第8話 憑かれた

  さてと、見張りをしなきゃ。

 あたしは取り敢えず、大きな岩に登って荒地を目視してみた。次にテレパシーの輪を広げてみる。

 大きな魔物はいない。嫌な気配が近づいてくる気配もない。

 岩場にひっくり返って、夜空を見上げた。

 星の位置が全然違う。はあ、そして、月が二つ!

 慣れない光景だなあ。


「アズサ様」

「うん? 今の誰?」

「バトラーでございます」


 振り向いてギョッとした。イギリスの貴族の屋敷に出てくるような執事が浮いていた。足がない。


「実は、先程、テト様のHPが一瞬ですが、0になりました。それで、テト様からアズサ様に移動したのでございます。私は主人が死ぬと、主人を殺した相手に取り憑いて参りましたが、今回、テト様を最後に傷付けられたのは、あなた様でしたので、アズサ様に取り憑かせて頂きました」

「でも、あっ、そうか。毒を出す為にテトの背中を切ったから」

「はい、左様でございます」

「ていうことは、あたしが死ぬまで取り憑くってこと?」

「はい、左様でございます」

「そうなんだ。改めて宜しくね。ただ、あたしは元の世界に戻るつもりよ。そうなったらどうするの?」

「その時はこちらの誰かに憑くと致しましょう」


 バトラーは穏やかに微笑んで消えていった。

 シェイクハンドは出来なかったけど、強い味方が出来たと思う。

 今までのバトラーの仕事振りをみる限り、とても優秀だ。



 夜が明けて、テトがHP、MP共に満タンの状態で目を覚ました。


「テト、具合はどう?」


 テトが体を動かして確認する。


「おら、元気になったべ。アズサ、ありがとな。メリーも。よく覚えてねえだども、二人が助けてくれたのはわかるべ」

「そうよ、私が雷撃でテトの止まった心臓を無理やり動かしたの。それで、助かったんだから、感謝しなさいね」


 優雅に尻尾を振るメリー。

 雷撃落としてって言ったのは、あたしだけどっていう言葉は飲み込んでおこう。


「ま、雷撃が効くって言ったのは、アズサだけどね! フン」

「えーっと。まあね」


 あー、せっかく飲み込んだのに。なんか照れる。


「ありがとな」


 話、変えよう。バトラーから朝食の皿を受け取る。


「あのね。実は、あの、話があるの」


 テトとメリーは朝食を食べ続けている。


「何?」

「なんだべ?」


 ちょっと言いにくい。


「あの、バトラーがね」

「バトラーがどうしたの」

「あの、あたしに取り憑いたの」


 メリーとテトがえっという顔をして固まった。

 

「ああ、テトが一度死んだから」とメリー。

「うん、そうなの。バトラーの習性で」

「ま、そういう事情なら仕方ねえべ。バトラー、オラが預けた荷物。どうすべ?」


 と、空中にバトラーが現れた。同時に大きな木箱が地面に出現した。

 木箱にはマジックボックスと彫られていた。使われた容量は木箱の飾りの星マークでわかるらしい。大体、2/3ぐらい使っているようだ。


「テト様、長い間お世話になりました。テトさまからお預かりした品物はそちらのマジックボックスに収納してあります。また、携帯用のマジックボックスも入れてあります。ロズサイの収穫にちょうど宜しい大きさかと思います」

「さすが、バトラーだべ。長い間、ありがとな。助かっただよ」


 テトは木箱を背負子に押し込んだ。


「さあ、一息ついたら、出発するべ。あ、あー、だけど、これだとアズサ達を背負えないべ。バトラー、木箱、持っててくれるだか? アズサと別れる時に貰うだ」


 木箱はひゅっと空中に消えた。

(アズサと別れる時)か、正直、この二人というか、二匹というか、別れるのは寂しいかも。

 テトが私達が入った背負子を背負って「ホーイホーイ」と陽気な掛け声を上げながら進んで行く。

 テトによれば、あと半日も歩けば街道が見えてくるそうだ。


「バトラー、地図ある?」


 ひゅっという音と共に、目の前に巻物が現れた。

 巻物を広げてみる。

 中は真っ白だった。


「えーっと、これってもしかして魔道具かしら?」

「手と手の間に魔力を流して下さい」


 バトラーの言うままに地図を両手で持って魔力を流した。

 地図が浮かび上がった。青い点が現在地らしい。さすが、魔道具。

 ここから南の方に街道が走っている。今、見えている丘を越えれば街道が見えるだろう。


「テト、止まって」


 メリーが声をかける。


「どうしただか?」

「遠くに人の気配がする。これ以上近づかない方がいい。攻撃されるわ」

「だな。アズサ、オラが送ってやれるのはここまでだ。すまんな」

「ううん、ここまで送ってくれただけでも、どれほど有難かったか。ありがとう、テト、メリー。あ、そうだ。バトラー、手紙をやりとり出来る魔道具はない?」


 バトラーが何かを地面に置いた。銀色に輝く箱が二つ。片方には十字が、もう片方には丸のマークがついている。


「こちらは、片方の箱に紙を入れますと、もう片方の箱に転移する道具でございます。二つの箱は魔力で結ばれていますので、どんなに離れていても転移ができます。こちらでしたら、情報を送れるかと」


 テトに十字のマークがついた箱を渡した。


「テト、メリー、あたし、手紙を書くわ。手紙を書くから……」


 あとは言葉にならなかった。ここからは一人で先輩を探して、一人で元の世界に戻る方法を探す旅に出るのだ。はっきり言って心細い。ここは魔物が出る世界だし、何より人そのものが恐ろしい。異世界の人間と分かれば、どんな目に合うかわからない。鑑定スキルを持つ者は、ほとんどいないから目立たなければ問題ないとメリーに言われているが、「ほとんどいない」は、イコール「少しいる」だ。鑑定スキルを持っている者があたしと敵対関係にならないよう祈るだけだ。

 メリーを抱きしめ、テトとハグをする。


「元気でね。生きていれば、また、会えるわ」

「んだ、んだ。いつでもオラ達のところに戻って来てくれろ。ロズサイをご馳走するだよ」


 テトがバトラーから荷物を受け取って背負子に入れた。メリーがテトの肩に乗る。

 私達は手を振って別れた。

 目の前の丘を登る途中、振り返ったらテトの大きな緑の体はもう見えなくなっていた。荒地が終わり、丘の向こうはなだらかな林になっていた。林の中、下生えの少ない場所を見つけて、街道のある方向へ進んで行く。ごくごく緩くテレパシーを使う。人の気配を感じた。

 

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