第19話 アズサ、風魔法を覚える

「あの、ラーケンさん、レッドボアを王都まで運んでいましたよね。それは何日くらいかかるのですか?」

「大型船と一緒で五日で航行しますよ。それ以上だと、レッドボアが弱ってしまって、肉が不味くなりますからね。風魔法で帆をはらませ、高速で航行するのです。途中、小型船ならショートカット出来る運河もありますし、カルルカン号だけなら王都まで五日で行けますよ」

「船団だと難しいってことね?」

「ま、そうなりますね」

「だけど、魔法使いはどうするの?」とエリッサさん。

「新たに探すしかないでしょうね」

「だったら、無理ね」

「え? どうしてですか?」

「今、多くの魔法使いが王都の警備に駆り出されていて魔法使いそのものが少ないの。その上、あなた達と一緒に王都まで行くってことは、ソロの魔法使いでしょ。大抵の魔法使いは冒険者と組んでパーティで仕事をしているし。ソロの風魔法が使える魔法使いなんて、まず見つからないわね」


 エリッサさんがふと、言葉を切った。何か、思い出している?


「そういえば、話は変わるけど、あなたが組んでいた冒険者パーティ『夜明オーロラけの鉄剣アイアン』のアンジェラは、どうしてるの?」

「アンジェラですか? 彼女は船主に船代を弁償する代わりに奴隷落ちして、王都へ行ったと聞いています」

「ええ、船代って、ラーケンさん達の船の?」


 驚いて聞き返す。船一台分のお金を一人で賄えるのだろうか?


「正確には、我々が借りていた船、レインミューズ号の弁償です。皆で船主に払うという話をしたのですが、アンジェラは、責任を感じて船の弁償だけでなく、冒険者パーティへの弁償金や、我々への見舞金まで払ってくれましたよ。そこまでしなくていいと言ったのですがね」


 とラーケンさんが説明してくれる。


「元々冒険者パーティ『夜明オーロラけの鉄剣アイアン』の魔法使いが死んで、新しく雇った新人がアンジェラでした。そこそこの魔力だったのですが、魔獣狩りに慣れてなかったのですよ。魔獣に深眠の術をかけたつもりが、浅かったのです。どちらにしろ、魔法使いを探すのは難しそうですね」


 ラーケンさんが腕組みをしてため息をついた。


「風魔法って習得が難しいのですか? あの、あたし、火魔法と水魔法は使えるんですが」

「まあ、あなた、魔法が使えるの? だったら、私が教えてあげるわ」

「え? エリッサさんは風魔法使いなんですか?」

「風魔法だけでなく、魔法全般使えるわよ。一番得意なのは水魔法かしらね。これでも若い頃は冒険者パーティの一員で幾つものダンジョンに潜ったものよ。帆をはらませる風魔法ならすぐに覚えられるわ」


 ギルドマスターとしての仕事はしなくていいのだろうかと思ったが、あたしが風魔法を覚えたら、「倉庫二つ分の小麦が五日で王都に届くのよ。ギルドとしては、あなたに風魔法を教えるのは最優先事項ね」と言われた。

 溜まった船荷をどう捌くかで、胃の痛い思いをしていたエリッサさんは物凄く嬉しそうだった。

 中型船三台の船荷は、十日ばかりかけて王都へ向うという話になった。

 カルルカン号はラーケンさん達が操船してくれるが、残り三台を操船する船乗りが必要だ。

 ラーケンさん達はもう一度、ドックに中型船を見に行くと言って水運ギルドを出て行った。どれくらいの荷物が積めるか確認して、新しく水夫を募集するのだという。

 ランチの後、エリッサさんはあたしを水運ギルドの練習場に連れて行った。


「ここはね、航海に必要な技術を覚える場所なの。オールの漕ぎ方や帆の張り方を学ぶのよ。もちろん、風魔法を使って帆を操る訓練もね。ほら、あそこに、練習用の帆が貼ってあるでしょ」


 十メートルくらい先の地面に、帆柱が立っていてそれに帆が張られている。


「最終的には、あの帆に向かって風を当てて貰うけど、まず、小さな風を起こす所から始めるわよ。さ、こっちに来て」


 エリッサさんが、壺のような物が置いてある場所に行く。そこに、木片を入れて火をつけた。薄く煙が上がる。


「風魔法は、目に見えないでしょ。だから、こうして煙を作って、風の流れを視覚化して練習するのよ」

「なるほど」


 漫画だと、風が動いている様子を描けるけど、実際は見えないものね。

 しかし、けむい! ゴホンゴホン。


「さ、杖を出して」

「え! 杖ですか?」

「ええ、そうよ。魔法の力が向かう方向を正確に出来るでしょ。一点に絞ると勢いが増すし。杖なしでも出来なくはないけど。風を正確に帆に当てるには、杖が必要よ」

「ちょっと待って下さいね」


 あたしは、マントの内側、アイテムボックスの中を探すふりをする。


(バトラー、杖だして)

(かしこまりました)


 マントの下に出てきた杖は宝石で装飾された豪華な杖!


(な、何、これ、ダメよ。こんな豪華なの)

(魔石で魔力を補強できる古の女王レクラツェラが持っていたと言われる杖でございます)

(もっと、シンプルな短いの。質実剛健な杖にして!)


 次にバトラーが出してくれた杖は長さ20センチ程の柘植の木のような黄土色した杖だ。

 あたしはそれを取り出した。


(その杖はクタルといいます。名前を呼ぶと手元に現れます)

(そうなんだ、教えてくれてありがとう)


「えっと、はい、杖、出しました」

「そしたら、『風の精霊よ、我が想いのままに風を吹かせよ』と詠唱して、それから、こういう風にくるくる回して、杖の先で魔素を集めるイメージで煙の塊を作って」


 エリッサさんがやって見せてくれる。


「次に、こうやって、煙を向こうへ押し出すイメージで」


 エリッサさんと同じように詠唱して杖を振ってみるが、うまくいかない。

 思わず念動力(サイコキネシス)を使って動かしそうになった。

 だけど、この力は御法度だ。


「初めからうまくいかないわね。小さな煙を少し動かせたら、徐々に大きく動かしていくの」


 あたしはエリッサさんの指導の元、風魔法の練習をした。そこそこ大きな空気の塊を動かせるようになったら、今度はそれを持続させる練習だ。

 帆を一定時間はらませなければならない。

 とりあえず、一瞬だが、帆をはらませられた。


「あなた、筋がいいわ。その調子で練習して。魔力が残り十パーセントになったらやめるのよ。魔力切れを起こしたら大変だから」


 エリッサさんは、あたしに練習方法を教えるとギルドに戻っていった。

 王都へ運ぶ小麦は近隣の農家から、商人達が買い上げ水運ギルドがナシム産小麦として王都へ運ぶ。

 商人達がそれぞれ船を雇うより、水運ギルドに運搬を任せた方が安全安心ぼったくられないといい事づくめらしい。

 水運ギルド側としては、荷を期日までにきちんと運ばなければ、商人にペナルティを払わなければならないので、あたしが倉庫二つ分の荷を運んでくれるのはとても助かるらしい。

 そりゃあ、あたしに風魔法を教えるのも、力が入ろうってもんよね。

 一時間ほど練習したら、大きな風を起こして帆を十分ほどはらませられるようになった。はらませた帆は止まれと言うまで孕んだままだ。

 練習場を管理していた女性スタッフがあたしの様子を見て、「凄いです。こんなに早く習得した人はいません。エリッサさんを呼んできますね」と言って走っていった。

 しばらくすると、エリッサさんとラーケンさん達がやってきた。

 あたしが帆を孕ませて見せると、みんな驚いたり喜んだりした。

 もしかして、あたしって魔法に適性あり? いやいや、きっとメリーが訓練してくれたおかげね。


「これなら、明日出発出来ますよ」とラーケンさん。

「良かったです!」

「あ、冒険者ギルドに護衛を頼むのを忘れていたわ。急いで頼まないと」


 エリッサさんが練習場にいたスタッフに、冒険者ギルドに使いに行くよう命じた。


「さ、ギルドに戻って契約を結びましょう」


 エリッサさんに促されて、あたし達は水運ギルドに戻った。

 まず、船主として船荷を運ぶ契約を水運ギルドとする。

 それから、ラーケンさん達とカルルカン号、中型船三台の運用の契約を結ぶ。

 ラーケンさん達と取り分を決めた。

 ジェフリーさんが、中型船の標識を持って来たので、ドックへ行き標識を取り付ける。

 今朝行った倉庫へエリッサさんと行って、倉庫二つ分の小麦をバトラーに収納して貰ってギルドへ戻った。

 ギルドではラーケンさん達が、中型船を操船して貰う船員の募集をかけている。

 すぐに集まるといいな。エリッサさんの胃の為にも。

 明日朝集合する約束をして、その日は解散した。


 宿へ戻り屋根裏でお風呂に浸かりながら、なんだかめちゃくちゃ忙しかったなあと、まじしみじみ。


 

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