第20話:面倒事のニオイ

 アリスの部屋に引っ越してから数日。

 体調を万全に整え、久方ぶりに登校した学院。

 講堂に入ると、フラクに注目が集まった。


「なぁ、来たぜ。あの霊ナシ」

「もう霊ナシじゃねぇだろ……でも制服も装飾もそのままだな」

「噂じゃ、等級判定不可だって話よ」

「それって、どっちの意味で?」


 座席にフラクが腰を落ち着けても、ヒソヒソと囁く声は鳴りやまない。


「俺は試験会場に行けなかったんだが……どうだったんだ?」

「実際に試験を見た人の話だと、あの焔皇姫レッド・レイアに勝ったとか」

「いや、引き分けじゃなかったか」

「どっちにしてもだ。俺からすれば、あの制服は嫌味にしか見えねぇよ」

「だよね。実力があるのに、本気じゃなかったってことでしょ」

「あの白い剣も、本物の神剣だって話だしな」


 フラクは素知らぬ顔で窓の外に視線を向ける。


『――いいこと、今のあなたは学院全体から注目を集めています。あまり悪目立ちする行動は控えるよう』


 アリスの忠告。厄介の問題児から、特殊な問題児になってしまったフラク。

 講堂の中は本人がいるにも関わらず、相も変わらずフラクについての議論が繰り広げられている。


 フラクは彼らに対し「実に暇な連中だ」だと独り言ちた。


「実は影武者を使ったとかないのか?」

「だよね。そもそも精霊とも契約できなかったのに、いきなり神霊と契約なんて」


 と、ひとりの生徒がフラクが腰に佩いた白い剣を見下ろした。

 すると、剣は鞘ごと光を放ち、


「――ああ、もう窮屈! ねぇマスター。ワタシこっちの姿でいちゃダメ?」


 剝界がフラクの隣に姿を現した。途端、講堂内が静まり返る。


「お前、じっとしてるの苦手だろ」

「ずっと剣のままじゃつまんない」

「授業が始まったら大人しくできるのか?」

「それは約束できないわ!」


 青味を帯びたシルバーブロンド。この国のものではない独特の意匠が施された服。左右で色の異なる、翡翠と紅玉の瞳。神秘的な出で立ち、息を飲むほどに整った美貌。


 講堂の生徒たちは目を奪われれ、理解する。


 ひとと同じ姿をとれるのは神霊のみ。紛れもなく、あれは本物の神剣であると。それは同時に、フラクが神霊に認められた主人マスターであることを物語っていた。


「おいお前ら! 何騒いでんだ、さっさと席につけ!」


 ざわめきをかき消すような声が響いた。教官のイーラ・フェルドである。彼は講堂内を見回し、フラクと目が合う。


「実に久しぶりの登校だな、フラク・レムナス」

「色々とありましたので」

「そうだな。それで、そこのお嬢さんは?」


 イーラの怪訝な瞳が剝界を捉える。


「ワタシは剝界、ここにいるマスターと契約した神霊よ。ていうかあんたこそ誰よ」

「神霊……なるほど。失礼した。ワタシは教官のイーラ・フェルドだ」

「ふ~ん」


 興味なさそうな剝界。彼女はイーラから視線を外すとフラクの教本をパラパラと開き始めた。

 そんなカノジョを前にイーラは苦笑。出席状況を確認した彼は、教鞭を手に取った。


「これより授業を始める……と、その前に」


 イーラは「忘れるところだった」と再びフラクに向き直り、


「フラク・レムナス、お前にはこれからすぐに騎士隊の方に行ってもらう」

「騎士隊?」

「ああ。色々と協議された結果、お前には『特別課題』が与えられることになった」

「……」


 フラクは嫌な予感を覚えて、盛大に顔を顰めた。


 ・・・



「――来ましたね、フラク・レムナス」


 思い足取りで騎士隊の拠点に赴いたフラク。守衛のような生徒が立つ門でカノジョを出迎えたのは、先日ひと悶着あったスチーリアだ。


「……なんで会長までいるんだ?」


 スチーリアの隣には、聖徒会長のエンティ、副会長のアリス、書記のヴァイオレットが並んでいた。


「おはようございますお兄様。今日はちょっと大事な話があるので、わたしも同行させてもらうから」

「……」


 この時点で、講堂から感じていた嫌な予感が、いよいよ現実味を帯びてきた気がした。

 剝界は騎士隊の建物を見上げたり、周囲をキョロキョロと物珍しそうに見渡している。


「それでは皆さん、あたしについて来てください」


 スチーリアの呼びかけと同時に、門の前に立っていた騎士隊の二人が扉を開く。二人はこの場に集った錚々たる面子に緊張した様子だった。


 中に入ると吹き抜けになった広間に出迎えられる。左右の階段は弧を描くように二階に伸び、各階には右と左、それぞれ奥へと続く廊下への扉が見て取れる。

 まるで貴族の屋敷のような内装。それもそのはず。ここはかつて、学院が主賓を招いて宴会パーティーを開いていた迎賓館なのだ。


 しかし時の流れで呪形者による被害は拡大。当時は学業と訓練だけに明け暮れていた学院の生徒も、いつしか呪形者討伐に駆り出されるようになり、騎士隊が発足。

 迎賓館は内装もそのままに、騎士隊の拠点として利用されるようになったのだ。


「こちらへ」


 スチーリアを先頭に一行は二階の西側廊下を奥へと進む。

 かつての客室が並ぶ廊下。赤い絨毯が伸びている。その最奥には、他とは意匠の異なる扉があった。


「総長用のお部屋です。どうぞ中へ」


 彼女に促され、フラクたちは部屋の中に足を踏み入れる。


「な、なんだかガランとしたお部屋ですね」


 ヴァイオレットが部屋の感想を述べた。

 豪奢な廊下から一転、事務机に椅子、書棚が並ぶだけの実に質素な部屋である。一応、壁には騎士隊らしく、数本の剣が飾られてはいるが。


 ……あまり使われた痕跡はなさそうに見えるな。


 机の上の中央……そこには、ポツンと通声機が置かれていた。


「しばしお待ちください」


 言われ、机の前で待機するフラクと聖徒会の面々。

 スチーリアは通声機を操作し始め、しばらくすると、


『――む、繋がったか。時間通りだな、スチーリア』


 通声機から、野太い男性の声が聞こえてきた。


『久しいな、あるいは初めまして。俺はナイン・ハルト――現騎士隊の総長だ』


 その名が聞こえたの同時に、アリスとヴァイオレットの表情が強張った。

 騎士隊総長――ナイン・ハルト。

 ここにいる聖徒会長エンティ・バイン・リヴフィーネと同じ、白服に黒の装飾を持つ、学院が誇るもう一人の絶対強者。

 学院内に留まることは稀。かつて聖徒会長の座をエンティと争い、およそ三日三晩にわたる戦いの末に敗北。のちに騎士隊の総長になった経緯がある。


 エンティとの一騎打ちに負けたとはいえ、その実力は間違いなく白服に見合うほどに規格外。

 学院内で彼と手合わせた者は、口を揃えてこう評する。


『二度と戦いたくない相手』と……


 そんな相手と、通声機ごしとはいえ言葉を交わしている。

 彼の戦いを直に見たことがあるアリスとヴァイオレットは、緊張に冷や汗を浮かべた。


「久しぶりだねナイちゃん。そっちの調子はどうなの?」

『む? 会長か、久しいな。こちらはあまり状況が芳しくないな。東部離島に発生した呪形者共の発生源がなかなか見つからなくてな』

「それは大変そうだね~。まぁ頑張ってよ。遠くから応援してるから」

『言われなくとも、連中は確実に根絶させてやるさ……さて、時間も押している。さっそく本題に入ろう』


 エンティとナインの気安い会話でいくらか場の緊張感が緩和された。

 フラクは通声機を見据え、次の言葉を待つ。カノジョの隣では、剝界が興味深そうに通声機を見つめていた。


「ねぇ、あれってなに? アンティークラジオみたいな形してるわね」

「少し黙っててくれ。話はあとで聞いてやる」

「むぅ……マスター素っ気ない」

『うん? 聞き慣れない声がしたな』


 今のやりとりが耳に入ったのか、ナインの声がフラクに向いたのを気配で感じた。


『なるほど、例の問題児と、神霊か』

「直接声を交えるのは初めてだな。俺は、」

『フラク・レムナス。神剣を預かるレムナス家の嫡男、そして――その神剣に宿る神霊の肉体を得て、生き延びた元少年』


 ナインの割り込み。フラクは目を細め、声に険を乗せる。


「……知っているなら、自己紹介は不要だな」

『ああ、それよりもお前に俺から……いや、俺“たち”から話がある』


 すると、エンティが机の隣に立ち、フラクと目を合わせてくる。


『フラク・レムナス……お前には、現在騎士隊が抱えている問題を解決してもらいたい』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る