第12話 王都行きチケット
「チケットをお買い求めでしょうか?」
「はい、あの、王都行きの客船のチケットはないんでしょうか?」
「戴冠式がございますので、王都行きのチケットは三週間先まで売り切れでございまして、その上、大型船が航路上に沈没してしまいまして、すでにチケットを購入されたお客様のみ小型船で隣の港町ハルメラを経由して王都まで行って頂いております。仮に小型船で隣の港町ハルメラへ行けたとしても、今からハルメラ発の客船のチケットをお取りになるのは些か難しいかと思います」
女性が気の毒そうに言った。
女性の心に(レッドスター号さえ沈まなければ)という思いがフワッと浮かんで消えた。
「あの、あたし、実は船を持っているのですが、船員がいなくて困っているんです」
「えっ、船をお持ちなのですか?」
「ええ、先祖が持っていた船を受け継ぎまして」
「でしたら、水運ギルドの方で船員の募集をかけられたらいいですよ。この建物の二軒隣です。看板が出ているのですぐにわかりますよ」
女性に礼を言って外に出た。建物を出て左側、二軒先に水運ギルドがあった。
水運ギルドへ向かって一歩足を踏み出した瞬間、男が道を塞いだ。
「ようよう、姉ちゃんよう。チケット探してるんだろう?」
見ると、無精髭を生やした小汚い男が立っていた。
「そうよ」
「チケットは三週間先まで売り切れだぜ」
「知ってるわ」
「実はよ、ここだけの話な。王都行きのチケットが一枚だけあるんだがよ」
「え? チケットがあるの?」
「ああ、あるぜ。ほら、あそこに停まっている青い小型客船があるだろう?」
あたしは男が指差した方を見た。港に小型の船が停まっている。
「あの船、ブルーロックっていうんだけどよ、明日出航する船なんだ。あの船のチケットが一枚あるんだ。あんた、一人だろ。連れのいる客は買わねえ。一枚だけあっても仕方ねえからな。だから、あんたに声をかけたってわけよ。あの船は隣の港町ハルメラで客船カンナマリー号に接続してるんだ。どうだ、買わねえか?」
男の心を読んでみた。
(こいつが売れたら、借金が返せる。女房を売らずに済む)
という思いが流れ込んで来た。
「いくらなの?」
「ここじゃあ、詳しく話せねえ」
「どこだったら、話せるの?」
「こっちだ。ついて来てくれ」
あたしは男について行った。
(アズサ様、些か胡散臭い話かと)
(うん、わかってる)
男の心から愚痴が溢れてきた。
(こんな人の良さそうな女を奴隷に売り飛ばすなんてよ、悪いってわかってても女房に手を出されたらと思うと。仕方ねえ。仕方ねえんだ。ごめんよ、姉ちゃん)
やっぱり、騙そうとしていたのね。
(ああ、船さえあればなあ。レインミューズ号が沈まなけりゃあ、幸せだったのによ。なんで、目が覚めたんだよ。レッドボアめ。あいつが船の中で暴れなきゃあ、船は沈まなかったのによ。ああ、ついてねえ、ついてねえ。船さえ沈まなきゃあ、幸せだった。女房売れなんて、絶対できっこねえ。エルザを売るなんてよ)
でも、この人と家族は本当に困ってるみたいだし。
男はしばらく歩いて左へ折れた。どうやら飲み屋街のようだ。すえた匂いが鼻につく。
「おい、姉ちゃんこっちだ」
飲み屋街の入り口で思わず立ち止まった。
この奥に行くのは、かなりまずい。
「ちょっと待って。あんたさ、元水夫なんでしょ」
「え? なんで知ってるんだ」
「ていうか、また、船に乗って働きたいんじゃないの?」
「え? え? え? な、なんでわかるんだよ」
「まず、あんたの服装。水夫っぽい。で、すっごく汚れてる。もしかたら、以前は水夫だったけど、今はやってない。健康そうだし、引退する年でもないってなったら船を何かの事情で降りた。というか、降りざるを得なかった。となれば、魔物に襲われて沈没した船と何か関係あるのかなって。船があれば、また、水夫に復帰したいんじゃないかなって思ったの」
「あんた、すごいな。冒険者か? A級やS級の冒険者には切れ者がいるって聞いた事があるが、いや、恐れ入った」
テレパシーで心を読んだんだけどね。いきなり、名探偵になった気分!
「だったら、一人旅の女を騙すような悪い連中とは付き合わない方がいいわよ」
「えええーーー! なんで判るんだよ」
「チケットを売りたいなら、あの場で売ってた筈よ。チケットは一枚しかないって言ってたけど、人がたくさんいたら、あなたの売り値より高い値段をつける人がいるかもしれない。そしたら、どこかでコソコソ取引するより儲かると思う。どこかに連れて行こうとした時点で、悪い人間にあたしを渡そうとしているのは火を見るよりも明らかだわ。一人旅をしているとね、勘が働くようになるのよ」
っていうのは嘘八百だけど。ま、嘘も方便よね!
「とにかく、水夫に復帰したいんだったら、悪事に手を染めてはダメ。どんな仕事も信用第一よ」
「でもよ、でもよ。俺、借金しててよ、なんでもいいから稼がないといけねえんだ」
「あんた、名前は? あたしはアズサ、旅人よ」
「俺、ジョーイ。な、俺と一緒に来てくれよ。そうしないと、俺の女房があいつらに連れて行かれてしまうんだ」
「いくらなの? 借金は?」
「金貨三十枚」
「で、あたしを連れて行ったらいくら貰えるの?」
「あんたみたいなよ、上玉を連れて行ったら、借金をチャラにしてもらえるんだ」
この人は奥さんを守ろうと必死なんだ。
「いいわ、ついて行って上げる。案内して」
「え! いいのかよ。あんた奴隷に売り飛ばされ」
ジョーイが大急ぎで口を塞いで「あわわ」と言った。
「いいから、案内して。あたしに考えがあるの」
ジョーイは薄暗い路地に入って行った。そこには、数人の男達が屯していた。
「みんな、つ、連れてきたぜ」
「ジョーイ、よくやった」
とスキンヘッドの男がジョーイを労う。
「チケットは?」
とスキンヘッドの男に問いかけると男はニタニタ笑いながら、「あるぜ」と言った。
チケットをヒラヒラして見せる。
あたしが手を出すと、男はさっとチケットを高く上げた。
「先に金を払ってもらわなきゃな」
「いくら?」
チケット売り場では、王都まで二等船室で金貨二枚だった。
「金貨五十枚だ」
「えええ! いくらなんでも高すぎない」
「何を言ってる。これで、戴冠式前に王都に行けるんだ。安いもんだぜ」
「もし、金がないっていうんだったら、借りるっていう手もあるぜ。俺達の知り合いの金貸しは王都にも店を持っててな。ここで借りて、王都の店で返してもいいんだぜ。こっちの書類にサインしたら、金貨五十枚借りれるぜ。な、俺たちって親切だろ!」
頭をモヒカン刈りにした別の男が茶色い歯を見せて笑う。
心を読むまでもない。この男達は悪党だ。
「そのチケットが本物なら、お金を払うわ」
「え? お前、金貨五十枚持ってるのか?」
「うーん、金貨じゃないんだけどね」
(バトラー、こいつらの頭の上に鉄貨で金貨五十枚分落としてやって)
(承知致しました)
ドドドドドッ
男達の上に鉄貨が落ちた。
鉄貨500000枚、約500キロの鉄に埋もれ、悲鳴を上げる男達。
「な、なんだ? これは??」
「金貨五十枚分鉄貨で払っただけだけど。チケット、貰うわね」
あたしは鉄貨に埋もれた男の手からチケットを拾い上げた。
チケットには、王都行き二等船室、乗船日は明日だ。
良かった、これで船に乗れるわ。
(アズサ様、チケットのデザインが些か怪しうございます。これは偽物ではないかと)
バトラーに言われて、チケットを鑑定してみた。
【偽チケット】王都までのチケットを模して作られた物。粗悪品
(バトラー、こいつらを縛る縄、縄出して!)
「あんた達、このチケット、偽物じゃない。騙したのね。お金は返してもらうわって、その前に、ジョーイ、こいつらを縛り上げて」
あたしは、バトラーから受け取った縄をジョーイに渡した。
「チキショウ、ジョーイ、俺達を裏切るのか? 女房がどうなってもいいのか?」
「残念だったわね、ジョーイはあたしが雇ったの」
「え? えええ!」
と驚くジョーイ。
「一人縛ったら金貨一枚上げるわ」
「ほ、本当かよ」
バトラーから受け取った金貨十枚が入った袋をジョーイに見せる。
「ね、お金はあるの。さっさと縛り上げて頂戴。それから、役人を呼んできて。呼んできたらこの袋毎上げるわよ」
ジョーイが悪者達を縛り上げ役人を呼びに行っている間に鉄貨を回収した。落ちていた借用書を拾い上げて中身を確かめる。
表紙は普通の借用書だったが、二枚目から特約事項みたいなのが書いてあって、最終ページにサインする仕様になっていた。
特約事項を読んでみると、大変な事が分かった。
数十枚に及ぶ借用書の中身は金貨百枚の借用書で、しかも、金貨百枚の代わりに奴隷になりますっていう誓約書を兼ねていた。
安易にサインすると奴隷になる仕組みになっていたのだ。
最低!
警らの役人が来たので、偽物のチケット、契約書と一緒に男達を引き渡した。
役人は部下に悪者達を連れていくように命じ、あたしの方に向き直った。
「よくぞ証拠と一緒に捕まえてくれた。こいつらのやり方は巧妙でな、何人も奴隷にさせられておる。しかし、役所としては契約書がある以上、騙して奴隷にしただろうとは言えんでな。奴隷になってしまっては証言は無効になるしでな。騙されたと言って来ても、摘発できなくて困っておった。せいぜい、身内に連絡して借金を返済させる以外、救う手立てがなかったのだよ。
私はアーノルド、警ら隊長を拝命している。また、事情を聞くかもしれんが、その時は協力を。
ああ、それと、詐欺グループの摘発に協力したので報奨金が出るだろう。後で、役所に来るように」
「あの、あのお役人様、報奨金は幾らぐらい出るのでしょうか?」
ジョーイが恐る恐る尋ねた。
「そうだな、確か詐欺グループ一人につき金貨五枚だったと思うから、金貨二十枚くらいは出るかのう。あと、懸賞金もついた筈だ。合わせて金貨五十枚くらいにはなると思うぞ」
「やった! 借金を返す目処が立ったぞ! ありがとうございます」
「おう、それではな」
と紅色のマントを翻して行ってしまった。
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