第24話 蛇の子、そして王都へ

 ふと振り返ると対岸の森の中に希薄な気配を感じた。目を凝らすが遠い上に降りしきる雨だ。見えるわけがない。


(アズサ様、何か?)

(なんというか、対岸から視線を感じるの。何かいる?)

(遠眼鏡を用意しましょう)


 掌を出すと遠眼鏡が現れた。対岸を見ると森の木々の間にかすかに赤い物が見える。テレパシーを薄く伸ばしてみた。

 小さな蛇だ。

 ジャイアントサラマンダーサーペントの子供だ。

 子供の悲しみが流れ込んで来た。


(かあさん、しんだ)

(お前の母親だったの?)

(……、だれ?)

(あたしはアズサ、人族よ)

(……)

(お母さん、気の毒だったわね)

(かあさん、どうして しんだ? かわ は あぶないって、いってたのに。とびこんじゃった)

(お前のお母さんはね、寄生虫に支配されてたの。寄生虫が河に戻る為に、強制的に河に飛び込むよう強いられたの)

(きせいちゅう?)

(そう、寄生虫。寄生虫はもの凄く小さな虫で魚の体内にいるの。魚を食べた鳥をお母さんは食べたのよ。それで、寄生虫に支配されたの)

(ぼくも、きせいちゅう に、しはいされて、しぬの?)

(わからない。でも、今、あなたの体から寄生虫の声は聞こえない)

(でも、さかな や とり たべないと しぬ。どうしたら、いい?)

(うーん、そうね。もし、あなたが人族を襲わないって、この河には二度と来ないって約束してくれたら、教えて上げる)

(うん、ひと、おそわない。かわ には こない。やくそく、する)

(ずーっと、ずーっと約束よ)

(うん、ずーっと、ずーっと やくそく する)

(じゃあ、教えて上げるわ。虫下しにバンサン草がいいって本に書いてあったの。犬用だけど、蛇にも効くかもしれない。バンサン草ってわかる?)


 あたしはテレパシーで、本に載っていたバンサン草の絵を小蛇に送った。


(この くさ 知ってる)

(効くかどうかわからないけど、この草を食べてみて。寄生虫を体の外に出せるかもしれない)

(やってみる)

(今のあなたには必要ないけど、そうね、仲間が急に河に行くって言い出したら、食べさせてみて)

(うん、わかった。おしえてくれて、ありがとう)

(あたしとの約束、守ってね)

(うん、やくそく まもる。おしえて くれたから まもる。ありがとう)


 ジャイアントサラマンダーサーペントの子供は森の奥へ帰って行った。

 バンサン草は蛇の虫下しになるだろうか?

 もし、ならなかったら……。

 あの子はあたしを恨んで約束を破るかもしれない。

 でも、いろいろ悩んでも仕方ない。今、出来るベストを尽くすしかないじゃない。あとは、祈るだけ。


 雨が激しさを増していた。宿に戻るとスタッドさんとラーケンさんが窓から河を見ながら話していた。


「河に潜れるといいんだがな、そしたら、ジャイアントサラマンダーサーペントの死体を回収出来るんだが」

「七匹分の死骸ですからね、一財産です」


(バトラー、河に潜る道具はある?)


 ダイビングの道具があればいいのだけれど、さすがに、無理よね。


(残念ながらございません。しかし、魔法で泡を作って潜ったという話を聞いた事があります。確か、結界を張る方法を応用して泡を作ったのではないかと思います)

(結界ね。今度、練習してみるわ。とにかく、今は無理ね)


 雨は一日中激しく降り続き、その日は出発出来無かった。五日の旅程が延びて行く。

 翌朝、雨が小降りになったのを見計らって出発した。出発してしばらくすると雨は上がって晴れ間が見えてきた。

 ラーケンさんが


「旅程が一日延びただけで良かったです。雨が降り続けばもっと延びる可能性もありました」

「でも、あたし、雨のせいで延びるなんて聞いてないんですけど」

「昨日のような激しい雨に遭うのは滅多にないものですから、まあ、しかし、いささか説明不足でしたね」

「あの、王都に五日で小麦を運ばないといけないんですけど、大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。五日というのはあくまで最速で運べた場合ですから。今回のような天候不良による遅れは問題ないです」

「えーっと、違約金が発生するとかはないんですか?」

「一日延びただけでですか?」ラーケンさんが笑い出した。

「そんな厳しい契約きいたことがないですよ」


 違約金が発生しないのは良かったけど、やっぱり納期が遅れるのは気になる。その日は飛ばしに飛ばした。風魔法を使いすぎて魔力切れを起こしそうになったらポーションを飲んで魔力を回復させた。おかげで、日暮れにはなんとか目的地についた。運河の街イニアだ。イニアは運河の街として開けた街で、運河の名前が街の名前になっている。大きな船泊りがあり、そこそこの賑わいを見せている。水運ギルド直営の宿も大きくてとても立派だった。めちゃ疲れていたあたしは、ふかふかのベッドに倒れ込むやいなや、夢も見ずに眠ってしまった。



 イニア運河は、蛇行する大河ラングの沃野を切り開いて作られた。上りと下りの二本があるらしい。運河の幅は狭く小型船しか通れない。王都に向かう方が下りだ。街の船泊りから、下りの入り口に向かって櫂を漕ぐ。入り口の船囲いで一旦船を停止させる。そこで役所から通行許可書を貰った。更に舵に似た形をした魔道具を船に取り付けてもらう。

 

「さあ、これで運河を航行出来ますよ。何もしなくてもこの魔道具が自動的に運転しますからね」


 役人が説明してくれる。

 自動運転なんて、異世界、超便利!


「高速で運転しますのでね。甲板にある物は総て固定して下さい。帆はしっかり巻いておいて下さい。櫂はしまって下さいね。出口までノンストップですのでね。準備は出来ましたか?」

「船長のラーケンです。既に、準備は出来ています」

「おお、ラーケンさん、久しぶりですね。また、お会い出来てうれしい限りです。船を無くされたときいて、心配していました」

「ありがとうございます。今回は単発の仕事ですが、おかげさまで、復帰出来ましたよ」

「ラーケンさんが監督しているなら、問題ないですね。では、出発しますので、皆さん、船に体を括り付けて下さい」


 え? 括り付ける?


 水夫のみんなが床にすわり壁にもたれかかった。縄で体を固定していく。

 ラーケンさんとあたしとスタッドさんは帆柱に体を固定した。


「それでは良い船旅を」


 役人は魔道具に小さな魔石をセットして、船を降りた。船囲いのゲートがゆっくりと開いて行く。自動運転が始まった。カルルカン号がしずしずと動いて船囲いのゲートを抜ける。と、急に速度が上がった。水しぶきが飛んで来る。どんどん早くなる。大丈夫なのか?


「凄いスピードですね」

「我が国自慢の運河なんですよ」とラーケンさんが教えてくれた。

「舵に取り付けた魔道具が結界をはっていましてね。そのうえ船を強化しているので、凄いスピードですが、安全なんですよ」

「へえ~、それは凄いですね。こんなスピードで走ったらカルルカン号がバラバラになりそうですが、強化魔法が使われていたんですね。……それにしても、魔道具の魔石、小さくないですか?」


 役人が取り付けた魔石は直径1センチ程の魔石だった。魔石の質にも寄るのかもしれないが、あれでは、ランタンを一晩輝かせるくらいの力しかないだろうに。


「皆、初めて見た時は同じ心配をします。なんでも、小さな魔力で動く工夫がしてあるときいています」


 おお、省エネなんだ。


「どんな工夫なんでしょうね?」

「さあ、我々も知らないのですよ。スタッドは何か知っていますか?」

「うーん、きいた話だから、本当かどうかわからないんだが」とスタッドさんが前置きをして説明してくれた。


「この運河はジリョクという力を蓄えた石で出来ているんだそうだ。この魔道具は船にもジリョクを発生させてだな、ジリョクは同じ向きっていってたかな? 何の向きかしらんが反発しあうんだそうだ。その力で動いてると聞いてる。俺も自分で言ってて、何を言ってるかわからんのだがな」

「へええ、そうなんですか」


 と言いつつ、それってリニアモーターの仕組みじゃんと思ってしまった。

 異世界にリニアですか?

 ウッソー!


「この仕組みはどなたが作ったんですか?」

「うん? もちろん、王宮の魔法使い達だ」


 王宮の魔法使いって凄い!

 水路にしてあるのは、もしかしたら、スピードが出過ぎないようにしてるのかな?

 水の抵抗でスピードが落ちるし、何より浮かせる必要がないしね。

 運河は直線で、船はバンバン走って行く。結界のおかげで、風圧は感じない。


「この水路はいつ頃出来たんですか?」

「出来たのは十年ほど前かな」

「そうです。それから、レッドボアを直接王都に運べるようになりましたからね」


 話しているうちにスピードが落ちて、ゆっくりと右にカーブしていく。また、スピードが上がった。こんなことを繰り返して行くうちに出口に着いた。

 役人が乗ってきて、魔道具を外す。


「さあ、着きましたよ。もう、縄をほどいて大丈夫ですよ」


 一時間ほどだったのだろうか? 縄で体を固定していたので、出口に着いた時はほっとした。縄をほどいて、思い切りのびをする。

 櫂を出して出口の船泊りから、大河ラングへ船を進めた。

 なんだか、すっごく疲れた。なんというか、船を降りて土の上を歩きたい気分なのだ。皆にいうと、全員一致で船をおりようとなった。


「久しぶりにシチューを食いに行こうぜ」

「あそこのシチューはうまいからな」


 というわけで、運河の出口にある街、マトルで昼食を食べることになった。

 どうやら、お目当ての店があるようだ。みんなに案内して貰った。

 港近くの小路を入った所にその店はあった。太陽亭という店だ。

 中に入ると、断然食欲をそそるいい匂いがしている。


「いらっしゃい! シチュー九人分だね」


 おばちゃんが早速注文をとってくれた。

 野兎のシチューだそうだ。黒パンをシチューに浸して食べる。塩味だけだけど、香菜が入っているし肉の旨味が出ていて、なかなかに美味しい。皆が食べたがるわけだ。

 それからは、天候に足止めされる事も魔物が出る事も盗賊が出る事もなく、旅は順調に進んだ。マトルの街を出発して二日後、午後の日差しの中、カルルカン号の行く手に王都の港が見えて来た。

 

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