2.

話していれば、存外あっという間に村に着いた。


 道沿いに電灯や小屋がぽつぽつと見え始め、そうしてすぐ見慣れた家屋の間を車が通りすぎていくようになる。


「どうする?先家行くか?」

「うん。バイク降ろさないとだしね。」


 窓の外を眺めつつ答える。涼兄ちゃんがかつて修理した作業小屋を曲がり、昔みんなで1列になって冒険ごっこをした空き地を通り過ぎれば、見覚えのある赤い旗が見えてくる。凛音は思わず前のめりになって、窓の外に視線をやった。


「わ、駄菓子屋さんだなっつかし。」

「ははは!あとで顔出してやってくれ、ばあさんも喜ぶ。」


 駄菓子屋のおばあちゃんお手製の、駄菓子屋と書かれた看板代わりの旗。凜音達にとっては、駄菓子屋といえば赤い旗が当たり前で、それが普通だと思っていた。


 だから、都会で駄菓子屋といえば赤い旗という認識が全国共通では無いと知った時はかなり驚いた。

 たまにおばあちゃんが手押し車いっぱいにお菓子をのせて学校の方まで売りに来てくれるので、その時用にと自分で作ったんだろうと、都会に行った今なってようやく理解する。


「あら、あらあら!凛音ちゃんじゃない?」

「おうほんとだ、凛音じゃねえか!」


 駄菓子屋をはじめとして、その通りには本屋や八百屋などお店が立ち並んでいる。食べ物はともかく、娯楽品なんかは村民が少ないうえに商品も1ヶ月に1度村の外から取り寄せているので、品数は決して多い方ではない。

 しかしやはり、村の商店はすべてこの通りに集中しているので、必然的に村の人の流れもここに集まりやすいのである。


 涼の軽トラを見つけて挨拶しようとした酒屋のおじさんと服屋のおばさんが、助手席に座る久しい顔を見つけて声をあげた。それを聞いて、他のお店の人たちも「あらあら、凛音ちゃん!?」と商いをほっぽり出して表に出てくる。


 涼の軽トラの周りには、すっかり人だかりができてしまった。なにせ、小さな村だ。村民全員が顔見知りなのである。



「久しぶりねぇ、おかえりなさい。」

「はぁ~…見ない間に、すっかり大人になったんだなぁ。」

「ははは、涼兄ちゃんにもそれ言われた。」



「おーい、気持ちはわかるが道開けてくれ。どうせ今夜、村長とかおっさん共が神社で凛音おかえりぱぁちぃでも開くだろ。だから、話はそん時までとっとけよ。」


 何年ぶりだの別嬪になっただの口々に言う彼らの声を遮って、涼が声を張り上げる。

 ”おかえりぱぁちぃ”なんてふざけた言葉にどっと笑いが起きる中で、凛音だけは「えっ、何それ恥ずかしすぎるんだけど」と抗議の声をあげた。



 またあとでね、おかえりと口々に言いつつ、自分たちの店へと戻っていく村民たち。そんな彼らに凛音が手を振れば、車は再び発車する。



「……え、本気じゃないよね?」

「あ?何がだよ。」

「何がって、おかえりパーティーに決まってるでしょうが。」

「おっまえなぁ……あの宴会好きのじいばあ共が何もしないと思ってんのか?」

「……くっそまじかぁ。」


 しないはずがない。ことあるごとに、いや、何もなく立って宴会開くような人たちだ。こんな大義名分がある状況で宴会を開かないわけがないのである。


 うなだれる凛音とはっはっは!と笑う涼。店の並ぶ通りをぬけて、学校の横を通り過ぎていく。


「そんで凛音、バイク置いた後はどうするよ?村長のとこまで乗せてくか?」

「え?あぁ、それは大丈夫。涼兄ちゃんも農作業もどらなきゃだろうし、それにそこまで距離ないしね。むしろ家まで乗せてくれてありがとう、めっちゃ助かった。」

「おう!いいってことよ!」



 白い歯を見せて、涼はにかりと笑う。5年経てど、やっぱりの屈託のない笑顔は変わらないようだ。


 学校の横を通り過ぎてから数分して、左手側に坂道が見えた。坂の上には、草木に囲まれながらも10軒の家が連なっている。涼は、その坂道の前に車を停車させる。


「バイク運ぶの手伝うか?」


 シートベルトを外す凛音に、涼が尋ねた。凛音は、大丈夫だよと首を横に振る。

 車から降りた彼女は、慣れた手つきで荷台に乗っているバイクを道路へと降ろした。一人で降ろせるのかと心配そうに見ていた涼に親指を立てれば、彼は豪快に笑ってくれた。


「じゃあな。何かあったら呼べよ。」

「うん。ありがとう、涼兄ちゃん。」



 互いに手を振る。涼の乗る軽トラが畑の方へ向かって行くのをしばらく眺めた後、凛音はよしとバイクのハンドルを握って坂を上ることにした。

坂と言っても、さほど急でもないし長くもない。 よいしょいよいしょと登って行けば、すぐに平らな地面が戻ってくる。


 ふう、と一度吐く。急でも長くもない坂だけれど、まぁバイクを軒押しながらじゃ多少は疲れた。たくましい涼兄ちゃんとは違って、凛音は20歳のか弱い乙女なのである。



 10軒の家は、それぞれある程度の間隔をあけながら5軒ずつ向かい合うようにして並んでいる。どれも木で建てられた、1階建てのこじんまりとした家である。

 凛音はその家と家の間の道をバイクを押しながら進んでいき、一番右端にある家の前に、バイクを停車させた。


 ごそごそと、カバンの中から鍵を取り出す。5年間、使うことのなかった鍵だ。


 間違ってないよね?と若干不安になりつつ鍵穴にそれを差し込んで捻れば、鍵穴からガチャリという音がした。


 ひとまず安堵。これで別の鍵持ってきていたとかだったら、本当に笑えなかった。

 鍵を引き抜いて、凛音はガラガラと音を立てながら戸を開ける。



 5年ぶりの我が家は、びっくりするほど何も変わっていなかった。しいて言うなら、少し埃っぽいくらいだろうか。寝る前に、軽く掃除しなきゃな。


「・・・・・・。」







「自分ちの玄関でぼーっと突っ立って、何してんだよ?」




 後ろから、声がした。とても聞き覚えのある声だった。



 凜音は振り替える。視線の先には、ポケットに手を突っ込んでこちらを見ている青年の姿がある。



「……。」

「……んだよ。」

「いや、なんか、怜って大人になっても怜のまんまなんだなと思って。」

「はぁ?」



 眉間にしわを寄せて、不服そうにするその人。凛音は、顔こっわと笑いながら、彼のもとへ歩み寄る。



「ただいま。」

「……おー。」

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