第6話 荒野の戦い

 ステータスウィンドウの最後、


【特殊能力】テレパシー、サイコキネシス


「え? サイコキネシスって何?」

「つまり、あんたは物に手を触れる事なく物を動かせるのよ」

「ウソ!」

「嘘だと思うならやって見たら? さっき、あんたに向かって放たれた矢が空中で吹き飛んだでしょ。おかしいなと思ったのよね。私は何もしてないし」

「あれ、私がしたの?」

「そうよ」

「いや、でも」

「でもも何も、いいからやってみて。例えばそうね、その石ころを浮かせてみて」

「えー!」


 メリーに言われて、石に念を集中した。

 うーん、うーん。


「石よ、浮け!」


 小石がフッと浮いて落ちた。


「はあ、本当に浮いた! 嘘みたい」

「ま、これも練習すると色々動かせるようになるんじゃない?」

「はい、精進します」


 テレパシーは割と楽に使えるようになったのに、サイコキネシスは難しい。

 あの矢を吹き飛ばした感覚が思い出せない。

 あの時、出来る様になったと思うんだけどなあ。

 その日は、ここで野営をした。

 ここはレンジュの樹海の端で、この先から荒地が広がっている。

 テトの縄張りもここまでだ。

 この先にテトが動けば、テトに勝負を挑んでくる魔物が出てくるかもしれないとメリーが言った。


「だども、人の里は荒地の向こうだ。今のアズサじゃあ、荒地は越えられねえ。何、オラが走れば一日で着くだよ」




 翌日、テトの縄張りを抜けて荒地に入った。岩や砂地が続いている。貧弱な草がわずかに生えているだけだ。

 走るテトの背中から荒野を見渡す。テレパシーを薄ーく伸ばして広げて見る。雑多な魔物があちこちにいるのがわかる。テレパシーで魔物を刺激にしないように気を付けなきゃ。

 と、その時、何かの気配を感じた。

 物凄ーーーーく、いやーーーーな気配が近づいてくる。


「メリー、あっちの方から嫌な気配がするんだけど」


 メリーが私の言った方向を見る。


「テト! 止まって」

「うん? 何かあっただか?」

「アズサが何か感じるって」


 メリーがテトの頭に駆け上った。ツノの横に陣取る。


「正体がわかったわ。あれは、ブルースティールスコルピオン、全長六メートルのサソリの魔物よ」

「ブルースティールスコルピオンなら、戦った事があるだ。メリー、アズサを頼む」


 テトは背負子ごと私達を近くの岩山の影に隠した。

 メリーが結界を張る。


「さ、あんたも結界を張って。私達の結界じゃあ、あいつの攻撃を完全に防げない。見つかったらかなりやばいわよ」

「どんな魔物なの?」結界を張りながらメリーに訊いた。

「もうすぐ、見えてくるわ」


 メリーが言った通り、荒野の果てに土埃が上がったと思ったら、あっという間にそいつは姿を現した。

 青黒い体、二本のハサミ、ざわざわと動く数十本の足、巻き上がった尻尾、尻尾の先の毒針。その先端は禍々しい赤黒い色をしている。

 そいつはいきなり襲って来た。

 ハサミとハサミをかちゃかちゃと打ち合わせ、スッと低く構えたかと思うと槍のような雷撃がハサミとハサミの間から放たれた。

 サッとかわすテト。

 同時に、斧を投げつけブルースティールスコルピオンの片方のハサミをぶっ飛ばした。


「やったわ。これであいつの必殺技雷電投槍(サンダースピア)は使えない。あとは、尻尾の毒針に気をつけさえすれば」


 メリーの言った通り、ブルースティールスコルピオンは残ったハサミを振り回しながら、毒針をテトに打ち込もうとしている。テトは背後に回り込んで尻尾を掴んだ。そのまま投げ飛ばす。腹が見える。テトがブルースティールスコルピオンに跨って短剣を突き刺した。

 のたうちまわるブルースティールスコルピオン!

 もがき苦しみながらテトに絡み付き両足で締め付け始めた。残ったハサミを振り回すブルースティールスコルピオン。


「ぎゃっ」


 テトが悲鳴を上げた。運悪くツノにハサミが当たったようだ。


「この野郎、痛いでねぇか!」


 あー、テトが珍しく怒った。ツノが弱点だったのね。

 バキバキバキ!

 テトの筋肉がむきむきと盛り上がってブルースティールスコルピオンを大迫力でぶん殴った。あー、のびちゃったわ。ひっくり返ってピクピクしてる。動かなくなった。

 テトがこっちを向いた。手を振っている。


「出てきていいだよ」


 その時、真っ黒な尻尾が持ち上がった。毒針がテトに!


「あぶない!」


 夢中でファイヤーボールを放った。

 テトが横に飛んで、ブルースティールスコルピオンに向き直った。尻尾が燃え上がる。


 「失敗シタ……、カアチャン ノ カタキ、トレナカッタ。コイツ ノ タタカイ カタ、シッテタ。オイラ、シンダフリシテ、毒針サス、筈ダッタノニ、カアチャン……、ゴメン……」


「え、何、何の声?」

「声じゃなくて、頭に流れ込んでくるわ」

「ブルースティールスコルピオンだ。たまげた!」


 今、倒したブルースティールスコルピオンの想いが私達の心に流れ込んできた。


「カアチャン ヤサシイ……、兄弟ノ中デ、オイラダケ食ベナカッタ。コトバ ワカッタカラ。カアチャン、イッパイ、オシエテクレタ。イロンナコト。荒野ノ生キ方 獲物ノ狩リ方。デモ コイツ ニ 負ケタ」


「お前の母ちゃんは強かったぞ」

「エッ」

「ほら、見ろ」


 テトが左の上腕についた古傷をブルースティールスコルピオンに見せた。


「この傷はお前の母ちゃんにつけられた傷だ。深い傷でな。ポーションで手当てしても、傷跡が残っちまった。あん時は手がちぎれるかと思っただよ。魔物と魔物の戦いは生きるか死ぬかだ。おらも若くて必死だったべ」

「ソウカ、強カッタカ、カアチャン……。オマエ イイヤツ。スマナイ……


 ブルースティールスコルピオンの目から光が消えた。完全に死んでしまったようだ。


「魔物にも感情があるのね」

「ああ、知能の高い奴にはな」 

「次はもっと、手強くなってるかもね」とメリーが言う。

「同じ種類だからといって、同じ戦い方でいいとは限らねぇんだな。どんな魔物にも油断しねぇようにしないとな」


 テトを見上げると、あちこちから血が出ていた。


「テト、血が出てる」

「大したことねえべ」


 テトが治癒魔法を使って傷を治す。


「流石に疲れただな。今日はここで野営するべ」


 ブルースティールスコルピオンの死体の処理はバトラーに任せた。

 私達が身を隠した岩場の影で野営の準備をする。

 テトの縄張りを出て初めての野営だ。


「さっきのブルースティールスコルピオンがこの辺りの主だと思う。今夜はこれ以上、強い魔物は出ねぇだろう」


 食事をして、それぞれ休んだ。


 夜中。

 メリーの切迫した声で起こされた。

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