第10話 一人乗りの戦車
(ここにテーブルを出して、二人掛けくらいの小さなテーブル。ある?)
(はい、ございます)
(そのテーブルにおけるだけの宝石を出してくれる?)
(はい、承知しました)
木製の脚に見事な細工が施されたテーブルが出てきた。テーブルの上にビロードの布が敷かれ、その上にびっしりと宝石が並べられている。
上から、ダイアモンド、エメラルド、サファイア、ルビー、アレキサンドライトが小さな石から大きな石まで、様々なカットが施された石達が並んでいる。
ああ、美しいなあ。木漏れ日にキラキラ煌めいて、いつまでも見ていたい、けど。
(トルマリンとかはないの?)
(ございますが、高価な物からと思いまして)
(なるほど、まだまだ、あるのね。ジュエリーは)
(はい、ございます)
(指輪、そうね。王様が身に着けるような、指輪ある?)
(はい、ございます)
(見せてもらえる?)
手の中に宝石箱が降りてきた。蓋を開けると大きなサファイヤのリングが入っていた。
二十カラットぐらいはありそう。金の台に留められている。
カットはカボッション、卵型で表面は艶やかで滑らかだ。
色はロイヤルブルー。深く青い。
スーツケースの中から10倍ルーペを取り出して拡大して見た。
サファイア特有のシルクインクルージョン(包有物)が見える。
なんと非加熱!
加熱すると石の中に自然に出来たインクルージョンは消える。
それがあるってことは非加熱なのだ。
あたし達の世界に流通しているサファイアは、ほぼほぼ加熱処理と言う加工をしている。加熱処理はサファイアの美しさを引き出す為の処置で、悪いことではない。しかし、非加熱で同じ美しさなら断然価値が上がる。しかもこの大きさ。
鑑定してみた。
【種別】主石にマルトバ産サファイアを使った金のリング、魔力はない。
(ねえ、このサファイア、マルトバ産て出たんだけど、マルトバって有名な鉱山なの?)
(はい、有名でございます。大変品質の良い宝石が採れると言われています)
リングを箱に戻し蓋をしてバトラーに戻した。
(ジュエリーはまだある)
(はい、ございます)
(たくさん?)
(はい、たくさんございます)
ああ、新米ジュエラーの血が騒ぐ。
先輩を探して元の世界に帰るのがあたしの目的だけど、ジュエラーになってショップを開くのがあたしの夢。美しい宝石に囲まれたお店で、お客様に相応しい宝石を選んで差し上げたい。この世界でなら、簡単に夢が叶えられるかもしれない……。
ダメダメ、やっぱり、先輩を探さなきゃ。
あたしを逃してくれた先輩。
ひどい目にあっているかもしれない。
とにかく、情報を集めなければ。
ナシムの町へ行こう。
それから王都へ向かう。
(ここから町まで歩いてどれくらいかかると思う?)
(そうですね、五日ほどでしょうか?)
バトラーが地図を覗き込みながら言った。
(五日間歩くのね。しんどそう)
(こちらでは普通でございます)
(そうよね。わかってるけど、やっぱりため息が出るわ)
その日は、木の上で休んだ。
バトラーが野宿用のテントを薦めてくれたけど、一人で地面に寝るのは怖かった。
翌朝、朝食を取った後、テレパシーで周りを確認しながら街道をナシムの町へ向かって出発した。
街道は踏み固まれた土の道で街道の横に所々開けた場所があった。旅人が野営に使うらしい。焚き火の跡が残っていた。
そんな広場の一つで休憩をとった。倒れた木に腰掛けて水を飲む。
いいことを思いついた。
(バトラー、馬車はある?)
(はい、ございます。しかし、馬がおりません。生き物はアイテムボックスに保管出来ませんので)
(うん、わかってる。一人乗りの馬車はある?)
(一人乗り、でございますか? 戦車のような?)
(そうよ、まさにそれ)
目の前に一人乗りの戦車、チャリオットが現れた。
チャリオットに乗ってみた。今は馬がいないので、馬を繋ぐ棒の部分は地面に降りている。
あたしはチャリオットの構造を調べてみた。二輪車を支える軸の上に人が乗る台が乗っている。
なんとか、馬がいなくても走れるように出来ないものか。
テレキネシスを使って、馬を繋ぐ棒を持ち上げてみる。上がるかな?
上がった!
後はこれを前に押すイメージ。
おお、動いた!
「やったー!」
早速、街道に出て走らせてみた。軽快に走る。けど、舗装された道ではないので、結構揺れる。その為、スピードは落とさざるをえない。それでも、歩いて行くよりずっと速いし、楽だ。
街道をナシムの町に向かって進む。風が気持ちいい。
太陽が真上に来たので、停まって昼食にする事にした。旅人用の広場にチャリオットを乗り入れる。チャリオットから降りたら、足がガクガクした。疲れたみたいだ。ステータスを確認するとHPがかなり減っている。テレキネシスはMPを消費しない代わりに、HPを消費するらしい。
うーん、これはかなりやばいかも。
チャリオットに腰掛けてランチにした。
ランチ十個と言ったら出てきたので、後十回分はある。九回分は戻した。
バトラーのおかげで、食べ物に不自由しないばかりか、美味しい食事が出来るのが何より嬉しい。
今日のランチはハムサンドだ。何の肉をハムにしたのかはわからないが、なかなか美味しい。
この世界にはマヨネーズがない。バターを塗った黒パンにハムを挟んで食べる。野菜が少ないけど、生野菜は食べない方がいいだろう。その代わり、果物が豊富だ。今日の果物はリンゴに似たベリナルだ。テトとメリーもよく食べていた。
出発前にステータスを確認した。HPがかなり回復している。テレキネシスを使う時は、ステータスウィンドウを開いてHPの減り具合を確認しよう。それと、レベル上げをしないと。そしたら、HPも増えて、長時間テレキネシスを使っても疲れないようになるだろう。
ランチを食べ終わって出発した。
途中休憩を取りながら、どんどん進んで行く。
運転に慣れてきたら、いろいろ疑問が浮かんで来た。
(バトラー、あなたの宝を使い切る人はいなかったの?)
(はい、いませんでした。といいますのも、私めが取り憑いて参りましたのは、大抵、騎士か冒険者だったのでございます。ですから、私めを単なる物入れとしか思わなかったようで、あと、どれくらい荷物が運べるかはよく聞かれましたが、どれくらいの荷物を持っているかは、ほとんど、聞かれなかったのでございます。また、ご主人様は大抵、戦いの場で殺されてしまいます。ですので、取り憑く相手が魔物の場合もございました)
(テトも魔物ですものね。そしたら、多額の金貨なんて必要ないものね)
(はい、さようでございます。そういえば、お一人、派手にお金をお使いになった方がいらっしゃいました。ですが、お金はお金を呼ぶと申しますか、使った以上に多くなって帰って来たのでございます)
(あ、そう)
お金持ちはさらにお金持ちに、貧乏人はずーっと貧乏なままっていうのはどこの世界も共通ってことね。
(ちなみに、その人は何にお金を使ったの?)
(その方はハーベルト様とおっしゃいまして、騎士様でございました。その前のご主人様にハーベルト様が真剣勝負を挑まれまして、勝利を納められまして私の主人となりました。この方、剣が強いだけでなく、賭け事に精通しておられまして、胴元が一番勝つとお分かりになっておられました。そこで、カジノを開かれたのでございます。いくつかの商業ギルドにダンジョンで見つけた財宝だと偽って、私の財宝を見せ、金を借りたのございます。もちろん、そんな事をしなくても良いのですが、あなた様と同じように、私めの存在が知れますと、殺されるリスクが増してしまいますので、金は借りた事にしたのです。その金でカジノを開いたのでございます。これが大層繁盛いたしまして、財産が増えたのでございます)
(はあ、カジノかあ。確かに儲かりそうね)
日が西に傾いて、今日も野宿かなと思っていたら、遠くにナシムの街の外壁が見えて来た。
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