第21話:進級課題

「……解決?」


 フラクは首を傾けた。エンティは少し困ったような表情で「そっ」と頷く。


「実はちょっと前から学院の周りで呪形者が頻繁に発生しててねぇ」

『近くに魔渦があるのは確実なはずなんだが……』

「それが、ぜ~んぜん見つからないんだよ~」

『そこで、神剣を持つお前と、聖徒会の面子、そして、』

「そこにいる総長補佐ちゃんと一緒に、魔過を探してほしいってわけ」


 そこまで話たところでアリスが前に出る。


「お待ちください。会長、フラクの現状はご存知でしょう? それでは以前のお話と矛盾して」

「やってもらうのはあくまでも捜索。前線で戦えってわけじゃないから」

「ですが」


 なおも渋るアリスに、総長から声が掛かる。


『副会長。カノジョは今回の等級試験をきっかけに、【聖櫃せいひつ】から目を付けられた』


 フラクは目を眇めた。聖櫃とは王都に拠点を置く武霊兵装の研究施設だ。古代文明の技術を解明し、民間の生活水準の向上を図る目的で設立された考古科学研究所アークガジェルソサエティの一派でもある。


「それと今回の話がどう結びつく?」

『学院側はお前の扱いに難儀している。これまでの問題行動に加え、学院内での実績もなかった。挙句にお前は留年生だ。しかし、お前は神剣を扱ってみせた』

「実は聖櫃から出向してきてる古代研究者がいてね~。学院の手に余るなら聖櫃で迎え入れますよ~、って話になったみたいなのよ、これが」

「……まさか」


 アリスが何か気付いたように顔を顰めた。


「ご明察~。神霊と契約できる武霊契約者はまず間違いなくどこかしらの組織が保護してるからね~。『色々と研究』したくても手が出せないわけ。でも、今のお兄様は後ろ盾がない。不落お姉さまがいなくなってレムナス家はほとんど力を失っちゃってるし」

「っ! フラクは絶好の実験動物マルタというわけですか」

「そういうこと。わたしも、まさか聖櫃が絡んでくることまでは予測できなかったからね~」

『とはいえ学院としても、呪形者と戦える戦力をいたずらに失いたくはないはずだ。神剣を使えるなればなおのこと。そこで』

「学院内で実績を作って、お兄様が学院にとって有用な存在であると認めさせる」

『成績も伴わない、加えて留年までした生徒が長期に渡って居座り続けたとなれば、学院の名にも傷がつく。教官たちはそう考えている。だがお前が更生の意思を示し、学院に協力的であるという態度を示せば、教官連中もお前をむざむざ手放すような選択はしないはずだ』


  学院で留年する生徒は珍しくない。しかしそのほとんどは自主退学していく。フラクのように何食わぬ顔をして居座っている生徒の方が稀だ。

 とはいえ学院としてそれは体裁が悪い。しかも悪評があとを絶たない問題児ときた。それは学院としてもいつまでも在学させておきたくはないだろう。


 そこにきて舞い込んできたフラクの譲渡話。


「あんまり大きい声じゃ言えないけど、今回のお兄様の引き渡しに対して、聖櫃からすんごいお金が入ってくる、って話もあるんだよね~」

『なにせこれまで手が出せなかった、神霊と契約できた武霊契約者を手に入れられる機会だ。是が非でも欲しいところだろうな』


 呪形者と戦うために必要な研究が実施されている機関ではあるが、噂では随分と非人道的な行為に手を染めている、という話も耳にする。

 アリスはあからさまに表情を険しくし、ヴァイオレットは視線を逸らした。


「お兄様がまだ戦えない状況を考えても、聖徒会と騎士隊の助力があれば、前線で戦わなくても実績だけなら作れるからね」

『俺たちとしても神剣を扱える生徒を失いたくはない。聖徒会長と俺とで学院側に直訴し、カノジョが今回の呪形者騒動を解決した暁には、時期を待たずに進級させ、加えてフラク・レムナスに正当な等級を与えることを約束させた。つまるところ、これは進級試験のようなものだと思ってもらえればいい……ただし、期限は二ヶ月』

「そいうこと。これはアリス姉さまとお兄様がイチャイチャしてる間に話が決まった、って感じ」


「イ、イチャイチャなどしてません!」というアリスの言葉はほとんど無視されて、話は先へ進んだ。

 心なしかエンティの視線がジットリしたものに変わった気がした。

 しかし学院側も、聖徒会長と騎士隊総長の二人から圧力を掛けられれば、頷かざるを得なかっただろう。


「まぁ、つまり。騎士隊でそれっぽい実績を積ませて、お兄様を無理やり進級、等級を上げよう、ってね」

「……なるほど」


 おおよその話は理解した。すると、エンティは眉尻を下げながらフラクに近づいた。


「聖櫃の実態は、正直わたしも知らないことが多いです。でも、お兄様は目の届くところにいてもらわないと……だって、お兄様は――」


 エンティの言葉に、フラクは目を伏せ「ああ」と頷いた。


 いまだにフラクは自分を許せない。仮に聖櫃で姉にこの躰を返す足がかりが掴めるなら、喜んで実験動物になってもいい。しかし、連中の研究対象は、『フラク単独』では終わらないだろう。


「わかった。この話、引き受けよう」


 逃げ出すこともできたかもしれない。

 しかしそうなれば、この身姉の躰を終わりのない危険に晒す羽目になる。

 フラクに選択の余地は、なかった。


 ・・・


 フラクは陽が沈む光景を眺める。アリスの部屋。部屋の主は聖徒会の業務があるとかで今は不在だ。夜には帰ってくると言っていたが。

 本当に彼女は忙しい。とてもじゃないが、フラクの面倒をみている余裕など本来はなのだろう。

 あまり無理をし過ぎて体を壊さなければいいが。


「はぁ……」


 フラクの傍ら。剝界は物憂げな表情を浮かべる主人を見つめていた。


「ねぇ、大丈夫なの?」

「ハッキリ言って、厳しいだろうな」

「じゃあ断ればよかったんじゃない?」

「そうだな……」


 そうできればよかったんだが。


「進級試験、ね……」

「あんまり興味なさそうね」

「それはな」


 とはいえ。


「聖櫃の黒い噂はどうしても耳にする。俺だけが連中に切り刻まれるだけならまだしも、この躰は姉さんのものだ。そして、連中の手は確実にお前にも伸びる」


 フラクは剝界の手を引いて自分の膝の上に座らせた。


「マスター?」

「俺は自分の失態で姉さんを失った……お前まで、俺のせいで辛いを想いをさせたくない」


 真っ直ぐに向けられたフラクの思いに、剝界は胸を押さえた。


「なんか、あんたがそうやってストレートに心配してくれるの、ちょっとムズムズするけど……嬉しい」


 しかし……


「でも、やっぱり危険なんでしょ?」

「それはな」


 なにせ、神剣を手にしているとはいえ、フラクはカノジョを抜くことはできないのだ。仮に呪形者を前にしても、まともに戦えない。


「一体、二体程度ならいなせるかもしれないが……複数体に囲まれたら、確実に殺されるだろうな」


 引くも地獄、進むも地獄……フラクは己の状況に苦笑することしかできなかった。


「大丈夫よ」

「うん?」


 膝の中で、剝界はフラクに振り向いた。


「ワタシが、絶対にあんたを守るから。こう見えても、ワタシだって結構強いのよ!」

「はは……そうだな。初対面で、いきなり部屋の壁を吹き飛ばしてたな、お前」

「あ、あれは忘れていいの!」


 フラクは後ろから剝界を抱いた。

 やはりカノジョたち神霊の躰は、とても冷たい。しかし、フラクはどこか、心の中が温もりで満たされるような感覚に包まれる。


「頼りない主だが、どうかよろしく頼む――剝界」

「う、うん! 任せないさい!」


 ショウジョの髪からは甘い香り。それと同時に、鉄のようなニオイがほのかにしていた。

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