第11話 港町ナシム

 チャリオットを降りて、バトラーに預ける。

 馬のない馬車に乗って走っているとか、怪しすぎるものね。

 ナシムの街は石造の外壁で囲まれていた。まもなく日が暮れる。その前に街の中に入りたい。

 が、門の前に列が出来ている。列の最後は荷馬車だ。御者に声をかけた。


「随分並んでますね」

「うん? あんた、ここは初めてかい?」

「はい」

「もうすぐ、新しい王様の戴冠式が王都であるんだ。皆ここから船で王都に向かおうと集まってるのさ」

「へえ、凄い賑わいですね」

「ああ、所がなあ、大型船が魔物にやられてね。船が航路の真ん中に沈んじまってよ。船が通れなくなっちまったんだ。小型船で次の港町まで運んでるんだが、これが追いつかなくてな。人も物も足止めされて増え続けてるのさ」

「え、そしたら、宿は一杯でしょうか?」

「これから宿を探すのかい?」

「はい」

「そうさな、俺達みたいな農民は馬車で寝泊まりするからよく知らないが……」


 おじさんがあたしをさっと一瞥する。

 なんか値踏みされたみたい。

 気になって心を読んでみた。


(身なりもいい、言葉使いも丁寧だ、金も持っていそうだな。紹介しても大丈夫だろう)


「そうだ。俺の村出身の冒険者が引退して港の近くに宿を開いてるんだ。鉄のイカリ亭って言ってな。そこに行きな。飯は美味いし、安いぜ。俺、タダソ村のトマス。あんたは?」

「アズサっていいます。旅人です」

「そうか、アズサさんか、王都に行くのかい?」

「ええ、王都に用事があって」

「そうかい。一人で大変だな。宿の女将にトマスの紹介って言えばいいさ」

「ありがとう、行ってみるわ、宿をどうしようかと思ってた所だったの」

「ああ、気をつけてな」

「おい、次!」と門番が叫ぶ。


 話をしている間に、列が縮まり順番が来ていた。トマスのおじさんが通行料を払って馬車を進めて行く。

 あたしが門番に通行料を払っている間に、馬車はどこか街中に消えていた。

 街の中は中世ヨーロッパそのままの街並みで、RPGの中に入ったみたいだった。

 門番に港の方角を訊いたら、「この道を真っ直ぐ行って突き当たったら、左に曲がればすぐにわかる」と教えてくれた。門番に言われた通り歩いて行ったら港の近くに鉄のイカリ亭を見つけた。

 タダソ村のトマスさんから紹介されたというと、女将と思しき女性が、


「おや、トマスの紹介かい? だったら、どうしようかね。実は満室でね。空いているのは、屋根裏部屋ぐらいなんだよ」


 と、困った顔をした。


「うーん、屋根裏部屋見せて貰えますか?」

「いいよ。おいで」


 三階の隅にあるドアを開けると屋根裏に続く階段が現れた。

 屋根裏には、粗末なベッドが一つ置いてあるだけだったが埃もなく、清潔そうだった。


「ここでいいかい? ここは金のない冒険者用に開けてあるんだよ」

「はい、ここでお願いします」

「じゃあ、宿代銅貨五枚、先払いで頼めるかい?」


 財布から銅貨五枚を取り出し女将に渡す。銅貨を数えた女将が鍵をくれた。


「はい、鍵だよ。うちの魚料理は美味いんだ。落ち着いたら一階の食堂に降りておいで」


 と言って、女将さんは降りて行った。

 出窓から外を眺めてみた。既に日は暮れて、真っ暗だ。


(お風呂に入りたいけど、無理よね、排水出来ないもの)

(いえ、大丈夫でございます。ご用意致しましょう)


 屋根裏部屋の空いたスペースに、大きな桶が出てきた。その中にお湯の張ってある猫脚のバスタブが!


(あ、なるほど)


 大きな桶の部分で体を洗い、バスタブのお湯に浸かった。バトラーが汚れたお湯はアイテムボックスに、綺麗なお湯はバスタブに付いている蛇口から出てくるようにしてくれた。

 排水管が無くても、汚れた水を処理できるとか、素晴らしい!!!


(汚れたお湯はどうするの? どこかで捨てる?)

(私のアイテムボックスにはゴミ箱がございまして、いらない物はそちらに捨てるようにしておりますが、大抵の物は取ってあります。何かに使えるかもしれませんので。汚れた水も石鹸水を含んでおりますので魔獣にかけて出鼻を挫くというような使い方もできるかと)

(なるほどね)


 徹底したリサイクルだな。


(ところで、このおっきな桶なんだけど)

(はい)

(元々何に使う桶なの?)

(葡萄を踏み潰す桶でございます。踏み潰した葡萄でワインを作ります)

(ああ、あの桶ね。でも、こんな使い方していいの?)

(大丈夫でございます。水分と本体を分離して収納いたしますので、清潔に保たれます。ちなみに、こちらのベッドでございますが、一度アイテムボックスに収納しまして、先程元に戻しましてございます。これで、何か生物が、えー、虫とかがついておりましても、はねられておりますので清潔な状態となっております。安心してお休み下さい)

(あっそう、どうも、ありがとう)


 アイテムボックスには生き物は入れられない。というか、生き物をアイテムボックスに入れたら死んでしまうからなんだけど、逆にいえば何かをアイテムボックスに入れたら、何かについていた生物は総てはねられてしまうわけで、あ、でも、チーズとかの発酵食品はどうなるんだろう? 微生物はOKなんだろうか?

 とバスタブの中で湯に浸かりながら考えたが、わからなかった。

 風呂から上がってさっぱりした所で、食事に行った。


「おや、随分ゆっくりだったね。うん? あんた、いい匂いがするねえ」

「あ。えーっと、か、体を水で拭いていたので」

「香水か何か使ったのかい?」

「いえ、きっと、この匂い袋(ポプリ)のせいじゃないかと、それより夕食をお願いします」

「ああ、あいよ!」


 ふうっ、シャンプーの香りがこっちでは珍しいんだわ。咄嗟にバトラーに匂い袋(ポプリ)を出して貰って誤魔化したけど、これからは気を付けないと。

 女将さんがテーブルに料理が運んでくれた。ソテーされた川魚に温野菜が添えてあって、あと野菜のスープがついている。が、フォークもナイフもスプーンもない。スープは取手付きの器に盛られているから取手をつかんで直接飲めばいいけれど。ソテーされた川魚を手づかみというわけにはいかない。他の客を見ると、ナイフ一本で器用に食べていた。基本手づかみではあるが。

 

(バトラー、カトラリーを出してくれる)

(承知しました)


 出て来た銀製のナイフとフォークには凝った細工がしてあった。いやいや、こんな物使ったら、金持ってるって他人にわかっちゃうじゃない。

 

(バトラー、もっと地味なのに替えて。冒険者が使うようなの)


 バトラーは、簡素なナイフとフォーク、恐らく鉄製じゃないかとおもうけど、を出してくれた。持ち手の部分は木で出来ている。これなら、金持ちに間違えられないだろう。

 食事は女将さんが言った通り美味しかった。ソテーされた川魚は塩味にハーブの香りがついていて、味変用だろうか、柑橘系の果物の輪切りがのっていた。酸味が効いていて、美味しい。むろん、食べる前に鑑定をして毒が入ってないか確かめた。転ばぬ先の杖だもんね。


 その夜、寝る前に会社のパンフレットを出した。得意先に配ろうと持ってきたパンフレット。

 先輩の写真がちょっとだけ載っている。

 こんなことなら、先輩の写真を印刷しておくのだった。

 スマホは太陽光充電器で充電出来るけど、いつまで動くかわからない。

 だから、出来るだけ起動させないでおきたい。

 今はパンフレットに載っている小さな写真が、先輩の形見になってしまった。


(先輩、元気でいるかな? ひどい目にあってないかな? 神様、どうかどうか先輩が元気でいますように)


 と考えているうちに眠りに落ちていた。



 翌朝、朝食の後、船に乗ろうと港へ向かった。

 宿を出る時、女将さんが


「王都に行く船は、今、混んでてねえ。チケットが取れないかもしれない。チケット売り場に行ってみな。もしかしたらキャンセルが出るかもしれないからね。ダメだったら、もう一泊してお行き。今度はもっといい部屋を案内するからね」


 と言って送り出してくれた。

 港に立って河を眺める。

 広い!

 なんという川幅だろう。

 濁った水が滔々と流れている。

 対岸に街はないみたいだ。緑の森がずっと続いている。

 港には小さな船が何艘か泊まっていて、荷物が次々に積み込まれている。

 港の端の方にチケット売り場という看板を上げた建物があった。中に入ってカウンターの前に行く。

 カウンターに料金表が貼ってあった。

 王都まで五日、三食付き二等船室金貨二枚。

 高いのか安いのか。

 その隣にお知らせが貼ってあった。


『航路に大型客船レッドスター号が沈没しています。王都行き客船は大型船が引き揚げられるまで欠航となっています。チケットの払い戻し、又は、代替便をご案内中です』


 どうしよう。


(アズサ様)

(何?)

(船ならございますが)

(え、そうなの。それはどんな船? 河を下れる?)

(はい、大河用の大型船、川遊び用小型船、貨物運搬用中型船などいろいろとございます。ただ、どの船も、船を動かす船員がおりません)

(あたし一人で動かせるような船はないの?)

(そうでございますね、些か、むづかしいかと思われます。川は時に激流となる場所がございます。ここはやはり、慣れた船員を雇われた方が良いかと)


 カウンターの向こうから、係の女性があたしを見て、ニコッと笑った。

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