第22話 ジャイアントサラマンダーサーペント
翌朝、いつものように食事の前の体操と鉄剣の素振りをしようと中庭に降りたら、先客がいた。スタッドさんだ。向こうも剣の練習をしていた。
そりゃあそうよね。常に鍛錬しておかないと、いざって時に使えないものね。
「おはようございます」と挨拶してラジオ体操第一を始めたら、それはなんだと聞いてきた。
「これはあたしの故郷に伝わる体操です。体の筋肉や腱を全て動かして、体のバランスを整えるんです」
「ふーん、そうか」
ここで、ラジオ体操について知っている蘊蓄を披露しようかと思ったけど、大して詳しくもないのに披露していろいろつっこまれたら困るので黙って剣の素振りをした。
「あんた、誰に習った?」
剣道の基本動作にテトが教えてくれた動作を組み合わせたんだけど、それは言えない。
「あの、家族から」
テトは家族でいいよね。こちらに来てから、ずっと一緒に暮らしてたんだもん。
「なるほど、我流か。それじゃあ、無駄な動きが多い。こうだ」
スタッドさんが、基本動作を見せてくれた。
「ほら、やってみろ」
同じ動きをやってみせる。
「踏み込みが甘いな。もっと鋭く」
何度もやって、型を覚えさせられた。
ていうか、あたし、あんたに弟子入りした覚えはないんだけど。でも、親切に教えてくれるんだから、まあ、いいか。
「あんたたち、食事の用意が出来たよ。早く来な」
「あ、はーい」
宿の女将さんに呼ばれて練習を切り上げた。
あたしが、練習用の剣をアイテムボックスにしまってタオルで汗を吹いていたら、スタッドさんが右の掌を出してきた。
「は?」
「教えてやったんだ。銀貨一枚でいいぜ」
「はあ? じゃあ何? さっきの指導は有料だったわけ?」
「あたりまえだろう。さ、銀貨一枚よこせ、いや、あんた金持ちだったな。金貨一枚だ」
「えええ? 何それ! あたし、か、金持ちじゃないし!」
どうして、金持ちってわかったわけ?
バトラーに憑かれてるってばれた?
もしかして、この人テレパシーが使えるの?
「何言ってる。中型船三台、小型船一台持ってる女が金持ちじゃないわけないだろ」
あー、良かった。金持ちってそういう意味ね。
「うー、わかったわよ」
仕方なく腰の袋から金貨一枚を出して渡した。
「明日も教えてやる。わかったな」
「いいえ、結構です!」
「いいや、俺の訓練を受けてもらう。あんたの剣の腕が上がったら、護衛任務が楽になるんだ。それに、金を貰ったからな。金貨一枚分は訓練してやるぜ。元を取りたかったら、俺の指導に従うんだな」
「あ、あんた、何様よ!」
「わめいてないで、行くぞ。さっさと飯を食べるんだ」
「勝手に人に命令しないで!」
この男、なんなの!
えっらそーに!
頭に来すぎて、朝食の味がわからなかったわよ。
こんな奴とあと四日も鼻つきあわせないといけないとか、ああ、腹が立つ!
しかし、ここは落ち着かないと。
すーはー、すーはー。
深呼吸してっと。
腹立ちまぎれに風魔法を使って帆を裂いたりしたら大変だもんね。
さ、もう一回、深呼吸!
すーはー、すーはー。
船は軽快に走っていたが、天候は次第に悪くなって行った。風が強くなって来たので、帆を巻いて櫂の力だけで進む。雨が降り始めた。
「今日はこれ以上進むのは無理そうですね。近くの船泊まりに行きましょう」
船室にいたあたしに、ラーケンさんが言った。
「その方がいいと思います。なんだか、嫌な予感がします」
どうしよう、前方にすごくいやな気配が漂っている。
もういい、テレパシーが使えるってわかってもいいわ。
索敵をしようとテレパシーを薄く広げた途端にめっちゃ邪悪な気配が前方、右側に出現した。
「みんな、前方右舷側に魔物。恐らく蛇よ!」
急いで結界を張る。
スタッドさんが一瞬で船首に立ち身構える。
ラーケンさんが舵を左に切った。
バキバキバキ、ドドドドド!!!!
右側の森の中から大きな蛇が飛び出した!
カーッと大きな口を開けてせまってくる。
「クタル」
杖が手の中に現れた。
「ファイヤーボール!」
蛇の口の中に向けてファイヤーボールを放った!
蛇がパクリと火を飲み込んだ。
きゃあー、きかない!
ファイヤーボールがきかない!
スタッドさんが「余計な事はするな!」と怒鳴ってくる。
再び、大蛇が迫った。大きく口を開け船を飲み込もうとする。
スタッドさんが、蛇の大口に向かって剣を突き出した。剣の先から光がほとばしる。
蛇の頭が吹き飛んだ。
胴が落ちてくる。
(バトラー、収納!)
(おまかせを!)
大蛇の胴がさっと空中で消えた。
「はあ、良かったあ。死ぬかと思った。魔物は河を渡って襲ってこないって言ってなかった?」
「森の木に胴体を巻き付け首だけ伸ばしてきたのでしょう。時々出るのです。雨が降っていて、河の表面に真水が増え聖水の効果が一時的に弱まっているのも原因の一つでしょう。胴を受け止めて下さってありがとうございます。あれが船の上に落ちて来たら、船はバラバラになっていたでしょう」
「受け止められて良かったです。河に投げ出されたらと思うとぞっとしますね」
雨は相変わらず降り続いている。スタッドさんが船に落ちた蛇の破片を剣の先に突き刺して河に投げ込んだ。剣を降って鞘にしまう。
「あんた、どうして蛇が襲ってくるってわかった?」
「あたし、昔から勘がいいんです。なんとなく、前の方の森からいやーあな気配がしたんで、目を凝らしたんです。そしたら、何か長いのが動いた気がして。それで」
テレパシーが使えるとか絶対言えないし。
「それだけか? それだけで、蛇と判断したのか?」
「うーん、それだけかと言われても」
「雨の降る視界の悪い中、森の中にいる大蛇が見えたっていうのか?」
「あ! そうそう。雷が光った時、赤い胴体が木々の間にちらっと見えたんですよ。それで、大声を上げたんです」
「ふーん、そうか。まあ、いい。おかげで楽に倒せたからな。蛇っていうのは、口の中が弱点なんだ。ファイヤーボールを口に向かって打ったのはいい判断だった。普通の大蛇ならな。あれは、火食い蛇、サラマンダーサーペントの上位種、ジャイアントサラマンダーサーペントだったんだ。あんたの打ったファイヤーボールくらいじゃあ、いい餌にしかならない。魔物っていうのはな、相手を見極めて的確に攻撃しないと、かえって勢いづかせてしまうんだ。まあ、これから経験を積むんだな」
スタッドさんから助言を貰った。
怒られるかと思ったのに。
意外にいい奴かも。
雨の中、甲板に落ちた蛇の破片が臭い。ジョーイが雨合羽を着て掃除を始めた。甲板に何か小さな生き物がクネクネ動いている。
うん? ミミズ?
と思っていたらジョーイがグシャとふんだ。甲板に散らばっている蛇の肉片と一緒にちりとりに掃き込みボートの外に捨てようとした。
「あ、待って。それ見せて」
「ミミズに興味あるのか?」
「うーん、これ、ミミズ?」
スタッドさんも覗き込む。
「ふむ、ちょっと違うな」
「でしょ。ちょっと調べてみたいな」
「王都の図書館にいけば、わかるかもしれませんね」とラーケンさん。
「冒険者ギルドには魔物に関する情報はあるが、こういった一般の動植物については皆無だからな。興味があるなら、図書館に行くといい。だが、一体何が気になるんだ?」
「調べてから、話します。勘違いかもしれないから」
あたしは死骸を、バトラーが出してくれた小瓶に入れコルクで蓋をした。バトラーに預ける。
雨は降り続いている。幸い近くに船泊まりがあった。小さな船泊まりだったが、雨を避けられるのがうれしい。船を寄せる。近くの農家が宿屋を兼ねていた。今日はそこで泊まる事になった。
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