第25話 納品完了!

 パルテス王国の王都ルフランの港は広く、たくさんの船が泊まっていた。

 港に着くと濃紺の制服を来た人々が待っていた。水運ギルドの職員達だ。背の高い壮年の男が一歩前に出て軽く会釈をした。


「アズサさんですね。ようこそ、王都へ。お待ちしておりました。私、王都水運ギルドのギルドマスター、ネルケルです。宜しく」


 うっわー、王都のギルドマスターって、すっごい偉いさんじゃん!


「アズサです。お出迎え、ありがとうございます」


 軽く会釈をしたネルケルさんが、スタッドさんに「任務ご苦労だったな」と労った。


「まだだ。俺の任務は終わってない。さっさと倉庫に行こうぜ」

「確かに。では、参りましょうか」


 カルルカン号をラーケンさん達に頼んで、スタッドさんとネルケルさん、水運ギルドの職員達と一緒に馬車に乗って倉庫街に向かった。倉庫街はたくさんの馬車が行き来していて、まさに物流の拠点といった感じだ。

 その一角に一際りっぱな倉庫が並んでいる場所があった。水運ギルドの倉庫群だ。水運ギルド第一番小麦貯蔵所と書かれた倉庫の前で馬車が止まった。


「さ、こちらです」


 ネルケルさんが先に降り、あたしが馬車を降りようとすると、手を貸してくれた。


「ありがとうございます」


 なんというか、紳士だと思ったのだけれど、、、、。

 あたしの手を取ったまま倉庫に案内しようとしたので「もう、大丈夫です」と笑いながらさりげなく手を抜いた。


「おお、これは失礼! つい、小麦千袋分と思ってしまいまして。はは」


 つまり、ネルケルさんにとってあたしは、小麦の入った袋に見えたのね。待ちに待った小麦が届いたから、絶対に離したくないと思ったわけだ。あたしも、「あはは」と応じておいた。

 水運ギルドの職員達が扉を開ける。


「さ、こちらです」


 気を取り直したネルケルさんが倉庫へと入って行く。

 中に入って驚いた。

 広い!

 ナシムの街の倉庫よりずっと大きく広かった。恐らく、預かっている倉庫二つ分の小麦をいれても大丈夫だろう。


「こちらの倉庫にお願い出来ますか?」とネルケルさん。

「はい、おまかせ下さい」


(バトラー、ゆっくり出してくれる)

(承知致しました)


 倉庫に小麦の袋が積まれて行く。後ろで「おお!」「素晴らしい!」と歓声が上がる。預かっていた小麦を出し終わったら、周りから拍手が起こった。


「ありがとうございます! なんと素晴らしい能力でしょう! これで一息つけます。おい、すぐに商業ギルドに連絡しろ!」

「はいー!」


 職員の一人が走って行く。


「いやー、大雨で遅れると連絡が来た時には、やきもきしましたよ」

「無事、届けられて良かったです。一応確認の為、数を数えていただけますか?」

「もちろんです」


 職員達が早速、器具をもって走りまわり始めた。しばらくして、「ギルドマスター、確かに千袋ありまーす」と数え終わった職員の声が響いた。


「それでは、水運ギルドに行きましょうか。報酬をお渡ししなければ」

「俺にも、サインを貰えるか? 水運ギルドの依頼はこれで達成出来たからな」

「もちろん」


 ネルケルさんがスタッドさんが出した書類にさらさらとサインをする。

 サインを貰ったスタッドさんは、書類を丁寧にたたんで上着の内ポケットにしまった。

 ネルケルさん、スタッドさんと倉庫の外で待っていた馬車に乗り込む。


「アズサさん、今日の宿はどうするおつもりですか?」

「まだ、決めてませんけど」

「だったら、ぜひ、水運ギルド直営の宿をお使い下さい。新陛下の戴冠式をご覧になるのでしたら、絶好の立地ですよ。ぜひ、ゆっくりして行って下さい」

「ありがとうございます。新陛下はどんな方なんですか?」

「御年二十七歳になられる聡明で公平な方ですよ。さ、着きましたよ」


 馬車を降りると、水運ギルドの前だった。ナシムの街のギルドより大きい。三階建てだ。大きな両開きの扉を開け中に入る。奥に大きな階段が見えた。右側はホールになっていて、水夫達が集まっている。左側にチケット売り場があった。


「アズサさん!」


 ラーケンさんだ。ここで待っていたのだろう。


「小麦は無事、納品出来ましたか?」

「はい、おかげさまで。えっと、カルルカン号は?」

「小型船用の桟橋に留めてありますよ。後で案内しましょう」

「今から報酬を受取に行くんです。ラーケンさんも一緒に来て下さい」


 ネルケルさんの後について、二階に上がる。ギルドマスターの部屋で報酬を受け取りラーケンさんに取り分を渡す。


「あの、後から来る中型船三台は無事でしょうか?」

「ええ、無事ですよ。今朝も予定通りに出発したと連絡が来ていましたからね」とギルドマスター。

「良かったです」

「無事、小麦が着いて本当に良かったです。商業ギルドが、近隣から小麦を集めていたのですが、それも尽き初めてましてね。王宮に直訴して備蓄の麦を出して貰わなければと商業ギルドと話していた所でした」

「しかし、備蓄の麦は飢饉に備えた物だろう。飢饉でもないのに出すのはまずいんじゃないか?」とスタッドさん。

「その通りです。備蓄の麦を出したら、新陛下の戴冠式に傷がついてしまう。ですが、新陛下は、戴冠式より民の幸せを願う人なのです。我々が願えば備蓄の麦を出すよう命令したでしょう。新陛下のお優しい心根を存じていますから、我々も備蓄麦放出の嘆願は最後の手段と思っていたのですよ。もう、本当にギリギリだったのです。あなたは救世主ですよ、アズサさん」

「いえいえ、ラーケンさんや水夫の皆を褒めてあげて下さい。あたし一人では、たどり着けなかったのですから」

「はは、アズサさんは謙虚な人だ」

「おい、水運ギルドの用事が済んだら冒険者ギルドに行くぞ。ジャイアントサラマンダーサーペントの死骸を売って報酬を貰わないとな」


 スタッドさんに促されてあたし達は水運ギルドマスターの部屋を辞した。

 帰り際、ネルケルさんが、水運ギルド直営の宿と場所を教えてくれた。


「私の名前を出せば一番いい部屋で泊まれるよう手配しておきますからね。今から冒険者ギルドに行くなら、うちの馬車をお使い下さい」


 と、至れり尽くせりの歓待だった。

 勧められるままに、水運ギルドの馬車を利用させて貰った。


「ラーケンさん達は、今夜どこに泊まるのですか?」

「いつもの安宿ですよ。アオシギ亭というのですがね。港の近くにあるのです」

「ジョーイ達もそこに?」

「ええ、皆で一緒に泊まります。ジョーイ達は明後日の船でナシムの街に帰る予定です。私は中型船三台の到着を待たなければなりませんからね、しばらく投宿する予定です」

「おい、ちょっと相談なんだがな」


 とスタッドさんが切り出した。

 この人の話となると、身構えねばなるまい。なに言い出すかわからないんだから。


「ジャイアントサラマンダーサーペントの死骸が大河ラングに沈んでいるだろ」

「あの七匹ですね」

「ああ、そこでだな。あんた、触ったら収納出来るんだったよな」

「ええ、出来ますよ」

「触らないと出来ないのか?」

「うーん、出来るけど、その場合、いらない物まで収納してしまうんですよ。レッドスター号の場合だと、周りの水を一緒に収納してしまいそうだったんです。そしたら、レッドスター号のまわりの河の水が無くなって大量の水が同じ場所に入ろうとするでしょ。絶対、危険ですよね。だから、直接触って、レッドスター号だけ収納したんです。それが何か?」

「ジャイアントサラマンダーサーペントの死骸を河の上から収納出来ないかと思ったんだがな」

「その場合、乗っていた船が河底に落ちて上から大量の水が流れ落ちて圧死するか、溺れるかのどっちかだと思います」

「そうか……、あんた、泳げないか?」

「泳げますけど、潜れませんから」

「潜れるかどうか、訊いてないだろ!」

「でも、訊くんでしょ。あたしに潜らせて、ジャイアントサラマンダーサーペントの死骸を持って来させようと思ってたんでしょ」

「まあ、そうだが……、仕方ない、あきらめるか」


 あたしをジャイアントサラマンダーサーペントの引き揚げに使いたかったんだろうけど、そうはいかないっていうの。

 いや、怒るまい。こういう人だってわかってたものね。

 どこに沈んでいるかわかれば、サイコキネシスを使って持ち上げられるかもしれないけど、あの力は封印中だし、スタッドさんにこれ以上あたしの能力を知られたくないものね。

 御者が冒険者ギルドに着いたと教えてくれた。


「ギルドの用事が終わりましたら、お声をおかけ下さい。お好きな所までお送りするよう言われておりますので」


 と御者さんが言ってくれた。どうやら、馬車をずっと使えるようだ。助かる。

 スタッドさんが、まず、水運ギルドから依頼されたあたしの護衛任務が完了したと受付カウンターに報告に行った。


「スタッドさん、今回の報酬はお預けですか? それとも現金でお支払いしましょうか?」と、受付嬢が訊いている。


「金貨五枚は払ってくれ。残りは預ける」

「承知しました」


 受付嬢がカウンターに金貨とギルドカードを置いた。カードの裏を見てスタッドさんの口元が綻ぶ。

 この男がこんなふうに笑うなんて、絶対、お金絡みね。

 カードに預金残高でも表示されてるのかしら?


「ラーケンさん、ギルドカードの裏には何が書いてあるんですか? もしかして、預金残高とか」

「おや、知りませんでしたか? そうです。預けたお金の総額が表示されるんですよ。水運ギルドも同じですよ。ギルドカードの裏を見て頂ければわかります」

「え、そうなんですね。あたし、何も訊かれなかったんですけど」

「アズサさんの場合、アイテムボックスをお持ちですからね、だから訊かなかったのでしょう」

「なるほど」

「おい。何をくっちゃべってる。買取カウンターに行くぞ」

「はいはい」


 マイペースなスタッドさんが大股に歩いて行く。あたしとラーケンさんも遅れないように付いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る