第20話 出港

 翌朝、ギルドに行ったら、既にエリッサさんとラーケンさんが来ていた。


「あら、おはよう、待ってたのよ」


 ニコニコニコっとエリッサさんが極上の笑顔を浮かべている。

 うーん?

 人って、言いにくいことや頼み事のある時って必要以上にニコニコするよねって思っているとラーケンさんもこれまた極上の笑顔で話しかけて来る。


「おはようございます。とても良い天気ですね。まさに出航日和ですね」


 ラーケンさんの口角もぐぐっと上がっている。

 二人そろってって絶対怪しい。

 なんというか、腹に一物、魂胆ありありっていうのが、一目でわかる笑顔だ。

 一瞬、二人の心を読もうかと思った。

 しかし、知り合いの心を勝手に読むのは、ルール違反と思ってやめた。


「あ、あの、おはようございます。あの、お二人揃って何か?」


 あたしは、答えながら一歩下がる。


「うふふ、実はね、三隻の船団の方なんだけど、手入れが良かったみたいで、すぐに使えるの。それで、今、港に停めてあるんだけどね。昨日、預けた荷、あれをね、三隻の船に積んで貰えないかしら。そしたら倉庫一つ分空くでしょう。それから、もう一度倉庫に行って、倉庫一つ分を収納して欲しいの。効率的だと思わない?」


「え? え? え?」


 おもわず首をひねる。あたしが荷を積むって、つまり、アイテムボックスの荷を一旦、三隻の中型船に積むって事だよね。


「まあ、確かにそうですけど」

「王都に運ぶ分は、あなたのアイテムボックスが空いたら、三つ目の倉庫に行って収納して欲しいの」

「協力して頂けないでしょうかね? 人夫を雇って倉庫一つ分の荷を積み込むとなると、二日はかかるでしょう。そうすると、出航が三日後になるのです。ですが、アズサさんに積んで貰ったら、早ければ今日、出航出来るのです。頼めませんか?」とラーケンさん。


 二人の見えない圧力が凄い。まあ、それぐらいならいいか。


「わかりました。出来るだけ早く王都に小麦を運びたいですものね。協力させて貰います」

「良かったわ。きっとそう言って貰えると思ってた。その代わりと言ってはなんだけど、旅先の宿は水運ギルド直営の宿を用意するわ」


 なんだか、釈然としないけど。とりあえず礼を言っておこう。


「あ、ありがとうございます」


 というわけで、あたし達は港に行った。三隻の中型船に小麦を積み込んで行く。と言っても、あたしが積むんじゃなくて、バトラーに積んで貰ってるんだけどね。これで、アイテムボックスに倉庫一つ分の空きが出来た。

 作業はすぐに終わったので、もう一度倉庫街に行って倉庫一つ分の小麦をアイテムボックスに収納する。

 ラーケンさんが、


「巨大アイテムボックスをお持ちの方と仕事をするのは初めてですが、いや、それにしても素晴らしいアイテムボックスですねぇ! こんなに早く仕事が片付くとは!」


 と、いたく関心してくれた。

 なんか、只働きさせられたみたいだけど、まあ、いいか。

 水運ギルドに戻ると、いかめしい雰囲気の男の人が挨拶をしてきた。


「ラーケン、今、船を見て来た。安心してくれ、無事王都まで届けるよ」

「ボルフィ船長、引き受けて下さって感謝します。こちらが、船主のアズサさんです」

「初めまして、アズサです。よろしくお願いします」

「ほう、このように若い娘さんが船主とは驚きですな。ご安心下さい。無事王都まで荷を運びましょう」


 そこにエリッサさんが、一人のエルフを伴ってやってきた。

 ボルフィさんは「船員達と打ち合わせがありますから」と言って船員が集まっている所へ戻っていった。


「アズサ、王都まで護衛してくれるスタッドよ。スタッド、こちらが今回小麦を運んでくれるアズサ」


 と紹介してくれた。冒険者ギルドで会ったあのスタッドさんだ。


「あの、冒険者ギルドでお会いしましたよね。覚えていませんか?」


 スタッドさんはちょっと首をかしげて、「あー、あの時の」と思い出してくれた。


「あら、二人は知り合い?」

「あたしが、冒険者ギルドの入り口で入ろうか、入るまいか迷っていたら、声をかけてくれて」

「君が入り口を塞いでいたからな。それだけだ。知り合いという程ではない」

「そうなの。まあ、いいわ。スタッドの腕は確かよ。だから、安心して船旅を楽しんで」

「いえいえ、大切な小麦を預かっているのですから、楽しむなんて余裕は」

「まあ、真面目なのね。良かったわ」


 エリッサさんがスタッドさんをチラリと見た。

 スタッドさんが微かに頷く。

 うん? 今のは何?

 スタッドさんて、護衛というより、もしかして、あたしが逃げ出さないように見張る役?

 今のアイコンタクトはそういう意味?

 切羽詰まっているとはいえ、大切な荷物を初対面の相手に託すんだもんね、見張りぐらいつけるよね。

 皆に挨拶をしてカルルカン号に乗りこむ。

 天候は晴れ、絶好の船旅日和だった。

 大河に漕ぎ出したカルルカン号が速やかに進んで行く。

 途中、河を上って行く小型船とすれ違った。

 陸に船子達がいて、船にカギをひっかけ馬で引いていた。


「あの船には風魔法使いがいないのですよ。大河ラングの流れはゆったりしてますからね、大抵は風と水夫の力で上れるのですが、今日は風が向かい風ですからああして、人手にたよるのですよ。我々にとっては追い風ですがね」


 ラーケンさんがあたしに説明しながら舵を握っている。

 河の流れに逆らって船をすすめるのは、やはり大変なのだろう。

 カルルカン号に乗ってしばらくすると、どこからか微かに鐘の音が響いてきた。


「そろそろ昼ですね。交代でランチにしましょう」


 まず、あたしとラーケンさん、スタッドさんが食事をする。舵はジョーイが握っている。


「ラーケンさん、こちらをどうぞ」


 あたしはバトラーから木の皿に乗った黒パンとハム、スープ、木のコップに入った果物の搾り汁を受け取ってラーケンさんに渡した。水の入ったフィンガーボールも出す。


「この水で手を洗うといいですよ。食べる前に手を洗うだけで、病気になりにくくなります」

「ほう、それは存じませんでした。アズサさんは貴族に仕えていた事があるのですか?」

「いえ、あたしはないんですが、ご先祖にはいた見たいであたしも習慣で手を洗うんです」


 スタッドさんが、ちらりとあたしを見た。あたしと料理を見比べている。


「この料理はあんたが調達したのか?」

「えーっと、ご先祖様がアイテムボックスに入れていた物なので、よくわかりません」

「つまり、何時、誰が、誰のために作った物かわからないと」

「そうです。ですが、あたしのご先祖様が自分が食べる為に調達した物ですから、食べても大丈夫ですよ。ご不信なら、毒味しますね」


(バトラー、大丈夫だよね)

(はい、大丈夫です。鑑定していただければ、わかります)


 あたしは、目の前のスープやパンを鑑定して、毒が入っていない事を確認する。

 それから、それぞれ一口食べて毒味をした。

 スタッドさんが、あたしの様子を確認してから「大丈夫みたいだな」と言って食べ始めた。

 さすが、B級冒険者! 用心深い。

 あたしも見習わなきゃ。

 そういえば、この河って魔物は出ないのかしら?

 テレパシーをうす~く広げて索敵したいけど、B級冒険者の目の前でテレパシーを使うのは些か気が引ける。テレパシー能力があるって一発で見抜かれそうだ。


「あの、この河には魔物はいないんですか?」

「え? 君、知らないの?」

「何をですか?」

「アズサさんが遠くから来たと聞いていましたが、よほど遠い所からいらっしゃったのですね」とラーケンさん。

「大河ラングには、神殿が聖水を流しているんだ。だから魔物は住めない」

「へえ、そうだったんですか」

「川沿いにある泉にはすべて神殿が建っている。湧き出す水の周りに神殿を建て神に捧げて聖水とし、それを大河ラングに流しているんだ」

「存じませんでした。だったら、安心ですね」


 スタッドさんがふっと笑った。


「あんた、相当能天気だな。魔物は住めないし、聖水が流れる河に浸かってまで船を襲う魔物はいない。だが、全くいないわけではないんだ。例えば、鳥系の魔物は聖水が流れていても関係ない。水に浸からず襲えるからな。ただ、獲物を水に落としたら拾えない。そういう意味では河で狩りをするのはリスクが高いんだ。だから滅多に襲ってこないが、それでも、絶対ないとは言い切れない。そして、人間に聖水は効かない。盗賊が襲撃してくる可能性もある」

「ですが、小さい船を襲っても儲かりません。襲うなら大型船でしょう。まあ、誰もこの船に倉庫二つ分の、う!」


 スタッドさんがラーケンさんの口をさっと抑えて、じろりと睨みつけた。

 ラーケンさんもハッとして口をつぐんだ。


「ま、まあ、まず襲われません。安心して大丈夫ですよ」


 二人のやり取りを見ながら、あたしは冒険者ギルドで小耳に挟んだ話を思い出していた。

 確か、レッドスター号を襲った魔物は、河を泳いで渡って逃げたって。

 魔物は聖なる河を渡れない筈なのに。


「あの、レッドスター号に穴を開けたレッドボアは、河に落ちてどうして死ななかったんですか?」

「聖水につかったからといって急に死にはしません。ですが、かなり苦痛を感じるようです。すごく、嫌がりますからね」

「うん? あんた、その話、どこで聞いた?」

「冒険者ギルドに行った時、誰かが噂していたので」

「ああ、あの時か」

「アズサさんはどこまでこの話をご存知ですか?」

「詳しくは知らないんです。でも、ジョーイが船から逃げた時の話や、ギルドの噂話から推測すると、ラーケンさん達が眠らせて運んでいたレッドボアが途中で目覚めて、ブレスを吐いて逃げ出した。その時、レッドスター号に穴を開けて沈めた。でも、おかしいですよね。レッドボアの住処は河の向こう側でしょ。でもレッドスター号はこちら側の岸の近くに沈んでいましたよね。レインミューズ号は河のどの辺りを航行していたんですか?」

「向こう岸近くでしたね。ですから、レッドボアが最短距離で向こう岸に逃げればレッドスター号は沈められなかった筈なんですよ、ですが、レッドボアは闇雲にブレスを吐いて飛び出し、航行中のレッドスター号にぶつかって暴れて穴を開けやっと方向をかえて逃げて行ったのですよ。我々も命からがら泳いでにげたんです。向こう岸に泳ぎ着いたのですが、ちょうどナシムの街に帰ろうとしていた冒険者達に助けられましてね、本当に九死に一生でした」

「無事に逃げられて良かったですね」

「運が良かったです」


 あたしは河の向こう岸、レッドボアの生息地を見やった。河岸の向こうに凶暴なレッドボアがたくさん住んでるとか、まじ怖い!


「あの、レッドボアが河岸から船に向かってブレスを吐いたりはしないんですか?」

「何の為に?」

「うーん、何の為にと言われても」

「大丈夫ですよ。さっきも言ったように聖なる河に入ってまで狩りをするような魔物はいません。狩りや縄張りを守ったりする為ならブレスを使いますが、それ以外で無駄なブレスを放つ魔物などいませんよ。それに、ここはもうレッドボアの生息地を離れましたからね」

「そうなんですね。あたし、例えばレッドボア同士の戦いで放たれたブレスがたまたま船にあたるとか、あったらどうしようって考えてしまいました」

「あんた、能天気に見えて、心配性なんだな。まあ、女ってのはそんなもんだがな。つまらん事でクヨクヨ悩む」

「スタッド、口が過ぎますぞ。アズサさん、いろいろな事態を想定するのはいい事だと思いますよ。確かに流れブレスはあるかもしれませんが、仮にあったとしても、岸辺の木々に阻まれて船にあたることはまずないでしょう」


 果物の搾り汁をごくりと飲んだラーケンさんがスタッドさんに聞いた。

 

「ところで、我々が捕まえたレッドボアですが、あれは特殊個体だったのですか? もし、特殊個体だったらアンジェラのかけた深眠の術がきかなかったのも納得がいきますが、スタッドさんが倒されたのですよね?」

「……、今ギルドで調べて貰っている。俺も返事待ちなんだ」

「あの、スタッドさんが倒したんですよね。どうやって倒したんですか?」

「そんなこときいてどうする?」

「え、だってB級冒険者の戦い方って興味があるじゃないですか!」

「その話なら、私も聞きたいですね」とラーケンさんも身を乗り出す。

「あんたたち、水夫達とランチを交代しなくていいのか?」

「おや、もうそんな時間でしたか」


 風が弱くなっていた。


「アズサさん、風魔法をお願いできますか?」

「わかりました。初仕事、がんばりますね」


 スタッドさんは、船首に座りあたりの様子を伺っている。

 空からの魔物や盗賊の襲撃に備えているみたいだ。

 ラーケンさんは舵の前に立った。

 あたしは船室の上に上って風魔法使いの席に着く。帆にあてる風の勢いとか方向とか、長時間風を起こし続けないといけないとか、諸々あって椅子が用意されてるんだそうだ。

 椅子に座って、帆に風を送った。

 強い風をいきなり送ると、帆が裂ける。最初は緩く、小さな風。帆が膨らみ始めたら大きくしてっと。

 船足が早くなってきた。

 このまま、風をキープ!

 初仕事にしては、いいんじゃない!

 青い空に白い帆が映える。

 この空は先輩の元に続いている筈!

 先輩、待ってて下さい。

 きっときっと先輩を見つけだしてみせます。

 そして一緒に元の世界に帰りましょう!

 さあ、王都に向けてレッツゴー!

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