第10話 配信人気急上昇(1位)

 ダンジョン震が起きた時に一番困るのは、それより下の階層にいる探索者たちだ。

 今回の、6層でダンジョン震が起こった場合で言えば7層以降にいる人。

 何せ帰り道が封鎖されているのである。

 帰還魔法を使える人が近くにいればその限りではないが、そうでないならば遭難者とさほど大差がない。


 そんな時彼らにできるのは救助状況を検索することぐらいだ。

 比較的浅い層でダンジョン震が起こった場合は、トップエクスプローラーたちで対処が効く場合がある。

 もっとも、ダンジョン震でどの程度強力な魔物が跋扈するかはその時々で異なるので、必ずしも救助が来るとは限らない。

 ミイラ取りがミイラになるような状況は望ましくないためだ。


 だが、今回ばかりはいつもと勝手が違った。


 配信プラットフォームの人気急上昇1位に、突如意味不明のストリーミングが躍り出たからだ。


 配信タイトルは【ダンジョン震、突撃してみた】。

 3秒で考えたようで、事実3秒で付けられた題がいま、世界中を震撼させていた。


  ◇  ◇  ◇


 ダンジョン震に触れるべからず。

 全世界で共通認識であるそのタブーは、一人の男によって崩された。


 昨日開設されたばかりの新設チャンネル。

 伊勢志摩ダンジョンSCMB(非公式)。

 そのチャット欄には同時通訳AIが組み込まれており、世界各国からのコメントが和訳されて表示されている。


『なんだこれは!』

『忍者! 忍者じゃないか! やはり日本には忍者が実在したんだ!』

『人の動きじゃねえ……』

『彼はどこの誰だい? コンタクトを取ろうにもチャンネル概要欄に連絡先が無いのだが』


 AIの自動追跡によりTPS視点で映し出されるのは、一人の気だるげな男性。

 髪はぼさぼさで服はくたびれ、足に至っては裸足という、ダンジョンにも社交性にも喧嘩を売る身だしなみへの配慮ゼロのスタイルだ。


 その男性の体が、沈んだ。

 視聴者がそう認識した次のフレーム、彼の体が二重三重にぶれて、消失した。

 否、そうではない。

 高性能のカメラを搭載したドローンですら移動のほとんどをコマに抑えられないほどの速度で高速移動したのだ。


 白石あずきのドローンは主に画像解析でターゲットをトラッキングするが、別途ダンジョン内のBLEビーコンを活用することでも追跡対象の位置座標を正確に取得することができる。

 その機能をふんだんに使い、志葉を見失っては追いかけ、戦闘が続いていればその一部を撮影し、また志葉の移動に合わせて追跡するといった動作を繰り返している。


 つまり、部分部分ではあるが志葉の戦闘データを第三者視点でとらえることに成功しているのだ。


 彼の戦闘スタイルは主に黒い砂状の物質を自在に変形させ、臨機応変に対応するものだ。


 彼の周囲では短剣が生成されては高速で射出され、槍が生み出されれば遠距離からの刺突が繰り出され、ガントレットとなれば近接格闘戦で魔物を圧倒する。


 階層的には20層クラスの魔物が跋扈している状況下で、赤子の手をひねるように次から次へとなぎ倒していく様子は圧巻の一言に尽きた。


 配信開始から30分と立たず、6層に発生したほぼすべての魔物が一掃される。


「はぁ、ようやく最後の一匹ですか。長かったですね」


 ダンジョン震の対応なんて久々にしたな、と志葉は疲労を見せた。

 ただしそれはあくまで単純作業に対する精神的な疲労だ。

 肉体的な疲労は皆無と言っても過言ではない。


 残ったのはオーガジェネラル。

 分厚い筋肉で全身を覆った大きな鬼のような魔物の上位個体で、一般にはトップエクスプローラーが束になってようやく競り勝てる相手だ。


 それを――


「大丈夫です。一瞬で死ねますから、痛みは感じません」


 生み出されたのは黒刃の日本刀。

 闇色の鞘から抜刀された鋭利な刀身は、オーガジェネラルに絶命を気付かせることなくこの世からの抹消に成功する。


『ワオ! オーガジェネラルを瞬殺じゃないか!』

『なぜ日本は彼を隠していたのか』

『発掘されてしまった大型新人』

『ちょっと日本に行ってくる』

『彼がいればイギリスのグリニッジダンジョンも攻略可能なのでは?』

『それを言うなら中国の広東省ダンジョンだって』

『まあ待て、世界最高難度の迷宮群攻略の前に、一般難度の迷宮攻略の実績を作るところから始めようじゃないか』

『実は日本は既に迷宮攻略に成功していてその事実を秘匿し続けてきたんじゃないのかい?』

『妙だな……スパチャが送れないぞ?』

『チ ャ ン ネ ル 開 設 1 日 目』

『いろいろとおかしいだろ』

『チャンネル登録者数ものすごい勢いで増え続けてるな……俺も登録したけど』

『世界最速で100万人達成するんじゃね?』

『いつの日かあのしばけーって探索者、いまではいろんな人とコラボしてるけど最初にコラボした相手誰だろうってなるじゃないっすか。それアタシっす』

『白石あずきおるやんけ』

『あのカメラ、アタシ提供っすからね』

『ははー、さすがあずき様!』

『GJあずき』

『ナイスあずき』


 コメント欄がすごいことになっていることに気付く様子もなく、先ほどまで鬼神のごとき猛威を振るっていた男はぽけーっと虚空を見つめていた。


 すると恐る恐ると言った様子で、7層以降から6層付近へ集まってきていた遭難者予備軍の探索者たちが6層へとやってくる。


「ほ、本当にいなくなってる!」

「フェイク映像じゃなかった、フェイク映像じゃなかったんだ!」

「うおぉぉぉっ! 生きてる、俺生きてるよ!」

「あんたは俺たちの恩人だ!」

「ありがとう、ありがとう」


「え、ああ、はい。どういたしまして?」


 ただ一人、彼だけが彼がいかに規格外な人物であるかをまだ知らずにいる。


  ◇  ◇  ◇


 内閣府宮内庁の地下深くに、表向きには存在しない外院が存在している。

 まことしやかに語り継がれる都市伝説、日本最大の秘密結社八咫烏、その伝承のルーツとなる公的には存在しない組織である。


 いま、その組織の構成員たちは会議室に集まり、侃侃諤諤かんかんがくがくと議論を交わしていた。


 議題は男――志葉珪についてだ。


「だから私は主張していたんだ。あの男は抹消しておくべきだと」


 ここに集いし者たちは、志葉珪という人物をよく知っている。

 理由は簡単。

 5年と少し前、突如消滅したダンジョンをいち早く検知し、志葉と接触。

 公式の裁判を偽装した冤罪で、彼に懲役刑を言い渡した組織であるからだ。


「しかし手綱を握ることで、世界最高難度である伊勢志摩ダンジョンを他国に先んじて調査解明できているのも事実」

「その手綱を握り切れていなかったせいで秘密が露見してしまったのだ! 自己否定の暗示を仕込んだのはどいつだ。何故解かれた!」

「厳密には解かれていません。今回の一件、渋谷支部から転属となった一人の女性が栄ダンジョン遠征計画を立案し、偶然にもダンジョン震が重なったと考えられます」

「な……っ、何故そのような人物を伊勢志摩支部に配属させたのだ!」


 この5年間。

 組織は伊勢志摩支部に怠け者だけを所属させるように努めてきた。

 ダンジョン協会の人事部に潜り込み、都合のいい人材を登用し、意図的に陸の孤島を作り出し、巧妙に男の存在を隠匿し続けてきたのだ。


「下部組織の暴走ですね。島流しのつもりだったのでしょう」


 しかし、あまりに巧妙に作られた隠れ蓑は、事情を知らない者にとっても都合がいい流刑地だった。

 そこに目を付けられ、どれだけ優秀な人材でも這い上がれない苦境の地として、転属先に選出されたのだ。


「ふ、ざけるな……! 何故それを事前に止められなかった!」

「支部長が専決したからですね。某国から期待の新人探索者を引き抜かれるよりマシと判断し、切り捨てたと供述しました」

「そういうことを聞いているわけじゃない! 秘密裏に行われたことだとして、その情報を事前に入手できなかった不手際を問い詰めているんだ!」

「返す言葉もございません」


 頭を下げた男――耳にイヤーカフを取り付け、知的な眼鏡を装った男は、内心で嘲笑を浮かべていた。


「とにかく、今回の責は貴様にある。一刻も早く事態を収拾させよ!」

「ハッ」


 男は、裏取引の情報入手が遅れたわけではない。

 事前に各勢力の思惑を把握し、先の展開を予測し、そのうえで見過ごしたのだ。


(悪いが、てめぇらのお人形遊びに付き合うつもりは無いんだよ)


 日本最大の秘密結社も一枚岩ではない。

 護国の目的以上に、自身の欲求を優先する特異個体も、確かに存在している。


 彼もまた、その一人だった。

 ここまですべての事態は、彼の手引き通りに紡がれた物語に過ぎない。


 期待の新人探索者の情報を他国が掴めるよう根回しをしたのも彼であり、その探索者が過剰に調子付き実力不相応の階層に挑戦するようそそのかしたのも彼であり、支部長が伊勢志摩支部という絶好の流刑地に気付くよう仕向けたのも彼だ。


 だが、その痕跡はどこにも残されていない。

 どれだけ探りを入れたとしても、彼にたどり着くことは不可能だ。


(あんな面白いおもちゃがいるのに、眠らせたままなんてもったいないだろう?)


 故に、彼は一石を投じた。

 生み出される波紋はどのような盤面を描き出すのか。


(君はどんな物語を見せてくれるんだい? ……志葉珪)


 予測不能な未来が、楽しみで仕方がない。

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