第6話:癇癪の焔皇姫
騒ぎを聞きつけ、ぞろぞろとフラクの部屋の前に集まってくる女子寮の生徒たち。
しかし扉は閉ざされ、廊下に集まった学院の女子生徒たちは口々にフラクへの非難を口にする。
「またあの能ナシなの?」
「問題起こすのこれで何度目よ……」
「なんか今回は外から女の子連れ込んだんだって」
「ええ~? なに、あいつってソッチの気なわけ?」
「……あのひとに連れ込まれるなんて……羨ましい」
「「「え?」」」
ひとり、眼鏡を掛けた少女がなにか妙なことを呟いた。
「どうする? ドライグ様が事情を聞くって言ってたけど……」
「念のため、騎士隊に報告した方が良くない? あと寮長にも」
「ほんっと、碌なことしないわね、フラク・レムナス」
「私というものがありながら、他の女に手を出すなんて」
「「「え?」」」
やはり、この中に一人、妙なことを呟く女が交っていた。
扉の中がどうなっているのか。女子生徒たちが見守り、聞き耳を立てる。
一体、我らが学院の聖徒会副会長様は、あの問題児をどう罰してくれるのか。
――部屋の中。
フラクはシーツで躰を包んだショウジョと、隣り合わせでベッドに腰掛ける。
こちらに厳しい視線を送ってくるアリス。彼女は腕を組み、その後ろには例のごとくメイドのティアーが控えている。
「どういうおつもりですの? 学院外の者を敷地へ入れたばかりか、部屋に連れ込んで、い、い……いかがわしいことに及ぶなど!」
いかがわしい、という単語を口にする際、顔を真っ赤にする副会長様。
しかしフラクは憮然とした態度で、隣のショウジョ……神霊を親指で指さし、
「連れ込んでない。そもそもこいつが勝手に侵入してきたんだ。俺は被害者だ」
「はぁ!? なに言ってんのよ! そもそもあんたが服だけ持って行って、ちゃんとワタシを連れ帰らないからこんなことになったんじゃない!」
耳元で喚くショウジョの声にフラクは耳を塞ぐ。カノジョの言葉を聞いてなにを思ったか、アリスはまなじりが裂けそうなほど目を見開いた。
「はぁ!? ふ、服だけを持って……フラク・レムナス! あなた、いったい彼女になにをしましたのよ!?」
「いや、するもなにもこいつは、」
「この男は寝ているワタシを無理やり起こして契約したくせに、服だけを持っていなくなったのよ!」
「話がややこしくなるからお前は黙ってろ」
フラクの言葉を遮り、人差し指をグリグリと頬に突き刺して非難の声を上げる神霊のショウジョ。途端、アリスはガーンと音がしそうなほど顔が青くなる。
「け、契約!? ま、まさかお二人はお付き合いを……いえ、そればかりか、既に肉体関係まで!」
「そんなわけあるか! ていうか聞け! こいつは!」
「聞きたくありませんわ! いいえ、そもそもどんな間柄であれ、学院の敷地、それも寮に無関係な者を入れることは重大な規則違反ですわ!」
「だから俺が入れたわけじゃない! こいつが勝手に!」
「言い訳など見苦しいですわよフラク・レムナス!」
目端に涙をためながら、フラクの発言を遮ってくるアリス。背後に控えたメイドが、「だからもっと早く行動すればよかったんですよ」と、主の肩に手を置いた。
直後、彼女は口元を歪ませ、腕をだらんと下げて震え始める。
「う、うぅ~……」
「ふ、副会長?」
様子のおかしい幼馴染を、下から見上げるフラク。
しかし、彼女は俯いたまま、小さく呟きを漏らす。同時に、この場にいる全員が、周囲の空気が徐々に熱くなっていくような感覚に襲われた。
「……ませんわ」
「は?」
「許しませんわ……」
「あつっ」と、メイドがアリスから距離を取る。彼女の感情に触発されて、聖霊『
獅子のような頭部に、筋骨隆々な身の丈2mはありそうな燃える巨躯。四本の腕は、いずれも丸太の如く太く逞しい。フラクの躰など、簡単にへし折ることができそうだ。
火の粉を散らし、主が敵と定めた者へ赤熱する真っ赤な瞳を向けてくる。
「お嬢様、このような狭い場所で聖霊の力を使っては」
「なんでですの……なんで……わたくしではなく、そのような小娘を……」
アリスの周囲でバチバチと火花が散る。部屋の床や天井が焦げ、ベッドやシーツに引火する。
「ちょ、ちょっと、なんなのよアレ!?」
神霊のショウジョはフラクの背中に隠れ、涙目でアリスを見上げる。
「聖霊『
「ていうか、なんかこの女ワタシのこと睨んでない!? ワタシ何もしてないのに~!」
「いやいやいや」
部屋に侵入したり破壊したり、睨まれるだけのことは絶対にやっている。
が、アリスはシーツをはだけさせて素肌で密着するショウジョを前に、いよいよ感情が臨界点を迎え――
「フラクから離れなさいな!! この泥棒猫~~~~っ!!!!」
「ひぃぃぃぃぃっ!?」
「お嬢様! いけません!!」
フラクは咄嗟にショウジョの肩を掴む。鞘とウツロの剣を手に取り、壁に開いた穴から外へ――
「ふぇぇぇぇぇぇっ!?」
勢いよく飛び出した。
自由落下していく二人。飛び出したのは五階。如何に体を鍛えているとはいえ、ひと一人分の重量を抱えて着地は難しい。
数瞬の後、背後で爆発音がした。
「逃がしませんわよ!!」
聖霊を従えたアリスが、フラクたちを追って落下してくる。
「っ! 持ってろ!」
「ええっ!?」
フラクはショウジョに剣と鞘を預け、寮に植えられた木の枝に手を掛け、一回転しながら地面へと着地した。
「あ、あうあう~~~……」
目を回した様子のショウジョ。しかし背後からズンと重く鈍い音が響いた。
「燃やしてやりますわ……フラクに近づこうとするメス共は、残らず全て!!」
アリスが赤熱したような刀身を持つ剣を手に、
「焼き尽くしなさい!
腕を前に突き出すと、先から灼熱の特大火球が打ち出された。
「っ、あのバカ!」
フラクはショウジョを抱えたまま、鞘を正面に掲げる。
すると、フラクとショウジョを包むように白い幕が張られ――
火球が二人に着弾。火柱が上がり、辺り一帯を吹き飛ばす。大気が震え、空気が熱を帯びる。
……しかし、
「なっ!?」
アリスの顔が驚愕に歪む。晴れた黒煙の先、フラクとショウジョは健在であった。
「わたくしと
フラクの腕に抱えられたショウジョは、なにがなんだか分からないといった様子で、「ふぇ~?」とその首にしがみつき、涙目で震えていた。
が、そんな姿を見せつけられて、アリスの髪が怒髪天のごとく天へ逆立つ。
「ま、またしてもあの泥棒猫~~……」
剣を片手に、ふー、ふー、と呼吸を荒くするアリス。
しかし、彼女は急に目端に涙を浮かべると、
「フラク……そんなにその女がいいんですの? 幼馴染のわたくしではダメなんですの?」
俯き、溢れる涙を拭う。しかし、どれだけ制服の裾を濡らしても、涙が後から後から溢れて止まらない。
ティアーの言う通りだった。こんな思いをするくらいなら、もっと早くフラクと向き合っていれば良かった。そうすれば……いや、今からでも遅くはないかもしれない。
「わ、わたくし……今まであなたに色々と言ってしまいましたが、本当は……本当は、あなたのことが!」
「お嬢様」
と、背後から従者の声が聞こえ、アリスは「なんですの!?」と振り返る。
「ティアー! 邪魔しないでください! わたくし、今回こそはフラクと正面から、素直に向き合おうと――」
「そのレムナス様が、ぶっ倒れております」
「え?」
従者の指摘に、彼女はフラクへ向き直る。
と、そこには地面にうつ伏せに、ショウジョを下敷きに倒れる、フラク・レムナスの姿があった。
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