第27話 豪華な宿

「アズサさんは、ここで待っていて下さい。様子を見てきましょう。スタッド、頼んだぞ」

「ああ、任せろ」


 テレパシーに何か引っかかった。船倉に誰かいる。子供?

 ラーケンさんに言うべきか、でも、子供なら危険はないだろう。

 ラーケンさんが剣を抜いて桟橋を歩いて行く。船に乗り移って船倉を覗き込んだ。


「おい、起きろ。見張りが寝ていてどうする?」


 という声が聞こえた。

 ラーケンさんが子供に見張りを頼んでいたみたいだ。


「アズサさん、大丈夫です。来て下さい」


 見張りの小僧は「すみません」と謝りながらもお金を貰って港の方へ走って行った。

 船の中に人や物が無いのを確かめてから、カルルカン号を収納する。それから馬車で宿へ行った。

 水運ギルド直営の宿はドルフィン亭といって、とても立派な四階建ての建物だった。ネルケルさんの紹介だというと、「連絡をうけております。一番良い部屋を御用意しております」と受付の若者が愛想良く言った。


「あ、あの、こちらの冒険者はあたしの護衛です。あたしの部屋の近くに部屋を取って貰えますか?」

「承知しました。では、従者用の部屋がついたお部屋に致しましょう。二階の大通り側になります。戴冠式のパレードを真下に見られますよ。どうぞ、こちらです」


 とあたし達を二階に案内しようとした。


「では、私はこれで。明日の朝、こちらに参りましょう」とラーケンさん。

「あ、待って。今夜の夕食はみんなと一緒に食べたいの。なんといっても一仕事終わった後だしね。どこか、みんなで打ち上げの出来るお店、知ってます?」

「でしたら、水運ギルドの食堂に行きましょう。あそこなら、気心が知れてますしね」

「じゃあ、部屋を見たら戻って来ますから、ちょっと待ってて下さい」


 案内された部屋は広く豪華な部屋だった。バスタブもついている。魔石付きの蛇口からお湯が出るそうだ。お湯の出る量がきまっていて、バスタブからあふれないようになっているのだという。

 ただね~、たまったお湯に身をつけるだけっていうのがね~。

 お風呂はやっぱり、バトラーに頼もう。

 部屋を確かめて、ロビーに戻った。


(アズサ様、スタッド様との護衛契約を至急結んだ方が宜しいかと)


 バトラーのいう通りだ。口約束より契約書よね。ラーケンさん立ち会いの元、スタッドさんと護衛契約を結ぶ。冒険者ギルドを通した契約ではないので、多少、安いそうだ。先払いで払ってくれというので十日分の給料を払った。


「気前のいい客は歓迎するぜ」

「それはどうも。さて、あたしはあんたの護衛対象で雇い主だよね」

「ああ、そうだが」

「だったら、あたしのことを『あんた』って呼ぶの、やめてくれる、ていうか、やめて。ちゃんと名前があるんだから。『アズサさん』て呼ぶ事」

「はあ? あんたはたかが小娘じゃないか、どうして、『あんた』って呼んだらいけないんだ?」

「あたしが不愉快だからよ。雇い主が不愉快って言ってるの。お金を払う以上、言うことをきいて貰いますからね」

「きけんな。俺は九十年生きているんだぞ。そんなつまらん命令きけるか。俺があんたを護衛してやってるんだ。あんたは俺の指示に従ってればいいんだ。わかったな」

「まあまあ、二人共。アズサさん不愉快でしょうが、ここは、私に免じてスタッドのいう通りにして下さい。お願いします」

「くーーー、っとに。わかったわ、ラーケンさん、あんたって呼ばれてあげることにします!」


 ああ、もう悔しい。明日、冒険者ギルドでもっと礼儀を弁えた女性の冒険者を探そう。

 やってられん。

 水運ギルドの食堂でジョーイ達と合流した。無事、倉庫二つ分の小麦を届けられた事を祝って皆で乾杯をする。


「もう一つ、ジャイアントサラマンダーサーベントの売買を祝して、乾杯!」

「おー!」


 みんなでエールのジョッキを掲げる。

 あたしは、バトラーに出して貰った果実の絞り汁にした。

 出て来た料理は河魚の塩焼きと芋と豆のスープ、葉物野菜の酢漬けだった。

 肉料理は売り切れてないというので、バトラーに出して貰って皆で食べた。


「これ、お貴族様の料理じゃねえのか? めちゃ、うまいな!」


 ジョーイは骨付き肉にかぶりついていた。肉にかかっているソースがジョーイの口から滴っている。


「うーん、ご先祖様が手に入れた物だから、よくわからないの」

「うまけりゃ、なんだっていいんだよ、な!」


 まわりから同意の声があがる。

 やっぱ、みんなで食事するのっていいな。

 楽しい!


「あたしもアオシギ亭に泊まろうかな?」

「え? なんで? 高級宿に泊まれるんだろ。アオシギ亭はこういっちゃあなんだが、一部屋に四人で泊まるような安宿だぜ」

「うーんでも、さっき部屋を見て来たけど、なんだか、高級すぎて落ち着かないのよね」

「慣れろ。ドルフィン亭の方が護衛しやすい。宿はドルフィン亭にするんだ」


 スタッドさんが、エールを飲みながら、あたしに命令する。

 なんか、むかつく!


「そうね、あんたの言うとおりよね。ね、みんな聞いて!」


 水夫達が一斉にあたしを見る。


「無事に小麦を運べたのはみんなのおかげです。そこで、特別ボーナスを出します。宿はみんなでドルフィン亭に泊まりましょう。費用はあたし持ち!」

「おお! 太っ腹!」


 水夫達やジョーイが歓声を上げる。

 スタッドさんが嫌そうな顔をしたけれど、反対はしなかった。


「いいのですか? 第一、泊まれる部屋があるとは限りませんよ」とラーケンさん。

「いいのよ、部屋がなかったら、あの広い部屋にベッドをいれて貰うわ。あたしは、従者の部屋で十分だし」


 というわけで、あたしは酔っぱらった水夫達を引き連れてドルフィン亭に向かった。ジョーイ達は馬車の屋根や御者席の隣に陣取る。高級馬車に荒くれ酔っぱらい水夫達を鈴なりにしてドルフィン亭に乗り付けた。

 水運ギルドの宿だけあって、水夫用の部屋が別棟に用意されていた。

 皆で部屋を見に行くと、ベッドがふかふか! 一人部屋だ! 広いぞー!と声が上がる。

 部屋に荷物をおいて、とりあえず、あたしの部屋で飲み直す。

 豪華な部屋に皆、テンションマックスだ。


 この部屋、いくつ灯りがあるんだ? めちゃ、明るい!

 これはなんだ、お湯が出るぞ! 風呂!? 風呂付きだとー!

 おい、どこかしこもピカピカだぞ! これ、金か? いや、金箔だよー!


 テンションの高いまま酒盛りが続く。

 が、どこか遠くから鐘の音が聞こえると、ラーケンさんが皆に部屋に戻るよう促した。

 あたしが、従者の部屋を使うというと、「俺はどこで寝たらいいんだ?」とスタッドさんが困惑ぎみに言うので


「この部屋、使って! あ、これ、あんたの荷物!」

「え! 俺がこの部屋を使うのか!」


 と困った顔をしたけど、ほっといた。

 従者の部屋は、主室に比べたらずっと小さくて狭いけど、あたしが住んでた1Kの部屋よりずっと広い。

 バトラーに出して貰ったお風呂に入って旅の汚れを落としてから、ベッドに潜り込んだ。




(アズサ様、起きて下さい。侵入者です)


 夜中、バトラーに起こされた。


(侵入者ですって!)

(隣のスタッド様が襲われています)


 隣の部屋から人の争う音がする。


「なんだってエルフがいるんだ?」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで、逃げるんだよ」


 鎧戸の隙間から外を見る。


 バルコニーから男達が逃げようとしている。


(バトラー、あいつらの上に鉄貨五万枚落として!)

(おまかせを)


 ぎゃっという声と共にバルコニーが鉄貨で埋まった。

 同時にバルコニーが崩壊、轟音と共に地面に落ちた。


(あちゃー、やりすぎちゃったわね)

(申し訳ございません)

(いいのよ。バトラーが悪いんじゃないわ。バルコニーが木製で鉄貨の重みに耐えられないってわからなかったあたしが悪いの。宿の人に謝らなきゃね)


 慌てて主室に入って驚いた。

 部屋がめちゃくちゃだ。

 窓から、下を見た。

 スタッドさんが、鉄貨の中から賊を引き出し手際よく縛り上げている。

 急いで階下へ向かった。


「何があったの?」

「寝込みを襲われた。生きたまま捕まえようと手加減したら逃げられたんだが、バルコニーが壊れて助かった。あんたは、部屋に戻ってろ。俺が戻るまで部屋から出るな。それにしても、これはなんだ? うん? 鉄貨? なんで、大量の鉄貨があるんだ?」

「それ、あたし」

「は?」

「凄いですね。さすが、アズサさん。ジョーイから聞いていましたが、巨大アイテムボックスを持っているアズサさんならではですね」


 と、ラーケンさん。

 急いで来てくれたのだろう、珍しく寝間着に上着を羽織っているだけだ。


「どういう事だ?」

「鉄貨を大量に落として相手を動けなくするの。鉄貨一枚一枚は軽くても大量になるともの凄い重さになるでしょ。ジョーイと初めて会った時、この方法でならず者を捕まえたのよ。だけど、失敗しちゃった。まさか、バルコニーが重みに耐えられないなんてね。ネルケルさんに謝らないと」

「明日でいいでしょう。さ、こいつらを警ら隊に引き渡しましょう」


 スタッドさんとラーケンさん、宿の警備の人達が不審者を引き立てる。

 あたしは鉄貨を回収、部屋に戻った。

 主室は壊れているけれど、従者用の部屋は無傷だ。待っているとスタッドさんの声が聞こえた。


「おい、部屋を変わるぞ」


 主室の調度品がいろいろ壊れたので、他の部屋が用意された。廊下を歩いている間にスタッドさんが説明してくれた。

 賊は屋根からロープでバルコニーに降り窓から侵入。あたしを襲ってむりやり結婚承諾書にサインをさせるつもりだったらしい。

 床に結婚承諾書が落ちていて目的だけはわかったとスタッドさんが言っていた。


「部屋を取り替えていてよかったわ」

「ああ、そうだな。豪華な部屋に浮かれて油断した。また、他の連中が襲ってくるかもしれん。気をつけてくれ」

「わかったわ。ありがとう」

「礼はいらん」


 ジョーイ達の隣に用意された部屋で寝ようとしたが、無理だった。

 眠れないというと、バトラーが暖かい飲み物を出してくれた。

 飲むとほっとして、ようやく眠れたのだが。

 「起きろ、鍛錬の時間だぞ!」と、スタッドさんに起こされた!

 こんな時ぐらい寝させてよね!



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