなり有効だろう。


 しばらく歩くと、猫目の生徒は「しっ……皆さん、静かに」と口元に指を当てる。


「――いました」


 彼女の視線の先を追いかける。


「狼の呪形者が五体……一般的な獣種型ですね」

「他に気配はありませんの?」

「今のところないですね。仮にまだいたとしても、私の索敵に引っ掛からないなら、かなり距離が離れていると思います」

「よし、では速やかに殲滅しよう。あたしが前に出て敵を攪乱する。お前は連中の背後に回って奇襲しろ」

「了解」


 スチーリアの気配が目に見えて変わる。瞳の光が鋭くなり、抜き身の刃のごとく。猫目の生徒は彼女の指示を受けてその場を離れ、すぐに気配を消した。


 ……葉擦れの音一つさせないか。


 青服の実力、学院内で過酷な競争を生き抜いてきたその力は、間違いないようだ。

 が、これは……


『……なによ、気配を完全に消せるのかと思ったら、空気の振動を操作して、その場にいないように見せてるだけじゃない。こんなの、逆にどこにいるか筒抜けじゃないのよ』


 ボソッ、と剝界が皮肉を口にした。

 そう、彼女が通った場所は微妙に周囲との空気に違和感を覚える。呪形者相手ならほぼ問題ないが、よほど鼻の利く人間が相手なら、その隠密も看破されてしまうだろう。


 しかし、剝界のこの口ぶり、先ほど自分の主フラクが批難されたことを根に持っているらしい。


「フラク、あなたは動かないでください……仮に連中が抜けてきたとしても、わたくしが殲滅いたします」

「ああ、わかっている」


 アリスの忠告に素直に頷く。

 もとよりフラクがでしゃばれば彼女たちに余計な手間を掛けさせるだけだ。


「っ、始まりましたわね」


 フラクとアリスは茂みに身を屈める。

 途端に響き渡る戦闘音――一息に飛び出したスチーリアが、長い髪を翻して狼型の呪形者をまずは一匹、切り伏せた。


「せやぁ!!」


 無駄な挙動は一切なく、彼女の手に握られたカタナは森の中に美しい銀色の軌跡を描く。二の太刀でほぼ同時に二匹の呪形者を屠ったスチーリア。

 奇襲に驚愕していた呪形者が、脅威を前に戦闘態勢に入った。しかしその動きはあまりにも遅すぎる。


「にゃはっ!」


 連中の死角、するりと音もなく現れた猫目の武霊契約者が、逆手に構えた剣で狼の核を貫いた。

 予期せぬ角度から襲撃を受けた相手は、その意識が逸れたところをスチーリアの刃に捉えられ、核を破壊されて霧散する。


 流れるような連携に舌を巻く。相当な訓練を重ね、場数を踏んできた者特有の洗練された動きだった。


「あっという間でしたわね」

「ああ」


 総長の代理を任されているだけある。その部下の練度も高い。

 スチーリアたちはその場で周囲を警戒……敵を完全に殲滅したことを確認し、ようやく肩から力を抜いた。


「ふぅ……」

「うまくいきましたね、スチーリアさん!」

「ええ、あなたの奇襲がうまく相手の意識を逸らしてくれました」

「それでも、一撃一殺はさすがです!」


 敵がいなくなり、彼女たちが纏っていた鋭い気配も霧散する。

 フラクとアリスも茂みから身を乗り出し、彼女たちの下へと近づき――


『敵!』


 剝界の場を裂くような声。それに、スチーリア、アリスがすぐに反応。

 しかし、それよりも一瞬、フラクは誰よりも先に動き、


 GYIIIIIIIIIIIIII!!


「え?」


 耳障りな咆哮と共に、茂みから飛び出してきた狼型の呪形者。

 鋭利な歯の並ぶ口を大きく開き、猫目の生徒の頭に喰いつく――直前、フラクの蹴りが狼の横っ腹を捉え、吹き飛んだ。


「シッ――」


 フラクは懐から聖霊結晶を取り出し、核に向かって投げつける。

 バチッ、と爆ぜるような音と共に呪形者がその場に硬直、すかざすスチーリアが核を破壊した。


「……どう、して?」


 ペタンとその場に座り込む猫目の生徒。

 フラクは消えた呪形者の残滓を見つめ、目を細めた。

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