第三章 大河ラング

第21話 失礼な奴!

(まあ、女ってのはそんなもんだがな。つまらん事でクヨクヨ悩む)

 これってひどくない?

 スタッドさんに言われたことが、心にぐっさり刺さってなかなか抜けない。

 うー、むかつく。

 スタッドさんて、いくつぐらいなんだろう?

 若者に見えるけど、エルフだよね。

 今度聞いてみようと風魔法を使いながら考えていた。

 船は順調に進んで行く。

 その日、宿泊を予定していた港町には日暮れについた。

 宿は、エリッサさんが用意してくれた水運ギルド直営の宿だ。めっちゃ、いい部屋だ。そりゃそうよね。なんといっても、あたしは倉庫二つ分の小麦をもってるんだもん。

 もし、あたしが不慮の事故とか魔物に襲われて死んだりしたら、アイテムボックスの中にある小麦も失われてしまうとみんな思ってる。

 アイテムボックスの中身って、普通は、持っている人が死んだら、そのまま無くなってしまうらしい。というか、そういわれている。

 あたしの場合は、あたしを殺した人、あるいは、魔物にバトラーが取り付いてそのまま引き継がれるんだけどね。

 だから、アイテムボックス持ちは死ぬ前にボックスの中身を全部外に出すようにしているらしいけど、そんなの即死だったら絶対無理なわけで、まあ、そういうわけで、あたしの待遇はとてもいい。

 こんなに待遇がいいと、返って怪しまれるんじゃないかと思うけど、でも、一体誰が怪しむだろう。うーん、盗賊とか、盗賊とか、盗賊とかかな?

 表向きは、風魔法の使える臨時のギルド職員ってことになってる。スタッドさんが急ぎの用事で王都に向かうので同行していると周りには説明している。

 小型船が積荷無しで王都に向かうんだもん。ある意味、めっちゃ怪しいよね。

 こんな事ならこの船にも何か積み荷を積んでおくんだった。

 夕食の席で、ラーケンさんに相談した。


「あの、あたし達の船って積み荷がないじゃないですか、これって凄く怪しくないですか? 何か積み荷があった方がいいんじゃないかと思うんですが?」

「いえいえ、乗客だけを大急ぎで送る場合はよくありますから心配しなくて大丈夫ですよ」

「あ、そうなんですね。そうですよね。エリッサさんならこんなこと既に折り込み済みですよね」


 なんといってもあたしを臨時のギルド職員に仕立てるくらいですからと心に中でつぶやいた。


「あんた、心配性だけど、理にかなった心配をするんだな」

「え?」


 ど、どういう意味?


「つまりだな、第三者が俺たちの船を見てどう思うか、想像してんだろ。以外に頭いいんじゃないか?」

「はあ、それはどうも」

「じゃあ、あんたが他人から見てどう見られているかわかってるか?」

「は?」

「うら若い乙女でありながら、船主だ。つまり、独身の金持ち娘ってことだ。狙われるぞ」

「え? え? 狙われるって盗賊にですか?」

「盗賊もだが、あんたと結婚したら、リッチになれるんだぜ。男達がほっておくわけないだろう。しかもあんたいい体してるし」

「スタッド!」

「はあーあ!、なんちゅうセクハラ発言!」


 思わず立ち上がる。火魔法をぶつけてやりたい!


「アズサさん、スタッドの非礼は私からお詫びします。ここはどうか穏便に」


 うー、くそ! むなくそ悪い!


「わ、わかりました。ラーケンさんに免じて許します。あの、あなた幾つなんですか? 女性に対してあまりにも失礼な発言が多いんですけど、とても大人とはおもえませんね」

「俺か、今年九十になるが、エルフの中じゃあ、若いほうだぜ。だから、俺と結婚しないか?」

「はあ?」


 なんなのこの男、無礼な発言ばかりしてるくせに結婚とか、なに考えてるの?


「もちろん、偽装だよ。B級冒険者でエルフの俺が婚約者なら、普通の男はまず寄ってこない。いい、隠れ蓑になるぜ」

「いいえ、冗談でしょ! あ、あんたなんかとたとえ偽装でも結婚するわけないじゃない!」

「まあ、落ち着け。なんでこんな事いうかって言うとだな。俺はあんたを無事に王都へ届けなきゃいけない。だけどな、噂っていうのは早いんだ。水運ギルドであんたが船主だってことは何人かが聞いてる。この先の港であんたを待ち伏せている輩がいるかもしれない。そういう連中から俺はあんたを守らなきゃいけない。あんたの婚約者になれば、少なくとも、あんたの財産目当てで寄ってくる奴らを牽制出来る。敵は少ない方がいいからな」

「あの、あたしのこと、見くびってません? 一応、剣も使えますし、魔法も使えます。結界も張れますので、財産目当てに寄ってくる男ぐらい、自分で撃退出来ます」


 その上、テレパシーも使えるんだから。男の下心なんて読みまくりよ。


「はっ、何を言ってる。だったら、俺があんたを誘惑して見せようか?」

「はあ?」


 驚いた瞬間、スタッドさんの顔形がぼやけた。あれっと思っていると、奇妙な感覚に襲われた。

 スタッドさんてこんなに先輩に似てた?

 あ、なんか、ずっと見ていたい。

 あの髪、めっちゃ綺麗!


(アズサ様、彼は魅了を使っています! しっかりして下さいませ!)


 バトラーの声が遠くに聞こえる。


「しっかりって、あたしはしっかりしてるわ」


(だめです。声に出しては。……、確か木桶が欲しいとおっしゃっていましたね?)

(え? そうだっけ。そうね。スタッドさんの髪を洗って上げるの。木桶をだして)


「イタッ! いたたたた!」


 足下に木桶が転がっている。頭が痛い。思わずしゃがみこんだ。


(アズサ様、木桶を出しましてございます。スタッド様が魅了を使われ、アズサ様が惑わされているようでしたので、失礼かと存じましたが、木桶を頭の上に落とさせて頂きました)

(ありがとう、バトラー。これからも、あたしがおかしくなったら、木桶を落として頂戴)

(承知しました)


 あぶなかったー。バトラーのおかげで助かったわ。


「あんた、魅了を使ったわね」


 スタッドさんに詰め寄った途端、「俺、あんたの嫁になる」ジョーイがスタッドさんに抱きついていた。

 スタッドさんがふっと笑って、何か呪文を唱えた。魅了が消えたのだろう、ふぬけたような表情をしていたジョーイが、目をパチパチさせ、きょとんとした。


「あれ、俺、何してるんだ?」

「今、スタッドさんが魅了を使ったのよ」

「えーー!」


 ジョーイが慌てて飛びずさる。


「悪かったな、ジョーイ。変だな、俺はあんたに魅了を使ったんだが、何故かジョーイにも効いてしまったようだ。その木桶、どうやって出したか知らないが、危機管理は万全みたいだな」

「え、えーっと、そうなの、魅了にかかりそうになったら自動的に木桶が落ちて来て正気に戻るようにアイテムボックスに細工してたの」


 ほんとはバトラーのおかげなんだけど、それは内緒だ。

 スタッドさんが、エールをごくりと飲む。


「そうか、あんたが魅了に対して対策を立てているのはわかった。あんた、意外に用心深いんだな」

「いえ、大したことでは。女一人で旅をして来ましたから、いろいろ対策は立ててるんです。だけど、最初からかからないようにした方がいいですよね。ちょっと待って下さい」


(バトラー、何か魅了対策のお守りはない?)

(ネックレスがございます)

(それ、出しくれる?)


「アイテムボックスに魅了対策のネックレスがありました。これを身につけておきますね。これで魅了にかからないかと思います」


 あたしはバトラーから受け取ったペンダントを出して首にかけた。


「これで、偽装婚約とか非常識なことはしなくていいかと」


 スタッドさんがあたしが身につけたペンダントを見てうなづいた。


「ああ、そういうお守りを身につけているなら理性を失う事はあるまい。あんた、何でも持ってるんだな」

「ええ、先祖代々溜め込んだあらゆる物を受け継ぎましたので」

「ところで、あんた、なんで王都に行くんだ?」

「え?」


 こ、こいつ、必殺話題転換を使うとは!

 いきなりそんなこと言われたら困るじゃない!


「か、関係ないでしょ。あんたには」


 ここで閃いた。


「あたし、実は親の決めた婚約者がいるの」


 先輩ごめん、勝手に婚約者にして。


「なんだ、あんた婚約者がいるのか。だったら、心配する必要なかったな。王都で結婚するのか?」

「そ、それは。あの、決まってなくて」

「ふーん、あんたの親はどうして、娘を一人で旅に出したんだ?」

「最初は一人じゃなかったんです」


 嘘ではない。だって、メリーとテトが一緒だったから。


「途中まで仲間と一緒だったんだけど、目的地が違うってことで別れたんです。そこからは一人でした。あと、両親は二人共、流行病はやりやまいで亡くなりました。両親は婚約者にあたしを託したかったんだと思います。ですが、婚約者がいる話だけをして、死んでしまって、どこにいるのかわからなくて、実は、王都に探しに行くんです。王都にいるかどうかわからないんですけど。人の集まる所なら何か手掛かりがあるかなと思って」


 我ながらいい手を思いついちゃった。この設定なら、先輩を探しても不自然じゃないわよね。


「どうして、冒険者ギルドに人探しの依頼をかけなかった?」

「え? 冒険者ギルドってそんな依頼も出せるんですか?」

「あんた、本当に何も知らないんだな。もちろん、出せるさ。冒険者ギルドってのはな。およそ、他人にやってもらいたい仕事はなんだって出せるんだぜ。ま、王都についたら冒険者ギルドに行ってみな。相談にのってくれるぜ」

「そうなんですね。行ってみます」

「さ、今日はもう遅いですからね、休みましょう。明日も、頑張って進みますよ」


 ラーケンさんが皆に声をかける。

 酔いつぶれた水夫達をかかえて、みんな部屋に戻った。

 

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