王都ルフラン

第28話 似顔絵を描いてもらう

 似顔絵師の店に、ラーケンさん、スタッドさんと一緒に来ている。

 ジョーイ達は昨日の深酒が響いたのか、二日酔いで寝ていたが、昨夜襲われた話をしたら、凄く驚いて、「こんな高級宿に押し込む奴がいるんだな」と異口同音に言っていた。


「やっぱ、アズサさんは早く婚約者見つけて結婚した方がいいぞ。でないと、おんなじような奴らが出て来るぞ」


 とジョーイが二日酔いの顔で心配してくれた。

 水運ギルドのギルマス、ネルケルさんもやってきて、平謝りに謝ってくれて、賊に押し込まれるとか、警備が手薄だったと反省しきりで、バルコニーについては気にしなくていいと言ってくれた。

 辻馬車を雇おうとしたら、


「馬車はこちらで用意させて貰います。食事も総て私共で最上の物を用意させて頂きます。小麦を運んで頂いた恩人になんという失態。本当に申し訳ありません」


 と、至れりつくせり状態になった。

 この状態、王様の戴冠式が終わるまで続くの?

 ていうか、水運ギルドの宿を使っている限り続くんだろうなあ。

 賊の侵入を許したんだものね、これぐらいのサービスして貰ってもバチはあたらないよね。


 絵師に用件を告げると奥のアトリエに案内された。隅にテーブルが置いてある。打ち合わせ用のテーブルなのだろう、席を勧められた。


「あの、あたし、アズサっていいます。こちらは護衛のスタッドさんと、一緒に仕事をしているラーケン船長」

「ワシは絵師をやっとるフィンケルというもんじゃ。似顔絵だけでなく、肖像画も描くぞ。あんた、いい顔をしとる。どうだね、いつ死んでもいいように遺影を残しておかんかね?」

「い、いまは、結構です。それより、冒険者ギルドに探し人の依頼をかけたいんです。それで、似顔絵の依頼をしたいんですが、えーっと、本人がいないのに似顔絵って描けるんですか?」

「大丈夫。まかせなさい。幾つかの質問に答えれば出来上がるようになっとる。質問に答えれば自然と描いて欲しい人の顔になるからの」

「あ、なるほど。えっと、質問されても、あたし、答えられないんです。会ったことがなくて。でも、婚約者を描いた小さな絵があるんで、それを元に似顔絵を描いてほしいんです。これが、その絵なんですが」


  あたしは会社のパンフレットから切り抜いた先輩の写真を見せた。


「ほう、これは素晴らしいミニアチュールだ。一体どうやって描いたのか」


 絵師は大きな虫メガネを出して、先輩の写真を粒さに眺めた。


「ふむ、これならすぐに描けるぞ」

「俺にも見せてくれ。会ったことがない人間をどうやって探すのかと思っていたら、ミニアチュールを持ってたんだな」

「そうそう、私も不思議に思っていました。アズサさんの事だから、何か魔道具をお持ちかもしれないと思っていましたが」


 二人が絵師の拡大鏡を借りて先輩の写真を見はじめた。

 

「えっと、それで、あの、費用はどれくらいになりますか?」

「値段は紙によるんじゃ」


 絵師が数枚の紙や羊皮紙を出して来た。


「冒険者ギルドに出す資料ならこちらのエゾン紙じゃ。羊皮紙は長持ちするが、高額になるからな、いささかもったいない」


 エゾン紙って厚手の和紙に似てる?

 うーん、どうしよう。そうだ、エゾン紙と羊皮紙に一枚づつ描いて貰って、エゾン紙は、冒険者ギルドに、羊皮紙の方はあたしの控えにして、先輩を探す時使おう。

 絵師に言うと、金額を教えてくれた。


「ミニアチュールがあるからな。すぐに描けるよ。あ、しかし、このミニアチュールは何時頃、描かれたものかな?」

「えっと、一、二年前だと思います」


 会社のパンフレットを作ったのが、確かそのくらいだった。


「この通りに描いていいんじゃな。面変わりしている可能性もあるが」

「ええ、それでお願いします。それしか手掛かりがないんです」


 そう、これしか手掛かりがないのだ。

 まさか、異世界から来た人を知りませんか、とは聞けない。


「ふむ、それじゃあ、仕方ないな。まあ、絵でも見ながら待っててくれ」


 絵師はいそいそと仕事を始めた。

 仕事が好きなのだろう、嬉しそうだ。


「ねえ、あの写真、じゃない。ミニアチュールを見てどうだった? どこかで会ったことある?」

「いや、ないな」

「残念ながら、ございませんね」

「そう」


 ちょっと期待してたんだけどな。


「きっと見つかりますよ。絵を見て回りませんか? ここの絵師はなかなかいい腕をしているようです」


 ラーケンさんに促されて店の壁一杯に飾られた絵を見て回る。

 似顔絵だけでなく、風景画や静物画も描くようだ。

 画廊も兼ねているのか、他の絵師の作品も掛けられていた。

 いろいろな絵の中にイルカが描かれている絵があった。イルカの手前に、数人の漁師と思しき男達が網を持って立っている。

 イルカを捕まえようとしている絵かしら?

 

「おや、この絵はイルカ漁を描いていますね。珍しい」とラーケンさん。

「イルカを捕まえるんですか?」

「いえいえ、イルカと協力して魚を捕まえるんですよ。朝、早い時間にイルカが小魚を追いかけるのに合わせて漁師が網を張るのです。イルカに追われた小魚が網にかかるというわけです」

「へえ、面白い漁があるんですね」

「漁師達は捕まえた小魚の中からイルカに分けてやるんです。イルカもそれを承知していて、嬉しそうに小魚を網に追い込むんですよ」

「へえー、それはぜひ、見てみたいですね」

「あんた、変わったもんに興味しめすのな。船の上ではミミズのような生き物に興味もってたし」

「あ” 悪い?」

「悪いとか言ってないだろ。普通、女ってのはこういう生き物に興味もたんだろう」

「それ、偏見だから。あんたの、女はこういう物っていう偏見、絶対やめるべきね。そのうち痛い目にあうわよ」

「はっ、女に偏見もって何が悪い」

「はいはい、そこまで! 絵が出来たようですよ」と、ラーケンさん。


 絵師がちょっと困った顔をしてこちらを見ている。

 慌てて、絵師の元へ戻った。


「出来たよ。これでどうかな?」


 そこには先輩の特徴を捉えた線画が出来上がっていた。


「凄い、よく描けてる!」

「これでいいなら、仕上げるが」

「ええ、これでお願いします」


 さらさらと清書した絵師は二枚の絵をくるくると巻いて紐で結んでくれた。


「素晴らしいミニアチュールがあったので楽な仕事じゃった。……その顔、どこかで見た事があるような気がするんじゃが、どこでだったか?」

「え! ホントですか? どこで見られたんですか?」


 あたしは思わずテーブルの上に身を乗り出していた。


「うーん、そう言われてもなあ、どっかで見たってぐらいだしねえ。思い出したら、連絡しよう」

「お願いします」

「この人、年は?」

「二十七歳です」

「ふーん、二十七歳か。職業は?」

「あー、それが、事情があってわからないんです」

「ふむ、ま、とにかく、何か思い出したら連絡しよう。どこに連絡したらいい?」

「だったら、冒険者ギルドに頼む」


 あたしが宿を教えようとしたら、スタッドさんが遮った。


「宿は変わるかもしれんからな」と付け加える。

「わかった。冒険者ギルドに連絡するよ」


 絵師のアトリエを出てからスタッドさんに注意された。


「むやみに宿を教えるな!」

「え? どうして?」

「宿を教えると、待ち伏せされたり、いろいろ不都合が起きる可能性がありますからね。冒険者ギルドに紹介された店ですから、まず、大丈夫だとは思いますが、用心するにこした事はないです」


 襲撃があったものね。むやみに宿は教えないようにしよう。

 冒険者ギルドへ行って、探し人の登録をする。


「名前の欄が空欄になっていますが?」

「今なんと名乗っているかわからないんです」

「なるほど、間違った情報を乗せるとかえって見つからなかったりしますからね。身長が180クピト(1クピト=1センチ)、体型は筋肉質ですね。髪と目の色は黒。特徴は武芸に秀でていると。ではこちらで、依頼をかけて置きますね」

「宜しくお願いします。あ、それと、女性の冒険者を護衛として雇いたいんですが」

「護衛任務ですね。いつまでですか?」

「婚約者が見つかるまでです」

「それは難しいですね。例えば、契約期間を十日か婚約者が見つかるまでの短い方とされてはいかがでしょう? それなら、十日以内に婚約者が見つからなかった場合、そこで契約を更新するかどうか、話し合えるでしょう?」

「そうですね。そうします」


 スタッドさんとの契約もそうすれば良かった。

 とにかく先輩を早く見つけよう。そうすれば、口の悪いエルフともおさらばだわ。

 冒険者ギルドに依頼を出したら、もう昼だった。

 食事をすませて、王都の見物に行く。

 というか、王都の地理を頭に入れておきたい。

 馬車の中で、地図を出した。


「凄い地図をお持ちですね」とラーケンさん。

「え? そうなんですか?」

「ああ、それは地図の魔道具だな。どこまで、小さく出来る?」

「うーんと、こんな感じ」


 右の棒にボタンがあって、そこを押すと三段階で地図の縮尺が変わる。一番縮小するとバルテス王国全体と近隣の国の名前が出て来る。拡大すると、王都ルフラン全体。もう一段、拡大すると今いる所を中心に半径五百メートルぐらいが表示される。


「その魔道具は人に見せるな。それだけで、その辺の家が買えるぞ」

「えー! そんなに高いの?」

「ああ、あんた、本当に不用心だな。もっと、考えて行動しろ」

「わかったわ」


 とその時、指輪の絵の看板が見えた。


「あ、あの看板、もしかして宝石屋さん?」

「宝石が欲しいのか?」

「ていうか、石が好きなの」

「ほう、やっと女らしい事を言い始めたじゃないか」

「魔石ではなく、宝石ですか? アズサさんが珍しいですね」

「実はね、あたし、宝石商になりたいの」

「ええ!!」

「結婚するんじゃないのか?」

「婚約者が見つかれば、結婚するけど。見つからなかった時の事も考えておかないとと思って」

「宝石商になるには、まず、宝石商に子供の頃から務めて二十年程務めたら、店主の推薦と商業ギルドの許可を貰って店を持ちます。アズサさんの場合、難しいでしょうね」

「裏技はあるけどな」

「裏技?」

「今ある宝石商を買い取るのさ。店主毎な。まあ、よほど金に困ってないかぎり、店を売りに出すような店主はおらんだろうけどな」

「商業ギルドに相談したらいいかもしれませんね。ですが、もし、結婚されないんであれば、このまま、船主を続けて頂きたいですね。私共としては、カルルカン号をお借りして、レッドボアを王都に運ぶ仕事に戻りたいです。婚約者が見つからなかった場合は、ぜひ一考頂ければと思います」

「そうね。考えておくわ。馬車を止めて貰える。宝石を見たいの」

「それなら、一番大きな宝石店に行った方がいいでしょう」


 ラーケンさんがゴメルという店を教えてくれた。

 が、店の私兵から予約と紹介状が無ければ入れないと言われた。


「あなた方、冒険者の方とお見受けするが、宝石の買取なら商業ギルドに行くといい」

「いえ、この方は私共の船主なのです。王都は初めてで、偽物を掴まされては大変ですから、一番信用のおける店をとお連れしたのですよ」

「ほう、男のなりをした若い女性が船主か?」


 男は薄く笑った。

 テレパシーを使ってみる。


(嘘だな。女が船主である筈がない。嘘をつくならもっとましな嘘をつけばいいものを)


「悪いが商業ギルドに行って紹介状を貰ってくれ。名前をきいておこうか。店主に報告しなければならんからな」


 きっと警ら隊にも報告するんだろうな。

 むかつくけど、仕方ない。

 あたし達は名前を名乗って店を後にした。

 馬車の中で、ラーケンさんが謝ってくれた。


「申し訳ないです。不愉快な思いをさせてしまいました」

「ううん、いいの。ああいう高級な店に行くには、服装に気をつけるべきだったわ。だって、店側からしたら、客がどんな人間かわからないんだもの。高価な品を扱ってるんだから、気をつけるのはあたりまえだわ。もう少し気軽な店はない?」

「今は、どこの店も同じかもしれんな」とスタッドさん。

「どうして?」

「王都に人が集まってるんだ。盗人にしてみれば、人混みにまぎれて王都に入りやすい。どこにどんな店があるか、どんな物を扱っているか、逃げるにはどうしたらいいか、調べるには格好の時期だ。商業ギルドに行って紹介状を貰った方がいいだろう。そしたら、どの店にも入れる」

「そうね、そうするわ」


 馬車の中から市場や広場、図書館を見て回った。

 ラーケンさんが、いろいろ教えてくれた。

 王都ルフランの成り立ちや、今の王様の家系とか貴族達の力関係とか。

 最後に王立魔法学校を外から眺めて宿に戻った。


「あなたに婚約者がいなかったら、魔法学校で魔法をちゃんと習った方がいいと思うのですがね」


 とラーケンさんが残念そうに言った。

 何故、婚約者がいるかいないかが問題になるのかわからない。聞いたら、また、すっごい男尊女卑に直面しそうだものね。黙っとこ。

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