第4話 最初の戦い

 メリーの声が届いた時には、スライムが私に飛びかかっていた。

 青いスライムが頭からかぶさってくる。

 ぐっ、苦しい。口と鼻を塞がれた。

 掴んで引っ張った。取れない。目の前に核がある。夢中で掴んで固く握った。核が手の中で崩れる感触が!

 スライムがゆっくり崩れ落ちた。

 大きく息をついた。


「はあ、死ぬかと思った」

「あんたって馬鹿じゃないの! スライムは魔物よ。その魔物に真っ直ぐ向かって行くなんて」

「だって、可愛かったから」

「可愛い?」

「あたしの世界では、スライムは弱いけど可愛いって感じで描かれる事が多くて」

「なんなの、それ! 魔物が可愛いとか信じられない」

「そうだよね、ここは異世界で、リアルに魔物がいる世界で。あたし、油断してた。でも、おかげで核を潰す感覚はわかった」

「転んでもタダでは起きないってわけね。ついでに、経験値が上がったんじゃない?」


 ステータスを確認したら、確かに経験値が上がっていた。


「ねえ、このまま、スライムを何匹か殺してもいい?」

「いいや、なんねぇだ」


 テトだ。テトが真面目な顔をしている。


「え? どうして?」

「オラの縄張りでは、弱い魔物をレベル上げの為には殺させねえだ。襲われたなら仕方ねえ。だども、悪さしてねぇのに殺されるのは理不尽だべ」

「テトはね、縄張りにいる弱い魔物を守っているのよ」

「弱い魔物っていう事は、もしかして、強い魔物もいるの?」


 テトとメリーがまたまた、顔を見合わせ笑い出した。


「アズサは面白いだな。もちろんいるだよ。だけんど、オラがいるのわかってるだからな、樹海にはやって来ねえだ。それが、縄張りってもんだべ」

「そうそう、ここにいる間は安心していいわよ。スライムに注意しなきゃいけないこともわかったでしょうし」


 うーん、貴重な経験をしてしまった。


「それとな、今度、スライムを頭っからかぶった時はな、スライムにまずは頼んでみてくれろ。攻撃するつもりはねえから、外れてくれろってな。今回はあんたもびっくりしたからよ、殺しちまったけどよ。次は頼んでみてくれ。それでも外れねえ時は倒すだ」

「テト……、うん、そうだね、むやみに殺しちゃいけないよね。次はそうする」

「さっ、岩場に戻ってランチを食べたら、魔法の練習をするわよ」


 メリーに促されて岩場に戻った。





 メリーの教え方は些か行き当たりばったりだったので、自分なりに魔法を整理して見た。

 魔法には色々な魔法が系統別に分かれていて、まずは、攻撃魔法。相手を倒す為の魔法だ。

 次に相手の攻撃を防ぐ防御魔法。防御魔法のうち、重要なのは結界だ。

 強い結界を張っていれば、敵の攻撃を防ぎ、結界内から攻撃魔法を放つ事が出来る。

 あたしはまだまだ、まともな結界を張れない。

 レベルが低く魔力が足りないからだ。

 あたしがしょっぼい結界を張っていたらテトがミスリル製のブレスレットをくれた。


「そいつを着けて結界っていうと、結界を張ってくれるだ。後は、あんたのMP次第だべ。MPが多ければ、強く長く持つべ」

「でも、テトの大切な物じゃないの?」

「うんにゃ、昔戦った戦士が持ってただ。戦利品だべ。人間用だからな。オラにはつけられねぇし。アズサにやるべ」

「ありがとう……、バトラー、あたしの荷物出して」


 目の前に出てきたスーツケースの中から飴の袋を出した。


「これ、御礼。甘いお菓子なの。こんな物しかないけど、受け取って」


 飴ちゃんを袋から出して、あー、テトには一袋いるわね。

 袋の中身を全部出して、一つの飴ちゃんにまとめて、テトに差し出す。テトはひょいと摘んで口に放り込んだ。


「おー、甘いだ! こんな甘い物食べた事ねえだ! ありがとな」

「まあ、テトったらいいわね。私にはないの?」とメリー。

「ご、ごめんなさい。テトに一袋あげちゃったから」

「ふふ、いいのよ。テトは大きいものね。その腕輪があれば、より安全な結界が張れるわ。良かったわね。さ、魔法の勉強の続きをやるわよ」


 言い終わるや否や、メリーがウォーターボールを放って来た。


 ピシャーン!


「きゃあ!」


 まともに当たった。


「結界張るのが遅い!」

「そんなこと言ったって、勉強って言ったじゃない!」

「油断しなあい。次、行くわよ」


 あたしは慌てて、「結界」と叫んでいた。

 とりあえず、次のウォーターボールは結界に阻まれて当たらなかった。

 次々に繰り出される魔法攻撃を結界で阻みつつ、メリーに向かってウォーターボールを放つ。

 MPがほぼほぼゼロになったところで今日の練習は終了となった。

 あー、疲れた!





 数日後、テトに連れられて樹海の端に来た。緩やかな丘が連なっていて、遠くに高い山々が横たわっている。一つ丘を越えた所に原っぱがあった。原っぱの向こうに林が見える。


「オラ、レベル上げの為に自分より弱い魔物を殺すのは反対だべ。だけど、自分と同じくれえの力のある魔物と戦うのはいいと思うべ。それは、殺戮じゃなくて勝負だ」


 テトがのんびりと辺りを見回す。


「ここはな、兎の魔物がいるだ。ほら、草の影に赤い物が見えるべ。あれは角だべ。あいつらは血のように赤い角を持っててな、ブラッディホーンラビットって呼ばれてるべ」


 赤い角が右左に揺れている。草の葉を食べているみたいだ。


「あたしとブラッディホーンラビットの力は同じくらいってこと?」

「ああ、そうだ。ただし、結界は使っちゃなんねえ。それじゃあ、あんたの一人勝ちになるからな。あっちに黄色い実をつけた木が見えるべ。あの実をとってきてくれろ。大丈夫、メリーに教わった通りにやればいいべ」


 あたしはまず、テレパシーを応用して辺りをサーチした。魔物は魔力を持っているのでテレパシーで気配を掴みやすい。むしろ、普通の動物達の方が分かりにくい。

 ざっとサーチした感じでは、ブラッディホーンラビットが五匹ほど原っぱに散らばっている。

 あたしが原っぱに入ったら、即襲って来るだろう。五匹を一度に相手にしたら、勝ち目はない。こういう時は各個撃破だ。


「テト、行ってくる!」


 目標まで、距離二百。だけど、ここは右に迂回。まず、原っぱ外れにいる一匹を。

 後ろからそっと近づいたつもりだったが、見つかった。

 角を振り立てて、向かって来たー。

 

「高圧水刃(ウォーターソード)!」


 水が鋭い剣となってブラッディーラビットを切り裂いた。まず一匹。

 戦闘に気付いたのか、他の四匹が一斉にこちらに向かって来た。ヤバイ!


「高圧水刃(ウォーターソード)!」


 突進してくる先頭の一匹を倒す。後三匹。


「ファイヤー!」


 ブラッディーラビットの鼻先に炎を放つ。怯んだところに鉄剣を振り下ろした。上段から両手で。

 西洋の剣は日本刀と違って重さで叩き切るのが本道。だから、全体重をかけた。

 手応えがあった。

 その後はよく覚えていない。夢中で剣を振り回したのだと思う。

 この感覚、国体で準決勝に進んだ時の感覚に似てる。あの時も体が勝手に動いた。

 気がつくと三匹分の死骸が足元にあった。

 パンパンパンとテトの拍手が遠くから聞こえてくる。あたしは思いっきり手を振り返した。

 とにかく、黄色の実をもって帰らなきゃ。

 もう一度、辺りをサーチして魔物の気配を探した。原っぱに魔物はいない。

 原っぱの端、林が始まる場所に黄色の木の実が成っている木がある。

 木に近づく前に考えた。これは罠だろうかと。いや、これは練習。魔物を倒すのが目的の筈。

 でも、ここは異世界できっと用心し過ぎることはない筈。

 木を鑑定してみた。


【種別】植物、ブルシュ科イエローブルシュ属イエローブルシュ

 実は食用可、美味。精霊を宿す。


 は? 精霊を宿す? と言うことは、いきなり木の実を取ったら絶対怒るな。


「イエローブルシュの精霊さん、こんにちは。木の実を分けて貰えませんか?」


 梢が揺れた。


「まあ、私に話しかけるなんて、珍しい人の子ね」

「あたしはアズサと言います。今日はテトと一緒にこの地にやって来ました。冒険者を目指して修行中です。今日の課題は原っぱの魔物を倒してあなたの木の実を持って帰る事なんです。実を分けて貰えませんか?」

「いいわ、アズサ。あなたは丁寧に頼んでくれたから、特別に美味しい実を上げる」


 瓜みたいな実が一つ二つ三つと落ちてきた。慌てて空中でキャッチ。あまーい香りがする。持って来ていた袋に入れて背中に背負った。


「ありがとう、精霊さん!」

「また、遊びに来てね」


 テトの元に戻ると嬉しそうに迎えてくれた。


「よくやっただ。怪我しなかったか?」

「大丈夫だよ。岩場に戻ったらイエローブルシュの実をメリーと一緒に食べようね。精霊さんが、特に美味しい実をくれたよ」

「精霊に頼んだか?」

「うん」

「実はな、あの精霊はへそ曲がりでよ。勝手に実をもごうとすると、腐らせるんだ。頼んで正解だっただよ」

「やっぱり! なんとなくそんな気がしたんだ」


 岩場に戻って自身のステータスを確認すると、レベルが上がっていた。やったー!



 鍛錬の毎日が続いた或る日、旅立ちの時が来た。

 レベルが10になったのだ。

 メリーから、レベルが10になったら人の世界に行くように最初から言われていた。

 先輩を探し、元の世界に戻る方法を見つけるんだ。

 

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