第23話 操る者
夕食が終わって部屋に引き揚げてから、さっきの死骸をだして鑑定してみた。
(寄生虫マンダレイミノコニアの死骸)
ふーん、寄生虫かぁ。
この世界にも寄生虫がいるのね。
(アズサ様、その寄生虫が何か?)
(うーん、気になるのよ。何となく。こういう寄生虫を調べた本とかない?)
(しばらくお待ち下さい)
大抵の物はすぐに出てくるのだが、今日は意外に長く待たされた。
珍しいなあと思っていたら、目の前に何冊か本が現れた。
(『世界虫類図鑑』、『小さな虫と大きな虫』、このあたりが虫に関する専門書なのですが、寄生虫に関しての専門書はありません。『犬、飼育法』に犬に付く寄生虫に関する記述がございます。私が子供の頃に読んだ物語に寄生虫の話ではないかと思う記述があったと思うのですが、残念ながらなんという本であったか、忘れてしまいまして。申し訳ありません)
(ううん、いいの。バトラーの子供の頃って、随分前だものね。忘れても仕方ないし、物語の中の話だったら参考にはならないと思うから。とりあえず、この本を読んでみるわ)
最初の一冊を手に取り、ざっと読んで行く。寄生虫に関する記述は全くない。あれは虫ではなく寄生虫という生物だからなんだろうけど。『犬、飼育法』にわずかに犬に付く寄生虫についての記述が出てきたけど、虫下しにバンサン草を食べさせればいいって書いてあるぐらいなのよね。
本を読みながら眠ってしまったのだろう、夢を見た。
(ハヤク、ハヤク、河ニ行ケ、河ニ!)
(河に?)
(河ニハ人ガイルゾ! 美味シイゾ)
(そうだな、人は美味い)
(ソレニ火ヲ打ツゾ!)
(火か! あれはこの上なく美味い! よし、河に行こう!)
ジャイアントサラマンダーサーペントが、嬉々として河に向かって行く。
(河に行こう! 人食べに行こう!)
(だめ、河に行ったらだめ!)
夢の中で思わず叫んでいた。
(オマエ、邪魔スルナ!)
(あんたは?)
(アタイハ◎※+*%$◎※+*%$! 河ニ戻ッテ卵ヲ生ム!)
(あんた、もしかして寄生虫?)
(人 ハ アタシ達ヲ ソウ呼ブ)
つまり、ジャイアントサラマンダーサーペントに寄生虫がついてて、そいつが河に戻る為に大蛇を操ってるってこと?
恐らく、大蛇が死なないと寄生虫は体から出て来れないんだわ。
そうだ、思い出した。昔見た科学物のテレビ番組で、カマキリが寄生虫に支配されて自死するっていう話があったわ。あと、イルカ。イルカの大量死は寄生虫に寄るものかもしれないって新聞に書いてあった。あれと一緒なのかもしれない。規模が違うけれど。
(あんた達、いつもその蛇に付いているの?)
(チガウ。イツモハ魚ニツイテル。ダケド、住処ダッタ魚ガ何カニ喰ワレタ。ソイツヲ操ッテ戻ロウトシタケド、ソイツ、頭ガ二ツアッテ操レナカッタ。コノママ、卵産メナイカト思ッテタ。ソシタラ、蛇達ニクワレタ。オカゲデ、コノ体、手ニ入ッタ。コレ、水ニ沈メテ殺ス。ソシタラ、河に戻レル)
(河に戻らないといけないの? それとも、水の中に入ればいいの?)
(河ニ戻ル。故郷ニ戻ル。邪魔ハサセナイ)
(河って、大河ラングの事? 濁った水が流れているけど)
(濁ッタ水? アタシノ故郷ハ綺麗ナ水ダッタ。故郷ノ河ジャナイノ?)
(違うと思う。あんたたち、もっと小さな川に住んでたんじゃない?)
(ヨク、ワカラナイ、デモ、モウ待テナイ。水、濁ッテイテモイイ。河ニ行ク。ミンナ ト 行ク)
みんな? みんなって、一体何匹いるの?
あたりを見回す。暗闇の中、ジャイアントサラマンダーサーペントの意識が光っている。
一、二、三、、、、八匹!
えええ、八匹、八匹もいる!
(アズサ様、アズサ様、起きて下さい)
「八匹いる!」
(大声を上げてはいけません。念話でお話下さい。いかが致しました?)
(ごめん、バトラー、変な夢を見たの)
あたしは夢で見た事をバトラーに話した。
(バトラー、どう思う?)
(まずは、ジャイアントサラマンダーサーペントが実際いるのかどうか、確認なさってはいかがでしょう?)
(そうね、ただの夢かもしれないものね)
あたしは、テレパシーを薄く伸ばして索敵を開始した。どっちの方向に伸ばせばいいかわからないけど、とりあえず向こう岸の方へ伸ばす。出来る限り遠くへ、薄く伸ばしてみた。
と、巨大な何かがひっかかった。
ジャイアントサラマンダーサーペントだ!
八匹いる!
(バトラー、いたわ。ジャイアントサラマンダーサーペント。それも八匹。あの夢、正夢だったみたい)
(早めにわかってようございました。アズサ様が瓶にいれた緑色の寄生虫が、大蛇の死骸と共に船に落ちてきた事を考え合わせますと、寄生虫が大蛇を操って河に戻ろうとしていると考えて宜しいかと思います)
(そうね、あたしもそう思うわ。問題は大蛇をどうするかよ)
(寄生虫が水に沈めて殺そうとしているのです。ここは放っておくのがベストかと。ただ、ジャイアントサラマンダーサーペントが河で素直に溺れるでしょうか? 河の水は魔物にとって毒液と同じときいております。さぞ、苦しいのではありませんか? 苦し紛れにブレスを放てば河の周りに被害が出るかもしれません)
バトラーの心配ももっともだ。
(そうね、確かに苦し紛れにブレスを吐くかもしれないわね。だけど、ここはやはり放っておいて、寄生虫がどんな仕事をするか見てみましょう。蛇が河に到着するのは、このスピードだと、恐らく明日の朝。今日はもう寝るわ)
雨は降り続いていた。夜中、風が出て来たのだろう、すきま風がヒューッと鳴った。
翌朝、バトラーに起こされた。
(アズサ様、対岸にジャイアントサラマンダーサーペントが出ましてございます)
飛び起きて窓を開けてみた。
雨の降り続く中、八匹の真っ赤な大蛇が対岸にいる。
急いで支度をしてみんなを起こして回る。
ラーケンさんが、「大丈夫ですよ。魔物はこちらに渡ってこれませんからね」とあたしを安心させるように言った。
「おい、女将、早く鐘を鳴らせ。大雨だからな、船を出す馬鹿はいないと思うが、念の為だ」
うなづいた女将さんが、下働きの少年に「鐘を鳴らしな! 魔物が出たよ! 合図の鐘を鳴らすんだよ!」と叫んだ。
八匹のジャイアントサラマンダーサーペントは森の木々に体を巻き付けている。一匹が河の上に首を伸ばした。大きな口を開け、河の上の何かを喰らおうとする仕草を見せた。そのまま、河に身を投げた。のたうちながら溺れて行く。大きく口を開け、まるで悲鳴を上げているようだ。
その大蛇に向かって一匹がブレスを吐いた。
大蛇の胴体が真っ二つに吹き飛ぶ。胴体はあっというまに大河にのまれた。ブレスを吐いた蛇に別の蛇が巻き付く。蛇同士がからまり互いに噛み付こうと大きく口を開ける。そこに三匹目が絡み付いた。三匹は団子状態でころげまわり遂に河に落ちた。三匹は互いに相手を振りほどこうとするが絡まったまま大河に沈む。残りの四匹は互いにブレスを吐き合いながら河に落ちて行く。
「なんだか、様子がおかしいですね」とラーケンさん。
「ああ、同士討ちをしてやがる。討伐の手間が省けて助かるがな」
最後に残った一匹が河に落ちた。もだえ苦しみながら、溺れまいと必死に泳いでいる。時々けいれんを起こしたように身をふるわせる。
「おい。こっちに渡ってきたらまずいぞ。船を出せ。討伐する」
「おう!」
「あんたは宿でじっとしてろ!」
スタッドさんに言われた通り、船宿に戻り結界を張った。窓の隙間から皆の活躍を見守る。
ジャイアントサラマンダーサーペントは、スタッドさん達を見つけた瞬間、かっと口を開け襲いかかってきた。
スタッドさんの魔法剣が白く光る。雷撃が放たれるが、蛇がさっと避けた。
聖なる河を泳ぎながらすばやく動いて行く。さぞかし苦しいだろうに、生きようともがき戦い続ける。寄生虫は活動をやめたのかもしれない。人が宿主を殺すのを待っているようだ。
蛇がカルルカン号に巻き付いた。船首に立つスタッドさんを喰らおうと大きく口を開けた。スタッドさんがその口めがけて至近距離から雷撃を放つ。頭が吹き飛び、カルルカン号に巻き付いていた胴体がゆっくりとほどけて河へ落ちて行く。スタッドさんが慌ててジャイアントサラマンダーサーペントの胴体に縄をまきつけた。死骸をギルドに売るのだろう。案の定、船泊に戻って来たスタッドさんが、開口一番、
「おい、あんた、ジャイアントサラマンダーサーペントの死骸、収納してくれ!」
バトラーに収納して貰おうとして気がついた。
これ以上は無理っていわないと、巨大アイテムボックスの秘密がばれてしまう。
「あ、あの、無理です。これ以上は」
「うん? まだ、入るだろう。中型船三隻を出したんだ。詰めれば入る筈だぜ」
「え! なんでそんな事わかるんですか?」
「俺はな、物を見たらだいたいの寸法がわかるんだ。アイテムボックスに船みたいな形をした物を入れようとするとだな。縦、横、高さの最大値で収納している筈なんだ。それに対して、あんたが、収納した小麦の袋は隙間無くみっちり入れた筈だ。ということはだな、まだまだ、入るってわけだ」
「なるほど、わかりました。頑張ってみます」
「ああ、頑張ってくれ。このままじゃあ、くさっちまうからな。もちろん、あんたにも分け前を渡すぜ」
「分け前なんていらないですから!」
ああ、もう腹の立つ。金を渡すといえば、誰でも言う事を聞くと思ってるんだわ。
くやしい!
くやしいけど、くやしい思いは胸に納めて、カルルカン号に乗って、ジャイアントサラマンダーサーペントの死骸に触った。バトラーに収納して貰う。寄生虫はどうしたのだろう。スタッドさんの攻撃を受けて死んでしまったのか、それとも、河に戻ったのか?
戻っていると思いたい。
すくなくとも寄生虫が生きていれば、ジャイアントサラマンダーサーペントの死は無駄にならないのだから。
(バトラー、寄生虫の死骸を出して)
あたしは、瓶の中の死骸を河に流した。
この小さな死骸も命の循環の中で、何者かの役に立つだろう。
死骸は流れの中に消えて行った。
宿に戻ろうとして、何かの視線を感じた。
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